B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「……来る!? 皆さん、気をつけて!」
直感の通り、空には亀裂が走っていた。ほとんど条件反射で補助魔法を全員に掛けなおし、同時に自分の身を護る結界を張る。直後、亀裂から突き出された切っ先から漆黒の球体が現れ、ローザ・オールディスを目掛けて急速に落下してきた。
地上に降りてきた球体が弾け、それを中心に強力な重力波が発生する。その威力は自分が知るものよりも遥かに強く、補助魔法による強化無しでこの場に居れば簡単に自分たちも肉塊にされてしまっていたに違いない。
自分は八重の結界に護られており無事であるが、他の者たちはどうか――補助魔法を掛けたから皆無事であると思いたいが――重力並の中心に光が引き込まれているせいで視界が全く機能しておらず、周囲がどうなっているのかは確認できない。
それだけでなく、猛烈な闘気を感じ、ほとんど反射で気配のする方へと手を伸ばした。掌に重い衝撃が走るのと同時に、結界を中心に翡翠色の剣戟が自分の体の左右を走っていき――結界を出していなければやられていた――そしてその光が重力波を両断し、辺りに正常な音と光とが戻ってきた。
改めて周囲を見回すと、今の強力な重力波によって自分以外は倒れてしまったようだった。とはいえ、みな呼吸はあるようであり、回復魔法を掛ければすぐに立て直すこともできるだろう。
だが、そんな安易な行動をあの人が許してくれるとも思えない。ローザの臥している場所のすぐ近くで、赤みがかった黒い髪を風になびかせ、こちらを興味深そうに見つめている美しい剣士。狼にも似たその気配に、銀の双眸でこちらを興味深そうに見つめてきている。
「へぇ、完全に油断しているのかと思ったけれど……アナタ、やるわね」
「エルさん……いいえ、リーゼロッテ・ハインラインですか」
「でも、丁度良かった。一番おもしろそうと思っていた相手が残ってくれたのだから」
こちらの言葉を無視し、武神ハインラインは二対の剣を構えなおした。その背後では、ローザが顔を上げてハインラインを見つめている。重力波の中心にいたのに平然としているということは、リーゼロッテがわざわざ彼女を神剣による加護で重力波のダメージを与えないようしていたということなのだろう。
「リーズ、妾を助けに来てくれたのか……?」
「半分はその通り。月の管理なんて面倒くさいことはアナタに押し付けたいしね。残り半分はACOの連中がどんなふうに動くか観察させてもらうのに利用させてもらったのだけれど。でも、まぁ……」
そこで言葉を切り、ハインラインは神剣の切っ先で倒れている仲間たちがいる所をなぞっている。
「こんな大勢で一人を寄ってたかって虐めるなんて、何だか不憫だったっていうのもあるわね」
「ルーナの策を私達全員で打ち破った結果として、最後に残ったのがローザ・オールディス一人だっただけですよ」
「えぇ、アナタの言う通り……でも、私達も一応協力関係なの。それなら、ピンチを互いにフォローくらいはするし、何よりアナタ達の力は無視できないほどに成長した……何せ、熾天使級を複数体相手にして勝利するグロリアとの融合体に、気象コントロールを破壊するほどの威力を撃ちだす勇者のクローン。何より……」
ハインラインは倒れているソフィアとナナコを見ながらそう言って後、最後には自分の方へと神剣の切っ先を向けた。
「第八階層魔術を防ぐだけの結界を操り、誰かさんに近い程の未来視を扱うアナタ……下手をすれば、私達を滅ぼしかねないほどに強力よ。そうなれば、一人でも多く味方はいたほうがいいもの」
「かの武神ハインラインに評価いただけている様で恐縮ですね」
「そういう軽口も、誰かさんの真似かしら? ともかく、私の奇襲を防いだのが偶然なのか、それとも彼と同じような直感を持っているのか……試してみたいっていうのが本音よ」
一度言葉を切り、ハインラインは首だけ回して背後で臥しているセレナとだったものを見下ろす。
「さ、ローザ。あの火口に出来ている亀裂まで辿り着ければ、海と月の塔へと帰れるわ。アナタが退避している間は、私が時間を稼いであげる……さっさと行きなさい」
「ひ、ひぃぃ……!」
確かに、いつの間にか火口付近に亀裂が生じている――アルファルド神、星右京が繋げているということなのだろう。ローザはハインラインに言われた通りに火口を目指し、ほとんど機能していないであろう折れ曲がった四肢を何とか動かしながらその亀裂へと這い出した。
「やらせません! 皆さん、回復を……」
「やらせないはこっちのセリフ!」
ダウンしている味方を復活させようとするが、それは神剣アウローラから放たれた光波によって阻まれた。受け止めること自体は七星結界級の結界を持ってすれば十分に可能なのだが、手がふさがってしまうので回復魔法を発動させることができない。
誰かが自然と復活してくれれば――とくにチェン・ジュンダーが復活してくれれば、彼が回復魔法を使うことで立て直せるだろう。実際、ローザを倒すために執念を見せているのか、チェンにT3、ブラッドベリは地に手を下ろして起き上がろうとしている。
しかし、それを見逃してくれる武神ハインラインではない。再び巨大な重力波が叩きつけられ、同時に辺りの様子も見えなくなってしまった。こちらとしても、迫りくる相手の気配に向けて対応せざるを得ない――あの怪我ゆえにローザ・オールディスが亀裂に辿り着くまでには時間も掛かるだろうが、あまりうかうかしていられないのも確かだ。
そもそも、重力波に巻き込まれていれば味方もダメージが蓄積され、助からなくなってしまうかもしれない。何にしても、この重力の発生源を止める必要がある――そう覚悟を決めて、漆黒の中から現れる鋭い殺気に向けて反撃を始めることにする。
単純な力やスピードなどのスペックだけで言えば、ハインラインと先ほどのローザ・オールディスはそう変わらないか、ややもすればローザの方が上と思われるのだが、武神は戦闘に関する経験とその身に宿している闘争本能が違う。借り物の力でなく、自ら考え、編みだし、研鑽した力を振るっている――その技によってこちらの反撃はいなされ、ややもすれば一瞬の隙で向こうの致命傷が飛んでくる。
手加減できる相手でないことは明らかであるのだが――それでもハインラインが宿っているのはエルの肉体であり、自分としても彼女のことも救い出したい。もちろん、彼だってそれを望んでいるだろう。
自分があちら側を見て得た力は、望みを叶えるための力だ。しかしそれは、己が欲のために相手を打倒するための力ではなく、大切なものを護るための力――自分は今でもエルのことを大切な仲間だと思っているし、彼女のことも決して諦めたくはない。
そうなれば、狙うべきは即死しうる急所は避けた相手のノックダウン。乱暴なやり方にはなるが、致命傷さえ負わせなければ回復魔法での治療は可能――エルが意識を取り戻したら全力で謝るとして、ひとまず命を奪わないラインでの全力で相手を打倒を目指す。
やるべきことを決め、今度はこちらから打って出ることにする。こちらの徒手空拳に対し向こうは獲物のリーチはあるが、自分は相手の攻撃の軌跡を読み切ることができる。その上で、スピードならばむしろ勝っていると言っていいだろう。拳に気と結界とを宿して剣戟を捌き、相手の懐に潜り込もうと連撃を叩き込む。
しかし、こちらの意図を察知しているのか、ハインラインは適切に間合いを離した二対の剣の牽制によりこちらの踏み込みを綺麗にいなしてくる。まるで、自分と同じように相手の意志を読んでいるかのようだが、彼女の動きの鋭さは経験から来る勘と観察がなせる推測から来るのだろう。ハインラインは、自分とローザ・オールディスの戦闘を観察しており、それで――それだけでとも言えるが――こちらの行動パターンを理解してしまったのだ。
逆巻く渦の中で、結界の桜色と神剣の翡翠とがせめぎ合い、光の粒子を散らし――なんとか一瞬の隙をついて踏み込んだ一撃を叩き込むが、武神は綺麗に二対の剣を交差して防ぎ、むしろこちらの結界の斥力を利用されて背後へと逃げられてしまった。
「ふふ、やるわね……」
ヘカトグラムを防御にまわした影響か、重力波の解除には成功した。相手から視線を逸らさぬようにしつつ周囲を確認すると、ひとまず仲間はまだ無事のようであり――ローザも火口までの道のりをおよそ半分程度まで進めていた。
肝心のハインラインは銀の双眸でこちらを見つめながら口角を上げている。アレだけ激しい打ち合いをしたというのに、息一つ切らしていない――彼女は最低限の動きでこちらを牽制し、十二分な余力を残しているのだ。
「でも、アナタはちょっと素直で優し過ぎる。この器を慮って遠慮しているし、攻撃が真っすぐで誰かさんみたいに捻くれていない。彼の代わりにはならない、か」
そう言うハインラインの攻撃的な笑みは、徐々に自嘲的で悲し気な笑みへと変わっていく。対する自分としては、少々カチンときたというのが正直なところだ。何となく予測はしていたが、彼女は自分の中に原初の虎と同じものを見出し、代替にしようとしていたというのだから。
とにもかくにも、これ以上の重力波の発生を許すわけにはいかない。味方に対するこれ以上のダメージの蓄積を許容はできないし、ローザ・オールディスをみすみすと見逃すこともできない――そういった実戦上の理由の上に、更にむかっ腹が立った怒りを足に乗せて、発生させた結界を踏み抜いて一気に武神に対して間合いを詰める。
ともかく重要なのは、宝剣を重力発生に使う余裕を与えないことだ。少々乱雑に、しかし隙間なく連撃を繰り出すことで、二対の剣を防御に回させることに成功はしているが――同時にやはり上手く捌かれてしまう。
「ちまちまやってないで、正々堂々と勝負したらどうです!?」
「いいえ、遠慮させてもらうわ。確かに、アナタは強い……どちらの剣も無効化されているし、速さも強さも本物。真正面から戦っても勝ち目はないもの。でも……時間を稼ぐくらいなら十分できる。それに……」
相手の反撃を予測し、腕に結界を張って突きをいなす。しかし、今のは少し危なかった――予測は出来ていたのだが、身体の反応が少し遅れてしまったのだ。こちらの微小な遅れを見て、ハインラインは再び獲物を狙う攻撃的な笑みを浮かべる。
「アナタ、息切れしてるわよ! 確かに第八階層級の奇跡は脅威だけれど、無尽蔵ってわけじゃないようね!?」
武神の推測はまごうことなき事実だ。単純に高次の補助や結界が精神力を使う上、ローザ・オールディスとの連戦であり――この化け物じみた戦闘センスを相手にしなければならないのだ。長期戦となれば向こうが有利になるし、こちらは疲労も蓄積している。先ほどまでは大切なモノを取り戻そうと勇んでいたのだが、これ以上戦闘が続けば不利になるどころか、こちらが致命傷をもらってしまいかねない。
つまり、形勢が逆転してきている。先ほどはあちらが回復魔法を打たせないようにこちらへ牽制を仕掛けてきていたのに対し、今度はこちらがヘカトグラムを使わせないように手を出す形になってきている。同時に、相手はまだまだ体力的に余裕があるのに対し、こちらは肉体も精神もかなり疲弊してきている。しかし、自分が折れるわけにはいかない――相手の鋭い反撃をギリギリでいなしながら、重力波を発生させないように手を出し続けるしかない。