B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「調子に乗るなよ、チェン・ジュンダー! しぶとい貴様を今日こそ仕留め、その贓物を引きちぎり、一万年に及ぶ因縁に決着をつけてくれる……妾が直々にな!」
ルーナの怒声で場の空気が弾け、こちらの面々は敵を迎撃するために散開した。自分はグロリアの力を借りてすぐさま飛翔する。誰も追ってこないのなら上から一方的に攻撃できるし、ルシフェルが追ってくるのなら強敵一体を自分一人で受け持てる――こちらの意図を察したのか、すぐさまルシフェルが自分を追撃してきた。
ルシフェルの攻撃を迎撃しながら――高速戦闘の処理については、大部分グロリアに任せている形になるが――地上での様子を覗き見る。ルーナ側もある程度こちらに対して誰をぶつけるか決めていたのか、それとも自然とそのような形に集約されたのか、次のように戦力が分かれていた。
ブラッドベリに対してはナナコとT3、ジブリールに対してはイスラーフィール、ルーナに対してはティアとアガタが事にあたり、チェン・ジュンダーが状況に応じて指示を出しつつ補助魔法での援護、並びに押されている局面への介入を行っている。
しかし、どの局面も戦果は芳しくない。不死身のブラッドベリに対してはエルブンボウや神殺しを起動できないミストルテインでは決定力を欠くし、同様に七星結界を使えるルーナに対してもティアやアガタの攻撃は届かない。イスラーフィールは防御寄りのアンドロイドであり、ジブリールに対して決定打を取られないように動けてはいるものの、逆に倒せるだけの火力もない。
逆に敵側から見ても、こちら側の防御力の高さに攻めあぐねているようだ。要するに、どこの局面も状況は似たり寄ったりと言える。互いに決定打が無いため、戦況は一進一退、つまるところ――。
『現状を打破するには、私達がさっさとアイツを倒して増援に向かうべきってことね!』
グロリアの言う通り、自分さえどこかに合流できれば戦況を一変させることはできるだろう。それはある意味では逆も言える――自分がやられてさえしまえばルシフェルが自由になり、地上での均衡も一気に破られるということになる。
「よそ見とは随分余裕ですね……一度破った相手だから片手間で捻れると?」
ルシフェルの声に合わせて身体が勝手に反応して――正確にはグロリアが反応してくれた――七星結界で相手のレーザーを防ぐ。視界が激しく明滅して晴れた直後、こちらも魔術を練って追尾性の熱線を相手に放ちつつ、状況の違和感について思考を巡らせる。
『……やっぱりひとつ、気になることがあるね』
『それは?』
『敵はこちらの戦力を把握していたはず……相手方も今の戦力でことにあたるのであれば、この均衡は予想できてもおかしくない。アルジャーノンはあの偏屈だから、もうこの場に出る気もなかっただけかもしれないけれど……』
『成程、思わぬ伏兵が……それこそ、狼がどこかに隠れているかもしれないのね』
『それ以外にも、私たちが知らない新たな第五世代型が生成されていてもおかしくはない。いずれにしても今視界には居ないけど、敵側にJaUNTがあればどこからともなく現れる可能性は捨てきれない……警戒は常にしておくべきだね。ただ……』
「ルシフェルを倒して、早く状況を打破すべきって意見には賛成だよ!」
戦況の整理も終わったので、グロリアに任せていた迎撃に自分も集中することにする。電磁パルスを警戒してか、ルシフェルの動きは高機動よりも防御に寄せているようであり、こちらの遠距離攻撃を躱すというよりバリアで防ぐ戦法に切り替えているようだった。
「勇んで来た割りには、あんまり芸がないんじゃないの?」
「そんなことはありませんよ……小夜啼鳥にいとも簡単に破られて、それは三日三晩思い悩んだほどです。次に戦う時には、どうすれば良いかとね」
グロリアの挑発に対し、ルシフェルは飄々とした態度と遠距離からの光線で応えてくる。レーザーは速度は確かだが直進するものであり、弾道を予測していれば躱すことは可能だ――空中をジグザグに進む機動で攻撃を躱しながら相手の方へと詰めていく。
空中戦をしている自分たちも防御に寄せた行動は可能だが、そうなるとここでも膠着状態になってしまう――自分は相手のバリアの上からでも熾天使の装甲を打ち抜けるだけの自信はある。それに、ルシフェルは自分を打ち倒そうというよりも、何やら時間稼ぎをしているようにも見える。それなら出し惜しみなどせず、一気にケリをつけるべきだろう。
『グロリア、パターンIで行く!』
『了解!』
攻撃しながら下がる相手に対して空中機動の制御を杖と合体したグロリアに任せ、自分は第七階層魔術を編むのに集中する。こちらも結界を展開しながら身体の持つギリギリの速度まで加速し、相手の攻撃が途切れたタイミングで機動を相手の方へと向けて一気に直進を始める。
グロリアが熱線による攻撃を仕掛けて相手の足を止め、すれ違いざまに魔術を発動し、絶対零度を相手に叩きつけ――以前と同様に相手の身体を一気に氷の檻に閉じ込めることに成功した。
そのまま空中で百八十度旋回し、今度は猛る炎を杖に纏い、空中に浮かぶ氷山を超音速のまま両断する。緩やかにスピードを落として廃莢するとともに背後で大爆発が起こり、振り返り見ると、やはり依然と同様に跡形もなく熾天使の姿は消え去っていた。
「……奥の手がある風だったから、もしかしたらレクイエムを防げるだけの防御策を用意してきたんじゃないかと思ってたけど……杞憂だったのかな?」
「だから、そのダサい名前は……!?」
いつものお小言を言い切る前に、グロリアは会話を音声から脳内へと切り替えた。
『七時の方角から急接近する機影がある!』
『数は!?』
『数は三……同一の機体みたいだけれど、まさか!?』
先ほどの不敵な雰囲気から鑑みるに、恐らくグロリアの推測は正解だろう。すぐに杖を一回まわして第五階層魔術弾を装填し、こちらへ発射された無数の追撃ミサイルを熱線で迎撃する。
打ち抜かれたミサイル群が空中で誘爆し、中空に巨大な花火が上がる。そしてその煙を引き裂くように、接近して来ていた三体が姿を表す――三人の男性型アンドロイドは、全く同じ外見で、全く同じように前髪をかき上げて笑った。
「……別に私が一体しかいないとは一言も言っていませんでしたよね?」
「とはいえ、切り札をこんなに早く切らされるとは思っていませんでした……」
「私を本気にさせたことを後悔しながら死んでいくが良いですよ!」
三人のルシフェルは律儀に左から順にまくしたて、そしてこちらへ向けて攻撃を開始してきた。こちらは正面に向けて七星結界を張りながら後ろへと下がり――グロリアの飛翔能力で制御をしているため、自分が見えていない方向へも自在に飛ぶことも可能だ――ひとまず状況を整理するために相手と距離を取ることにする。
以前倒したはずのルシフェルが、そのままの形でもう一体出て来た時点で、この状況は想定しておくべきだった。ルシフェルとは個別機体の名前でなく、恐らく強力な機体群の制御AIの名前だったのだ。それ故に一体倒したところで、後からこのように何体も沸いて出てくるわけだ。先ほど倒した一体が時間稼ぎのような動きを取っていたのは、増援が来るまでの時間稼ぎだったのだろう。
『ソフィア、アイツらあと何体居ると思う!?』
『性能的に何百も量産されているとは思いたくないけれど……恐らく、同時に投入できる数は三体が限界なんだよ』
『ホントに!?』
『本気で私達を倒すのなら、投入できるだけすれば良いだけだもの。その心は、私たちの見た五体で残り全部なのか、一度に制御できる数に限界があるからなのか……自己保身に余念のないルーナの懐刀なのだから、一気に全部放出することはない。そうなれば、恐らく後者なんだと思う。いずれにしても、あの三体をどうにかするのは私達の役目だね』
先ほど想定したように、一体でも地上に行かれてしまっては敵に状況を打破されてしまう。それは避けなければならない。超高性能AIであるルシフェルも三体のスペックを同時に限界まで引き出すのは厳しいのか、一体一体の動きはやや鈍くなっているようではあるが、それでも波状攻撃や時間差攻撃をもらうのは厳しい。ドッグファイトにおいて一体多数と言うのはこちらの機動も制限されるほかリソース管理も難しくなるため、かなり厳しい状況にはなる。
『泣き言言ってる場合じゃないわね。それに、今の私達なら余裕でしょ、ソフィア!』
『うん!』
グロリアがいれば恐れることは無い。負けることだってない――確かに先日はアルジャーノン相手に遅れを取ったが、文字通りに一心同体で修練を積んだ彼女が居れば、どんな困難だって絶対に切り抜けられる。
何より、この一戦を乗り越えて、必ず海と月の塔を制圧する。あの人が帰ってくるのなら――自分は、私達は、誰よりも早くあの人を迎えなければならないのだから。
そして塔を攻略するためには、寡兵たる我々は、誰一人として失ってはならない。ともなれば、三体のルシフェルのうち一体でも相手に地上へ行ける隙を与えてはならない。幸いにも、相手も自分たちに対しては脅威度を高く設定してくれている様で、まだ一体も地上の方へと向かう気配はなく、引き付けることには成功している。
ともかく、空中機動で追われている状態は好ましくない――こちらを追いかけてきている三体に対し、一気に上昇して空中で翻《ひるがえ》って位置を入れ替え、同時に三体の背後を取ることに成功した。
追い回されたお返しに、一体に向けて雷光の魔術を――第六階層ケラウノス――放出する。確実に仕留めるのならば再び接近戦を仕掛ける必要があるが、距離を詰めては一体を仕留めている間に他の二体に挟撃されてしまう――だが、やはり生半可な遠距離攻撃は自前のバリアによって防がれてしまい、すぐさま残りの二体がこちらへ向かって攻撃を仕掛けてくる。
こちらもすぐに飛行をはじめ、片方が撃ってきた高威力の荷電粒子砲を躱し、もう片方が剣先から撃ってくる細かいレーザー群を結界で防ぎながら距離を離すが――こちらが電磁パルスを出せていないことを見るやいなや、バリアを張っていた三体目が剣を握ってこちらへ急接近してきた。
杖に第三階層魔術弾を装填し、アクセルハンマーで相手の剣を杖で迎撃する。本来なら膂力で勝てる相手ではないが、補助魔法で強化された身体に、魔術によって加速が上乗せされた一撃ならば弾き返すこともできるはずだ。実際目論み通りに相手の一撃を弾き返すことに――相手の剣とこちらの杖とが凄まじい速度でぶつかり合い、けたたましい音が薄暗い空に響き渡る――成功し、しかしその衝撃で互いに吹き飛ばされて中空で制止する形になった。
そしてこちらの制止地点に合わせて、奥にいる二体がこちらに荷電粒子砲を撃ち込んできた。片方はグロリアの、もう片方はチェンの護符から出る七星結界で何とか防ぎきる。今のでトドメになると確信していたのか、明滅する光が晴れると、三体のルシフェルは綺麗に横に並んでおり、同じように驚いたような表情を浮かべ、そして同時に前髪をかき上げた。
「はは、しぶといですね」
「アナタが第六世代の割りに強力なのは認めますが、所詮は負け犬のファラ・アシモフの子供であるアナタ達は……」
「究極にして至高のアンドロイドの私に敵う訳がないのです!」
順序よく喋る男の言葉に、心の内から怒りが込みあがってくる――それは自分のものというよりは、むしろ魂を共にしている彼女の怒りだ。
「黙りなさい! アンタみたいなカッコつけ野郎が究極だなんて、誰が認めるものですか!」
グロリアは杖から身体を離し、不敵に笑っている三体の男に対して鉤爪を向けてみせる。彼女の怒りの要因は、ただ単に母を侮辱されたことから生じているわけではない――母が遺した子供たち、自分も含む第六世代だけでなく、他の第五世代たちが侮辱されたことに対しても怒りを覚えているのだ。
確かにあれだけのスペックの素体が並列して動いているとなれば、一つの意志としては――個体名ルシフェルとしては――その単純な総合力はアンドロイド最強とも言えるかもしれない。しかし、それで納得いかないのはグロリアだけでなく自分も同じだ。
ルシフェルという個体は、最初から最強となるべく全てを注ぎ込まれた、ルーナの言うことを聞くだけの意志を持たない人形――強いてを言うのなら、その作り手と同じように、ただ自分の優位性から他者を見下すという虚栄心のみがあるだけ。
それに対して、アシモフの子供たちは皆、どこか泥臭さを持っている。完璧でないから揺らぎがある、葛藤がある。だから悩むし、自分を探そうとする。それはルシフェルから見たらくだらないことのように見えるかもしれないが――自分は苦しみながらでも前に進む、そんな自分でいたいと思う。
そしてグロリアは、そんなアンドロイドたちを作った母に誇りを持っているのだ。思い返せば、グロリアは最後の世代であるにも関わらず、自分たちアンドロイドを同じ人間と認めてくれている。同じ立場で自分と一緒にいてくれるし、対等な目線で接してくれる――元々は母と確執こそあった訳だが、それが解消された今となっては、よりアシモフの子供たちが侮辱されることが許せないのだろう。
そんなグロリアの気持ちなど微塵にも理解できないのだろう、ただ数の暴力で優位を取っている最後の熾天使は――アレを熾天使と呼ぶのもアシモフに申し訳が立たない気もするが――訝しむようにこちらを見つめて、そしてまた不敵に笑いだす。
「ふっ……良いでしょう」
「私が究極であることを、改めて教え込んで差し上げますよ」
「アナタ達の命でもってね!」
三者が同時に剣の切っ先をこちらに向けて挑発してくるのに対し、グロリアは毅然とした様子で相手を睨み返している。そして、自分としてもその気持ちは一緒だ――確かに自分たちは完璧ではないが、少なくともルーナによって決められた権限とスペックの中で自らを至高と勘違いしている者よりは、まだ自分たちの方が精神性においては上等だろうと断言できるから。
「それはこっちのセリフよ! アンタなんかただのポンコツだってことを、このグロリア・アシモフと……」
「ソフィア・オーウェルが教えてあげます!」
我が名の誇りにかけて――素早く仲間たちに合流するため、また安易に他者を侮辱する熾天使を懲らしめるため、改めてグロリアと心を一つにし、弾幕で閃く暗い空を駆け抜け、こちらへ攻撃を仕掛けてきている三体を迎撃するべく魔術を編み始めるのだった。