B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「チェン・ジュンダー、貴様!」
「言ったはずです。とくに貴女はヘイムダルで散ったホークウィンドの仇……覚悟してください」
「ふん、冷凍保存していた本体でそのまま来るとは……そんな時代遅れの素体で妾に歯向かうなど、愚の骨頂よ!」
ルーナは狙いをチェン・ジュンダーに切り替え、再び猛攻を仕掛けてくる。その凄まじい速度は自分の眼で追うのも精一杯なのだが、確認できる範囲ではチェンの方が防戦一方に見える――しかしルーナの方が手ごたえが無いようであり、一度距離を取って一息入れるとともに驚愕の表情を浮かべている。
「存外にやる!?」
「貴女は私が本体のまま出てきて油断しているようですが……私が肉体を保存していたのは、この器が自分の力を最も引き出せるからです」
「くっ……しかし、ここからじゃ!」
再びルーナが前へと繰り出し、先ほどのような拳による応酬が始まる。しかし、今度はルーナばかり動き回って、チェンはほとんど一歩も動かず――既に見切ったと言わんばかりに――最低限の動きで相手の攻撃をいなしている。
「派手に動き回るのも結構ですが……」
チェンが隙間で一瞬だけ指を動かすと、辺りの瓦礫が浮き上がり――目の前に集中しているルーナはチェンのサイオニックに気づかなかったのか、しかしギリギリのタイミングで彼女は飛来物に反応し――完全に死角からの攻撃に反応したのは、もしかすると先ほどレムが言っていた防御プログラムとやらのおかげなのかもしれない――裏拳でそれを砕いた。
だが、その動きが余分な動作となり、ルーナはチェンの目の前で一瞬だけ隙をさらすことになる。チェンがその隙に容赦のない掌底をルーナの身体に打ち込むと、そのまま少女の体は凄まじい勢いで背後に吹き飛ばされて岩壁に叩きつけられた。
「がっ……!?」
「貴女が知っている私のデータは、旧世界の戦闘データと人形の戦闘データでしょう。私もこの星に向かってくる間に神聖魔法を編みだし、体術との組み合わせを奥の手として取っておいたのです……さて、切り札を見たチップは、貴女の命でいただきますよ」
チェンは無表情のまま、相手を挑発するように指先を自分の身体の方へと曲げて相手をこまねいた。対するルーナは荒く息を吐いて――回復魔法で内臓を修復しているのだろう――そして息を整えたタイミングで「このクソがぁ!!」と激昂も隠さずに襲い掛かってきた。
三度目の拳の打ち合いが始まると、ルーナの方も徐々にチェンの念力と体術の合わせ技に対応してきているようだった。なんとか援護に入りたいものの、二人の戦闘が織り成す力場に中々は入るのも難しく、もはや傍観することしかできない。
しかし、やはり流れをコントロールしているのはチェンの方のようである。恐らくチェンの動きをルーナはある程度学習しているのだが、完全にパターン化されないようにチェンの方が上手く緩急をつけており、所々でルーナの方が――致命傷は避けているようだが――先ほどと同じように吹き飛ばされている。
更になんだか珍妙なのは、怒りを顕わにしているルーナに対し、チェンは冷静そのものというところか。むしろ、チェンの方がルーナに対して多大な怒りを抱えていてもおかしくはないのだが――そこに関してはそれだけチェンが上手であり、感情をコントロールし、その冷たいまなざしの裏に怒りの炎を隠しているということなのだろう。
「ぐっ……アルファルド! 応援を寄越せ!」
ほうほうの体《てい》で叫んだルーナはそう叫んだ。実際、この場にはまだアルジャーノンやハインラインが出てきていないし、その他にも自分たちが認知していない戦力を増強している可能性だって否定は出来ない――星右京ならそれらを瞬時にこの場に送り込むことができる。
それでもチェン・ジュンダーは止まらなかった。迅雷の如き速度で踏み込んで跳び、空中で回転しながら華奢な少女に容赦のない蹴りを浴びせた。もちろん、脚部には結界を仕込んでおり、ルーナが防御のために張った壁を容赦なく砕いて後方へと吹き飛ばした。
ルーナの祈りはある意味では届かなかったとも言えるし、ある意味では届いたとも言える。更に追撃に出たチェン・ジュンダーを阻んだのは、星右京が寄越した新たな刺客ではなく、彼女に長年付き従った――利用されたという方が正確なのだろうが――燃えるような髪の熾天使が間に割って入ってきたのだ。
男は舌打ちをしながらも、月の女神のために練っていたであろう気を乗せた一撃を――肩をぶつけるように背面から向かって行っている、確か鉄山靠という――少女型アンドロイドへと放つ。
チェンの瞬時の判断は流石だと言うべきなのだろう。熾天使の反応速度を持ってすれば、四肢を突き出す攻撃は容易に躱すことができる。本来全身でぶつかる攻撃は銃撃などには良い的になるはずだが――実際にジブリールはそのように迎撃をしている――錬気と共に張られた結界がそれらを防ぐことができる。
ジブリールとしては、ここでチェンの攻撃を躱しては、命令を下しているルーナを護ることができない。結果としてジブリールはチェンの攻撃を受け止めざるを得なくなったようだ。とはいえ、彼女もバリアを――イスラーフィールと同等ではないものの、第六天結界並の防御力はあるはず――張って直撃を避け、吹き飛ばされながらも空中で翻って綺麗に着地し、すぐさま銃口をチェン・ジュンダーに向けた。
「待って、ジブリール……待って」
横から割って入ってきた声に、チェンとジブリールは動きを止めた。とはいえ、両者とも警戒体制のままではあるが――二人の間に立つイスラーフィールは左腕を損傷したようで、右腕で露出してスパークを発している部分を抑えている。
対するジブリールの方にはすすや土埃はついているものの、ほとんど損傷はない。最強の矛と最強の盾は矛が勝利したとも言えるのか、はたまたイスラーフィールの方に手心があったのか――いや、熾天使が互いに本気を出せば、こんなものでは済まなかったのかもしれないことを想定すると、互いにまだ全力を出していなかったのかもしれない。
ともかく、イスラーフィールは繰り返し声を掛けるが、ジブリールはただ黙したまま銃口をチェンに向け続ける。僚機の説得が不可能と悟ったのか、水色髪の熾天使はどことなく嘆願するような視線を男の方へとむけた。
「お願いです、チェン・ジュンダー。これ以上、あの子を傷つけないで……」
「いいえ、それは出来ません。貴女と彼女の関係性は承知ですが、この好機を逃すほど私は甘くはない。ローザ・オールディスにトドメを刺すのに邪魔をするというのなら、力づくでもどいてもらいますよ」
そもそも熾天使に対して私の全力が通じるかも分かりませんがね、チェンは眼をわずかに開き、鋭い視線を向けながらそう続けた。確かにチェンはルーナを圧倒する程の力を見せたが、それが最強格の第五世代型に通じるとは限らない――チェンが分からないと言ったその真意としては、本来彼は参謀なのであり、高い戦闘能力を有すると言っても、戦闘特化した個体に敵わないという客観的な自己分析の結果なのだろう。
ただ、それはあくまでも自己分析の結果であって、チェンからは全く引く気配を感じられない。それこそ、ルーナを倒すためならばジブリールごと倒すのも厭わないし、また同時に相手してもやれるというだけの確信も持っているように見える。
それでもすぐさま攻撃に移らないのは、彼なりにイスラーフィールのことを慮ってのことか。はたまた、ジブリールとルーナの二体を同時に相手にするのが厳しいという判断から、どうするか策を巡らせているためか。
いや、そもそもチェンにすべてを任せることが間違っている。自分だって戦える力がある――確かにこの星の趨勢を決める超越者達に自分の力は届かないのかもしれないが、それでも敵を分断して時間を稼ぐくらいのことはできるはず。
そう思い、砕かれずに残っている方のトンファーを握りしめ、まだぐったりしているルーナの方へと――恐らく回復魔法を掛けており、すぐに復活するだろうが――向けて駆けだした。
「ティア!?」
「アガタ、ボクらがアイツを倒すんだ!」
ルーナは岩壁を背負っているせいで背後を取ることは出来ない。そうなれば、せめて側面から周るべきだ。アガタが自分の背後から着いて来てくれる気配もあるし、挟撃すれば有効打になるかもしれない。
そんな期待はすぐさま打ち砕かれた。恐らく防御プログラムが作動しており、自分が突き出した武器もアガタの棍棒も止められてしまった。ただ、異様なのは結界で受けとめられたのではなく――ルーナはその細く小さな手で、トンファーどころかアガタの巨大な金棒を握って止めたのだ。
いや、腕は先ほどまでよりも太くなっているように見える。それは幻覚などではなく、ルーナの腕は激しく蠢き、急速に筋力を増強させているようだった。引き抜こうにも恐ろしい力で握られており、武器を相手から引きはがすこともできず――ただこのままだとやられる、そう思って自分もアガタも獲物を手放して背後へと跳んだ。
「クソが、妾を舐めおって……どいつもこいつも……!」
こちらの着地に合わせて自分たちの武器にヒビが入り、そのまま音を立てて崩れ去り――ルーナが長い前髪で表情を隠しながらやおら立ち上がると、腕どころか全身が蠢き始めた。
「良いだろう、見せてやる……何者にも負けん……妾の全力を……タイタンの妖女!」
元々可愛らしかったルーナの声に、獣のような重低音が混じり始める。あからさまに怪しい動きをしているのだから、本来ならすぐさま攻撃をくわえるべきなのだが、その異様な雰囲気にどうにも近づくことができない。チェンもルーナの様相に驚きが隠せないようだが、ジブリールからも眼を離すことが出来ずに動けなくなっているようだ。
ルーナは身体の細胞を変質させ、筋力を一気にあげているのか――元々は自分やアガタよりも小さかったルーナの体は膨張を繰り返し、気が付けばブラッドベリと並んで遜色ないほど、いやそれ以上の巨体へと変貌したのだった。
「この姿を見たからには、貴様ら全員生きては帰さんぞ! 全員縊《くび》り殺してくれる!」
男性のように低く聞き苦しい声でルーナは叫び――対する自分はほとんど直感に身を任せてアガタの前に移動し、急接近してくる巨体に向けて気を練って腕を突き出した。
絶影、ホークウィンドが自分に残した技。まだ完璧には遠いが、それでも巨大な魔獣を一撃で止めるくらいの威力はある。ならば、あの筋肉達磨と化したルーナにも、幾分か届くはずだ。
何より、死が間近にあるせいなのか、今日は勘が冴えている。相手の振りかぶる巨大な腕を紙一重ですり抜けることには成功し、相手のがら空きな腹部に必殺の掌底打ちを繰り出す。相手の足が止まり、接触した掌を起点に気を送り込み、相手を体内から破壊しようと試みるのだが――。
「……貴様、何かしたか?」
上から低く冷たい声が聞こえる。こちらが全力で撃ちだした一撃は、相手の身体を傷つけることすらできなかったようだった。危険を察知して身を引こうとしても遅く、ルーナは突き出していた腕でそのままこちらの後頭部を掴んできた。
「ティア!?」
アガタの叫びが聞こえるのと同時に、鈍い痛みと共に身体が浮き――ルーナの巨大化した掌が自分の頭部をまるまる覆い、そのまま持ち上げられてしまったのだった。