B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「くっ……エルさん! いつまで体を好き勝手にさせちゃってるんですか!? そんな恥ずかしい恰好をしてないで、早く目を覚ましてください!」
目の前にいる身体の主に対して声をかけたのは、ほとんど無意識だった。とはいえ、実際にエルが武神ハインラインに打ち勝ってくれれば事態は丸く収まるのも間違いない。
もちろん、身体のコントロールを取り戻すことは容易でないことも理解している。かつてエルフの集落で自分が抗えなかったように、第六世代型アンドロイドは七柱の創造神に対して絶対の服従を強いられる。脳内に埋め込まれている生体チップによる指令は根性や精神力で覆せるようなものではないのだから、エルがリーゼロッテから身体のコントロールを奪い返すことはほとんど不可能に近いはずだ。
こちらの声掛けに対し、リーゼロッテは無表情のまま鋭い突きを繰り出してくる。それを七星結界級で受け止め――八重桜は負担も大きい――少し場が膠着している間に、リーゼロッテはどことなく寂しげに口を開いた。
「無駄よ……あの子が身体のコントロールを取り戻すことは無い」
「それは、アナタが奪っているから! エルさんは眠っているだけで……」
「いいえ、エリザベートは目覚めているわ」
なんとなくだが、リーゼロッテは嘘をつくタイプではないように見える――雰囲気を見るに、事実エルは目覚めており、しかしリーゼロッテから自らの身体を取り返そうとしていないのかもしれない。要するに――。
「……エリザベートの心は、アラン・スミスを死地に送り込んでしまったことで折れてしまった。いいえ、それだけではない……この子は自らの力に怯え、何度も仲間に刃を向けてしまったことを悔い、もはや戦う心を失ってしまっている。
今だって、おっかなびっくりに私にアナタを傷つけないでと懇願するだけで、身体のコントロールを奪い返す様な気力は見せられていないの。そんな弱い精神力で、私から身体のコントロールを奪い返すなんて不可能よ」
そう淡々と語るリーゼロッテは、心の奥底ではつまらないと感じているようにすら見える。もしかすると、遠い子孫に対して、自らの支配に抗うくらいの気骨を見せて欲しいというのが彼女の本音なのかもしれない。
しかし――彼女の言うことが事実としてだが――何ともエルらしい話だとも思う。よく言えば優しく控えめなのだが、悪く言えば優柔不断で、我を貫き通す強さが無い。
もちろん、確かにエルはエルフの旧集落でアランの心臓を貫き、その後に光の巨人の元へと飛ばしたのだから、ある意味では二回も彼が死地を彷徨う原因を作ったとも言えるのだし、へこむ理由は理解できなくもない。しかし、当のアラン・スミスはまったく気にしていないのだから、彼女の心配など杞憂にしかならないのだ。
「エルさん、聞いてください! アラン君なら大丈夫です! ピンピンしています!」
「……何? どういうこと?」
本来はエルを元気づけるためにアランの名を出したのだが、むしろリーゼロッテの方が食いついてきた。彼女はこちらから間合いを離し、話の続きを待っている――周囲を回復させるチャンスとも一瞬思ったが、恐らく話の続き以外には翡翠色の太刀が飛んでくるだろう。
それに、へこんでしまっているエルのことも元気づけたいという気持ちもある。それならば、身体の奥に引っ込んでしまっている彼女に向けてメッセージを届けることにしよう。
「私は……クラウディア・アリギエーリの分かたれた魂は、高次元存在の元へと送られていました。そこで、彼に会ったんです。彼が私を探し出してくれたからこそ、私は自分を取り戻すことができ、こちらへ戻ってくることができました。
彼の魂はいまだ健在で、現世に戻るチャンスを待っています……魂が宿る器さえ修復できれば、彼をこの世に蘇らせることができるんです」
あまり細かく彼と打ち合わせしたわけではないが、原理原則的にはそういうことのはずだ。自分やジャンヌは還るべき器があったから戻ってこれたのに対し、アラン・スミスにはそれがない――既に自我を取り戻している彼がこちら側に戻ってこれないのは、偏に肉の器が魂が戻れないほど破損してしまっているからのはずだ。
「そういう意味では、エルさん。アナタがやったことは絶対に間違えてなかったんです。アラン君があの時に身を挺して光の巨人に突貫しなければ、私たち第六世代アンドロイドたちは絶望に心を落とし、惑星レムの歴史は終わりを告げていたでしょう。
それに、仲間に刃を向けたのが何だっていうんですか! 私だってアラン君やアガタさんとやり合いましたし、ソフィアちゃんなんか無駄にナナコちゃんに突っかかってるんですから!」
思わず流れ弾に当たったせいか、ソフィアが肩を動かした。話しているうちに段々とテンションが上がってきて余計なことまで言ってしまったようだ。ただ、元々はソフィアの方が一言多い性質ではあるし、そもそも味方に刃を向けてしまったことを気にすることもないと思う。ふっかけられたアランやアガタ、ナナコらは事情を理解してくれているし、まったく気にしていないのだから。
「もし間違えてしまったとしても、大切なのは前を向くこと、何度でも立ち上がることです。辛いときに自分の殻に閉じこもりたくなるのは私だってそうですが……俯いてたって、状況は変わりませんから。
一人で歩くのが辛くても、きっと手を差し伸べてくれる人はいます。私にはアガタさんがいてくれたように……もしアナタに誰も手を差し伸べないというのなら、まず私が引っ張り上げて見せます。
だから、悄気《しょげ》てる暇なんかありませんよ! アラン君を復活させるのに、エルさんの力も必要なんです! いつまでもそんなハイレグ痴女の言いなりになってないで、さっさと気力を取り戻して追い出してください!!」
強めた語尾に合わせて思いっきり相手に向かって人差し指を向ける。以前の自分なら、武神ハインラインに向かって指を立てるだなんて恐れ多いと委縮したかもしれないが――言ってしまえばリーゼロッテ・ハインラインだって一人の人間に違いないし、何より今のは胸の奥にいるエリザベート・フォン・ハインラインに向けたものなのだから問題ない。
指さされた武神ハインラインは、一瞬うんざりした表情で「口を開けば綺麗ごとばかり」と悪態をつくが、すぐに目元を細めて口元に笑みを浮かべた。
「でも、確かにアナタの言う通り。悄気て俯いているよりは、アナタみたいに馬鹿みたいに上を向いているほうがマシってものよね。それに、アラン・スミスのことについて色々と聞きたいことはあるんだけど……残念ながら時間切れよ」
ハインラインは背後へと跳び、まさに亀裂に到達したローザ・オールディスの横に並んだ。
「逃げるんですか!?」
「逃げるのではなく、目的を達したから撤収するだけ。お得意の未来視でも分かっていなかったのかしら?」
彼女の言う目的とはローザを逃がすことなのだろうが、それだけならもう少しシンプルなやり方があったはずだ。彼女が自分とやり合っていたのには何か理由がある――そう思っていると、僅かな地鳴りが始まり、そしてそれは徐々に強まっているようだった。
魔王城が隣接するこの山は、確か休火山だったはず。しかし休火山が突然噴火することはあり得るはずだ。とくに――。
「アナタ達、暴れ過ぎたわね。この場で行われた激戦の余波は、この下を通る地脈に衝撃を与えていた……最後の決定打になったのはこれだけれど」
そう言いながら、ハインラインは短剣の宝石を朝日に煌めかせて見せた。要するに、彼女の目的は概ね最初の一撃で達せられていたのだ。この場で行われた激戦で――それこそ、以前に魔王ブラッドベリを倒したとき以上の力の奔流があったはず――地下のマグマに強力なエネルギーが伝わっており、最終的に噴火してしまうかどうかの絶妙なバランスを、ハインラインは重力波によって打ち砕いたのだ。
「アナタがあちら側で会ったというアラン・スミスにも興味はあるけれども、私は私で彼を復活させようとしている……まぁ、アナタだけは生き残れるかもしれないけれど、そうしたら続きを利かせて頂戴」
武神は優雅に手を振った後、ローザの首根っこを掴んで亀裂の奥へと消えていった。同時に、地鳴りはどんどん大きくなってきてる――噴火がどれ程の規模になるかは分からないが、退避するにしても噴火に真っ向から立ち向かうとしても、仲間の回復が急務だ。
右手を掲げると辺りを光が包み、その光が重力波によって倒れていた仲間たちの傷を癒す。生きた細胞が無ければ回復魔法は効かないので、機械の身体のグロリアとイスラーフィール、ジブリールの三名、それに四肢が機械化しているT3のダメージは癒せないのだが、それ以外のメンバーの傷は癒えたようだ。
同時に、自分の体から一気に力が抜けてしまった。命に別状がある訳ではないのだが、単純に強敵との連戦による肉体的、精神的な疲労が蓄積され――本来なら絶命してもおかしくないほどの怪我を負わされていたのを無理くり復活したのも影響していそうだ――思わずその場にへたり込んでしまった。
「……クラウディア! 大丈夫ですか!?」
「あ、あはは……ちょっと気合入れすぎちゃいました」
すぐさま駆けつけてくれたアガタに対して笑顔を返す。とりあえず気合で動くくらいならまだしも、これ以上の神聖魔法の利用はできそうになかった。
「……逃してしまいましたか。しかし、次は必ず……」
声のしたほうを見ると、チェン・ジュンダーが火口の方へと視線をやっていた。落ち着いてはいるが、決意を新たにしているのが僅かに除いた瞳からは読み取れる。
しかし、今にも火山が爆発してしまいそうな状況で、悠長にしている暇はないだろう。どう動くべきなのか確認を取るためだろう、ソフィアが左腕で機械の鳥を抱えながらチェンの方へと近づいて行った。
「チェン、どうしますか? 一応、シルヴァリオン・ゼロでマグマに対抗することも出来なくはないですが……」
「あまり得策ではないでしょうね。噴火の規模によっては防ぎきれないでしょうし……結界を張って耐える選択肢もありますが、マグマの下に埋もれたら酸素が無くなってしまいます。出来れば、私たちも退避したいところですが……どうやら間に合ったようですね」
男はそう言いながら火口から振り返り、朝日が昇る方角を見た。自分も首を回してそちらを見ると、空飛ぶ船がこちらへと接近してきているのが確認でき――その船は途中で減速しつつ旋回し、火口付近の中空でこちらへ側面を向けて静かに制止した。
そして外壁の一部分が開くのに合わせ、「チェンさん!」と呼ぶ声が朝焼けの中に響き渡る。
「あんたの言う通り、バッチリ整備してきたぞ!」
「シモン、助かります! 動ける者は動けない者を抱え、ノーチラス号へ飛び乗ってください!」
チェンは開かれた扉を指さし、すぐさま皆行動に移った。まずアガタが自分に肩を貸してくれ、結界を蹴って器用に跳び、自分たちがノーチラス号への一番乗りになった。その後はソフィアが機械の鳥を、ナナコがT3をお姫様抱っこで抱えて、ブラッドベリがイスラーフィールとジブリールを両脇に抱えて飛び乗って来て、最後にチェンが入って来て後、すぐさまノーチラス号は急発進した。
その直後、船体が大きく揺れた。通路には窓が無く、外の状況は認識できないが、恐らくかなりの規模の噴火が起こったのだろう。あの山はこの星の有史以来の休火山であった訳だが、逆を言えばその休眠期間中にその地下ではかなりのエネルギーを蓄えていたということか。だが、ノーチラス号も相応の速度で火山の噴火を振り切ったおかげか、火山の噴火に巻き込まれることは防げたようだった。
状況を確認するためか、チェンとレムは――彼女の宿るアンクを持っているアガタも――急ぎブリッジへと向かった。自分も移動したいのだが、いかんせんまだ身体を満足に動かせそうにない。誰か肩を貸してくれないものかと辺りを見回していると、長い金髪の少女と目が合い、彼女の方も頷いてこちらへ来て肩を貸してくれた。
「お疲れ様。えぇっと、クラウさん? ティアさん? どっちで呼べばいいのかな?」
「どっちでも大丈夫ですよ。しかしソフィアちゃんも……改めて、大きくなりましたね」
「……まだ大きくなりたいんだけど、流石にこの先もクラウさんには敵わないかな」
そういうソフィアは、滅茶苦茶に真剣なまなざしでこちらの顔から下を見つめている。激戦の後に他人の胸を真剣に見つめるなどマイペースの極みとも思えるが、それだけ彼女にとっては重大なことなのだろう。
自分としては、彼女の成長の方がビックリだった。最初にレヴァルで彼女を遠目に見た時には小さな女の子だったのに――確かに共に旅をしている中でも少しずつ背も伸びてきているなとは思っていたが、今では身長を完全に抜かれてしまった。まだ顔には年相応のあどけなさは残っていつつも、全体としては大人びた雰囲気を帯びており、もしかしたら自分が一緒に並んでいても他人からは同年代と見られるかもしれない。
そんな風に彼女の成長に感じ入っていると、ちょうどブリッジに到着した。前面の巨大なモニターには、噴火の影響で発生した煙が立ち昇っているのが映し出されている。
隣接している魔王城――かつて移民船だったアーク・レイは、恐らくあの煙の中でマグマに呑まれ、その長きに渡る役割を終えてしまったに違いない。先にブリッジに入っていたブラッドベリは、その様子をどこか哀愁を帯びた横顔で見つめていた。
しばらくの間、皆黙して映像を見つめていた。そしてややあってから、未だに自分に肩を貸してくれているソフィアが小さく「正直ね」と声をあげる。
「私はハインラインと……エルさんと戦うことに関しては覚悟を決めてたんだ。さっきは奇襲で倒されて、クラウさんに頼りきりになっちゃったけど……ディック先生もそう。もうきっと元には戻れないだろうって。きっとアランさんなら救い出すことを諦めないって分かっていても……加減のできる相手じゃないから」
「ソフィアちゃんだって間違えてないですよ」
「うん。結局何が正解なんて分からないから、私自身も自分の今までの決断を間違えているとは思わない。でも……」
「でも?」
「もう一度、四人で……私とアランさん、クラウさんにエルさんで、一緒に肩を並べたいなって。クラウさんを見てたらそう思ったよ」
「……えぇ、必ず。私達で取り返しましょう、仲間を」
そう、失ってしまったものも多いけれど、まだ仲間を取り戻せるチャンスはあるのだ。こちらの返答に対し、ソフィア・オーウェルは大きく頷いた。しかしその直後、ナナコに無駄に突っかかったと言われたことだけはいただけないと、可愛らしく唇を尖らせ――そういうところは全く変わっていなくて、それがなんだか嬉しくて、ついついこちらも小さく噴き出してしまったのだった。