B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
ローザ・オールディスとの戦闘を終え、少し放心状態で空を見上げていた。今まで彼女が奪ってきた様々なことに対して決着が着いたような安堵感もあったのだが、同時に自分の身に降りかかっていることを少し整理したかった面もある。
今の自分には、次の二つの力が新たに備わった。一つは知的生命体が発する意志の力を読み取る能力だ。この意志の力の読み取るというのも、ある意味では三通り手法がある。一つは経験則的な直感、もう一つは「この相手ならこの時こう動く」という個別的な推測、そして最後の一つは文字通り、魂から発せられる意識の流れを読み取る第六感的なものだ。
前者二つに関しては、優れた戦士なら持っている技能でもある。もちろん、才能に上乗せしてかなりの修練が必要だが。こちらに関しては、幼いころからの修練に冒険者としての戦闘経験、それにティアがホークウィンドの教えの元で修行をしたからこそ体得できたものである。
最後の一つに関してはクラウがあちら側で得た力であり、それは器を共にするティアにも部分的に共有されていた。彼女が急速に第五世代型アンドロイドを見破る力を開花させたのもこの共有のおかげであり――同時に原初の園から帰ったものが共通して持つあちら側からのお土産の様なものだ。
少し脱線にはなるが、アラン・スミスが未来視に近い直感を持つのは、彼が自分と同じように一度あちら側から戻ってきたからだろう。彼自身は自分の能力を勘の一言で片づけていたが、それはアランが高次元存在からのメッセージを言語化出来ないという点が大きい。
この辺りは推測だが、高次元存在からのメッセージを読み取るには、ある種の才能が必要なのだと思う。一言で言えば、何かを信じる心――分かりやすく言えば恩寵の値が大きいほど主神からの受け取るイメージが明確になるため、綺麗に言語化ができる。彼はあまり他者を信用していないので、それがノイズになって高次元存在の言い分を言語化することが出来ないのだろう。
端的に言えば、高次元存在はアラン・スミスを気に入っているけれど、肝心のアラン側が高次元存在に対して懐疑的であるから、彼には高次元存在からのメッセージを掴むことができないのだ。丁度、反抗期の子供が親の意見を聞かないのと同じようなものだろう。自分に対しても高次元存在からのメッセージは非言語によって行われるのだが――それは脳裏に浮かぶ音や映像などイメージ的なもので伝えられる――何を意図しているのかさえ汲み取れれば、概ね何を言いたいのかということを理解することはできる。
さて、新たに備わったもう一つの力は枢機卿クラスより高次の神聖魔法。自身の失血すら完全に回復させた回復魔法や、筋肉だるまと化したローザと対等以上にやり合えるようになるだけの肉体強化の補助魔法、それに八重の結界などがこれにあたる。
これらは関しては、より強力な回復魔法を、より強力な補助魔法を、より強力な結界をと、祈ることで顕在されている。神聖魔法の延長的に使うことが出来ているので魔術の様な詠唱も不要という点は長所なのだが、以下二点の欠点もある。
一つ目の欠点は、どんな事象でも顕在できるという訳ではないこと。ここに関しては元から可能であったことがより強力に強化されているというのが正確な所のようであり、一言で言えば神聖魔法で出来たことを更に強化した程度のことに留まる。そのため、第八階層級の奇跡と言えども、自分にはアルジャーノンのような攻撃魔術を放ったりすることはできない。
そしてもう一つの欠点は、枢機卿クラスの神聖魔法を扱うよりも、第八階層級の奇跡は精神力を消耗するという点である。自分たち第六世代型アンドロイドより遥かに進んだ科学力を持つ最後の世代たちですら、魔術を編むのには第七階層が現実的なラインだったのだから、それ以上の理を世に顕在させるのは結構な無茶を伴う――分かたれていた二つの魂が統合されたことによる精神力の増強をして、枢機卿クラスを扱うのとトントンと言ったところか、それよるも負担は大きいくらいだ。
そういう意味では、先ほどの戦いだって楽なものではなかった。腐っても鯛と言うのも失礼かもしれないが、ローザ・オールディスの奥の手の強力さ自体は本物だった。ただし、その戦闘力は彼女自身の研鑽によって編み出されたものなわけでないから、十全に扱うことは出来ていなかった――そういう意味では以前ホークウィンドが言っていた通りに隙だらけでもあり、ちょうど実力を試すのに利用させてもらったという面もある。
もしかしたら、アガタからは力を出し惜しみしているくらいに思われていたかもしれないが、力の使い方を確認しながらどれくらい振り切っても大丈夫そうか見極めていたのだ。最後の一撃に関しては、やはり反省できないローザに対する失望と怒りから最大出力を出してしまったが――我が師に報いるという意味合いでも、あれくらいべこべこにしちゃっても良かったと思いたい。
ともかく、傍から見ればクラウが持ち帰った未来予知に近い直感と第八階層級の奇跡が強力に映ったかもしれないが、それを扱うだけの地力を整えてくれたのは間違いなくティアである。また、ティアがクラウの戻るべき場所を護り続けてくれなかったら、クラウディア・アリギエーリの魂がこの場に蘇ることは無かったのだ。それならば、ティアがこの一年の間に舐めてきた辛酸にも大いに価値があったことは間違いない。
思考の整理も終わり、自分に吹き飛ばされて落ちてきたローザの方へと振り返ると、彼女の姿はまた酷い有様になっていた。その一番の理由は、身体が元の大きさにしぼんでしまったことが原因だろう――当然引き延ばされていた皮がたるんでおり、長い髪と合わさった敷物の上で、手足が奇妙に折れ曲がった肉塊が蠢いているは醜悪の一言だった。
「いだい、ぐるじい……くそ、ぐそぉ! あぁあああああああああ!!」
先ほどとは打って変わって、今度は妙に甲高い声でそう叫びながらも、ローザだったものはのたうち回り続けている。驚異的な生命力を有しているせいで、息絶えることもできないのか――確かに傷は塞がり出血は収まっているようだが、身体を巨大化させた反動のせいで綺麗に修復することは出来ないようであり、ただ四肢らしきものをじたばたとして這いつくばることしかできないようだった。
「何をしておるブラッドベリ! 早くこちらへ援護を……!」
自分の力で立ち上がれないのをフォローしてもらおうと思ったのだろう、しかし遠方でブラッドベリは静かに動きを止めている――恐らく、ナナコとT3が無力化に成功したのだろう。その様子をローザも見ていたのか、今度は首をめいっぱい逸らして、雲一つなくなった赤焼けの空を見上げた。
「ルシフェル、こやつを止め……」
「……天使長ルシフェルの殲滅は既に完了しました」
熾天使の代わりに天から舞い降りてきたのは、氷炎の羽を生やした金髪の乙女だった。ティアの記憶があると言えど、改めて見ても成長したソフィア・オーウェルは美しく――そして彼女がもたらした一報は、ローザの心に冷たい絶望を落としたに違いない。
「じ、ジブリール! 妾を助け……」
「……いいえ、もうジブリールが貴女の命令を聞くことはありません」
声のしたほうを見ると、イスラーフィールが瞼を閉じているジブリールを抱えていた。同じく、ジブリールの首筋にチェン・ジュンダーが手を当てており――恐らく、彼がジブリールを止めてくれたのだろう。
そしてチェン・ジュンダーはジブリールをイスラーフィールに任せて立ち上がり、幅広の袖に両手を仕舞いながらゆっくりとこちらへと歩いてきた。
「女神ルーナ……いいえ、ローザ・オールディス。年貢の納め時ですね」
チェンの顔にはいつものようなひょうきんさが一切ない。細い目から僅かにのぞく双眸は、冷たく肉塊を見下ろしており――その声も凍てつくかと思うほど冷たかった。
「仮にその素体を倒したとて、本体は残っているでしょうが……次に貴女が目覚めることは無いでしょう。何故なら、そう遠くない未来に、貴女の本体ごと消し去って差し上げるからです」
「ぐ、うぅぅうう!!」
チェンとローザがやり取りをしている間に、ナナコたちもこちらへと合流してきた。イスラーフィールとジブリールを除く全員でルーナを囲う形になり――なんだか寄ってたかってという感じもするが、向こうだって卑劣な罠を用意して戦いに臨んだ挙句、こちらが犠牲者を出さずに勝利したというだけの話でもある。
「……そんな姿でいつまでもいるのも本意ではないでしょう……今、トドメを指して差し上げます」
そう言いながら、一歩前に進み出たのはチェン・ジュンダーだった。ローザを囲む者たちは一様に彼女に対して思うところがあるはずだが、やはりトドメは彼こそが相応しいのかもしれない。特にホークウィンドを侮辱された借りに関しては先ほど自分は晴らしたのであり――万年という重すぎる因果を清算を背負っているチェンを止める者は誰もいなかった。
しかし、チェンが袖から拳を引き抜いて気を練り始めた瞬間、自分はほとんど無意識に真上を向いていた。視線の先から強烈な気配を感じる――その気配は自分が良く知っているものであり、同時に見知ったそれよりも遥かに強烈な気配だった。