B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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第八代勇者の残滓と魔王

 ルーナが現れて直後、自分とゲンブ、セブンスの三人はブラッドベリと対峙していた。本来はブラッドベリを操っているであろうルーナを仕留めるのが最優先ではあるものの、魔王が放つ漆黒の衝撃波を無視して攻撃に転ずるのも難しい。

 

 何よりも――。

 

「くっ……ブラッドベリさん、正気に戻ってください!」

 

 衝撃波を大剣でいなしながらも、セブンスがブラッドベリを止めようと涙ぐましい努力を続けており、自分としてはそれを放っておくことが出来なかった。元より何名かはブラッドベリの足を止めるのに戦力を割く必要もある。いくら不死身の肉体を持つと言えども、ダメージを与えれば再生のため時間を稼ぐことはできるはず。

 

 何よりも、ブラッドベリは自分たちが一度倒したことのある相手でもある。今は戦力が分散しているため、トリニティ・バーストを利用できていないのは手痛いが、以前に対峙した時よりも自分も力をつけており、そう遅れを取ることも無い――そう思っていたのだが、事態はそう簡単でもなかった。

 

 まず、単純に漆黒の衝撃波が攻防一体であり、その威力が精霊弓の一撃を減退させてしまう。また、自分の記憶の中にある魔王よりも今のブラッドベリは反応速度が向上しているようであり、致命的な一撃は上手く躱しているようである。何とか隙間を縫って攻撃したところで、多少の受けた傷はすぐに修復してしまうので、相手の攻撃の手を止めることもできない――恐らく勇者と対峙する時には幾分かリミッターを掛けられているのであり、これこそが魔王ブラッドベリの真の実力と言うことなのだろう。

 

 同時に、ブラッドベリの乱雑な攻撃はこちらを仕留めるには足らない。あの暴風の中心に入っていくという危険さえ犯さなければやられることもないのだが、逆を言えば不毛な膠着状態が続いているとも言える。

 

 いや、向こうの方が無尽蔵な分、こちらの方が不利と言えるか――当たりはしていないだけで衝撃波の威力は本物であり、当たってしまえば致命傷になり得る。とくに自分の義肢は回復魔法で修復が出来ないので、長期戦に備えるのならば義肢を損傷させるような動きは控えなければならない。

 

「……こうなれば、一か八かですね」

 

 自分とセブンスに補助魔法を掛けて後、何やら策を考えているであろうチェンが、器用に衝撃波を避けながら自分とセブンスの方を向いて口を開いた。

 

「T3、セブンス! ブラッドベリを止めるためには荒療治が必要です! 彼の脳内にある生体チップを直接破壊してください!」

「え、えぇ!? それ、大丈夫なんですか!?」

「問題ありません。彼は細胞の一片からでもその身体を再生できますから。しかし、いたずらに頭部を破壊してもチップも同様に再生してしまいますから……T3、これを」

 

 ゲンブがこちらへ接近してきて、袖から何やら長い針のような物を持ち出してこちらへ差し出してきた。

 

「これは?」

「急ごしらえの一品ではありますが、レムに依頼して調整してもらった特殊な抗生物質です。これがあれば、ブラッドベリの体内にあるナノマシンの再生機能を部分的に停止させられます。ですが、狙いが狂えば……」

「奴の脳を完全に破壊してしまうことになる、か」

 

 こちらの言葉に対してゲンブは小さく頷いた。ブラッドベリに埋め込まれている生体チップは再生可能ということであるのなら、恐らく脳細胞と同質の組織で形成されている。つまり、この針はチップを破壊可能というよりも、ブラッドベリの不死身の体組織を破壊できる装置と言うことになるのだろう。

 

「脳の一部分を正確無比に貫くというのは、まさに針の穴に糸を通す様な精密な動きが必要になります。それどころか、相手はあのように暴れまわっているわけですから、その難易度は非常に高いものです……仮にトドメになってしまったとしても、彼をそのまま七柱に利用されるよりはマシと考えるしかありませんね」

「……私を侮るなよゲンブ。以前からブラッドベリを仲間に引き込むということには乗り気では無かったが、気が変わった。私が奴を止めて見せよう……必ずだ」

 

 奴もまた、七柱にその生を弄ばれた者の一人。何より、困難なミッションを自分にこなせないと思われるのも癪だ。そう思いながら受け取った針を強く握り、暴風の向こう側で猛り狂う魔王の姿を見据えていると、隣から静かな笑い声が聞こえた。

 

「ははは、心強い。皮肉でなしにですよ。今の貴方には、困難なミッションをやり遂げるという凄味がある」

 

 ゲンブは一度言葉を切って、自分と同じように黒い衝撃の奥を一度見つめ――しかしすぐに後方で苦戦しているレムとその従者達の方へと振り返った。

 

「ブラッドベリは強敵ではありますが、この場での優先度はルーナの方が高いです。私はレム達の援護に回ります」

「あぁ、こちらは任せておくがいい。七柱の首を貴様に譲るというのだ、しくじるなよ」

「そちらこそ……生体チップは通常、記憶を司る海馬に埋め込まれています。T3、任せましたよ」

 

 それだけ言い残し、チェンは凄まじい速さでルーナの方へと向かって行った。ADAMsを起動させていないのにあれだけの速度がだせるとは驚きだが――ともかく自分がチェンとやり取りをしている間に上手く攻撃を凌いでいてくれたセブンスが自分の元へと合流してきた。

 

「T3さん、私はどうすれば!?」

「私がこれを奴に突き立てる隙を作って欲しい所だが……!」

 

 常に衝撃波を展開しているブラッドベリに対し、隙を作れと言うのも無茶な話ではあるだろう。ミストルテインのゴッドイーターが使えれば、その威力で衝撃波を相殺もできるだろうが――無いものをねだっても仕方がない。ひとまずADAMsを起動し、相手の攻撃を躱しながら自分の取れる可能性を手繰ってみることにする。

 

 取れる方法は二つに一つ。遠距離から暴風の隙間を縫うように針を撃ちだして海馬を射抜くか、暴風の中を駆け抜けて相手に接近し、直接針を脳に突き立てるかだ。

 

 前者は自分の身は安全ではあるものの、衝撃波の飛び交う隙間を撃ち抜ける確率など――それも正確に生体チップだけを撃ち抜くとなれば――まさしく天文学的な数値に等しい。如何に射撃の精度に自信があると言っても、暴風と言う乱数があればその難易度は飛躍的に向上するからだ。一発しかない切り札を運否天賦に任せるというのも、あまり賢い選択とは言えないだろう。

 

 後者においても、そもそも目の前に移動してすら、反応速度が強化されているブラッドベリの脳に直接突き立てる難易度は変わらず高いと言える。その上、暴風の中心に向かうのはその密度が高いことを意味するのであり、義肢を損傷するリスクがあるどころか命を落とす危険性すらある。一応、接近には射撃と比べれば僅かながらに命中率を上げられるというメリットはあると言えるだろうが、どの道そう高い可能性ではない。

 

 どちらにしても当てられる可能性が低いのならば、まだ撃ちだす方がマシな選択肢か――そう思った直後、まさしく丁度二年前にアラン・スミスがブラッドベリと対峙している映像が脳裏をよぎった。原初の虎は、あの暴風の間を縫って、まさしく相手の顎を殴りぬけて見せた――奴にできたのだ、自分にできないことは無いはずだ。

 

 そもそも、わが身可愛さに逃げるようでは、針の穴に糸を通す様な難しいミッションを達成することは不可能だ。仮に接近できたとしても難しいことに変わりないが――前に進まなければ、掴めぬものもある。

 

 そう覚悟を決めて再び奥歯を噛み、漆黒の渦を突き進み始める。加速した思考と神経とをもってすれば衝撃波の相対速度はそこまでではないが、二つの点で問題はある。

 

 一つは黒い暴風はありとあらゆる方向から襲い掛かってくるのであり、自分にとっては死角からの攻撃もあることだ。自分にはアラン・スミスほどの直感はないため、見えない角度からの攻撃を回避するのは難しい。

 

 そしてもう一点は、ブラッドベリの立つところに近づくほど、単純に隙間などないほどの密度で衝撃波が密集しているという点だ。本来は人の通れる隙間など無いというのが正解なのだが、一応衝撃波自体が動いているので、その動きに合わせれば隙間の位置が少しずつ変わっていく――その間を縫っていけば前進自体は不可能でないのだが、直撃すれば消し跳ぶほどの威力のある渦の中を突き進んでいくのはかなりの神経が要る。

 

 密林において蠢く枝葉の中を、一度もかすらずに前進しなければならないというような状況と言えば分かりやすいだろうか。しかもADAMs自体にも一度の起動に制限時間はある。暴風がかすって肌や衣服を破り、義肢が悲鳴を上げる中で何とか前進を繰り返し、あと五メートルという距離にまで近づけてはいるが、視神経は限界に近い――中心ほど近づくのが厳しいことを考えれば、ここから距離を詰めるのは厳しいと言える。

 

 どうする、一度戻るか? ブラッドベリから離れるほど衝撃波の密度は薄くなるため、後退は前進に比べればかなり楽なはずだ。一度衝撃波の渦の中に身を投げたおかげで、多少はコツを掴んだ――そうなれば、次のチャンスを確実にものにするというのは有効な選択肢とも言える。

 

 だが、どうしても――自分の脳裏に原初の虎の姿がちらついて仕方がない。アラン・スミスはたった一度で猛攻を見切り、ブラッドベリの元まで辿り着いて見せた。奴と自分は違う、それは重々承知だ――戦士としての技量は向こうが上、それは認めなければならない。

 

 そう、散々張り合ってきたが、そもそもアラン・スミスと自分とでは同じ土台に立っていないのだ。だが、それでも――アイツと同じ舞台へ立たなければならない。

 

 何のために? 復讐を遂げるためにより強い力が必要なのか、それとも散っていった者達の無念を晴らすためか、はたまたセブンスに業を背負わせないよう護るためか。自分の感情はグチャグチャで、何が正解なのか、自分が何をしたいのかすら明確ではないが――。

 

(……いや、全部だ!)

 

 自分のあり様を、たった一つに絞る必要などない。原初の虎の強さは、考える全てを救おうとするところにある。いや、もっと単純だろう。アラン・スミスはまだるっこしいことを考えていないのだ。

 

 あの背に追いつくというのなら、細かいことなど考えている暇はない。一歩でも前へ、前へ――そう強く想った瞬間、暴風の間に一瞬の筋が見えた。もう迷うことは無い。神経の限界の中で僅かな隙間を縫って前へと進み、その巨体とすれ違い、ADAMsが切れるのと同時に魔王ブラッドベリの背後を取ることに成功した。

 

 三百年前に対峙した時は、自分はこんな接近戦などしなかったのだが――そんな感傷に浸っている暇もない。ゲンブから受け取った針を強く握り、相手の後頭部に向けて突き出す。しかし、加速が切れている故に相手との速度差が生じなかったため、相手の反射的な回避行動によって狙いがズレてしまう。このままでは、ブラッドベリの脳を破壊して終わりだ。

 

「ちっ……!」

 

 義肢の勢いを無理やり殺し、なんとか寸でのところで針を突き刺す手前で止めることには成功した。だが、逆を言えば魔王の前で隙を晒したことになる。当然の如く相手の反撃が行われ、その巨大な足から放たれる蹴りがこちらの腹部に直撃した。

 

 恐ろしいほどの激痛が走るが――不幸中の幸いとして二点、一つはゲンブの補助魔法が効いていたおかげでダメージを抑えられたこと。もう一つは相手が一度防御行動を取ったことにより、衝撃波の渦が一度止んでいたことだ。情けなくもあるが、魔王の一撃で即死することは無く、その場に沈み込むだけで済んだ。

 

「T3さん!?」

 

 大きく吐血する自分を見て、セブンスが悲痛な声を上げた。致命傷にはならなかったが、すぐに身体を動かすのも厳しい。ブラッドベリは正気を失った目のまま、ただこちらへトドメを刺すため、その太い腕を振り上げて振り下ろさんとしたその時――真空の刃が魔王の右腕に直撃し、紫色の血が噴き出した。

 

「ブラッドベリさん、止めてください!」

 

 真空の刃を放ったセブンスが大きな声をあげると、ブラッドベリの意識はそちらへ向いた。魔王は深く唸り声をあげ――腕の太さの半分まで到達していたはずの傷は凄まじい勢いで再生を始めており、両碗でもって漆黒の球体を創り上げ、そしてすぐさま再び漆黒の暴風が吹き荒れ始めた。自分は魔王の近くにいるため衝撃波の被害に合わずに済んでいるが――同時に魔王の関心は既に自分に無いのか、暴風の奥で剣を構えているセブンスをじっと見つめていた。

 

「T3さん、今助けに行きます!」

「く、来るな……」

 

 セブンスはこちらの忠言などお構いなしに、剣を構えて黒い暴風の中へとその身を投じた。彼女にはブラッドベリのデストラクション・ストリームを完全に回避できるほどの機動力はないはずだが、代わりに優れた直感と魔剣ミストルテインがある――厚い刀身で自身を護りながらもこちらへと近づいてくる。

 

 災禍に挑む少女の姿に何か思うところがあったのか、魔王ブラッドベリは野太い咆哮をあげた。もしかすると、銀髪の少女に剣の勇者の姿を重ねているのかもしれない。

 

 対するセブンスも魔王の起こす風にも負けない声をあげながら前進し、その身と剣とを傷つけながらもこちらへ向かってきている。七柱の創造神に用意された偽りの勇者と偽りの魔王、しかし互いにその力と精神は本物――まるで三百年前の激戦が蘇ったかのように、二人の戦士は対峙し、互いの気迫と技をぶつけあっている。

 

 そして最後に立ちはだかる巨大な衝撃波の壁を魔剣で切り裂いて、セブンスは台風の目に入ってきた。少女はそのままレーザーブレードで魔王の右腕を斬り飛ばし、再び黒い暴風は止んだのだった。

 

「ブラッドベリさん、正気に戻ってください! 私達が潰し合っているようじゃ、七柱の創造神たちの思うつぼです!」

 

 腕を容赦なく切り飛ばして正気に戻れも中々に呑気なように思うが――しかし彼女の声が届いたのか、ブラッドベリはうろたえる様に低い唸り声をあげる。見ればチェンがルーナを追い詰めており、その影響でブラッドベリに対する拘束力が弱まっているのかもしれない。

 

 だが、説得でどうこうなる問題でもないはずだ。問題の原因を排除するに限る。自分も勇者と魔王の衝突を手をこまねいて見ていた訳でなく、精霊魔法で簡易な治癒は完了している。セブンスがブラッドベリを止めてくれている間に、生体チップを破壊せねば。しかし改めて針を強く握り立ち上がろうとした瞬間――もしかすると、星右京が遠隔操作をかけたのかもしれない――ブラッドベリはまた大きな絶叫をあげて、残った左手で衝撃波を纏った手刀を作って少女に向けて振り下ろした。

 

「くっ……!?」

 

 セブンスは流石の反射神経で手刀を剣の刀身で受け止める。しかしその一撃が最後の衝撃となったのか、魔剣ミストルテインにひびが入った。この一年間の蓄積されていたダメージが一機に出てしまったのか、はたまたデストラクション・ストリームを抜けるために盾代わりに使ったせいで限界がきていたのか――剣は叫ぶように乾いた音をあげ、柄と刀身が分かたれるように砕けてしまったのだった。

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