B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「私たちは、自分で自分の目標を規定する機能を持っていません。なので、命令を下してくれる主人が欲しいのです……そこで、ジブリールと話し合った結果、貴女が最もふさわしいのではという結論に至ったのです」
「えぇ? どうして私なんです? 最後の世代であるチェンさんとかレムとかの方がそれっぽくないですか?」
「それは……」
首をかしげるクラウディアに対し、イスラーフィールは一度言葉を切り、僚機と目くばせをして互いに頷き合ってから正面の暫定主人に視線を戻す。
「貴女が居たから、私はルーナに破壊されずに生き残ることが出来ました」
「まぁ、私としては第六世代の命令を聞くなんて癪だけれど……一応、アナタはルーナを倒したみたいだし。力は認めてあげなくもないってことよ」
生意気そうな声で高圧的なセリフを吐くジブリールに対し、イスラーフィールは「コラ」と小さく窘めた。クラウディアは微笑ましそうにその様子を眺めており、まったく怒った風もないのだが――イスラーフィールは再び正面へ向いて「失礼しました」と一言添えてから話を続ける。
「でも、ジブリールの言うことも一理あるのです。貴女は元の主人であるルーナを倒して見せましたから、その力を尊敬しているという部分もあります。
何より、一度は貴女を苦しめた私たちを救ってくれたその度量に感服しまして……それで、貴女こそ新たな主人として相応しいと考えた次第です」
「うぅん、なるほど、なるほど……言いたいことは分かりました。ひとまず、おかわりを持ってきてもらっても良いですか?」
クラウディアは両腕を胸の下で組みながら大げさにうんうんと頷いて後、満面の笑みで空いた皿をイスラーフィールの方へと差し出した。二人は「ただちに」とだけ言い残して休憩室を去り、戻って来た時にはジブリールが料理をこんもりと乗せた皿を持ってきてクラウディアの前へと置き、そして先ほどと同様に席についた。
「ありがとうございます。それで、私がアナタ達の新たな主人となる件ですが……丁重にお断りさせていただきます!」
クラウディアは元気よくそう言って後、山盛りの料理に向けて食器を動かし始めた。熾天使たちも再び互いに目配せをしてから――最初は何を言われたか分からなかったのだろう、唖然とした様子であったのだが――すぐに抗議の意志を示すためなのか、ジブリールの両拳が机に叩き落とされた。
「何よ、アタシ達じゃ役に立たないってわけ!?」
「確かにパーツは間に合わせですし、以前のように戦うことは出来ないと思いますが……」
「いえいえ、そういう訳じゃないんです。というか、ある意味では自己保身のために断っているんです」
「……どういうことでしょうか?」
「単純に、私は主と慕われるような器ではないってことです。正確には、そうやって分不相応に誰かを従えてしまえば、きっと自己が肥大化してしまいますから……アナタ達が抵抗したローザ・オールディスのようになってしまうかもしれないって思ったんです。
今なんか、アナタ達に言うこと聞いてもらって思わず気持ちよくなっちゃいましたからね。きっと私なんかが誰かを従えたら、簡単にダメ人間になっちゃいます」
クラウディアはそうあっけらかんと笑って見せる。成程、彼女の言うことには一理あるだろう。悪い意味ではなく、確かに彼女は小間使いなど持たない方が良いに違いない。何者かを仕えさせるということにも向き不向きはある。状況の全体感を把握し、時に厳しく、冷静に指示を出せるタイプであれば問題ないのだが、彼女に関してはそういうタイプでもない。
もちろん、仮に熾天使たちがクラウディアに服属するようになったとしても、彼女がローザ・オールディスのように自己を肥大化させるとも自分は思わないのだが。しかし長く主従関係が続けばどうなってしまうかも分からないし――それに、彼女としては折角自由になった二人を再び誰かに縛り付けたくなかったに違いない。
ただし、それはクラウディア側の事情の話であり、熾天使達の心情に即した意見ではない。その証拠に、イスラーフィールとジブリールは視線を落としてふさぎ込んでしまっており――とりあえず、少し場を和ませるために一言添えることにする。
「確かに、優秀な熾天使が小間使いになったら、すぐに貴女など堕落してしまうでしょうね」
「ほほぉ……寮生活していた時にだらしなかった誰かさんのお話でもしましょうか?」
「止めてくださいクラウディア、その話は私に効きます」
実際、寮生活をしている間はクラウの世話になることが多かった。彼女は性格こそいい加減に見える一方で家事をそつなくこなすのに対し、自分は一応名門の出であり――もちろん、寮生活を前提とするので早くから自立した生活をするように求められはするのだが――彼女ほど家事が得意でなかったのも確かである。
今は自分の生活感も少し改善されていると思いたいが、一緒に生活をしていたころは大分世話をしてもらっていたと言っても過言ではなく――ともかくそれを思い返すと恥ずかしいような申し訳ないような気持ちになる。かつての同居人はニヨニヨと口元をほころばせてこちらを見て後、熾天使の方へと視線を戻した。
「生活感皆無なお嬢様は置いておいてですね。そもそも、誰かがアナタ達に命令を下す必要もないと思うんです。
その証拠に、アナタ達は自分で自分の行動を決めたじゃないですか。ルーナに抗い、友だちを救おうとした……キチンと自分のやりたいことがあるんですよ。それなら、その意志に従って、やりたいことをやればいいじゃないですか?」
「しかし、私はジブリールを取り戻すという目標を達してしまいました」
「ふむぅ……それなら、新しい目標を見つければ良いと思うんですが、どうでしょう?」
熾天使の二人はクラウディアの提案に対し、言葉に詰まっているようだ。正確に言えば、優秀な人工知能を持つ彼女たちは答えを何通りも弾きだしているのだろうが、それが目の前の彼女を納得させるものかというのに確信を持てずに押し黙ってしまったということだろうか。
肝心のクラウディアは、むしろ何でもいいから意見を出してほしかったのだろうと思うが――どうやら重症だと判断したのだろう、クラウディアは食事の手を止めて二人の熾天使を交互に見て、どこか大人びた表情を浮かべながら人差し指をピンとたてた。
「確かに、自分のことを自分で決めるのは大変なことです。そこには責任も生じますし、誰かの言うことを聞いているほうが楽なのも間違いありません。
そもそも、目的だとか命令だとか、そんな難しいことを考える必要はないと思いますよ。肉の器にないアナタ達は、第六世代と比べて本能が弱く欲求が薄いのだと思いますが……それなら誰かの役に立ちたいとか、喜ぶ顔を見たいとか、自らの行動を決めるとするのなら、それくらいでいいんじゃないでしょうか?」
「それは……何者かの欲求に則す行動をすることで社会的なロールを得て、自らの存在意義と地位を確立すればいい、ということでしょうか?」
「ぬぬぬ、難しく考えますねぇ。私が言いたいのはもう少し単純で、誰かが喜ぶのを見たら嬉しいだろうって、それくらいの話なんですけど……たとえば私以外に、この船の中にいる誰かの役に立ちたいとかってありませんか?」
「そうですね、貴女以外なら……T3でしょうか」
「ほほぅ、その心は?」
思わぬ名前が出たせいか、クラウディアは興味津々という感じでテーブルから少し身を乗り出した。対する熾天使達は互いの顔を見合わせ、それぞれの口を開く。
「性能は落ちていると言っても、身体の調整をしてくれたのはアイツだし……」
「彼もまた、貴女と同様にジブリールを救い出すのに尽力してくれました。それに……彼は私がアラン・スミスに責められている時に庇ってくれましたから」
「あぁ、確かに……あの時は気まずくしてごめんなさいね」
あの時、という現場には自分はいなかったのだが、恐らくティアがその始終を見ていたということなのだろう。クラウディアは両手を合わせながら小さく頭を下げた後、そのままパッと笑顔を浮かべた。
「でも、素敵じゃないですか! それなら、T3に……」
「ですが、彼に命令を出してくれと依頼しても、素気無く返されるというシミュレーション結果しか出ず……」
「あははぁ……確かにあの人に付きまとっても鬱陶しいって言いそうですねぇ……」
彼女らの言うように、恐らくT3に付きまとったところで無視されるだけだろう。正確に言えば彼は意外と面倒見は良いのだが、無口でぶっきらぼう、その上誰かに頼ることなど間違いなく苦手。そう思えば、ナナコくらいにずけずけと行くタイプでないと、なかなかコミュニケーションが成立しないとも言える。
クラウディアも同じように思っているのだろう、少し腕を組んで考えこみ、そしてまた何か閃いた、という調子で手を叩いた。
「それじゃあ、私のお願いを聞いてくれませんか!?」
「新たな命令でしょうか? 謹んで……」
「いえいえ、命令ではなくお願いです。命令って言うのは上下関係がありますが、お願いなら対等ですし……本当ならシモンさんやチェンさんにお願いしようかと思ってたんですが、お二人とも忙しそうですからね」
その言い草だと熾天使たちは暇だと暗に言っていることになるのだが、ひとまずやるべきことが見つかったことの喜びの方が大きいのか、イスラーフィールとジブリールは嫌な顔一つせずにクラウディアの言葉にうなずいた。
「それで、何を依頼してくれるのでしょう?」
「丁度どうしようかなと思って持ってきていたのですが……これです! これを作るのを手伝って欲しいんですよ!」
クラウディアは机の横に置いていた羊皮紙を広げて二人の前へと差し出す。その紙はくたびれており、恐らくそこに書かれている何かの設計図を描いたのはつい最近の出来事ではない――おそらく、まだアラン・スミスと旅をしている時に作ったものなのだろう。
二人の熾天使は設計図を凝視し、すぐにまた互いに目くばせをして首を振ったり頷いたりしている。そしてどう伝えるべきか決まったのだろう、イスラーフィールの方がクラウディアに向き合い、どこか申し訳なさそうに眉をひそめている。
「これは……あまり合理的な武器とは思えません」
「そうですね、全然非効率的なのは認めます。ただ、世の中には時として、効率よりも重要なことがあるんです」
「えぇと、それは……?」
「浪漫です!」
クラウディアは人差し指をイスラーフィールとジブリールの方に突きつけながらそう叫んだ。熾天使達はぽかんとしており――その様子を見てクラウディアは満足そうに微笑み、フォークを取って食器の残っている残りを口に運び始めた。
「浪漫があれば、やる気が出ますからね。どれほど合理的で効率的であっても、やる気が出なければ人は行動できません。逆に気持ちが盛り上がれば、モチベーションから思わぬ力が沸いてくることもあります。まぁ、浪漫でお腹が膨れないのは認めますが……」
浪漫で空腹が満たせるわけでないということを理解しているのと同様に、クラウは浪漫だけでアイテムを作成したりはしない。本来は基本に忠実で、堅実なタイプであることを自分は知っている。おそらく堅実すぎる熾天使達に物事の面白味を教えるために、敢えてふざけているのだろう。
それに――設計図を見た瞬間に分かったのだが――誰がこの道具を使うのかという点も重要だ。たとえば真面目なタイプが彼女が作ろうとしている物を持ったとしても、安全性や実用性の観点から使いもしないかもしれない。しかし、クラウディアが贈ろうとしている相手はこういった武器を好む傾向にある。とくに彼は戦闘に関して精神性のあり方を重要視するタイプでもあるので、テンションが上がる武器を持たせてあげるというのは存外に良いアイデアに違いない。
そしてクラウディアは二回目のおかわりを綺麗に平らげて後、両手を組んで食後の祈りを掲げ――今の祈りは慣習であるのと同時に、食そのものへの感謝として行われたように見える――満面の笑みを浮かべながら開かれている設計図を指さした。
「アナタ達と一緒にこれを作れば、きっと浪漫と実用性が合わさって最強に見える武器が作れると思うんですよ。ただ、私の技術力じゃ試作品を作るので手一杯だったので……なのでお二人に協力して欲しいんです。
大丈夫、損はさせませんよ! きっと、私がさっき言っていたことが分かるようになるはずですから!」
要するに、クラウディアは彼が欲しがるものを作ろうと思っているだけであり――もっと言えば、彼が喜ぶ顔が見たい、その一心でこの武器を完成させようというのだろう。そしてきっと、その目論見は成功するに違いなかった。