B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
地下への扉を通り抜け、しばらく階段を駆け下り続けると、次第に下から第五世代型達がこちらを迎撃するために駆けあがってきた。敵の編成はステルス機能をオミットした強化型がメインであり――時おり不可視の敵がいるのもイヤらしい配置だが、自分ならば見切ることは可能だ――アガタも見える相手ならば引けを取らず、勇猛果敢に戦ってくれている。
彼女が長年相棒としてきた鉄の棒は先日ルーナに砕かれてしまったため、今彼女が振るっているのは新しい相棒だ。以前使っていた棒と同じ規格でほとんど同じ重さであるが、手元のトリガーを引くことでジェットが噴出し、更なる加速でもって超巨大質量が振り抜かれるという使用のものだ。元々の物で十分に第五世代型をかっ飛ばすことができていたので過剰な火力と言えばそれまでだが、自分としてはなかなか浪漫がある仕様で良いなと思っている次第である。
とはいえ、あまりに大勢の第五世代型を相手にするのは自分たちの戦い方的には相性もよろしくはない。階段という足場の悪さも勿論のこと、攻撃魔術や光学兵器を持たない自分たちは、基本的には物理攻撃で相手と戦う必要がある。結界を使えば敵の飛び道具を防ぐことだってできるが、それはそれで消耗戦を強いられる。何より無限とも思えるほど湧き出でてくる第五世代型を逐一相手にしている時間は自分たちには無い。
そんな訳で、今は大行列を作っている階段から離れて地下通路に移動している。こちらは敵の数もまばらであり、少しは息がつける――また、地下の構造に最も詳しいのはレムであり、最下層に辿り着くための策があるとのことで、今は彼女を頼りに道を進んでいるところだった。
「そう言えば、今更何ですけど……レムはアラン君の妹さんなんですよね?」
「えぇ、そうなりますね。正確には、私の人格の元となっている伊藤晴子が、ですが」
「本当に今更ですわね。どうしたんですか、急に?」
質問にレムが答えた後、先を走るアガタが訝しむような声をあげた。
「いえ、そうなると女神レムが、まさかの私の義理の妹になるという可能性もあるのかなと思いまして」
「何下らないことを言ってるんです……まさか貴女、無茶してますわね?」
彼女の言葉にぎくりとし――アガタは振り返り、こちらの疲労を確信したのだろう、足を止めてこちらへと歩いてきた。
「いえいえ! そんなことはありませんって!」
「嘘おっしゃい。貴女はよく下らないことを言いますが、なかなかこんな時までふざけたりはしませんもの。大方、疲れを誤魔化すためにいい加減に振舞ったのでしょうが、私の目は欺けませんよ」
「でも、一刻も早く最下部にたどり着かなくては……」
「えぇ、ですからこれを」
塔にたどり着くまでの間に第八階層級の結界や補助魔法を使ってきたので、さすがに疲労があるのは隠せなかったか。そう思っていると、彼女は懐から一つの小瓶を取り出してこちらへと差し出してきた。その形状には見覚えがある――二年前に魔王城へ突貫した時にも、このように彼女が自分に差し出してくれたものだ。
「エルフの秘薬……実体としては、第六世代の脳内にある生体チップのナノマシンに栄養を送り、脳を活性化する薬です。既に七柱の呪縛から逃れた貴女にとっては、ちょうど脳の疲れを取る良い感じの薬として飲めると思いますよ」
レムの補足を受けながら、それならばと瓶を受け取って、中身を一気に飲み干す。確かに以前と同じように、頭がすっきりとしてきた。
「ふぅ……お気遣いありがとうございます。もう大丈夫です!」
「えぇ、先を急ぎましょう……ですが、貴女は力を温存しておいてください、クラウディア。並の第五世代型なら私でも十分対処できますし、もし強敵が出てきた場合には……どうしても貴女頼りになりますから」
そう言うアガタの調子は毅然としたものだった。いや、毅然としていること自体に何の問題もないのだが、普通なら誰かを頼るしかないという状況は、なかなか受け入れがたいものだとも思う――自分など魂が一つになるまではとくにそうだった。
対してアガタが毅然としていられるのは、自分の役目というものを過剰に評価していないからだろう。すべきことに専念し、できないことは素直に他人に任せることができる――同時に、何が出てきてもこちらがどうにかしてくれると信頼してくれているのだ。
ともかく、自分も精神力を取り戻し、再び複雑な地下通路をひたすら突き進んでいく。方向音痴こそ克服したが、自分は地下部分の構造には詳しくないし、迷路のような構造なので自分としてはアガタの行く方向についていくしかない。しかも相手はこちらの居場所を監視カメラで把握しているので、第五世代型達も大行列を作りながら自分たちの方へと押し寄せてくる中での移動になる。
「しかし……雑魚は多いですが、今の所は厄介な相手は居ませんわね。ナナコさんたちが星右京らを上手く引き止めてくれているおかげでしょうか」
「それどころか、もう倒しちゃってるかもしれませんよ……所で、アガタさんは塔の最下層まで行ったことってあるんですか?」
作戦会議の折に海と月の塔の地下構造に関しては共有を受けたが、七年ほど過ごしたこの塔の地下に関しては自分は立ち入ったことは無かった。まず、信徒は基本的には地上階で過ごすことになるし、地下は主に海の女神たるレムの空間として信じられてきていた――そうなると、旧ルーナ派の自分にはこの地下は縁もゆかりもない場所である。
幾分か知っている情報としては、レム派の上層部は地下でミサや会議を行っているということ。それでも地下の中でも比較的浅い層で行われていたはず。地下五十階にまで渡るその最下層には、レム派の権威でも立ち入れないと以前にアガタ自身が言っていた記憶もある――そしてその言葉に偽りは無かったようであり、先導するアガタは走り続けながらも首を横に振った。そしてアガタの顔の横にレムが並び、浮遊をしながら口を開く。
「それどころか、七柱の創造神や私の守護天使だったミカエルを除いて、三千年の間で塔の最下層へと立ち入った第六世代は存在しません」
「えぇっと、それじゃあ……どうやって行くんです?」
「秘密のエレベーターが一つあります。今目指しているのはそこですね」
「でも、それは既に右京が対策をしているのでは?」
「えぇ。ですが、エレベーターをわざわざ動かす必要はありません。直通している穴があるという事実さえあればいいのですから」
「えぇっと、それってつまり……」
「恐らく貴女の想像している通りですよ、クラウディア」
なるほど、それなら確かにどうにかなりそうか――そう考えた瞬間、近くの扉の奥から何者かの気配を察知した。意志は平坦でありながら、どこか複雑な様子で在り、その思考の持ち主が通常の第五世代でないことは一瞬で読み取ることができた。
「エレベーターの昇降カゴの床に穴を開け、後はそのまま最下層に落下するつもりですか。しかしそれは私が……」
新手の敵が言い切る前に結界を踏んで一気に跳躍し、扉が開いたその隙間に向けて全力の掌底を突き出す。八枚の結界を乗せたそれは、拳周りという局所的ではあるものの強大な力を有しており、仮に相手が熾天使であっても装甲を討ち貫くだけの威力はある――相手も流石の反応速度で防御態勢を取ったようだが、完全な威力の減衰は叶わず、こちらの攻撃にそのまま身体ごと背後へと吹き飛ばされて壁に激突した。
そしてそのまま足元の結界を踏んで跳躍し、男性型アンドロイドの胸部へと追撃の拳を突き入れる。吹っ飛ぶ先が無くなったその身体に膨大なエネルギーが駆け巡ったことにより、機械の体は吹き飛び――そのまま頭部が吹き飛んだ後に音を立てて落下し、しかしルシフェルは涼しい顔をして笑っていた。
「いやぁ、滅茶苦茶に乱暴ですね、貴女は……まさか喋る暇《いとま》すらくれないとは」
「アナタの相手をしている暇はありませんからね! さぁ、アガタさん……」
「一つ忠告しますが、私の話は聞いておいた方が良いと思いますよ? もっとも、少し命が伸びる程度だとは思いますがね」
その勝ち誇った表情に確かな悪寒を感じ、慌てて自分の身体と駆け寄ってきたアガタが収まるように結界を展開する。直後、天井や壁の通風孔から何かが噴き出してきた。その気体は無色透明でこそあるものの、状況から察するに――。
「……毒ガスですって!?」
結界内に残る僅かな清浄な空気を消費するわけにはいかない自分たちの代わりに、レムがそう声をあげてくれた。自分はと言えば、アガタを護っている物とは別にもう一枚結界を張り直し、背後から迫ってきている気配の迎撃に備える。
「この密閉空間で肉の器にあるのは、アナタたち二人を除いていないのです。それならば、毒ガスというのは非情に効果的な手段と言える。それに……!」
「私も一体だけではありませ……」
もう一体現れたルシフェルが全てを言い切らなかったのは、相手が通路の曲がり角から出てくるタイミングに合わせて、自分が出現地点へ跳んで攻撃を仕掛けていたからだ。とはいえ、先ほどの扉を利用した奇襲と違い、ルシフェルは――学習をしたのかもしれないが――こちらの拳を紙一重で躱してきた。
超音速戦闘が可能な熾天使級ともなれば、奇襲に失敗すれば相手のターンになってしまう。こちらも相手の攻撃の軌道を先読みしつつ第八階層級の補助魔法を利用すれば、相手の速度に対応すること自体は不可能ではない。しかし自分はあくまでも人の身であり、ADAMsによる神経の加速や高速演算を可能とする第五世代と違って思考速度はあくまでも並だ。そうなれば、もはや持ち前の勘だけでは相手の攻撃をいなすことしかできない。
しかもなお悪いことに、こちらは毒ガスの影響により呼吸ができない。錬気をするにしても戦い続けるにしても、呼吸を置けないのはかなり厳しい。一応、毒ガスについての対応策はないことも無いのだが、自分の方はルシフェルの対応で手一杯だ。
なんとかアガタの方がその対応をしてくれればいいのだが――刹那の間をついて彼女の方を覗き見ると、自分の期待通りに彼女は動いてくれている様であり、彼女を中心に淡い緑色の光が立ち昇っている。そしてそれが一機に膨れ上がるのに合わせ、一陣の清浄な風が通路を吹き抜けていった。
その風に合わせ、自分は一気に呼吸をして気を練り上げて、こちらへ相手が安易に仕掛けてきた蹴りに対して掌底を返す。先ほどまでより威力の上がった攻撃に相手の装甲は耐えられず、そのままルシフェルの足は砕け散り――相手がバランスを崩した所に回し蹴りを入れると、相手の体は粉々に粉砕された。
「ふぅ……助かりましたアガタさん!」
相手が動かなくなったのを確認してから改めてアガタの方へと振り返り、彼女の方へと移動する。彼女が何をしたのかと言えば、それは毒の浄化だ。神聖魔法には解毒の法があるので、アガタはそれで空気を清浄化してみせたのだ。
とはいっても、実はそれは一般的な方法でも無かった。普通、解毒の魔法は人体に対してかけるものであり、空気に対して掛けるというのは全体未聞だろう。また、解毒の魔法は対応する毒に対して適切な魔法をかけなければならない。旧人類の扱う謎の毒ともなれば自分は知識がないので、浄化するにはあてずっぽうで色々試さなければならなかったし、下手すれば自分が該当する毒の知識を持っていなかった可能性すらある。
そのため、ここに関してはアガタとレムのコンビだからこそ上手く浄化できたといっても良いだろう。人格部分しかないとは言えども、それでもレムは自分たちより豊富な知識を持っており、今回散布されていた毒の種類を理解したうえでアガタにそれを伝え、即席で空気を浄化して見せた――以上が事の顛末だ。
「こちらこそ、助かりましたわクラウディア。とはいえ、この辺りの区画を一時だけ浄化したにすぎませんから……またすぐに毒ガスを撒かれててしまうでしょう。レム、目的のエレベーターは近いんですか?」
「えぇ。ルシフェルもそれを警戒してこの辺りに配備されていたのでしょうから……しかし、何とか最下層まで辿り着ければ毒ガスの脅威は無くなると思います。彼の主人たる七柱達が肉の器にあるので、彼らが戻るかもしれない最下層にまで毒ガスは散布できないはずですから」
「それなら、エレベーターまで一気に駆け抜けるしかなさそうですね。クラウディア、踏ん張りどころですわよ!」
その後、レムから散布されている毒の成分を確認した後――自分側でも解毒できるようにするためだ――アガタが壁の端末に何かを打ち込むと、近くに降りていた隔壁が上がっていく。その先にはいつの間にか集結していたらしい第五世代型が立ち並んでおり、猛烈な弾丸の雨あられで自分たちを出迎えてくれたのだった。
ともかく、話している暇もノンビリしている暇もない。毒を防ぐための結界のおかげでついでに銃弾を防ぐことはできるが、展開し続けているだけでそれだけ精神力も消耗していく。アガタと共に第五世代型をなぎ倒しながら、レムが指さす突き当りの壁まで通路を一気に駆け抜ける。
その壁は一見すると変哲もない白い壁のようだが、レムがアガタに指示を出し――壁に隠されていた秘密の端末か何か操作をしているようだが、その間は自分がアガタに攻撃が当たらないように防御に徹する――壁が動いた通路の先に扉が現れた。
先ほど打ち合わせしたように、どうせエレベーター自体は操作はできないのだ。アガタは無言のまま、しかし気迫のこもった顔面で棍棒を振り上げ、主の部屋へと直通するエレベーターの扉をぶち壊した。
その先はワイヤーだけが見える空洞となっており――自分もアガタも躊躇せず、その空洞の中へと飛び込んだ。
「最下層まで残り二百メートル、飛び降りたら落下までにかかる時間は約六秒です」
レムのなんだか能天気な声を聞きながら真っ暗闇の中の自由落下が始まり、絶妙な浮遊感の中で五まで数え――ついでに、自分たち以外にも上から何か重いものが落下してきている気配を感じる――六に合わせて足元にも結界を展開し、落下の衝撃を吸収する。
直後、アガタが鉄の棒を振り上げる気配を感じる中、自分は両腕を上に掲げて結界を展開し――。
「どっ……」
「せぇええい!」
二人の気合の入った掛け声が響くとともに、自分の上部からかなりの重みが加わった。同時に目の前の壁が吹き飛んでいき、その先から白い灯りが差し込んでくる。自上から落下してきたエレベーターの籠を自分が受け止め、アガタがエレベーターの扉を破壊した、というのが落下からおよそ十秒程度の時間で起ったことだっ。
「くっ……アガタさん、私はここまでです……ここは私に任せて、アナタは先に……」
「何馬鹿なことを言ってるんですか。さっさと籠を押し戻してこちらへ来てください」
先に最下層の中へと入ったアガタは、振り返りもしないで呆れた声で答えた。せっかくそれっぽいシチュエーションだったのでボケたのに、まったくつれないお友達だが――ともかく腕に力を込めて言われた通りに籠を上へと押し戻し、そのまま自分も中へとひょいと飛び出した。直後、再び自由落下に任せて落ちてきた籠が地面へと衝突し、そのおかげで背後から異様なほどの煙が舞い上がったのだった。