B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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海上戦の開幕

 翌日、作戦開始時刻よりも早く目覚めてしまった。ひとまず隣人を起こさないように静かに瞑想をしていると、次第に寝坊助なルームメイトを起こし――彼女は覚醒するまでに時間も掛かるものだが、流石に緊張があるのか今日の目覚めは早かったようだ。

 

「……気合を入れていますわね、クラウディア」

 

 そうアガタが声を掛けてきたのは、自分が鏡面の前で長い髪を編んでいる時だった。激戦を前にお洒落など何を呑気にと言われなかったのは嬉しいことでもあるし、彼女なりに自分の真意を察してくれたと言うことなのだろう。

 

 互いに身支度が終わってブリッジへ向かうと、作戦開始の一時間前だというのに多くのメンバーが既に集まっていた。来ていないのはナナコくらいだが、同室のソフィアは既に来ているので、どうやら彼女はルームメイトを放置してこちらへ来たようだ。とはいっても、恐らく彼女なりにギリギリまで寝かせてあげようという配慮なのだろうし、まさか決戦を前に爆睡できる友人に呆れて放置してきたという訳ではない――と思う。

 

 何より自分が見逃さなかったのは、自分と同様にソフィアも少しおめかしをして来ているということだ。化粧をしているわけでもないが、髪を綺麗に整えてきている――もちろんこの後の戦闘で整えた髪など乱れてしまい、泥や煤で汚れてしまうだろうが、きっと彼女も自分と同じように考え、準備をしてきたに違いない。

 

 そんな風に思いながら内部を見回していると、また熾天使の二人が自分の方へとすたすたと歩いてきた。最初の内こそ少々扱いに困っていたものだが、最近はなんだか子犬のようについて来てくれるので可愛らしいとすら思えてきたほどだ。

 

「髪を編んできたのは、戦いの邪魔になるからですか? それなら、切ってしまった方が合理的なような気もしますが……」

「いいえ、折角滅茶苦茶に伸びたので、しばらくこの長さを楽しもうかなぁと思ってるんです」

「はぁ、楽しむ……」

「それに、ゆるふわお姉さんっぽくて良くないですか?」

 

 緩く編んだ長い三つ編みを見せる様に一回転すると、ジブリールは「はぁ、ゆるふわ……」となんだか呆れた様子でこちらの言ったことを復唱してきた。まったく、ローザ・オールディスにはユーモアが足りなかったせいで二人がこんな風になってしまったのだとか、それならこれからユーモアを教えていけば良いだろうと思っている傍らで、二人の熾天使がそれぞれ一本ずつ十字架型の武器をこちらに向けて差し出してくる。

 

「昨晩、これを作ったんです。チェン・ジュンダーが以前に作った型をほとんど流用はしている間に合わせの物ですが……」

「直近のアナタの戦闘データから、細かい調整はしておいたわ。まさか特殊合金の身体を持つ第五世代型アンドロイドを相手に、素手で戦い続けるんじゃ厳しいでしょう?」

 

 確かにジブリールの言う通りだ。補助魔法を掛けながらなら素手でも第五世代型の相手はできるが、長丁場が想定される今回の作戦においてはずっと神聖魔法を使い続けることは厳しい。それにこの一年間、自分は魔法に頼らない戦い方も覚えてきた――そうなれば、ビームトンファーで魔法を温存しながら進めることは、大局的な面から見ても合理的と言えるだろう。

 

「お二人とも、ありがとうございます! 私、嬉しいです!」

 

 大事そうに掲げているトンファーを一本ずつ受け取り、二人に対して大きく頭を下げる。自分のことをすっかり忘れていたとも言えるのだが、二人が自分のために行動してくれたことが何よりも嬉しい。顔をあげるとイスラフィールはどこかはにかんだような微笑を浮かべ、ジブリールの方は照れたようにそっぽを向いているのがまた愛らしかった。

 

 さて、その後は各々が静かに――時おり近くの者と会話をするのを除いて――その時を待った。作戦開始三十分前には艦内放送でまだ来ていない者たちに声が掛けられ、五分前に慌ててナナコがブリッジに集結したことで一同が揃い、窓の外がほんのりと明るくなってきたのに合わせて、我らが希望の船が浮上を始めたのだった。

 

 進路としては海と月の塔へと直進することはせず、少し迂回をして南からの経路を取ることになっている。理由としては、外での戦闘に一人でも一般人を巻き込まないため――レムリア大陸の人口は激減していると言っても、外での戦闘の余波で残っている人々を巻き込みかねないし、不用意に街を破壊しては復興も大変な作業になるためだ。

 

 それに、結局はどう進路を取ろうがこちらに地の利は無いのだから、どちらから攻めたってあまり変わりがないというのが実際の所でもある。それなら被害が少ない方が良いだろうということで、塔の南から攻め居る形になった訳だ。

 

 実際、その配慮はとくに自分にとっては有難かった。海都は自分にとって思い出の街であるし、北東側から直に塔へと向かうとその進路上には聖レオーネ修道院もある。この一年間で一度立ち寄った所、孤児院の人々は黄金症によって物言わぬ彫刻と化してしまっていた。信心深い敬虔な院長の元、職員も子供たちも神を信じており、その信心深さからみな一様に黄金症が発症してしまったのだろうが――自分の大事な故郷の時が止まってしまったような悲しみがありながらも、生半可にこの過酷な世界に残るよりはマシだっただろうと、訪問した時には自分を慰めたものだった。

 

 そう、この戦いは、自分の故郷を取り戻す戦いでもある。七柱の思惑を挫き、海に囚われた魂たちを解放できれば、孤児院も元通りになる――そう決意を新たにしていると、ちょうどノーチラス号がレムリア大陸を超え、金色の海へと乗り出したようだった。

 

 海を渡ってしばらくしたタイミングで、レムがブリッジの真ん中に映し出されているホログラムの球体を――惑星レムのAR画像だ――指さして口を開く。

 

「もうしばらく進んだ先の海域の底に、海のモノリスが鎮座しているのです」

「それじゃあ、アランさんはその辺りにいるんだね……」

 

 ホログラムで創り上げられた星を見つめながら呟くソフィアに対し、レムはゆっくりと頷き返した。

 

「もっとも、海のモノリスはおよそ三百平方キロの広範囲に分布してますから、そのどこにアランさんがいるかまで正確な位置は把握できませんがね。ただ、ちょうど海のモノリスの分布範囲が、そのままポイントBに重なる……つまり、敵の勢力が展開されていることが予想されます」

 

 レムはそこで言葉を切り、ブリッジの右翼で機器を操作しているイスラーフィールの方を見た。

 

「レーダーに反応……ポイントBに敵影を確認しました」

「ここまでは予想通りですね……海と月の塔への到着まではまだ掛かりますが、ポイントBにて接敵が予想されるまで、残り十分を切っています」

「えぇ、それでは手筈通りに。ナイチンゲイル、クラウディア・アリギエーリ、頼みますよ」

 

 チェンの言葉に自分とソフィアが頷き、ブリッジを後にした。隣を歩くソフィアは珍しく緊張した面持ちをしている。ソフィアも難しい局面は何度も乗り越えてきたのであり、彼女なら緊張すらも精神を研ぎ澄ますのに利用しているのだろうが、今日はいつにも増して少し肩に力が入っているようだ。もちろん、自分も緊張しているのだが――少し互いに神経を解してもいいだろう。

 

「ずっと思ってたんですけど、ナイチンゲイルってコードネーム、格好良くないですか?」

「……そうかな? 実際、名付け親はチェンさんだけど、結構気に入ってるんだ」

 

 こちらの言葉に対してクールな様子は崩さないが、ソフィアがパッと瞳を輝かせたのを見落としていない。しかししっかり者のお姉さんの方が妹分の情操教育によろしくないと判断したのか、自分とソフィアの間に機械の鳥が割って入ってきた。

 

「ちょっと、止めて頂戴。うちの子は今お多感な時期で、そういうのに喜んじゃうお年頃なんだから」

「グロリアさん。世界には二通りの人間がいるんです……いつまでも童心を忘れずにワクワクした気持ちを持っていられる人と、大人になった気でワクワクを忘れてしまう人、アナタはソフィアちゃんにどっちになって欲しいんですか?」

「ひとまず、後からそのワクワクとやらを思い返して、枕に顔を埋めてバタバタして欲しくないとは思ってるけれど」

「それなら、もう手遅れですね。そもそも、シルヴァリオン・ゼロの時点で大概じゃないですか」

「そうかもしれないわね……」

「ちょっと、二人とも! あんまり勝手なことを言わないで欲しいな!」

 

 自分がグロリアを丸めこもうとしていると、その奥でソフィアが頬を膨らませ始めた。

 

「アレであの子、自分は感情を置き去りにしてきたとか言っているのよ?」

「ふふ、良いじゃないですか、可愛らしくて」

 

 今のは嘘偽らざる本心だ。見た目こそ大人びたものの、大人らしさという観点から言えばむしろ一年前のソフィアの方が落ち着いていたように思う。しかしそれは、大人の社会に適応するために無理をしていたという方が正しいだろう。実際、今のソフィアは年相応というか――それはきっと、一つはグロリアのおかげであろうし、もう一つはナナコのおかげであろう。ソフィア・オーウェルという等身大の女の子を受け止めてあげられるだけの存在が、彼女を年相応の女の子にしてくれたのだ。

 

 ともかく、互いにいい感じに肩の力は抜けた。ソフィアは緊張した面持ちはどこへやら、「むぅ」と唸りながら歩き続けており――しかし外への扉へとついた時には、再び真剣な眼差しでハンドルを回し始めた。

 

「……それじゃあ、ソフィアちゃん、グロリアさん、御武運を……」

「うん、クラウさんも……私たちの手で、アランさんとエルさんを取り戻すんだ」

 

 扉から外に出て、氷炎の羽を羽ばたかせて飛んでいく彼女を見送り、自分はノーチラス号の下層へと降り立った。動力室の扉を悪魔型の魔族が開けてくれ、自分はソフィアたちが運んできた古代種のモノリスの前へと立ち、その黒い直方体に向けて両手を突き出す。

 

 これに触れても、以前に触れた母なる大地のモノリスほど超常的な何かは感じない。しかし、同時に古代種の意志のような物をなんとなく感じ取れる。一つの進化の果て、自分たちよりも遥か昔に高次元存在より独立した存在となった古代種は、三次元の檻に永久に囚われる形になった絶望と、それでも何かを成そうという強い意志をもって高次元存在に近づこうとした――その一つの集大成がこのモノリスのレプリカなのだろう。

 

 古代種が今、この広大な宇宙のどこで何をしているのかは分からないが――ともかく、今は悠久の過去に思いを馳せている場合でもない。そう気持ちを切り替えたタイミングで、室内のスピーカーから熾天使たちの声が聞こえ始める。

 

「敵機確認、識別、フレデリック・キーツの無敵艦隊!」

「敵主砲、エネルギー充填開始……タイミングはこちらから伝えますので、結界の準備をお願いします」

「了解です!」

 

 そう、自分がわざわざここに来たのは、第八階層級の結界をノーチラス号全体に張るためだ。ノーチラス独自のバリアもあることにはあるが、フレデリック・キーツの無敵艦隊が誇る主砲を耐えられるほどの強度にない――そのために自分がそのバリアの補強に買って出た訳だ。

 

 もちろん、こちらとしても以前に見せている手の内ではあるし、敵側もこちらが第八階層の結界を張るのは想定はしているだろう。しかし同時に――自分で言うのもなんだが――アルジャーノンの第八階層級を防げるだけの強度を誇る結界なら、相手側のいかなる攻撃をも防ぐことはできる。相手方としては撃たない理由が無いから撃つだけであり、こちらを疲弊させる程度の目的で撃ってることは想定されていた。

 

 ともかく瞳を閉じて精神を集中させ、来るべき時に備える。スピーカーの奥からカウントダウンの声も聞こえるが、既に自分の魂が敵側の意志も感じ取っている。それは深い悲しみのような、迷いのような、攻撃をする側が抱くには何とも不思議な感情ではあるが――ともかく意識をレプリカに集中させ――。

 

「……ゼロ!」

「だらっしゃぁああああ!!」

 

 ジブリールの声に合わせて、艦の外に巨大な結界を展開する。別に掛け声は何でもよかったし、なんなら声など張り上げなくても良かったのだが、大切なのは気合だ。ともかく相手の主砲がノーチラスに直撃したのだろう、艦内は大きく揺れるが――これくらいの威力なら問題なく防ぎきれるはずだ。

 

 外の様子は、何となくだが認識できる。フレデリック・キーツの無敵艦隊、その中心にある旗艦から放たれた主砲は、八重の結界のうち六枚を破壊し、今は七枚目が止めている――神聖魔法による結界は、内側の強度の方が強力であり、仮に七枚目が破壊されたとしても八枚目を破るには更なる威力が必要になる。

 

 何より、やはり先ほど感じたように、敵側の攻撃に迷いがあるようだ。機械から発射された攻撃の威力が、意志の力で減退することなどはあり得ないが――しかし、自分が紡ぎ出す結界の方は決意と覚悟が上乗せされてより強固な壁となっているのだから、迷いのある攻撃に防がれる道理などない。

 

 顔を上げて瞼を開けると、目の前の黒い板が赤い警告灯の灯りを吸い込んでおり――今一度景気づけのために大きな声をあげると船を揺らしていた攻撃が止み、けたたましく鳴り響いていたブザーも鳴りやんだのだった。

 

 結果として、フレデリック・キーツの旗艦が誇る主砲は七枚目すら打ち破ることは無かった。もちろん、こちらとしては普段は人型を護る規格の結界を巨大な船全体に張ったのだから、普通に七星結界を出すよりも精神力を要したのは間違いないし、今の規格の攻撃が何発も連続で来たら精神力が持たないが、この程度だったらまだ余裕がある。

 

 それに、当初の予定なら、ここからが本番あ――そう思っていると、動力室のスピーカーから再び熾天使たちの声が聞こえ始める。

 

「戦艦の主砲は防ぎきりましたが……」

「これから最大戦速で敵陣を突っ切るわ! ここから巡洋艦、駆逐艦の砲撃に雑魚からの攻撃が来ることが予想されるから……」

「上等です! 何発でも防いでやりますよ!!」

 

 何発でも防ぐは少し、いやかなり盛ったのだが、やると決めたならやるしかない。何せ、今日の自分はやる気が違う。いや、いつもやる気は十分なのだが、今日は気合満点中の満点だ――改めて呼吸を大きく吸い込み、もう一度レプリカに両手を添えながら次の攻撃に備えるのだった。

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