B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

341 / 419
人工の月について

 自分の身体は月へと来ていた。身体は、と表現した理由は単純で、自分の意志とは関係なくそこへと向かっていたからだ。リーゼロッテ・ハインラインが月へのエレベーターを乗り継ぎ、そこへと誘われた形である。

 

 月へのエレベーターは、惑星レムの二か所に設置されている。元々は赤道に浮かぶヘイムダルが軌道エレベーターの役割を担うはずだったが、レムリアの主要都市へのアクセスが良くないため、もう一つ建造されたのが二つの目のエレベーター、海と月の塔らしい。

 

 海と月の塔で最初に作られたのはむしろ地下部分だった。元々は惑星レムを人が住める規格にするために行われた二つの調整、それが海底のモノリスにより荒れる海を治めることと、重力や公転軌道を旧世界に合わせることであり、それぞれ役目を担ったのが塔の地下部分と人工の月。その後、宗教的な権威として地下部分から月へのエレベーターとして増設された結果、作られたのが海と月の塔だった訳だ。

 

 海と月の塔は月へ直通しているわけではなく、軌道上を回るいくつかの宇宙ステーションや小規模な人工衛星を何度か乗り継いで行く必要がある。エレベーターの物理的な距離が天然の月よりも近いと言っても、その移動には一日は掛かるものだった。

 

 実際に辿り着いた人工の月は、自分が予想していたものとは結構な違いがあった。月の外面に建物などがあると想像していたのだが――もちろん、ないことも無いが――施設のほぼすべてが内部に集中しているらしく、外面は比較的シンプルな構造をしている。内部では旧世界で発見された最大のモノリスを動力、並びに制御装置として活用しており、施設内のエネルギー供給を担い、ほとんど無人の――雑務をこなすアンドロイドを除いて――月を動かし続けているようだった。

 

 人工の月についての構造については、リーゼロッテ・ハインラインの記憶からある程度のことは共有されている。直径二千キロメートル程の球体の内、とくに内側の大部分は内部機関として存在しており、主に惑星レムの重力をコントロールする役割を果たしている。併せて、距離を調整することで潮の満ち欠けや気象をコントロールしているらしい。

 

 また、フレデリック・キーツの無敵艦隊と同様に、オールディスの月は宇宙からの外敵に備えた武装も取り揃えている。その主力は、月の外面にあるパネルで集めた太陽光をエネルギー源とする超巨大レーザー砲で、その砲身は直径に十キロメートルにも達し、それはあの魔術神アルジャーノンの第八階層魔術すら凌駕する威力を放出できるようだ。かのレヴァンテインが放つマルドゥークゲイザーは、この超巨大レーザーの一撃の出力を調整した上で、いくつもの衛星による反射を用いて地上へと放たれている、とのことらしい。

 

 さて、月の内部の残りに関しては、さらに大まかに生産部門と管理部門とに分けられる。生産部門は更に機械開発と生物開発とに分けられ、主に前者では武器や機械などの生産が行われており、後者では第五世代型の増産や第六世代型――肉の器にある人型アンドロイドの開発とクローンの生産、さらには動植物の管理が行われている。

 

 ちなみに、生産部門を管理する最後の世代はいない。かつて機械の生産をしていたDAPAが一角、ダイナミクスモーターズの者たちはドワーフとして地に降り、動植物やアンドロイドの生産を担当していたアシモフ・ロボテクスカンパニーとパラソル社の重役達はハイエルフとして地に降りていたからだ。この月で行われているのはAIによる自動管理と生産であり、足らなくなった部分を適宜補填するために存在する。そして生産したものや、旧世界から運んできた動植物などを保管しておく場所が管理部門である。

 

 旧世界の動植物の種子や遺伝子情報は、移民船アーク・レイで冷凍保存されて惑星レムまで運ばれ、月が完成した際に研究、増殖のためにこの月の中で再現されている。惑星レムに旧世界と同様の動植物が存在するのは、この研究によって培養された生態系を展開したことに起因する。言ってしまえば元々レムに原生していた動植物を淘汰して展開したとも言えるのだが――その結果の歪みとして生まれたのが魔獣とも言えるのかもしれない。

 

 ともかく、旧世界の生態系を再現するために、管理部門は月の内部においてそれなりの広さを兼ね揃えている。月の中に擬似的に海や温帯、乾燥帯などを数百メートル四方で再現しているため、全体としてはなかなかの広さになるのだ。また、箱庭の生態系を維持するのに合わせ、この月の中は重力も惑星レムと同じ程度になるように調整されているようだった。

 

 リーゼロッテ・ハインラインが向かっているのは、ちょうど生産部門と管理部門との中間に位置する一角だった。そのとくに最深部、高レベルのセキュリティIDが無いと侵入できないその場所こそ、七柱の創造神たちの本体が眠る場所であり――各々の本体が眠る揺り籠においては、本人を除いては同じ七柱同士でも侵入することができない場所でもある。

 

「……これよ、これが私……一万年の時を永らえて、みすぼらしくも生き続けているのが、元々私であった者よ」

 

 自らの手が触れた機械の箱には様々なパイプや計器とが繋がれている。その中央には、僅かに中を覗けるガラスの面があり――琥珀色の液体の中に、人の脳らしきものが浮かんでいる。

 

 七柱の創造神たちがこの星に辿り着いた後も生き残る方法として考えられたのは三通りあるようだ。一つはファラ・アシモフのように長命種に脳を移植すること、もう一つは肉体をそのまま保存するというもの、そして最後がこのように脳や神経だけ摘出して稼働を続けるというものだった。

 

 とくに人格の転写というシステムが作られているため、肉体の保存にはあまり意味を為さなくなっていたようだ。それに、七柱の創造神たちは星間飛行中の多くの時間を冷凍睡眠して過ごしていたと言っても、七千年の間で少しずつ稼働していたのであり、この星に辿り着いた時にはかなりの高齢だった。どのみち元々の器では高いパフォーマンスを発揮することは難しいと判断されたため、多くの場合はこのように脳と神経を摘出する手段を取った、とのことらしい。

 

「こんな脳みそだけの存在に好き勝手されているだなんて、なかなか腹に据えかねることだと思わない? エリザベート」

『それなら、アナタはなんでこんな酔狂なことをしているのよ?』

「そうね……質問に質問で返すようで悪いけれど、アナタはこれを見てどう思う?」

 

 自分としては贓物などじろじろと見たいわけではないのだが――リーゼロッテがかつて自分だった物をじっと眺めて視線を放さないため、イヤでも視界に入ってくる。

 

『……人は自然と老い、そして死んでいくべきだと思うわ。こんな風に生きながらえるのが、正しいことだとは思わない』

「本当にそうかしら? それは、アナタの倫理観で言うところではそうというだけ……幼少の頃より教え込まれた社会規範や宗教的な道義が、アナタにそう思わせているだけなんじゃない?

 もしそうなら、右京やローザの作った社会規範は、上手く第六世代たちの行動を制御できていると言っても良いでしょうね。

 一歩引いた目線で考えなさい。いわゆる永久の命というものは、元来のルールに当てはまらないだけ……確かに肉の器にある者は老い、朽ちていくのが原則だけれど、そのルールを定めたのが自らの上位者であるというのなら、そもそもその上位者って正しいのかしら?

 何より、もし今のルールを破壊すればより高みに行けるというのなら……どうしてアナタは既存のルールに縛られているのかしら?」

『それは……』

 

 そう言われると、確かに自分が脳髄だけで生き残っていることに関して嫌悪感を示したのは、単に「そういったものを見たことが無いから」という経験則に基づく浅はかな考えなのかもしれない。

 

 もっと踏み込めば、自分にはこのように生きる権利もないから、端から否定的に感じるのかも。それなら彼女の言うように一歩引いた眼で考えてみたらどうか。しかしなかなか客観的に目の前の状況をとらえることもできず、同時にこの状態で「生きている」というのをそんなに羨ましいとも思えない――そんな考えに至るのは、結局は肉の器の本能に精神を縛られているせいかもしれないが。

 

 そんな風に考えていると、自分は口元を吊り上げて――もちろん、笑ったのはリーゼロッテだ――浮いている脳をまた凝視しながら話を続ける。

 

「今から一万年前に、デイビット・クラークという傑物が居た。彼は上位存在が作ったルールを打ち壊し、進化の果てを見ようとした……その夢を共に追い、傑物が死してなお高次元存在に手を伸ばそうとした者たちが、DAPAの生き残りなの。

 その急進的な考えは、社内の中ですら懐疑的に思う者もいた。神を冒涜する行為、人権を踏みにじる悪行、人の平等を破壊しかねない大罪だとね。そんな者たちは、旧世界でその魂を光の巨人へと返すか、惑星の浄化の中へ消えていったわ。

 逆に、進化の果てを見ようと思った者たちだけが生き残り、この星まで辿り着いた。そんな旧世界の人々の執念を、アナタは正しいと思わないの一言で一蹴するのかしら?」

『でも……アナタ自身が、それを正しいことだと思っていない。そんな風に見えるけれど……』

 

 何気なく言った一言ではあるが、あながち間違いでもないようには思う。リーゼロッテはただ淡々とこちらの反対意見を述べているだけで、そこに関してこだわりも信念もないように見える――むしろ、その執念を見せた人々に対して、どこか冷笑を隠しているような印象すら覚える。

 

 思い返せば、進化の果てまで辿り着こうと執念を見せた旧世界の人々の多くは、結局のところ元来持っていた信念を貫き通せていないのではないか。ハイエルフ達やルーナを見る限り、世界を管理する側に回ったことで自らを絶対者と思い込むようになり、現世の欲に呑まれて行ってしまったように見える。

 

 また、ファラ・アシモフなどのように真理の探求を諦めた者もいれば、恐らく最初から高次元存在にあまり興味のなかった伊藤晴子やフレデリック・キーツのような者もいる。

 

 旧世界からの信念を曲げずに動き続けているのは、ただダニエル・ゴードンと星右京だけだ。右京に関しては目的も分からないので、曲げていないだろう、という推測にしかならないが――そもそも進化の果てに行こうという執念を一万年持ち続ける者がほとんどいないのであれば、結局人というのはそんなものであり、ある意味では来るべき時に生まれ、去るべき時に死すものという普遍的な考えの方が筋が通っているようにも感ぜられるのだが――。

 

 いや、まだ一人、一万年の時間の中で信念を曲げないものが居たか。この体を操っている張本人、リーゼロッテ・ハインライン――だが、彼女の場合は事情も特殊だ。彼女は一万年の間、虎との決着を望んでいたのは事実ではあるが、それはあくまでも実現しない夢物語として抱き続けていたのであり、彼女自身はその可能性を半ば諦めていたはずなのだから。

 

 それ故に彼女は惑星レムの統治にも興味を示さなかったし、ずっと夢の中で原初の虎と戦い続けていた。その一途さこそある意味では驚嘆に値するのかもしれないが、同時に彼女が進化の果てを語るのは筋違いのようにも思う。

 

「……ふふ、アナタの言う通りよ。だけど、それは論点のすり替えね。確かに私は進化の果てを語る資格などないかもしれないけれど、それは私に対する個人的な攻撃であって、こうやって脳だけで生きることの否定にはならないわ」

『確かにその通りだけれど……結局、旧世界の人類だってその崇高な理念とやらを失っている者が多い。結局、人という存在はあまりに長く生きたところで、個人の思想は徐々に失墜していく……肉と同じように、心もだんだんと腐敗していく。それなら、後の世代に進化を託していくのが正解なんじゃないかしら?』

「成程、それは一理あるわね。でも、私たち最後の世代は、誰に託せばいいのかしら?」

『それは……』

 

 私たち第六世代型に、そう言うこともあながち筋のない話ではないはずだ。第六世代型は最後の世代のゲノムを継いでおり、同じように肉の器にある存在。逆に、旧世界の生き残りである最後の世代という言葉は、彼女らから見た一元的な呼称でもある。それを思えば、彼女らが自分たちを勝手に最後と思い込んでいるだけで、継がせるべき相手は現に存在しているとも言えるだろう。

 

 しかし彼女たち旧世界の人々の思いを託すべきは私達だ、と言い切れなかったのは、ただ座して権利を主張するのもおかしな話と思ったから。また、自然言語的な処理でもって行動を規律するという視点で言うのなら、第六世代でなくても第五世代も後継者たりえる。

 

 もっと言えば、第五世代であれ第六世代であれ、自分たちは最後の世代の何を継承し、どのように進化をしていくべきなのか――そこを定義しなければ、話は進まない。そしてそれは自分が決めることではなく、最後の世代たちが決めるべきことのように思う。

 

「……アナタが、私の意志を継いでくれるというの?」

『さぁ……まずはアナタの心が分からなければ、それを決めることもできないわね』

「おあいにく様。そんな受け身じゃ、分かるものも永久にわからないわよ」

 

 リーゼロッテはそこで自らの脳に対して踵を返し、自らの玄室を後にした。そのまま誰もいない通路を歩き続けていると、ちょうど近くの扉が開き――そこから一人の妖女が姿を表した。十中八九、彼女はローザ・オールディスだろう。

 

 一応女性らしい骨格をしているが、しなやかな筋肉がスーツの下からでも浮き彫りに成程で、鍛えている自分の身体よりも大きい――先日の激戦で見せたものよりは二回りほども小さくなっていると言えども、恐らく前回の器がパワー特化で、今回のものはスピードも兼ね揃えているといったところか。

 

 人口密度が極小の月で人と会うなどというのも不思議な感じもするが、この区画は七柱のみが侵入を許されている聖域であり、彼女も次の戦いに備えて準備をしていたということなのだろう。相手も同じように思ったのか、向こうは怪訝そうな表情を浮かべており、対するこちらは気さくな感じで軽く手を挙げて挨拶をした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。