B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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魔王と虎と板挟みの彼女

「あのぉ……何度か言ってますけど、私はユメノじゃなくてナナコ、またはセブンスです」

 

 何故に自分がそんな断りを入れなければならない状況になっているのかというと、ブラッドベリがこちらのことを「ユメノ」と呼んでくるからである。それはあの火口での戦闘後からそうであり、何度かユメノではないと伝えているのだが、結局こちらの意見が取り入れられずにいる。

 

 今は真昼間、森林の中と言えども少し拓けた所なので、枝葉の隙間から適度に日が差す気持ちの良い時間帯。外で作業をしているシモン達のために昼食を持って来たついでに――魔族やシモンたちは少し離れたところでガツガツと食事をしている――ブラッドベリと会話をしている中でユメノと呼ばれたので訂正した形だ。

 

「事情は理解できてはいる。ナナセ・ユメノの肉体は朽ち、貴様はクローンであるということだろう?」

「はい! なので、私は厳密には夢野七瀬という訳では……」

「だが、同じ魂を有しているというのなら、お主はやはりユメノだ」

「同じ魂を有しているってどういうことなのでしょう?」

「そこに関する合理的な理由や根拠がある訳でもないのだがな……しかし、以前と全く同じ技を操り、同じような立ち居振る舞いをする。

 同じ遺伝子情報を持ってすれば、なるほど、姿形が似るのは納得できよう。しかし、性格を形成するには環境要因は無視できぬはずだ。それなのに以前と全く同じように人格形成がされているのは、同じ魂を有しているからと想定するのが自然だろう」

 

 ブラッドベリは何やら難しいことを言ってくるのだが、ともかく呼び方を改めるつもりはないということだけは理解できた。自分としては呼び名にこだわりがある訳でもないので好きに呼んでもらって構わないのだが、ユメノとかナナセだけはよろしくない――何となく反対しそうな人の方へ視線を向けると、銀髪の男性はノーチラス号の外壁に背を預けながら首を横に振った。

 

「……別に、好きに呼ばせればいい」

「はぅぅ……その、大丈夫ですか?」

 

 以前の話にはなるが、T3は自分が夢野七瀬になることを嫌がっていた。もちろん、自分が変に舞い上がらなければいいだけで、他人が自分のことをユメノと呼ぶ分には問題ないのかもしれないが――なんとなく、T3の前で夢野七瀬と認識されると居心地が悪い印象がある。

 

 そうでなくとも、T3とブラッドベリはなんとなく微妙な雰囲気なのだ。互いに七柱に恨みがあり、敵の敵は味方で同じ場所に居てくれはするのだが、同時に三百年前に命を懸けて戦った相手であり、今更仲良くできないということなのかもしれない。

 

 ともかく、こちらの質問に対してT3は押し黙ったままであり、自分と同じように彼の方を見ていたブラッドベリの方が訝しむ様な表情を浮かべて口を開く。

 

「何故その男の許可を取る必要があるのだ?」

「えぇっと、そのぉ、それは……」

「……成程、その男が器にこだわって、お主がユメノであることを認めていないということだな?」

 

 ブラッドベリは呆れたように嘆息を吐いた後、再びT3の方へと向き直った。T3の方は俯きながら無言を貫き通している。そのせいで二人の男の間に奇妙な緊張が走っており――自分がいたたまれなくなってきたので、空気を取り繕うためにT3のフォローをすることにする。

 

「あ、あのあのあの! T3さんは夢野七瀬の仇を討つべく、三百年も戦い続けてきたので、そう言ったところにこだわってしまうのは仕方ないと言いますか!」

「だが、お主をユメノと認めないのは、お主の尊厳を認めていないのに等しいではないか」

「……私は己の矮小さは認めているつもりだ」

 

 自分とブラッドベリが話している間を、T3の呟くような声が遮った。振り返ると、T3はノーチラスの外壁から背を離してすたすたと歩き去っていこうとしてしまう。

 

「あ、T3さん、どこに行くんですか!?」

「武器の調整に戻るだけだ……決戦の時は近いのだからな」

 

 それだけ言い残し、T3はノーチラス号の中へと戻っていった。その背を追いかけようか一瞬悩んだが、それよりも誤解を解くべきだろうと思い外に留まることにする。

 

「すいません……T3さん、根は優しい人なんですけど、あぁやってぶっきらぼうで誤解を招きやすい人と言いますか……」

「私は構わぬのだが……お主は良いのか?」

「セブンスって呼ばれることに関してですかね? 私はむしろ結構気に入っていると言いますか……正直、自分のルーツに関してはそんなにこだわりが無いっていうのが正解ですかね。

 私が何者であったとしても……夢野七瀬であったとしても、第七世代型アンドロイドのセブンスであったとしても、やるべきこと、したいことは変わりませんから」

「成程。やはりお主は夢野七瀬だ」

 

 ブラッドベリは微笑みを浮かべながら小さく頷いた。普段は威圧的で怖い雰囲気をまとっているが、こうしてみると落ち着きのあるお父さん風というか、どことなくホークウィンドを思い出させる出で立ちをしているようにも思う。いつもは魔族の王という立場から隙を見せないが、もしかしたらこちらのどことなく穏かな所がこの人の根の部分なのかもしれない。

 

 そんな風に思いながら見つめていると、ブラッドベリは真顔に戻り、T3の消えていったノーチラス号のドアの向こうを眺めながら口を開いた。

 

「あの男の気持ちが理解できないではない。懸想していた相手を目の前で失ったのだ……その整理をするには時間もかかることだろう」

「えと、けそうってなんですか?」

「恋い慕うことだ」

「こここ、恋!?」

「あぁ。あの男がユメノに想いを寄せていることは、三百年前の戦いのときから気付いてはいた。むしろ、お主は気付いては……あぁ、夢野七瀬であった時の記憶は無くなっているのであったか」

 

 ブラッドベリの言う通り、三百年前の夢野七瀬とT3の――アルフレッド・セオメイルがどのような関係であったのかは、人づてやT3自身の口から聞いた範囲のことしか自分は分かっていない。

 

 しかし、この星から去るナナセを海と月の塔まで追いかけ、三百年ものあいだ復讐心に身を焦がしていたのだから、T3にとって夢野七瀬は大切な人物であったことは疑いようもない事実だろう。それが恋であったとするのなら――。

 

「……でも、やっぱり、T3さんが好きだったのは夢野七瀬なんだと思います」

「もしお主が同じ魂を継いでいるというのなら、それはそのままお主への想いになるのではないか?」

「少なくとも、T3さんはそうは思っていないと思いますし……私自身も、自分が夢野七瀬であるって感じはしないんです」

 

 実際の所、確かに自分はナナセの魂を継承しているのかもしれないが、今の自分はアルフレッド・セオメイルの知っていた夢野七瀬とは違う存在なのは間違いない。

 

 それは、単に彼が自分をナナセと認めてくれないからでなく、自分の実感としてもその通りで――自分がそんな風に思う一番の理由は、今の自分をナナセと呼ぶ者がいなかったせいかもしれない。記憶が定かになってからはアランにナナコと名付けられ、チェンやT3からはセブンスと呼ばれていたので、ナナセというのに実感が沸かないのだろう。

 

 先ほどブラッドベリに言った通り、自分が何者であるかについてのこだわりはそんなにない。自分が何者であったとしても、やりたいことは変わりないのだから。それならば、ナナセであっても良いのだが――それはきっと、あの人が嫌がるから。それなら自分はセブンスで良い。

 

 そんなことを考えていると、なんだか頭が混乱してきてしまった。いっそ自分はナナコです、セブンスです、夢野七瀬ですと、いずれか明言してしまった方が自分も周りも困らないのかも。しかしどれが自分にとって最も適切かこの場で答えを出すこともできず、思考がグルグルと回ってしまう。

 

 なんにしても、呼び名が三つもあるとややこしいことはこの上ないのだが――ひとまず自分が夢野七瀬としての因子を持つのであれば、目の前の人に謝罪しなければならないことを思い出す。

 

「突然話は変わりますが、あの、すいませんでした……三百年前のアナタとの約束、護ることができなくって」

「それはおかしな話だ。お主がユメノではないということなのなら、謝る必要などなくはないか?」

「でも、多分ナナセに一番近い立場にあるのは私ですから。せめて代わりにでもと思って」

「もちろん、目覚めた時に失望があったとは言わないが……ユメノの想いを踏みにじったのは七柱共だ。お主がユメノであれセブンスであれ、どちらにしても謝ることはない。それに……この戦いが終われば、どの道全てに片はつく」

 

 そういうブラッドベリは、感情の読めない表情でどこか遠くを見つめた。全てに片が付く、その言葉に何か不穏なものを感じ――彼が何を意図しているのか何となく理解し、確認のために質問をしてみることにする。

 

「あの、私たちが七柱の創造神に勝ったとして……もちろん、絶対に勝ちますが……アナタは魔族たちを引きつれてレムリアの民と戦争を始めるつもりですか?」

「そうだ、と言ったら?」

 

 こちらの質問に対し、ブラッドベリは攻撃的な笑みを浮かべる。相手の真意は見えないが――ともかく、もしこの人がその気なら、それはきっぱりと止めなければならない。

 

「戦争を止めるまでアナタを説得します。もしレムリアの民の側が魔族に対して戦争を始めたら、レムリアの民に止める様に語り掛けます……だって、本当は戦う必要なんてないんですから」

「確かに、我らが戦うように仕組んだのは七柱であり、本来は戦う必要などないのかもしれぬ。しかし、それは三千年の時の中で本能に刻まれ、同時に互いに歩み寄りようのない歴史を刻んできてしまった。我らは互いに滅ぼし合うまで戦い続ける他にない」

「それでも、私は説得を諦めません。これ以上、血が流れるのは見たくありませんし……魔族さんもレムリアの民も、互いに生きたいという想いは変わらないはずですから。

 すぐに仲良くできないのなら、せめて互いに距離を取って落ち着くとか……そういう手段だってあると思うんです」

「互いの生存圏を脅かさないなど綺麗ごとにすぎぬが……」

 

 こちらの言葉がおかしかったのか、ブラッドベリは突然自嘲的な笑みを浮かべた。

 

「何かおかしいことがありましたか?」

「いや、アラン・スミスにも同じことを言われたと思いだしてな。思い返せば、お主とアラン・スミスにはどこか似たものを感じる。綺麗ごとを吐く夢想家である一方で、頑として譲らぬ強い意志を持っているところなどそっくりだ」

「そうですねぇ、アランさんと私は……いえ、夢野七瀬は元はと言えば同じ時代の出身ですし、持っている常識とか思考も近いのかもしれないですね」

「……どういうことだ?」

 

 そう言えば、ブラッドベリはアラン・スミスの正体については聞かされていないのか。それならばと、自分が知っている範囲で情報を伝えることにした。

 

「そうか、まさか奴が邪神ティグリスだったとはな……」

「あ、えと、なんだか神妙な感じですけど、大丈夫ですか?」

「いや、何……思考を操作されていたとはいえ、名目上はティグリスの復活を企む者として私は存在していた訳だからな。アレが我が信奉者であったとは思うと、中々に複雑怪奇だが……しかし成程、妙な力強さがあったことも頷けるというものだ」

 

 ブラッドベリは皮肉気に笑いながら、またどこか遠くを見つめた。しかしすぐに首を横に振り、再び神妙な表情を浮かべながらこちらを見た。

 

「だが、奴を我が主として認めるつもりはないぞ」

「あ、あははぁ……まぁ、アランさんも嫌がりそうですけど」

「それに奴がいなければ、我は封印されずにゲンブに合流できていた訳だからな。戦士として打ち合い、負かされた結果にとやかく言う気もないし、奴を復活させることに異論はないが……進んで手を組むつもりもない」

 

 そう語るブラッドベリの雰囲気は、T3がアランのことを語る時に似ているように思う。恐らく、実力や信条は認めているのだが、性格的な部分で反りが合わないと言った調子なのだろう。

 

 しかし、名目上はティグリスの復活を目論むべく魔族を統べていた魔王が、真に邪神復活のために尽力することになるとは不思議な様にも感じるが――しばらくブラッドベリが押し黙っているので、先ほどの不安が戻ってきてしまう。彼は本当に、再びレムリアの民と戦争を引き起こすつもりなのだろうか。

 

「……安心しろ、別にすぐさまレムリアの民どもと戦争を起こす気など無い。荒廃しきってしまったこの世情において戦争などけしかけたら、それこそ互いの種族が絶滅してしまうだろう」

「ほっ……でも、後々戦うつもりなんですか?」

「それは、貴様やアラン・スミスの言っていた通り、一度距離を取ってみて……細かいことはその後に決めることにする。今はともかく、我らの運命を好き勝手に操る偽りの神々を滅することが先決だからな」

 

 男が言葉を切ったタイミングでシモン達も食事を終えたようであり、遠くからブラッドベリを呼ぶ声があがった。

 

「長話をしてしまったな。最後に言っておくが、私はアルフレッド・セオメイルのことは一人の戦士として認めている。彼奴《きゃつ》が生体チップを破壊してくれなければ、私は未だに七柱の呪縛にとらわれたままだっただろう。そういう意味では感謝もしているのだ。

 しかし、まだ感情に振り回されているようだからな……そういった甘い部分は、決戦に向けて克服しておけと伝えておいてくれるとありがたい」

 

 ブラッドベリはそれだけ言い残し、シモンたちの方へと戻っていった。しかし、ブラッドベリの言葉は幾分か自分の心を軽くしてくれた。表面上ではいがみ合っているように見えるけれど、ブラッドベリ側はT3に歩み寄ってくれる態度を見せているのだから。

 

 さて、みんな仕事に戻ったので、自分も仕事に戻ることにしよう。空いた皿をカートに載せて運び、洗い物を済ませてしまおう――そう思ってキッチンの扉を開くと、武器の整備をしているはずのT3がコーヒーを呑みながら待っていた。

 

「あれ、T3さん。武器の調整をしているんじゃなかったんですか?」

「そろそろ貴様が食器を戻しに来ると思って待っていたんだ」

 

 T3はやおら立ち上がって食器をシンクへと持っていき、黙々と洗い物を始めた。自分も彼の隣に並び、彼の手伝いをすることにする。

 

「あのぉ……なかなか仲良くするのは難しいというのは分かるのですが、ブラッドベリさんのこと……」

「……大丈夫だ。別に本気で奴のことをいがんでいるわけではない。ただ、三百年前には互いの種の存続を掛けて戦った間柄だからな。友好的に接するのが難しいだけだ」

「それなら良いんですけど……でも、ブラッドベリさんも、T3さんに感謝してましたよ。生体チップを破壊してくれてありがとうって」

「……恐らく、ありがとうまでは言っていないな」

 

 確かにありがとうとは言っていなかったが、感謝していると言っていたことは事実だ――ともかく、顔を合わせれば険悪だが、T3とブラッドベリが互いにいがみ合っているわけでないことは分かったので、やっと自分も胸を撫でおろすことができた。

 

「……戦いが終わるまで、待ってくれるとありがたい」

「……ほぇ?」

「お前の中には、間違いなくナナセがいる……それは、分かっているのだ。だが……それを認めるのには、心の整理をつけたい」

 

 洗い物が終わり、T3は手元の布巾を眺めながらそう呟いた。もしかすると、先ほどのブラッドベリの言葉を気にして、こちらに対して気を使ってくれているのかもしれない。

 

「T3さん、あんまり気にしたらダメですよ。というか、私の存在がアナタを迷わせているのなら心苦しいですし……私など、その辺に転がる石ころぐらいに思ってもらえれば!」

「そうだな、そう思うことにする」

「え、自分で言っておいてなんですけど、それは酷くないですか!?」

 

 まさか本当に石ころ扱いされるとなれば、いくら自分でも少々傷つく。声を荒げて反論する自分に対し、T3は何も言い返さずに淡々と洗い物を進める――ただ、その口元には微笑みが浮かんでいたのを自分は見逃さなかった。

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