B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「ローザ。調子はどう?」
「妾のことはルーナと呼べ……気分は最悪じゃ。こんな器を使わざるを得ないのだからな」
「そうかしら? 素敵よ、強そうで」
リーゼロッテは本心から賞賛の言葉を送っているはずだ。単純に力を出すのならば、以前ローザが宿っていた細腕の少女であるよりも、今のように相応の素体に宿る方が合理的と思っているのは間違いない。何より、ローザが可愛らしさよりも強さを重視した素体を持ち出したという、勝ちにこだわる姿勢をリーゼロッテは評価しているのだろう。
ただ、リーゼロッテは常に斜に構えて皮肉を言うタイプでもあるので、素直な賞賛もストレートに受け取ってもらえない。事実として賞賛とは受け取ってもらえなかったのだろう、ローザは露骨にイヤそうに口を曲げている。
「……妾は主らが嫌いじゃ」
「それはどうも。私も別に好きじゃないわよ。アナタほど周りを嫌ってもいないけれど」
「ふん、貴様は自分勝手だからな、他人になど興味がないのじゃろうな」
「あまり他人の目を気にしすぎて攻撃的になるよりはマシだと思っているわ」
「一応先日の礼を言おうかと思ったのじゃが、止めておくことにする」
「あら、残念。アナタから礼を聞けるだなんていう珍しい機会をふいにしてしまうなんてね」
そう言いながらリーゼロッテは壁に背を預け、腕を組みながらローザ・オールディスの方を見た。ローザの方は素体の堀が深く目が奥ばっており、瞳から感情を読み取りにくいが――ともかく首を振ってから、真剣な様子でこちらへと向き直った。
「恐らく、次に奴らは海と月の塔に攻め込んでくるじゃろう」
「そうでしょうね。アナタ達の計画を挫くにも、ここに攻め入るのにも、海と月の塔を攻略すれば一挙両得できるもの」
「そして貴様が言っていたように、奴らは我らに対抗できるだけの力をつけてきておる……次の戦《いくさ》こそ、DAPAとACOの残党の雌雄を決する戦いとなるじゃろう。
四の五の言っていられん。我らも力を合わせなければならぬ……さもなくば、我らが悲願が挫かれてしまうことになるからな」
「別に異論も反論もないんだけれど……我らが悲願て何?」
「それは……」
先ほどのリーゼロッテの言葉を借りるなら、進化の果てを目指して三次元の檻から脱却するということになるのだろうが――ローザ・オールディスは窮したように押し黙っている。返事をできないローザに対して、リーゼロッテは鼻で笑った。
「無駄に主語を大きくするのはいただけないわね。アナタにはアナタの願望があるだけで、もはや私たち共通の目的なんかは無いのだから」
「そういう貴様こそ、原初の虎を復活させるなどという独りよがりの妄想をいだいておるのじゃろう?」
「別にそれが悪いことだとも思っていないもの。ちなみに興味本位で聞くのだけれど、アナタは高次元存在の力を得てどうしたいの?
もちろん、以前のアナタの願いは知っている。誰もが出自や才覚にとらわれず、平等な世の中を作りたいと。旧世界でそれができなかったのであれば、惑星レムという箱庭でそれを実現しようとした……それはきっと嘘偽りもなかったことでしょう。
でも、今のアナタは違うでしょう? 私から見たら、剥き出しの欲望のままに既得権益を護ろうとして腐心し、右京やゴードンに力を渡して自らの立場が脅かされるくらいなら、高次元存在の力を自分の手に収める……程度に思っているようにしか見えないのだけれど」
リーゼロッテの質問に対し、ローザは再び押し黙ってしまう。それに対してリーゼロッテは追撃するように息を吸った。
「反論が出ないってことは、図星ってことで良いのかしらね? 別に、それを責めたいわけじゃないわ。それがアナタの願望なら、胸を張っていればいいじゃない。
剥き出しの願望に素直に生きる。大義名分なんかかなぐり捨てて、自分の欲求を満たすために生き続ける……別にアナタも私もそう変わらないって、そう言いだけなのだから」
「……貴様には分かるまい、持たざる者の気持ちなどはな」
ローザは低い声で絞り出すようにそう答える。しかし、彼女の言葉の真意は何なのだろうか? 彼女だって元DAPAの幹部であり、旧世界で言うところの「優秀な人材」であったはずだ。その彼女が劣等感を抱く要素とは何なのだろう――そう疑問に思っていると、リーゼロッテの方がため息交じりに首を振り、壁から一歩前へ出て手を前へと出した。
「もう一度言うけれど、別に力を合わせることに異論はないわ。ひとまず敵の敵は味方、共通の敵を倒すために手を組んで、そして最後に残る空白の座を狙っている……その構図に変化はない。
ただ、共通の敵が侮れない力を得ている以上、今までのように私たちが好き勝手に動いては、勝てるものも勝てなくなる」
「ふん……色々と言い返してやりたい所じゃが、ひとまずは貴様の言う通りじゃ。妾はこの素体で十全に動けるように調整を済ませておく。迎えは右京が寄越すじゃろう。その時まで、貴様も次の戦いに備えておくんじゃな」
ローザは踵を返し、再び自らの玄室の中へと戻っていった。対するリーゼロッテは去っていくローザの背中を見送り、再び誰もいない通路を歩き始めた。
「さっきのアナタの疑問についてだけれど……ローザはね、デイビット・クラークが居るころにはDAPA内に影響力はなかったのよ。恐らく、クラークはローザのことを認識すらしていなかったんじゃないかしら」
『そうなの?』
「えぇ。デイビット・クラークは彼女のようなタイプを嫌っていたからね……旧世界の彼女と今の彼女は全く別人のようだけれど、その本質はあまり変わっていないわ。
元々、ルーナ派とやらの教義が人道的で博愛主義を採用しているのは、言ってしまえばクラークが言うところの『弱者が強者を自らがいる所まで貶める手段』に過ぎない。平等だとか優しさだとかいう抽象的でそれらしい物差しで人の在り方を説くのは、素質で勝てない者に対して優しさなら負けていないという弱者の理論であり、精神的な勝利で自分を慰めるための手段にしか過ぎないのだから。
彼女は今も昔も、他人の目を気にして勝ち負けに執着している……そういう意味では、本質的な部分は何も変わっていないのよ」
『……アランとの決着に執着をしているアナタがそれを言うの?』
「ふふ、言うじゃない。でも良いのよ、私は自分のことを大したものじゃないと思っているし、それでいいとも思っている……ローザも言っていたでしょう? 自分勝手な奴だって」
ちなみに、彼女の頭脳が素晴らしい物であったことも間違いと、リーゼロッテはローザに対して謎のフォローを付け加えた。曰く、優秀な成績で研究機関を卒業したのも事実だし、実際にAIを上手く活用しながらも巨大な月をほとんど一手で管理しているのだから、ローザ・オールディスが優秀なことには違いないのだろう。
『でも、彼女は優秀だったのでしょう? それなら、変に劣等感を覚えることも無いんじゃないの?』
「その辺りは本人にしか分からないこともあるし……そうね、アナタは誰かに劣っていると感じることは無い?」
自分が誰かに劣っている――そういった類のことは何度か考えたことはある。たとえば、ソフィアと比べたら自分は持っている知識量だって頭の回転だって足らないし、クラウと比べたら家庭的な能力だって足りていない。もっと言えば、リーゼロッテと比較して、技も精神力も足りていない――そんなことを考えていると、身体の主はまた鼻で笑いながら首を振った。
「アナタはそんな風に思っているわけだけれど、アナタの知能指数はレムリアの民の中ではかなり高い方だし、家事ができるかどうかを重視するかはライフスタイルによるわ。アナタはごく一部の例外を切り取って、それと比べて自らが劣っていると感じているに過ぎない。
要するに、ローザ・オールディスも同じってだけ。いいえ、ローザだけじゃない。多くの人間が、勝手に自分と誰かを……とくに凄まじく優秀な者と比較して、勝手な劣等感を覚えているに過ぎない。別に自身が最低ってわけじゃないのにね」
『アナタも、アランに戦闘力で劣っていると思っているから、それで執着しているの?』
「……そうだと思う?」
こちらに質問を返してくるリーゼロッテの調子はどこかあっけらかんとしたものであり、明らかにコンプレックスがあるという雰囲気ではない。そうなると、リーゼロッテはコンプレックスの解消のためという訳でなく、何か他の事情でアラン・スミスとの決着を望んでいるということになるのだろうが――そう思っているうちに、とある一室へと到達した。
薄暗い照明の照らし出す中心には、円形の机に対して六つの豪奢な椅子が並んでいる。恐らく、七柱の創造神たちが一同に介すために作られた専用の空間なのだろう。椅子が一つ足らないのは、オールディスの月が完成した時にはレムは――伊藤晴子は既にその身を海に捧げていたせいで、肉体を持ってして七人が介すことは無かったからだろうか。
しかし、リーゼロッテの記憶の中に、他の六人すらこの場に集まった記憶はないようだ。揃わなかった主な理由は、今自分の体を操っている張本人がほとんど眠っていたせいのようだが――ともかく彼女は自分用の椅子に深くかけた。
「正直に言うとね、もはや自分が何故タイガーマスクに固執しているのか、その理由は自分にも思い出せないの……いくつも任務を失敗させられた借りを返したいのか、戦場に甘ちゃんが立っていることが気に食わなかったのか……はたまた、いつまでも私を見てくれなかったことが許せなかったのか。
アナタが言ったように、単純に勝てなくて悔しいって気持ちだって無くはないわ。ただ……彼を意識した原因は、間違いなく初めて出会った時に見逃されたのが悔しかったからね」
『そういう意味じゃ一目惚れなのね』
「一目惚れ、そうね、そうかもしれない」
こちらの言葉に対し、リーゼロッテは自虐的に笑った。結局アラン・スミスを強く意識したのは、出会いが鮮烈だったから――というのは、あながち間違いでもないのだろう。
彼女がアラン・スミスと初めて会った時の記憶には、自分もアクセスができる。初めて出会ったのが鉄火場というのは自分とアランの出会いも共通しており、同時に彼のあり得なさを意識をし始めたという点では、自分もリーゼロッテも一緒なのかもしれない。
そんな風に少しリーゼロッテに対する親近感を覚えていると、視界の端に何か動きがある――リーゼロッテも視線を上げると、シンイチにそっくりの少年のホログラムが椅子の一つに腰かけていた。
「人のプライベートを覗き込むなんて、良い趣味しているわね。凄腕さん」
「それは失礼……ローザの調子は?」
「既に次の器に転写を完成させているわ。以前の器がもう少し損壊していたら危なかったでしょうけど、ギリギリ移植が間に合ったわね。今は最終調整中よ」
「そうか……それなら、それが終わり次第迎えに行くよ。その時まで、そこで少しゆっくりしていてくれ」
「……エリザベートの人格を消せとは言わないの?」
その一言にぎくりとしてしまう。自分は変わらずリーゼロッテから身体のコントロールを奪い返せていないし、今のところは脅威に思われていないから残されているだけだ。もっと言えば、暇つぶしの相手と思われている程度の存在にしか過ぎない。
とはいえ、今後の作戦において、不確定因子は排除しておきたい星右京ならば考えるだろう――リーゼロッテもそう思って質問をしたのだろうが、少年はシニカルな笑みを浮かべながらゆっくりと首を横に振った。
「そう言おうかと思ったが、止めておくことにしたんだ。理由は二つ……一つ、消していないということは、君にとってエリザベートの人格は何かしらの意義があるのだということ。もう一つは、君は誰かからお願いされると反発したくなるタイプだからだ」
「確かに消せと言われたら、意地でも消したくなくなるわね」
「そもそも、僕は君の上司なわけじゃない。対等な協力者なんだ。命令なんかできないさ」
「他人のことを駒程度にしか思ってないくせに……ま、いいわ。今はオフなの。他に要件がないなら、とっとと失せて頂戴」
「もちろん、色々と言いたいことはあるけれど……言うだけ墓穴を掘りそうだ。それじゃ、よろしく頼むよ」
それだけ言い残し、星右京のホログラムはその場から消え去った。リーゼロッテは「なんだか興覚めね」と呟いて後、ややあってから独り言のように話を始める。
「デイビット・クラークが死んだ日、アラン・スミスが死んだ日。私はその現場に居合わせていて……雨中でただ一人立っていた右京を拘束した。彼の供述によれば、前作戦の段階からACOの逆スパイとして暗躍しており、タイガーマスクを招き入れたのはクラークにほかならず、そのままクラークは暗殺されてしまったのだと。
実際、クラークの通信履歴にはそれを証明できるものはあったし、右京の証言は誤っていないと判断された。また、最大の脅威であるタイガーマスクを仕留め、虎と同列の脅威であったハッカーの協力が得られればということで、右京は招き入れられたのだけれど……私は納得がいっていなかった」
『それは、怪しかったから?』
「それもある。でも、それ以上に……私が止められなかったタイガーマスクを、なんの変哲もない少年が仕留めていたから、かしらね。もちろん、右京とタイガーマスクは元々仲間同士だった訳だから、その虚をついて倒したといえばそれまでかもしれないけれど。
それに、本当はあの雨の降る屋上で、私は右京を殺してやろうと思った……右京が二重スパイになっていることを私は知らなかったし、そうなれば不審者として始末しても問題ないかと思ったから」
『でも、それはしなかった……その理由は?』
「……雨中で震えている彼が、誰かさんに被ったから」
閉じられた瞼の裏に、一万年前の情景が蘇ってくる――雨中で臥す男の側で、うろたえる様に「先輩」と繰り返している少年。状況証拠的には彼が虎を殺したとしか言えなさそうではあるが、こんな弱い姿を見たら右京が人を殺したとは思えないかもしれない。とくにアラン・スミスの強さを目の当たりにしたリーゼロッテからしたら、この情景は異様に映ったことだろう。
同時に、これだけ見たら、まさかこんな震えている少年が、全宇宙を巻き込む壮絶な計画を裏で操っていたなどというのもにわかには信じがたいようにも思う。その在り様は、七柱の創造神などという言葉は似ても似つかない、どこにでもいるような普通の少年という感じであるのだから。
だからこそ、リーゼロッテ・ハインラインは星右京のことを拘束するに留めた。雨の中で震えていた少年の姿は、初めて暗殺のミッションをこなした時に、人を殺したという事実に怯えていたアラン・スミスにそっくりだったから。
また、だからこそ納得いかなかったのだろう。リーゼロッテが言っていたように、デイビット・クラークという傑物を倒すほどの実力者である虎を仕留めたのは、一見するとどこにでもいるような少年だったのだから。
もちろん、この情景は遥か過去のものであり、今の星右京を表している訳ではない――そう思った瞬間、現在の星右京が提案してきたことが心に蘇り、急な不安に駆られてしまった。
『私のこと、消去しないの?』
「消してほしいの? もちろん、アナタが望むならそうしてあげるとは言ったけれど」
『……アナタから一本取るまで、消える気はないわ』
「ふふ、そう……」
瞳の裏の世界が崩れ去っていき、視界が急転した後、気が付けば辺りは真っ白な空間へと一転していた。そしていつものように――最近は日がな一日このようにしている――足元にある二対の剣を握ると、奥に立っている女性が振り返り、自分と同じように二本の剣を握り構えた。
「それじゃあ、一本取って見せなさいな」
「いつまでも調子に乗ってるんじゃないわよ!」
気迫を乗せた長剣の一撃は、いとも簡単に防がれてしまう。それでも、最初のころに比べれば幾分か相手をできる様になってきてはいる。彼女の動きを、技を見て、少しでもそれに近づき、上回るようにと――もしかしたら、徐々に武神の技が自分の魂に刻まれてきているのかもしれない。
その事実が、幾分か自分の心を慰めてくれる。以前は武神の血に振り回され、仲間を傷つけてしまうこの血を忌々しいものだと思っていた。しかし、それを自分がコントロールできるとなってくれば――この力を御せるだけの力が自分にあるとなれば話は違ってくる。
彼女が何を考えてこんなことをしているのか。本当にただの暇つぶしなのか、はたまた何か別の意図があるのか。その真意こそ分からないが、せっかくチャンスがあるのなら、少しでも強くなって――然るべき時に逆転を狙う。その時が来るまで、自分も彼女を利用し、少しでも強くなって見せる。
そんなこちらの魂胆など見透かしているだろうが、リーゼロッテ・ハインラインはただ、刃を交わす中でこちらを見ながら不敵な笑みを浮かべているのだった。