B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
城壁の外の状況は芳しくなかった。警戒こそしていたものの、それでもこれだけの数の敵が一斉に襲い掛かってることまでは想定できなかったのだ。
襲ってきている魔族の多くは、レヴナントやスケルトンなど骸系、それにワーウルフなどの獣人系で構成されている。一般には強力な魔族たちだが、暗黒大陸で鍛えた練度のある軍隊なら、個々の能力であれば負けてはいない。
ただ、数が違いすぎる。こちらは街の警護とバルバロッサに派遣した分、城壁外に配置できた戦闘員は三千と言ったところ。対して相手の数は少なく見積もっても倍の数、下手をすれば三倍の数が襲い掛かってきている。
この数の差では、基本的には魔術による殲滅が有効になる。とはいえ、魔術弾が足らなすぎる。一般的な魔術兵は第三階層、士官クラスで第四階層程度しか扱えないので、すでに多くの魔術師は魔術を撃ち尽くしてしまっている。当然、多少の補給はあるものの、魔術杖の機構が複雑なため、再装填には時間が掛かる。
「……コキュートスエンド!」
小隊に襲い掛かる魔族の一団に、自分が使えるもっとも広範囲攻撃が可能な魔術を放つ。氷の檻が半径二十メートルほどを多い尽くすが、かと言って敵を全滅させるには足らない。
そう、この戦いにおける一番のネックは、ある意味では自分自身。本来、このような野戦ならば炎と風の魔術こそが真価を発揮する。その上、生半可な威力の氷属性ではアンデッドを葬り切れないし、獣人系は炎を嫌う。稲妻の魔術は威力はあるが、広範囲の殲滅には向かない――つまり、一番強力な魔術が使える自分が、一番敵を倒さなければならない自分が、敵の弱点をつけず、また戦略的にもこの場に合っていないのである。
(……先生がいてくれたら……!)
我が師、アレイスター・ディックこそ、炎と風の魔術の最高峰に君臨する魔術師。学長ウイルドですら、炎に関してはディック師には及ばない。
しかし、この場には先生はいない。むしろ、下手をすれば、すでに故人になっている可能性すらありうる――いや、違う、きっと生きている。あの人の強さは自分が一番よく知っているし、それに他の人たちも――。
「つっ……!?」
他の人、特に勇者の顔を思い浮かべた瞬間、頭に鈍い痛みが走る。何故だろう、あの人のことを尊敬しているのに、信頼しているのに――胸と頭に違和感があり、それはもやもやと自分の心と体を蝕んでいるようだった。もしかして、魔王討伐から自分が外されたことを、自分自身が根に持っているのか。それも、なんとなくだが違う気もする。
「……ソフィア准将! 敵が近づいて来ています!」
レオ曹長の声に我に返りこちらに近づいてきている獣人に向けて杖の先を構える。
「くっ……第四階層装填、ライトニングスピア!」
稲妻が敵を討つと同時に、第四階層が打ち止めになった。正確には、第四から第六まで打ち切った。第七階層も限定で一発許可されているが、これは最後の切り札。それに、シルヴァリオン・ゼロはその威力こそ学院史上最高クラスのお墨をもらっているが、攻撃範囲はコキュートスエンド並、やはり野戦には向かないのだ。
とはいえ、ひとまずこの辺りの魔族はおおよそ殲滅できた。あとは前衛の兵に任せておいてもなんとかなるだろう――他の部隊の救援に向かわなけば。
「……レオ曹長、他の部隊の救援のため、一旦私は補給に戻ります。この場は……」
レオ曹長に声をかけた瞬間、遠方から伝令兵のラッパの音が平原に響き渡った。この音の意味は――。
「……増援!?」
振り返り、平原の先を見る。それは、先ほども見た光景。しかし、それが繰り返されるほどの悲劇はない。土煙が地平線を埋め尽くさんとばかりに上がっており、その数は先ほどの一団のさらに倍あることが予見された。
あの数に対処できるほどの余力は、こちらには残っていない。終わりか――周りの兵たちの士気が急激に下がっているのが、目に見えて分かる。本来なら城塞の中に逃げ込んで籠城戦をするのが筋だが、中は中で戦場になっているはず。行くも地獄、退くも地獄、すでにどこにも退路はない。
(……ここまで、かな……)
物心が着いた時から魔族と戦うことが宿命づけられていた自分、魔王と戦うために技を鍛えてきた自分。この魂を燃やして、最後まで戦う覚悟はある。それは揺るがない。
ただ、やはり数の差は埋めがたい。もはや考えるのは、この身を捨ててでも、近接戦を仕掛けてでも、一体でも多くの魔族を道連れにする、それだけだ。
(……アランさん、大丈夫かな?)
なんだか最近の窮地には、あの人の顔が思い浮かぶ。もしかすると、私はあの人に、勇者の代わりを求めているのかもしれない。なんとなくだけれど、あの人は勇者様に雰囲気が似ている気がする。
でも、冷静に考えると全然違う。あの人は勇者ほど強くない。勇者ほど聡明じゃない。けれど、きっと勇者より勇気がある。そんなあの人の強さが、今の自分の拠り所になっている気がする。
それだけじゃない、エル、クラウ――一緒の時間は数日だけれど、本当に楽しかった時間が脳裏をよぎる。
すると、杖を持つ手に力が入る。そうだ、中はエルがきっと解放してくれる。それに、アランとクラウだって生きてるんだから――自分だけ潰えるわけにはいかない。自分の大好きなあの場所に、もう一度帰るために。
「……みんな、諦めないで!!」
気が付けば、自然と大きな声で叫んでいた。絶望色に染まっていた兵たちの顔は呆けたものになり、その視線がこちらに集まっている。
「……これ、言ったらダメなヤツらしいんですけど、それでも言いたいから言います! みんな、生きて帰って……みんなでお菓子を食べるんです! 美味しいお菓子を食べると、幸せな気持ちになります……今が絶望でも、心の奥底に希望を捨てないで! 諦めないでください!」
自分でも何を言っているか、支離滅裂で良く分からなかった。ただ、それでも、何かが届いたのか――レオ曹長が頭を抑えて笑った。
「……それは、准将の奢りで?」
「はい! 頑張って奢ります! みんなに……生きて帰った全員に!!」
出来る限り遠くの兵まで聞こえるように、一生懸命に声を張り上げる。私の言葉が次第に伝播したのか、兵たちの士気が多少は回復しているようだった。
とはいえ、やはり皆が皆、戦う意思を取り戻したわけではない。そもそも、物量で負けているのだから、これ以上継続して戦闘すること自体が困難なのだ。
死神の列は、段々とこちらに近づいてきている。どうする、何か策はないか――そう考えていると、ふと自分の前に一人の背の高い男性が立った。
「……それでは、私も一つ奢ってもらいましょうか、オーウェル准将」
「あ、アナタは……!?」
その声を、私は知っている。この場に居てほしい人、この絶望を、たった一人で覆せる人。肩までかかる髪は無精者だから、そして年相応に白髪が混じっている。
「アナタの先ほどの檄《げき》はとてもよかった。そして、よくここまで持ちこたえてくれました……後は私に任せなさい、ソフィア」
振り返った口元には、少ししわが寄っている。眼鏡の奥に光る灰色の瞳の持ち主は、間違いない、我が師匠アレイスター・ディックだった。
師匠は彼の杖、ウィズダムロッドのグリップを回し――それを振りかぶると、彼の前に七個の陣が浮かび上がる。
「第七階層魔術弾装填、我開く、七つの門、七つの力……大気の檻、無音の槌、神界の窯、全てを焦がす浄化の炎、祝福の風に乗り舞い上がれ!」
陣の内、二つは前方の空間へと飛んでいき、残りの五つが収縮していく。先生の第七階層魔術は、前方の大気を圧縮させ、そこに強力な炎熱と光のエネルギーを注入、一気に熱エネルギーを膨張させ、大爆発を起こす。その名は――。
「山吹色の神聖爆発【ディヴァイン・サンライトノヴァ】!!」
魔族の大群の前で圧縮された空気に、杖から照射された超高温の炎熱が照射される――引き起こされるのはまず光、ついで音、まばゆい閃光と轟音とが世界の全てを埋め尽くし、爆発の余波でこちらの身すら飛びそうになる。
少しの間、光と音のショックで何が起こっているか分からなかったが、落ち着いてから目を開くと、魔族が進行していた列の中央部分からきのこ雲が上がっていた。下も煙に巻き込まれどうなっているかは見えなかったが、次第に景色が顕わになってくると、生き残った両翼の魔族たちも、恐れをなして逃げ出しているようだった。
「ふぅ……久方ぶりに撃ちました。やっぱり、私はこういうのが向いているんですよ」
男はレバー引き、杖の先端を大地に置いて独りごちている。
「せ、先生! お久しぶりです!!」
「はい、オーウェル准将、お久しぶりですね」
「や、やめてください先生、その、階級は私のほうが上かもしれませんが、先生は私の先生なんですから……」
ディック師匠は、一応軍属的には中佐扱い――将軍クラスだと、勇者様との動向が難しいため――なので、こちらの方が上ということになってしまう。それでも、扱いに困って閑職に押し込められた私と、魔術の研究においても魔族との戦いにしても、最前線で戦っている師匠とでは、人類に対する貢献度が違いすぎる。
「ははは、相変わらず謙虚でよろしい。ですが、周りに面目も立ちませんからね、ひとまずは遠慮させていただきますよ、准将」
「むー……そ、そうだ! 街の方にも魔族が侵入しているんです!」
「大丈夫ですよ……後の三人が、そちらへ向かっていますから」
あとの三人、それを聞いて安心した。一時期同行していただけに過ぎないが、勇者たちも皆生きている――それに、その実力は本物だ。あの人たちならば、レヴァルを襲っている影たちをも、瞬く間に撃ち滅ぼしてくれるだろう。
「さて、獣人は先ほどの一撃で逃げ出したようですが、まだ不死者が残っていますね。それを片づけたら、戻るとしましょうか。准将は、まず魔術弾の再装填を」
「は、はい!!」
「それじゃあ、張り切って行きましょうか。なにせ、准将の奢りがあるんですから」
先生の意地悪な笑みは、しかし私に戦う力をみなぎらせてくれた。