B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「長い歴史の中で、この塔のバリアを破ったのは、夢野七瀬とアナタくらいのものですよ」
最後に自分の横に降り立ったアガタの肩に座るレムがそう呟いた後、一同で辺りを見回した。ここは海と月の塔のホール部分であり、一階から三階まで吹き抜け部分にあたる。内部にも相当な防衛線が引かれていることが予想されていたが、内部はビックリするくらい静かだった。このホールには多くの信徒たちが集い、共に祈り、共に歌った想い出の場所でもあるのだが、今は人どころか敵の気配すらない。
しかし、異端審問にかけられてここを追放されてもう四年ほど経つのか――再び中へ入る時の侵入方法としては少々乱暴だったことは否めないが、追放された憂き目をガラス一枚で晴らしたと思えばきっと安いものだろう。
「……どちゃくそに静かですわね」
「でも、先ほどの攻撃から察するに、ハインラインとアルジャーノンが塔に居るのは確実です。それこそ、今に……」
噂をすれば何とやら、アガタに返事をしている間に三階の天上が崩落を始める。とはいえ、殺気はない――単純にダイナミック登場をしたかっただけなのだろう、穴の開いた天上からリーゼロッテ・ハインラインが舞い降りてきた。
「あのですね! ここは私が育った想い出の場所なんです! むやみやたらに壊さないでもらえますか!?」
「そういうアナタは、家に帰るのに毎度窓ガラスをぶち破るの?」
確かにガラスを破ってのダイナミック帰宅もなかなかだが、床を破ってくるよりはマシなような気もする。いや、この塔の構造的には、もしかしたら外壁の方が床よりもお金は掛かっているかもしれない。
ともかく、一階部分に降り立ったリーゼロッテ・ハインラインは、呆れるような目線をこちらに浴びせかけてくる。あの立ち位置は意外と厄介であり、地下へと続く階段への扉が近くにある――恐らくハインラインはそれを分かっていてあの位置に先んじて降り立ったのだろう。
そんな風に考えている自分をよそに、T3が階下の武神に向けて光の矢を番えた。
「しかし、リーゼロッテ・ハインラインが一人の内なら、逆にチャンスと言えるかもしれん」
「生憎じゃが……」
「全員そろっているんだよね」
その声がしたのは、三階部分のエレベーターの扉の奥からだった。視線を上げると、そこにはアレイスター・ディックと見知らぬ女性が――しなやかな筋肉の目立つ、エルよりも二回りほど巨大な体躯をしている――立っていた。後者の方は口ぶり的に――。
「ローザ・オールディスにダニエル・ゴードン……」
自分が二人の名を上げると、魔術神は静かに首を横に振る。
「いいや、これで全員じゃないよ……今日はもう一人来ているんだ」
そう言い終わるのに合わせて、何者かの気配が二階に突如として現れる。今度は視線を正面へとむけると、背に巨大な剣を携えている勇者シンイチに瓜二つの少年がいつの間にか姿を表していた。
「右京さん……」
彼の名を呼んだのはレムだった。彼女はアガタの肩から離れて浮遊し、ちょうど自分たちの前、少年を真正面に見据える様な位置まで移動した。対する星右京はシニカルな笑みを浮かべながら妻の方を真っすぐに見据え返している。
「やぁ、晴子。元気そうで何よりだよ」
「えぇ、おかげさまで。誰かさんのおかげでおもーいシステムを切り離されて、人格部分だけ容量しかないので、実際に動作も軽いですよ」
「そうかい……それで、御足労いただいたところ悪いんだけれど、大人しく引き下がってくれないかな?」
「熱烈な歓迎を受けたのに、帰るだなんて恐縮ですわ。受けた分はきっちりと返さないと……まぁ、お返しするのは私ではないんですけど」
「はは、相変わらず面白いね、君は」
腰に手を当てて挑発するレムに対し、右京はくつくつと笑い返して見せている。以前から彼は何を考えているか分からないという風にも思ったが、レムから彼のことは幾分か共有されているので、どちらかと言えばアレも本心を悟らせないようにするためのある種の演技なのだろうとは思う。
それでもなお、まだどこか底知れないという風に思うのは、星右京という人物がそれだけ一筋縄で無いということの裏返しなのだろうし――実際万年掛けて熟成されたその人格を、自分程度が推し量ることも難しいということなのだろう。
何より、基本的に前に出たがらない彼が――神話に語られるよう、彼はその姿をくらまし、何者か悟られないようにする――自分達の前に出てきたということは、それだけの準備をしてきており、勝ちを確信してきている時のように思う。はたまた、人前に出たがらない彼ですら出て来ざるを得なくなったほど、自分たちが七柱の創造神を追い詰めたととらえても良いのか――願わくばそうであってほしいと思う。
ともかく、星右京は一度言葉を切り、今度は感情の読めない無表情を顔に浮かべ、またレムの方を注視する。その視線の在り方は、まるで他の者たちなど意に介していないかのようである。
「……もう少しで上手くいきそうなんだ。このままいけば現状のストックだけでも、高次元存在を降ろせるかもしれない……それを邪魔させるわけにはいかないんだ」
「まさか、調整は進んでいたということですか?」
「もちろん、当初の予定通りに残ったレムリアの民たちを海に捕らえるのが早いとも思っていたけれど……色々な可能性は追究しておく必要はあるしね。実際、アシモフを中心とする先導者達のおかげで、残ったレムリアの民たちを絶望に落とすのは難しそうだ。研究しておいて良かったとも言えるだろう」
そこで右京は無表情を一転させ、再び先ほどのシニカルな笑顔へと表情を戻した。
「とはいえ、この塔のコントロールを奪われることは望ましくないからさ……もちろんこうやって一同揃ったんだ、負ける気はない。けれど、荒事をしないにこしたことはないからね」
「頭脳派を気取っているアナタらしいですけれど……こちらとしてはここで引き下がって得がある訳でもありません」
レムがそう断言するのに合わせて、事の成り行きを見守っていたチェン・ジュンダーが前へと進み、浮遊する女神の横に並んだ。
「何より、私の目的はアナタ達DAPA幹部を倒すことです。この場で全員の首を取れるというのなら、手間が減って幸いだ、くらいの話ですよ」
「ま、そうだよね……ただ、僕らも万全の準備はしてきたんだ」
そう言いながら、右京は握っていた左拳を開いて見せ――その掌にある琥珀色の宝石が日の光を受けて輝いた。
「調停者の宝珠だと!?」
「でも、あの人たちに共通する意志を持つだなんてできるんですか!?」
驚きの声をあげたのは、T3とナナコだった。確かに、一人でも強力な七柱の創造神たちがトリニティ・バーストを使うとなれば、その脅威度は計り知れない。だが同時にナナコの驚きも分かる。トリニティ・バーストを使うには術者を取り巻く三人が、心を一つに合わせなければならないのだ。
この場で対峙している四柱は協力関係にあるとは言っても、共通の目的を持って行動している訳ではないはずだ。もっと言えば、互いに腹に一物を持っている様にすら見える。そうなれば、トリニティ・バーストを起動することはできないのではないか――起動されると厄介というこちらの事情は抜きにしても、そのイメージがわかないのも確かだ。
とはいえ、実戦投入できないものをわざわざ見せびらかす必要はない。何かしらのブラフの可能性だってあるが、それにしたって起動できないのであればすぐに化けの皮は剥がれる。そうなれば、彼は何かしらの意志を紡ぎ束ねられるということなのだろう――そんな自分の予想を裏付けるように、星右京は声を上げた二人の方を見ながら口元を吊り上げた。
「確かに、僕らは目的も違うし、君たちと違って仲間意識も希薄だ……そういう意味じゃ、共通の目的のために心を合わせるというのに違和感があるのも無理はないね。
しかし……目的は違っても、僕らには共通する手段がある。それも、一万年もの間、望み続けてきた目的を達するための手段がさ。その手段で意識を一つにすることで、精神感応デバイスを起動することは可能なのさ」
その言葉は、どこか異様な説得力を持ってホールに響き渡った。確かに、高次元存在を降ろすという手段に関しては、彼らは一万年も共に願い続けて行動してきたわけだ。それを起点に心を束ねるというのは、確かに可能なのだろう。
しかし、彼らがトリニティ・バーストを使うというのなら、自分がこの場を離れていいものか。手前味噌かもしれないが、ひとまずこの中で――敵も含めて――自分には最高の防御力と補助魔法、それに回復魔法とがある。激戦を想定すればこそ、それらはきっと役に立つはずなのだが――。
そんな風に迷っていると、ナナコが一歩、二歩と前へ出てチェン・ジュンダーの横に並び、星右京が持っているものと同じ宝珠を掲げた。
「クラウさん、アガタさん。ここは私たちに任せて、お二人は塔の地下を目指してください」
「しかし、あの人たちもトリニティ・バーストを使うなら、戦力の分散は……」
避けるべきでは、そう言い切る前にチェンが首だけ回してこちらを見てくる。
「いいえ、セブンスの言う通りです。彼らの勝利条件は塔の死守であり、同時に敗北条件は当のコントロールを奪い返すこと……それならば、相手の急所を攻めることこそ、起死回生の一手にもなりえます。それに……」
さらにT3とブラッドベリとがナナコとチェンと並んだ。
「貴様に心配されるほど、私たちも軟《やわ》ではない」
「彼奴等がどんな技を使おうとも、我らは力にてその計略をねじ伏せ、長きにわたる因縁に決着をつけてくれるのみだ」
立ち並んだ四人からは、迷いや怯えなどは一切感じられない。ただ自身を、仲間を信じ、目の前の強大な敵を討ち倒そうという気概に満ち溢れている。
それならば、彼らを信じないのも失礼に当たるというものだ。元々、自分はレムとアガタを地下に連れていくためにここまで来たのだから、それを果たすだけだ。唯一の課題は地下への道を怖いお姉さんが護っていることだが、一瞬の隙を衝くくらいのことは不可能ではない。
それに、何より――自分には人の意志を読む力がある。そしてこの場に、自分以外がその存在に気付いていない意志が一つある――それはあまりに小さい気配だけれど、確かに強い意志を持ってその時が来るのを待っている。彼女の意志を無為にしないためにも、自分たちは先に進むべきだ。
「それでは皆さん、ここはお任せしました! アガタさん!」
友の名を呼びながら駆け出て、吹き抜けを一気に飛び降りて着地し――跳躍の隙を刈られなかったのは、ナナコたちもリーゼロッテらも宝珠に意識を集中させているためだろう。既に武神の身体にも、金色の粒子が立ち昇り始めており――確かに星右京の言う通り、彼女らも高次元存在へと手を伸ばすという一つの方向性に心を合わせて束ねているということなのだろう。
火口で対峙をした感じだと、今の自分と武神は実力的には五分――正確には結界や補助魔法の分で自分が基礎スペックは上回っているが、圧倒的経験の差でその隙間を埋めれられているというのが正確か。ともかく、トリニティ・バーストで潜在能力を限界まで引き上げられてしまえば、スペックの差を完全に埋められてしまい、こちらが不利になるのは間違いない。
しかし、迷っている暇もない。本来なら一瞬応戦して、相手を突き飛ばしたところを階下へと進んでいくという選択肢を取るべきなのだろうが――きっと彼女が道を拓いてくれるから、自分はそれを信じて突き進むだけだ。
「くっ……!?」
自分が信じていた通りのことが起こった。武神は一瞬驚きの表情を浮かべると、彼女の身体はがくんとうなだれる。その隙をついて武神の横を駆け抜け――すれ違いざまに彼女の方を見ると、前髪から僅かに覗く金色の瞳がこちらを見て、そして互いに頷き――すぐに背後の扉を蹴破って、そのままアガタと共に階段を駆け下り始めた。
◆
一瞬だけ、本当に一瞬だけだが、身体のコントロールを取り戻すことに成功した。破られた扉へと振り返り、クラウとアガタの背が見えなくなったタイミングで、再び身体のコントロールを奪われてしまい――リーゼロッテがホールへと振り返ると、二階の渡り廊下部分で右京がこちらをどこか冷めた目で見下ろしてきていた。
「……悪いわね。一瞬だけエリザベートに身体のコントロールを奪われてしまったわ」
「君の精神力で身体のコントロールを奪われるだなんて信じがたいね……ワザと行かせたんじゃないのかい?」
右京の言葉は、薄々とだが自分も思っていたことである。もちろん、自分も気力を振り絞ったのであり、それは自分の精神力の成長と取りたいところではあるのだが――今でもなお、リーゼロッテ・ハインラインの強大な精神力を鑑みるに、一瞬でもコントロールを奪い返せたことには違和感がある。
自分の予測ではこうだ――リーゼロッテ・ハインラインはクラウの言う「次元の狭間に居るアラン・スミス」という存在を信じているのではないか。だから、リーゼロッテはクラウの行動を最もコントロールしやすい扉の前に陣取り、敢えて自分に身体の主導権を奪わせたように見せかけることで、クラウとレムを海と月の塔の地下へと向かわせた――要は自分はそのための方便として使われたわけだ。
リーゼロッテとしては、どちらでも良いのだろう。クラウの言うアラン・スミスでも、自らが超越者となって蘇らせようとしているアラン・スミスでも――むしろ様々な可能性を並行させられるというのなら、それに越したことは無い。それ故にクラウを行かせたのではないか。
こちらの思考を否定するためなのか、はたまた右京の言い分を否定するためなのか、リーゼロッテ・ハインラインはゆっくりと首を横に振って少年に真っすぐな視線を返す。
「そんなことはないわ。仕事は仕事……本当にちょっと油断しただけよ。それに、アナタが思っている以上に、エリザベートは成長している。だから、少しばかりコントロールを奪われてもおかしいことではないわ」
「そもそも、君に支配されているエリザベートの人格がなぜ成長しているのかはなはだ疑問だし、何故それを誇らしげに話しているのかも分からないけれど……ひとまず、この場を切り抜けるには君の力も必要なんだ。協力してくれるね?」
「えぇ。旧世界で対峙した精神感応デバイス同士で戦うなんて、ちょっとワクワクするしね。さ、仕切り直しよ……全宇宙の支配を目論む悪い奴らを止めて見なさい」
リーゼロッテはアウローラの切っ先をナナコへと向ける。その挑発的な行動に対し、ナナコは真剣な表情で真っすぐにこちらを見つめ返し――そして少女はその視線を右京の方へと向ける。
「望むところです……行きますよ皆さん、トリニティ・バースト、発動!」
「こちらも、皆頼むよ……トリニティ・バースト!」
宝珠を持った二人が――本人でこそないものの、二人は奇しくも第八代と第九代の勇者の現身である――それぞれ手を掲げると、自分の体を含む計六本の金色の光が立ち上がる。それらの光は宝珠を持つ勇者とその仲間たちが引き出す魂の光。そしてホールに走る眩い閃光が、これから行われる激戦の合図となったのだった。