B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
塔のホールに黄金の光が瞬いた直後、奥歯を噛んで音の消えた世界で自分が対峙するべき相手を目指す。向こうもこちらに標的を定めていたようであり、彼女が展開している重力波に抗いながら一気に近づいていく。
敵側もトリニティ・バーストを使うとは予想外ではあったが、概ね戦況は想定の範囲内に収まっているといっていいだろう。元々、自分たちはこの場でアルジャーノンとハインラインを釘付けにする役割があったのであり、ひとまずそれは達されたと言えるからだ。
確かに、敵の数が増えたこと自体は厄介ではあるが――いくらトリニティ・バーストを使用して潜在能力が引き出されるといっても、ここでは互いに二重の意味で制約が科されることになる。
一つは単純に火力の問題。海と月の塔の内部は外部と同様に魔術に対する防御壁と結界が張り巡らされているため頑丈だが、それでもアルジャーノンの第七階層やハインラインの二対の神剣を全力で使えることは抑えられる――これらを本気で使用した場合、塔そのものの崩落を招く恐れがあるからだ。
もちろん、戦闘能力のずば抜けた二柱は力のコントロールも上手いため、出力を抑えながらも効果的な攻撃を仕掛けてきている。自分が主に相手をしているハインラインは、こちらの弓の攻撃を圧縮した重力波で捻じ曲げ、ADAMsによる高速機動もその引力でこちらの動きを上手く制御してきている。アルジャーノンの方はと言えば、妨害魔法など搦手も多く使えるため、決して楽な戦いではないのだが――相手の超火力で一気に全滅とはならないのはこちらにとっては一つのメリットだろう。
もう一つの制約は――こちらも先ほどの火力の話に近いが――四対四で戦っているという性質上、乱雑な攻撃は味方への暴発を招く恐れがあるという点だ。とくに敵側は連携して戦ったことなど無いはずなので、その点においてはこちらに分があると言えるだろう。
もちろん、このような制約は自分たちにも丸々降りかかる。セブンスの剣撃は不思議な指向性を持つために超威力でありながら建物を無暗に破壊することは無いが、ブラッドベリはエネルギー衝撃波を制御して使わなければならないので窮屈そうにしている。
しかし、この状況はどちらかと言えば自分たちにとって有利なものだ。何故なら――。
「……ADAMsと魔術、ヒートホークによる近接攻撃と弓による遠距離攻撃。そのどれもが高水準でまとまっている……しかし、時間稼ぎのつもり? 私たちを討ち倒すんじゃなかったの?」
以前の自分なら仇敵に煽られて逆上していただろうが、今の自分はそこまで甘くはない。復讐の炎は依然として胸の奥にあるものの、自分一人が逆上して戦列が崩れてしまっては総崩れになる。相手を倒すには――正確に言えば、彼我の実力差を考えればというのもあるが――冷静に行動し、相手が崩れるチャンスを待つべきだ。
リーゼロッテの言う通り、こちらの目的は時間稼ぎであって敵の殲滅ではない。レムがモノリスのコントロールを取り戻し、奴らの目的を挫くことにある。この場で全員の首を跳ねてやりたいのはもちろんだが、戦力的には不利と言える状況であり、そう考えれば敵主力をこの場で抑えるという目的が果たせるだけでも僥倖と言えるだろう。
状況によって入れ替わり立ち替わりはあるものの、主な戦況は以下のようになっている――まず、ルーナとチェン、ここの戦況はほとんど五分だ。正確には、トリニティ・バーストと素体の力でローザの方がスペックは上なのだろうが、それをチェンが持ち前の身のこなしと機械布袋戯と連携したサイコキネシスでカバーしている。
次に、アルジャーノンと交戦しているのはブラッドベリであり、この局面はかなりの不利と言っていい。ありとあらゆる超能力を使える魔王と言えども、百万の魔術を扱う魔術の神を相手にしては防戦一方であり――その超能力で致命傷を避けながら、彼の持つ無限の再生能力のおかげで何とか持ちこたえてくれている、というのが現状だった。
本来ならアルジャーノンの相手は音速戦闘ができる自分が――外なら音速超えで飛行もできるようだが、室内空間ならばアルジャーノンも精々ホールの上を取っているくらいだ――するのが望ましいのだが、それを狼が許してくれない。
また、神出鬼没の星右京の相手を出来るのは意志の力を読み取れるセブンスしかいないため、消去法的にアルジャーノンの相手をブラッドベリがせざるを得ないというというのもある。魔術神が自由に動けてしまえば一挙に戦況が変わり、直ちにこちらの全滅を招く――そういう意味ではブラッドベリの耐えるという役目はかなり重要だ。
しかし、今の状況をなんとか打破しなければ戦線の瓦解を招く。どこか一つ、この危うい均衡を破ることができれば――そしてその可能性があるのは、やはりハインラインだ。彼女の中に残っているエリザベート・フォン・ハインラインが、リーゼロッテを御してくれれば、一気に戦局を変えることも出来るはずなのだから。
高密度の重力波が途切れた瞬間に合わせて詠唱をこなし、ADAMsが切れた瞬間に合わせて第六階層相当の風の壁を相手との間に展開する。もちろん、武神にとってはこんなものはそよ風同然にすぎないだろうが――風の勢いが幾分か斬撃の威力を減衰することはできたため、切り裂かれた魔術の奥から現れた翡翠色の太刀を何とかヒートホークで受け止めることには成功した。
「エリザベート・フォン・ハインライン! 貴様の仇敵が目の前に居るのだ……さっさと身体のコントロールを取り戻し、この身に刃を突き立てたらどうなのだ!?」
「ふっ……同じセリフを返すわよ。アナタが三百年間追い続けた者が目の前にいるんだから、時間稼ぎだなんてつまらないことはせず、この首を取りに来たらどうなのかしら!?」
相手が踏み込み、こちらの斧を弾き飛ばすのに合わせ、もう一度ADAMsを起動して相手から距離を取る。とはいえ、重力波の影響で思ったようには動けないのだが――こちらとしても、相手の戦い方はエルフの旧集落で体験済みでもある。
それに今の自分には精霊の耳飾りがある。補助魔法に回復魔法、それに攻撃魔法による波状攻撃をADAMsを利用しながら連続的に打てるのであれば、こちらもできることが圧倒的に多くなっている。同時に、これだけの手段を用いても防戦一方になるのは、それだけ本物の武神が宿る女が以前にもまして強力だということに他ならない。
しかし、エリザベート本来の人格を呼び覚ますというのはやはり難しいか。依然として女の双眸は銀色に瞬いており、その意志力の強さには一切の陰りも見えない。先ほど一瞬だけエリザベートが出てこれたのは、それこそ不意を突いたのが成功したのか、または星右京の言っていた通りにリーゼロッテが敢えて身体のコントロールを一時的に持ち主に返したのか。
いずれにしても、武神が顕現であり、自分の前に立ちはだかっているという事実は変わらない。しかも、自分としてはハインラインだけに意識を割いているわけにもいかないのだ。海と月の塔は自分にとって因縁の場所であり――それは、右京と戦っている少女にもあてはまることなのだから。
「……そんな風によそ見ばかりしている余裕はあるのかしら!?」
先ほどと同じように、ADAMsが切れる瞬間に精霊魔法による壁を作り、相手の攻撃をギリギリでいなす。今度は炎の壁を張ったのだが、重力波によって炎が形を変え、いとも簡単に壁は突破されるのだが――自分の瞳はその奥で大剣を打ち合っている少女と少年の姿をとらえていた。
リーゼロッテ・ハインラインやダニエル・ゴードンと違い、星右京は独自の戦闘能力は持っていないはずだ。それでも戦えているのはプログラムを利用しているのだろうし、セブンスがただのプログラムに遅れを取るとも思わない――しかし海と月の塔という因縁の場所のせいだろうか、どうしてもイヤな予感が拭えない。
本来はハインラインがよそ見をできる相手ではないというのは承知のうえで、それでも自分は合間を縫ってはセブンスと右京との戦闘を盗み見ていた。加速した時の中で見えたのは、第八代の勇者と第九代の勇者が、それぞれ距離を離した場所で剣に粒子を集め、互いにそのエネルギーを放出しようとしている場面だった。
◆
トリニティ・バーストを発動して戦闘に入った後、自分は主に星右京と剣を交えていた。正確に言えば、自然とそうなったという感じではあるのだが――自分自身が直感的にこの人の相手をしなければと思うのと同時に、右京自身もこちらを強く意識しているような印象を受けたというのもある。
その証拠に、彼は瞬間移動で様々な戦局に現れてこそいるものの、主としては自分を目の敵にしている節があり、積極的に攻撃を仕掛けてくる。技のキレそのものは驚異的と言うほどではないものの、それでも瞬間移動との合わせ技で攻撃を当てるのも難しく、常に死角や反撃しにくい位置からの攻撃を仕掛けてくるので、こちらとしても攻めあぐねているのが現状だ。
また、彼の持っている武器も厄介だ。様々に形状が変化し――主に大剣だが、その他にも槍や斧など――時には複雑な光の一撃を放つブラスターとなって遠近両用となっている。ただでさえJaUNTのせいで攻めあぐねているのに、その攻撃の緩急によって翻弄されているというのが実状だった。
それに、何よりも驚くべきことは――。
「ラグナロク!」
「ストレイライト!」
剣に集めたエネルギーを放出した一撃と、相手の大剣から繰り出される一撃が均衡している――もちろん、互いに塔を破壊しないようにエネルギーを調整しているのはあるものの、それでも凝縮された魂の刃は相応の破壊力があるはず。それと拮抗する一撃を放つ事が出来るというのは、恐らくこちらと同質のエネルギーを利用している――つまり、彼は海に囚われている人々の魂の力をエネルギーとして活用し、放出しているのだろう。
ただ、それを完全にものにしていないせいか、同時に彼なりに海の力を改良した結果か――それがあの斬撃を構成している、複雑な迷光なのだろう。その一撃は武神の放つ神剣の一撃にも勝るとも劣らない威力を有しており、それが瞬間移動によってどこからともなく放たれてくるのだ。
そういった諸々の意味合いで、恐らく仲間の中では星右京の相手は自分しかできない。クラウが言っていたように、自分には相手の意志の力を読むことができる――それ故、相手の出現位置と攻撃の軌道は読むことができる。更には、ストレイライトという剣から放出されるエネルギーを相殺することもできる。
ADAMsのような爆発力が無いためにこちらも決定打にこそ欠けているものの、向こうも同様に自分に対して確実な攻撃手段を持っていない。端的に言えばここにおいては拮抗状態が出来上がっている。
ただ、それは好ましいことではない。全体として、自分たちは一対一で見た時に五分か不利かであり――気持ちとしては負けていないつもりだが、どうしたって彼我の差はある――いくらクラウ達が地下に辿り着くまでの時間稼ぎができれば良いといえども、どこか一か所を突破しなければこのまま押し負けてしまうかもしれない。
とくに厄介なのは、やはりアルジャーノンだ。結界にディスペル、それに様々な事象を高速で具現化させる彼に対しては、ブラッドベリは有効打を持っていない。それだけでなく、アルジャーノンは冷気や闇の妨害魔法でこちら全体の動きを阻害してくる――あそこを突破できなければ、そのうちこの均衡も破られてしまうだろう。
そんな風に現状の打破のためのチャンスを伺っていると、意識が周囲に向いてしまっていたせいか、突如として背後から来た斬撃に対しての反応が遅れた。何とかラグナロクを背に回すことで右京の攻撃をすれすれで受け止めることには成功したのだが――。
「夢野七瀬のクローン……君が僕を止めるための抑止力なのか?」
ふと、背後からそんな声が聞こえた。前進して距離を離して背後へと振り返ろうとすると、今度は左側から殺気を感じ――慌ててその場から背後へと飛ぶと、自分のいた位置に迷光が駆け抜けていった。
「JaUNTに反応し、未知なる機構を持つ剣を振るう、第八代勇者のクローン……成程、僕のような巨悪を倒すには、相応しい肩書を持っている」
今度は右からくる気配を感じ、剣閃を呼んで大剣を構える。直後、振り下ろされた一撃の重みが両手に加わり――線の細い少年の膂力とは到底思えない威力だ――その後も前後左右からの斬撃が繰り出されてくる。
「ずっと疑問だったんだ……デイビット・クラークを止めるためには、アラン・スミスという抑止力が働いた。それでは、僕に対しては? どうして僕に対しては抑止力が働かないんだと……」
「何を言って……くっ!?」
相手の声は淡々としたものだが、一撃一撃には不思議な怒りが込められている。その正体不明の怒りに対して不思議と圧されてしまい、思わず防戦一方になってしまう。
「そんなの簡単ですよ、星右京! 貴様は高次元存在から取るに足らない存在と思われているのです! デイビット・クラークの足元にも及ばないのだから!」
横から出たチェンの言葉に右京は攻撃の手を止めて、瞬間移動でホールの中央に移動して糸目の男の方を無感情な表情で見下ろした。
「挑発のつもりかい、チェン・ジュンダー。確かに君の言う通り、僕は高次元存在から歯牙にもかけられていないのかもしれない。だけど、君たちが抑止力でないというのなら、僕は従来通りに計画を進めるだけだ。
精神的な動揺を狙って、JaUNTの失敗を狙っているのかもしれないが……」
「貴様の相手は妾じゃ! よそ見してくれるなよ!」
ルーナが横から凄まじい勢いで突撃してきたことで、チェンも一旦右京から視線を外してそちらの応戦へと戻ったようだ。しかし、距離が離れている今のうちにどこかの救援を――そう思った矢先、少年の持つ剣が銃へと姿をかえ、その銃口から熱線が発せられ、自分は間一髪でそれを躱したのだった。