B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
ソフィアがルシフェルを引き付けてくれている間、とくに自分とアガタはルーナの相手を引き受けていた。ブラッドベリについてはチェン・ジュンダーとT3が上手く引き付けてくれており、同時にブラッドベリはルーナを攻撃できない様に命令されているはず――それ故、ある意味ではルーナの近くほど流れ弾が来る可能性は低い。
また、急遽この場に転送されてきたという都合上、ルーナの護衛はジブリールのみ。それもイスラーフィールがこちらへ近づけさせないように対処してくれているおかげで、自分たちは因縁の相手に専念できると思っていたのだが――。
「くっ、いつも後ろで隠れているだけかと思っていたけど……!」
アガタと波状攻撃を仕掛けても、どうにもルーナに上手くさばかれてしまう。アガタと同じくらい細身で小さな身体なのに――もちろん、そのアガタは凄まじい重さの武器を振り回しているのだから、見かけなど当てにならないのかもしれないが――見事な体捌きでこちらの攻撃をいなし、時にこちらの獲物をその細い手足で迎え撃ってくる。
その拳や足先には、常に第六天結界クラスの斥力が働いているため、アガタの棍棒もこちらのビームトンファーも受け止められ、弾かれてしまう。まさしく今も両者攻撃が弾かれ、そのまま後ろへと跳び、間合いを離されてしまった形だ。
「ローザ・オールディスの転写先であるセレナという個体は、第六世代はもちろん、その素体だけで通常の第五世代型を遥かにしのぐ性能を持っています。その上に最高クラスの戦闘プログラムと、かつてデイビット・クラークが使用していた防御プログラムを備え、同時に枢機卿クラスの神聖魔法による補助魔法に、最後の世代しか使えない七星結界まで利用できる……殲滅力こそ控えめですが、その継戦能力と防御力は熾天使に並ぶほどです」
自分とアガタの間をレムが浮遊しながらルーナの強さを説明してくれる一方で、その姿を見たルーナは怪訝そうに眉をひそめた。
「レム、この死にぞこないめが!」
「これで生きているというのもおかしな話ですが……あの人を止めるまでは、しぶとく抗い続けるつもりですよ」
「ふん! 従者のアクセサリにマイクロチップを忍ばせ、そこに人格のコピーを作っておったのじゃろうが……小賢しいペトラルカの娘と共に砕いてくれる!」
ルーナは叫びながら一気にこちらへと攻め込んできた。その速度はADAMsを起動したアラン並とまでは流石にいかないものの、それでも人の身では本来出せないような速度だ。
自分がギリギリ反応してアガタへ向けた攻撃を防げたのは、一応この一年の修練のおかげであったとは思う。ソフィアほど劇的な強さこそ得られなかったが、近頃妙に勘は冴えわたる――肉眼で追うことのできなかったルーナの動きに対し、ほとんど直感で攻撃の軌道を読み、チェンから渡されていた札を突き出す。七星結界に阻まれたとなれば、流石のルーナも攻撃を弾かれ、今度は長く美しい白髪が宙を舞った。
「ちっ……忌まわしき解離性人格障がい者が、妾の邪魔ばかりしおって……脆弱な主人格と共に消え去ればよかったものを!」
「……ボクの人格は望まれて生まれてきたわけじゃないけど、お前みたいな卑劣な奴に為されるがままにさせないためには、生じてよかったと思っているよ」
憎々し気にこちらを見つめるルーナに対し、こちらも負けじと悪言を返す。解離性人格障害の成り立ちについては、レムから共有を受けている。クラウの幼少の頃の過剰なストレスがティアという人格を産んだのであれば、ある意味では自分は不幸の産物であると言えるだろう。
しかし同時に、数奇な運命であったとも思う。もしクラウディア・アリギエーリの両親や生まれた村がもう少し全うであったのなら、ティアという人格は生まれず、クラウディアはこの悪神に良いように使われていたのだろうから。
しかし、クラウのことを脆弱などと言うのはやはり許せない。そう思いながら相手を睨みつけていると、アガタとレムが横に並んだ。
「ティア……援護、ありがとうございます」
「それに、ローザの言うことを気にすることはありませんよ、クラウディア」
「……妾のことをローザと呼ぶな!」
何が気に食わなかったのか、ローザと呼ばれたルーナは再び大地を強く蹴り、こちらへと肉薄してきた。冷静さを欠いているおかげか、動き自体は読みやすい。だが、怒りに任せた攻撃の重さは本物であり、自分とアガタは防戦一方という様相になってしまう。
そしてやはり、ルーナの攻撃はアガタに、正確にはレムの宿るアンクへと向けられているようであった。
「レム! 貴様のことはずっと気に食わんと思っておったのじゃ!」
「私も……と言いたいところですが、以前の貴女には確かに尊敬できる部分がありました。アルファ社で右も左も分からなかった私に声を掛けてくれた時の貴女はどこにいってしまったのですか?」
「嘘をつけ! ずっと妾のことを見下げておったのじゃろう!?」
「今の貴女は尊敬できませんが、以前はむしろアナタのことを信用して……」
「五月蠅《うるさ》い黙れ! 貴様も、レアも! 生まれたままの姿形で誰かから愛されていたではないか!」
結界が結界を弾き、ガラスの割れるような音がけたたましく鳴り響く中――本当は呑気に考え事などしている暇などないのだが、なんとなしにルーナの、ローザ・オールディスの人となりが垣間見えてきたように思う。アシモフもレムのオリジナルの伊藤晴子も既婚者であり、何者かに愛された経験がある。対して、ローザ・オールディスにはそう言った経験が無かったのかもしれない。
レムの「尊敬できる部分がありました」という言葉から察するに、また以前アシモフが言っていたように、最初から彼女はこんな人であった訳でもなかったのだろう。ただ、小さなコンプレックスが何千年も積み重なっていった結果、彼女は本来仲間であるはずの七柱に対して怒りを覚えてしまったのかもしれない。
同時に、彼女が己の本来の名を嫌うのも、無駄に尊大な言葉遣いをするのも、それは過去の自分と今の自分が違うのだと自分に言い聞かせるためなのかも――姿形はさながら蛹《さなぎ》を破った蝶のように美しくなったとしても、中身が反比例してしまったのでは皮肉と言うものだろうが。
もしかすると、法王の命が短いのも、常に美しい器に宿っていたいという彼女の願望の裏返しなのかもしれない。そもそも、七柱の技術力をもってすれば、エルフやドワーフなどの長命種を想像することだって不可能ではなかったはずなのだ。それでも敢えて人の身を選び、数年単位で入れ替わっていたのは、洋服を変えるように器を切り替えていたということなのではないか。
つまるところ、ルーナは「ローザ・オールディス」という自己を――過去の自分を捨てようとしているのだろう。誰かから愛されなかった自分と決別し、自分の望む形になろうとした結果、歪な構造の中で自己すら歪ませていった。その三千年の集大成が、女神ルーナなのだ。
望まぬ自己とどのように向き合うのかという命題は、ある意味では自分にも――クラウディア・アリギエーリという器にも当てはまる。弱い自己を克服するためにティアと言う人格が形成され、しかし主人格がいなくなってしまった今、自分が苦悩という重みを一身に受けている――そして至らなさに苦悩している。
今だって、自分はソフィアの成長に焦燥感を感じていたではないか。これが何年も積み重なれば、仲間に対する焦燥感は嫉妬に変わり、そして怒りになってしまうかも――そう思えば、女神ルーナという存在は、もしかすると自分の成れの果てですらあるのかもしれない。
もしクラウディア・アリギエーリに女神ルーナと同じだけの権限を与えられたのだとしたら、彼女と同じようになっていた可能性だってある。今の自分にはルーナの在り方が間違えていると思えるのは、せめて彼女という名の反面教師があってくれたおかげか。
ともかく一つだけ言えることは、いま彼女に負ける訳にはいかないということだ。思考を止めて無心で相手の攻撃の軌跡を読めば、まだギリギリでいなすことはできる――しかし防戦一方のこちらに少し心の余裕が出てきたのか、ルーナは邪悪な笑みを浮かべ始めた。
「じゃが、既にレアは屠った! あとは貴様を葬れば、積年の恨みを晴らせるというものじゃ!」
「貴女はアシモフを倒した気になっているようですが……彼女は第六世代たちの心に確かな希望を残して逝きました。そういう意味では、貴女の目的は挫かれているのです」
「黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!」
レムの一言でルーナは怒りを取り戻して攻撃がより激しくなり、アガタを護るために割って入った自分は勢いよく蹴り飛ばされてしまった。寸でのところでトンファーで受け止めたので直撃こそ免れたが、その強力で重い一撃によりトンファーは破壊されてしまい、なおその衝撃が腕に伝わり、右腕に鈍い痛みを走らせた。骨が砕けただろうか――補助魔法による強化が無ければ、骨折どころではすまなかったかもしれない。
だが、本当にマズいのは自分という弾除けが距離を離されてしまったことだ。アガタも健闘はしているが、ルーナの速度についていけていない。白髪の少女の顔に狂気の笑みが浮かび、拳を引いた刹那、疾風の如き鋭さで何者かが自分の横をすり抜けていき、ルーナが振り抜いた拳に対して己が拳を返していた。
二つの拳の間で唸るような結界が激しく光り、けたたましい音を立て――同質の斥力が働いた結果、二人の身体は同時に弾け、二人とも綺麗に後ろに跳んで着地をした。ルーナの視線の先には、長い三つ編みの男性が立っており――まだブラッドベリとの戦いに決着はついていないようだが、恐らくナナコたちの状況の整理は済んだということなのか、チェン・ジュンダーが構えを取りながらゆっくりと大きく息を吸い込んでいた。