B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
ノーチラスの食堂にて
気が付くと、不思議な空間を彷徨っていた。朝と夜の境目のような、しかし朝焼けという雰囲気でもなく、柔らかで淡い灯りに照らされている広大な空間――足元には引いては返すさざ波の音が心地良い。
しばらく潮騒を聞きながら海岸線を歩き続けて、次第に自分の隣に横たわる広大な海は、此岸《しがん》と彼岸《ひがん》とを分かつ境目だと気付く。自分は一度あちら側を見たから、何となくあちら側との距離が近くなっているのだろう。
本物の原初の海、全ての魂が還る場所。向こう側には輪廻に臨むすべての魂が存在する。今の時代だけでなく、過去も、未来も含め――それだけでなく、様々な可能性の果てに存在する世界線の魂までもがあちら側に居るのだ。
そんな中で、再起の時を待っている魂がある。遥か彼方にある彼の魂を、本来なら感じることは出来ないはずだけれど、確かにあちら側にいる彼を自分には感じられる。
それはきっと、あの時にあの人に触れたから。本当の名を聞きたい気持ちを抑えて、彼の唇をつむぐために差し出したこの指が――魂と魂が触れ合ったらからこそ、離れていてもあの人のことを感じられるのだろう。
この繋がりを道しるべにすれば、きっとあの人も迷わずにこちら側へ連れてくることができる。何度も迷子になった自分をすく出してくれた彼を、今度は自分が導くことができるというのは、嬉しいようなくすぐったいような、不思議な心地がする。
しかし、彼との繋がる糸が小指でなく人差し指というのも少しもったいないような気もする。しかし、繋がっている先は彼の口だし、いっそ釣りでもしていると思えば面白いかも。魚ではなく虎を釣るというのも奇妙な感じだが、大物なことには違いない。
「……必ず私がアナタを取り戻して見せますから。待っていてくださいね、アラン君」
そう決意を新たにして目を閉じた瞬間に、不思議な重力に引かれ――次に気が付いた時には無機質な金属の天上が視界に入ってきた。壁に埋め込まれている機械に浮かぶ数字を見るに、どうやら丸一日眠っていたようだ。
上半身を起こし、彼と繋がる右手の人差し指にそっと口づけし、そして異様な空腹感が襲ってきたのに合わせて、布団をどけてベッドから降りだしたのだった。
◆
火山の噴火から逃れた後は、すぐさま暗黒大陸の奥地に潜伏することになった。ノーチラス号も無理矢理動かしたが故に、再び動かすにはまだ整備が必要なほか、魔王城から拝借してきたパーツを組み込んで完成させる必要があり、またメンバーが負った激戦の傷を癒す時間が必要になったためだ。
肉体的な損傷は回復魔法で治癒できるものの――正確に言えば、脱出前にクラウディアが使った回復魔法で肉の器を持つ者は完治している――T3の四肢やイスラーフィールなどは自然治癒が出来ないので、整備をする必要がある。また、激戦の傷は肉体的な物だけでなく精神的な疲労も含むのであり、各々が療養や決戦のための準備などにいそしんでいる形だ。
面々に関する主な情報は次のようになる。まずはチェン・ジュンダーについて。彼はいつもの如く次の作戦をどうするか計画を練っている。とくに予想以上に戦力が増強されたことで――それも良い意味でだ――想定していた計画を変更する必要が出てきたということで、日夜ソフィアやグロリアと共に協議を重ねているようだった。
次に増強された戦力の内の一人、魔王ブラッドベリについて。自分も含めて彼と激戦を経験した者はこの船の中には四名、ナナコも含めれば五名いることになるのであり、ついでに彼の思考を矯正していた我が主君レムまで居るとなれば、もう少し神妙な雰囲気になると予想していた。しかし、実際には自分が懸念していたよりは彼は穏便に迎えられた。
自分はどちらかと言えば彼の立場を同情的に思っていたし、既にソフィアの関心は魔族に無く打倒星右京に燃えているのであまり興味を示していないというのが実際の所だ。強いて言えばT3とブラッドベリは互いに険悪な雰囲気を纏っているが、そこについては上手くナナコが仲裁してくれているようだった。なお、ノーチラス号に乗っていた魔族たちと再会できたことで、ブラッドベリも態度を和らげてくれた点は追記しておく。
そんなブラッドベリは意外と機械仕事に興味を持ったらしく、元々配下だった上位魔族と共にシモンの手伝いをしている時間も多いようだった。シモンは最初こそ魔王の出で立ちと威圧感に押されていたものの、職人としてはこだわりがあるらしく、作業をしている時には遠慮なく声を掛けているようだった。
「しかし魔王の旦那、どうして僕の手伝いなんかしてくれるんだい?」
「……この船には、我が居城の部品を継いでいるからな」
たまたま外で作業をしている二人の会話を聞いた時、ブラッドベリはどこか懐かしむ様な表情を浮かべながらノーチラス号を眺めていた。移民船アーク・レイは火山の大噴火によりマグマの底に沈んでしまった今、彼はこの船に魔王城の残滓を見ているようだった。
さて、ナナコについてはいつもと変わらず、難しいことは分からないのでということで船内の雑務についている。極地基地の時と同じように、食事当番はT3が――自らの義肢を器用に修理していた――こなしており、それをナナコが配膳しているという光景が見受けられた。
最後に、ローザ・オールディスを圧倒し、武神ハインラインと対等に渡り合ったクラウディアだが、船に戻ってソフィアと会話をした後に泥のように眠ってしまっていた。レム曰く、かなりの精神力を使ったが故に休息が必要だということだったのだが、自分としてはその深すぎる眠りを心配していた。しかし実際レムの言う通りで、一日後にはけろりとしていた。今など自分の目の前で食事をもりもりと平らげている。
「本当に大丈夫なんですの?」
「えぇ、えぇ、大丈夫です……ただ、無理やり身体を治したので、やっぱり栄養は必要ですね!」
毎回ぶっ倒れていたアラン君と同じです、そう言いながら料理を口に運ぶクラウディアは、自然と肉も口にしていた。曰く、諸々と弱点を克服したのだとか。クラウとティアの記憶が統合されたおかげで全てを思い出し、同時にトラウマを克服したのだとか。また、方向音痴も克服したらしい。本人は迷いがなくなったが故に方向感覚が掴めたのだとか非合理的なことを言っていたが、今の彼女には異様な説得力があるので、あながち嘘でも無さそうな所が性質が悪い。
「……あまりにパーフェクト美少女で隙が無いと、親しみも出ないですかねぇ」
「何を真顔でくだらないことを言っているんですか」
「いえいえ、愛されキャラとしては結構重要なことなんですよ? 適度に抜けているところがあった方が、突っ込みやすいじゃないですか」
「大丈夫です、突っ込みどころだらけですよ、貴女は」
「えへへぇ、そうですか? 照れますねぇ」
「全く褒めていませんわ」
「そうやって突っ込んでくれるの、嬉しいですよアガタさん」
口調やジョークのノリはクラウのモノだが、同時に彼女特有の卑屈さが無くなっており、どことなく底知れない雰囲気を纏っているのは以前のティアと近い感じがする。そう思うと今の彼女はクラウでもありティアでもあり、同時に自分が知る彼女ではないような気がして――。
「……何となく、寂しいですわね」
思わずそうごちてしまう。自分の知るクラウディア・アリギエーリという少女は、確かに凄い力を持っている子だった。そういう意味では、彼女の努力が功を奏し、本来あるべき姿になったとも言えるのだが――そこには自分の知る彼女が、自分を置いて一気に大人になってしまったような寂しさがある。
しかし、それを口にするのはマズかったか。本来なら友の成長を喜ぶべきなのに。そう思って口を抑えると、クラウディアは紫色の綺麗な瞳を丸くしてしばらくこちらを眺めた後、食べ終わった食器を傍に避けて両の手をぽん、と叩いた。
「そうだ、まずはお礼を言うべきでした!」
叩いた両手をこちらへと差し出し、クラウディアは机の上に置いていたこちらの左手を優しく握ってきた。
「アガタさん、ありがとうございます。私が今、この場に居られるのはアナタのおかげです」
「そんな……貴女が頑張ったからこそです。こちらこそ、何度も命を救ってもらって……」
「そういうことじゃないんです。私が言いたいのは、物理的な面じゃなくて精神的な面と言いますか……私は何度もつんけん突っかかってしまったのに、アガタさんは嫌な顔一つせずに私に向き合い続けてくれました。
クラウが迷子になっている間も、ずっとアナタがティアを支えてくれたから……アナタが名前を呼び続けてくれたから、私も迷わずに現世に戻ってくることが出来たんです。だからありがとう、アガタさん」
そう言いながら、クラウディアは柔らかな笑顔をこちらへと向けてくる。その所作が美しく、同性ながらにドキリとしてしまうほどであり、手を握られてしまっていて逃げることも出来ずに困ってしまう。
それに、何より――真っすぐな視線から逃げるように顔をそむけると、その先には部屋の隅でこちらを見つめている二人の姿がある。
「あの、あんまり見られている所でそう真面目に言われると恥ずかしいのですが……」
「あぁ、何故だか先ほどからずっと私に着いてくるんですよね。イスラーフィール、ジブリール、どうしたんですか?」
クラウディアは握っていた手を離し、そのままこちらを凝視している二人の熾天使を手でこまねいた。イスラーフィールとジブリールに関しては、レムの指示の元でT3が簡易の修理を進めてくれた。
とくにジブリールの管理者権限に関しては、以前にアシモフがイスラフィールにしたように、ルーナからレムに書き換えたため、簡単に操られてしまう心配はなくなった。体の修理は間に合わせであり、元々特注品で作られていた二人は戦闘方面においては力を引き出せなくなってしまっているが、ひとまず動く分には問題はないようだ。
クラウディアに招かれた二人はおっかなびっくりといった調子で机の側まで歩いてきて、立ったまま話を始めようとしたところを座るよう促され、自分の左隣にイスラーフィール、ジブリールと並ぶように座った。