B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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The Bird and the Tiger

 クラウディアが現世に旅発つのを見送ってから、自分はただ合図が来るのを待っていた。何やら彼女を探すのに丸一年歩き続けていたようだし、少しくらいノンビリする時間があってもいいだろう――そう想い、今までの出来事を改めて整理することにした。

 

 自分の魂もべスターやグロリアと同様に輪廻に向かわず現世に残っていた訳だが、彷徨っていた期間の記憶がある訳ではない。ただ、全うすべき責務を志半ばで果たせなかった無念だけが残り、魂の残滓となって残っていたにすぎない――それがレムによってクローンとして細胞を移されたことで蘇った、というのが事の顛末ということなのだろう。

 

 そうなれば事実上、自分は一万年の時をスキップして蘇ったようなものであり、デイビット・クラークを倒してアイツに爆散させられた次の瞬間には、この惑星の海の中でレムと会話していたということになる。

 

 今にして思い返せば、レムも上手く言葉を選んだものだ。彼女は自分の死因を少女を護るためにトラックに轢かれたからと言っていた。それは半分は事実であった。自分はその事故が原因で社会的には死んでいたのだから。

 

 自分の正体を他の七柱に感づかれないようにするには、直接的な死因を伝えて記憶が戻ることを避けたかったのだろうし、まさか旧世界の悪の親玉を倒した直後に仲間に裏切られて死んだなどと言われても、突飛な展開過ぎて嘘だろうと突っ込んでいたかもしれない。

 

 また、女神レムと初めて会話した時、彼女は自分の顔を見てどこか懐かしむ様な表情を浮かべていた。それも、彼女の中の伊藤晴子の記憶が呼び起され、どこか懐かしい気持ちに浸っていたせいなのかもしれない。サイボーグ化される前の自分に関するデータはACOによって上手く偽装されていたはずであり、本当の顔は右京すら知らなかったはず――だが、自分の声や喋り方ですぐにアイツにも見抜かれてしまったので、あまり偽装の意味も無くなってしまったのも運命の皮肉と言うべきか。

 

 そういう意味では、運命とやらは自分にも右京にも味方をしているとも取れるのかもしれない。もし高次元存在が右京を危険視しているとするのなら、もっと簡単に彼を排除できるような運命を辿らせたであろう。そもそも、彼を倒すのは自分ですらなくたっていい――かつて自分がデイビット・クラークを倒すために力を授かったのと同様に、他の誰かに右京を倒せる能力を授けさえすればいいのだから。

 

 そこに関する自分の考察としては以下のようになる。高次元存在はクラークの求めた「進化の到達点」には拒否的な反応を示したが、右京の求める「世界を無に帰す」は、一つの選択肢として受け入れているのではないかと。世界に意味を見出すために人を為して、無意味を返されるのは最高の反逆とも思ったものだが、もしかすると高次元存在としてはそれが一つの答えという風にとらえている可能性がある。

 

 それでも自分のオリジナルとクローンを引き合わせるまでに到ったのは――単純に右京の思い通りに挿せないのは――上位存在は別の可能性も見てみたいから。自分は右京のように世界に対して何か明確な答えなど持っているわけでもないし、世界に対して何か大きく期待しているわけでもない。ただ、アイツほど世界に対して絶望してもいない――ただ、上位存在にとってはその辺りが重要なのかもしれない。

 

 本当は、自分はアイツにこそそれを期待していたのだ。強い感受性と確かな言語化能力を持っているアイツこそが、世界に対して何か意味を見出してくれるんじゃないかと――アイツならそれを普遍的な何かに落とし込めるんじゃないかと期待していたのだが。

 

 ただ、アイツの本心も知らないで「世界の根本を変えるように戦ってくれ」などと依頼を出したのは滑稽だったといえるだろう。人の生を無意味と結論付けているのに相手に対して、何か意味を見出してくれ等と言ってしまったのだから。

 

 しかし、今でも別にアイツに自分の願いを言ったこと自体は間違えていたとも思わない。人の生を無意味と強く思うというのは、それだけアイツが人の生というものに固執していることに他ならないのだから。

 

 そんな考え事をゆっくりして幾許かの時間が経った時、幽世《かくりよ》の空気がにわかにざわつき始めた。この感じは、こちらの世界の夜が明けた時と同じような雰囲気であり――そろそろタイミングかと思った矢先、いつの間にか自分の唇に何か細い糸のようなものがくっついており、それがにわかに引っ張られた。

 

 俺は魚じゃないんだぞ、そう心の中で突っ込んだ直後、自分の足元に光の道筋が現れた。ついに時が来た――思わず自らの口元が釣りあがり、ついでそのまま奥歯のスイッチを入れて走り始める。肉の器が無い状態では加速装置を起動することもないのだが、これはもはや自分が気合を入れる時の癖みたいなものであり、魂を震わせる儀式みたいなものである。

 

 未だ海に捕らわれている者たちの記憶にある風景が矢継ぎ早に切り替わり――街を超え、街道を超え、山道を超え、砂漠を超え、雪原を抜けて――最後に辿り着いたのは、光も差さない真っ暗な空間であり、同時に圧迫感と浮遊感との中に放り出された。

 

 真っ暗な水底で、自分の体の周りだけは金色の光が渦を巻いていた。目の前にあるガラスシリンダーは砕けており、その中にはもはやサイボーグの残骸はない。同時に、クローンの身体が辺りを浮かんでいるということもない。あちらの世界でそうであったように、オリジナルとクローンとが互いに不足している部分を補い合い、一つの身体として再生したのだろう。しかしあちらと違う点を言えば、雑に手足がサイボーグと生身とで分かれているわけでなく、外見の雰囲気は生物的な部分が多いように見えるという点か。

 

 だが、感じる。この身は確かにオリジナルの物を継承している。エディ・べスターが作り上げた最強のサイボーグとしての機能は、確実にこの体の芯を走っている――その証拠に、クローンであった時よりも身体の底から力が湧き出てくるのだから。

 

 しかし、この海底からどう戻ったものか。左右の手を海中で強く握って身体の調子を確かめてから視線を移すと、ガラスシリンダーの直ぐ近くに巨大な鎖が垂れさがっているのが見えた。これは、地上に出るために垂らされた蜘蛛の糸。恐らく味方が用意してくれている物、そんな直感があった。

 

 鎖を強く握るのに合わせて、鎖が一気に巻き上げられ始める。本来なら急激な水圧の変化に身体が耐えられないはずだが、この体なら問題ない――そして徐々に海中が日の光で明るくなり始め、そのまま一気に海面を飛び出した。

 

 鎖は宙を浮かぶ船に――ピークォド号に似ているが、見た目は多少異なる――巻き取られ、収納される勢いを利用して宙を翻り、その船の上へと飛び乗る。そして、すぐさま辺りの気配の感知を始める。

 

 随分と気配が多いが、今は心も感覚も研ぎ澄まされている。辺りの様子は手に取るようにわかる。敵艦二隻に戦闘機が十三機、それに飛行型の第五世代型アンドロイドが百五十二体。だが、そんなものは大したことではない――強烈な殺気を向けてきている男が、こちらに向かって強力な一撃をしかけようとしてきている。アイツを放置しては自分を救ってくれた艦ごと沈められてしまうだろう。

 

「海から出てきたところ悪いんだがね! 新たな船ごともう一度海の藻屑となってもらうよ!」

『……復活したばかりだっていうのに、随分ドンパチ賑やかじゃないか……なぁ?』

 

 思わず癖で心の中でそう問いかけるが、残念ながら相棒からの返事は無かった。その事実にハッとしつつも、感傷に浸っている暇もない――アレイスター・ディックの体を操るあの男を一刻も早く止めなければならない。

 

 この身体でレッドタイガーを使えるかは不明だが、四の五の言っている場合ではない。アルジャーノンとの距離はおよそ二キロメートル、しかも重力のかかる上方に位置している。ADAMsを使って加速をして跳んでも間に合うはずだが、どうやら相手も高速で移動を続けながら魔術を編んでいるようだ。そうなれば、相手を遥かに上回る速度が欲しい。

 

 相手が魔術杖のレバーを引くのに合わせてベルトのバックルを弾くと、以前と同じように腰に針が刺さり――以前以上のパワーが身体の底から湧き出てくるのを感じる。眩い閃光が視界を覆うのと同時に奥歯を噛み、音の壁を突破し、宇宙船の屋根を滑走路代わりに利用して走り、その先端から自らの身体を弾丸の如く撃ちだした。

 

 自分で自分を弾丸と形容するのはちょっと格好つけかもしれないが、サイボーグの力とレッドタイガーの力が合わさった速度はそれ以上のものだった。その証拠に、加速した精神においてすら、ほとんど一瞬で相手の位置まで到達してしまったほど――バーニングブライト無しでそれと同等の速度を得ていることになる。

 

 こちらの突き出した拳に対し、デイビット・クラークと同じような防御プログラムが働いているのか、アルジャーノンは魔術を編むことを止め、寸でのところで七枚の結界を展開して突進に対抗してきた。

 

『おぉおおおおおおお!』

 

 心の中で叫びながら足を突き出し、相手の展開する結界を砕いていく。加速した時の中、膜の向こうでは、男の表情がゆっくりと変わっていく――恐らく最初は何が起ったのか分からなかったのだろう、プログラムによって魔術を中断させられて唖然としたような表情を浮かべ、次第にそれは驚愕へと移り変わった。

 

 とはいえ、バーニングブライト無しでは結界を超えて相手に一撃を叩き込むには到らなかった。七枚目にヒビを入れたところで威力は減衰し、残った斥力によって弾かれてしまう。

 

 だが、それでは終わらない。腰のベルトから短剣を一本取り出し、それをヒビの中心に向けて放り投げる。既に効力をほとんど失っている最後の防護壁は、撃ちだされたナイフにあっさりとやぶられ、刃は男の突き出していた右の掌に突き刺さり――超音速で撃ちだされたナイフの威力はそれだけに収まらず、相手の右手を粉々に粉砕してしまった。

 

 旧知の身体に対して少々やりすぎとも思えるが、アルジャーノンなら身体強化の魔術を使用して多少ダメージを抑えるであろうということ込みでの攻撃ではある。しかし、粉々になった四肢を瞬時に回復できるだけの回復魔法は、自分の記憶の中に無い――片腕が使えなくなれば魔術杖を取りまわすのも難しくなるはずだ。

 

 ADAMsが切れるのと同時に――この体でも神経の負荷への負荷は変わらず、加速装置の常時発動は難しい――アルジャーノンの小さく呻く声が聞こえてきた。そのまま男の身体は吹き飛ばされて目は虚ろになり、意識が途絶えそうになっているようだ。ありとあらゆる魔術を扱う彼が、たかがナイフ一本で追い詰められているというのも不思議な感じはするが、弾丸並みの速度で撃ちだされたナイフに直撃した衝撃は全身を駆け巡っているはず。むしろ即死しなかっただけでも頑丈とも言えるだろう。

 

 そう思っていると、アレイスターの体が突如として空中に現れたヒビの向こうへと消えていった。右京が追い詰められたアルジャーノンを救うべく、JaUNTで救い出したか――それと同時に身体が浮遊感を失い、体が重力に引かれて落下を始めた。

 

「おぉ……? おぉおおおおおお!?」

 

 この感じ、過去にも味わったことがある。アレは、いつのことだったか――しかし猛烈な敵意が消えたのと同時に、一つの気配がこちらへ近づいてきているのに気付く。その存在に敵意は無く、凄まじい速度でこちらへと接近してきている。

 

「……アランさん! 私の手を!」

 

 声の聞こえた方向に合わせて左腕を伸ばすと、空を飛ぶ何者かがこちらの手をキャッチした。するとすぐに落下が収まり――掴んでくれた者が引っ張っているというより、その手に触れている自分も不思議な浮遊感により飛んでいる、という方が正確なようだった。

 

「まったく……相変わらず無茶ばっかりするんだから」

 

 上方からした声に顔をあげると、真っ先に羽が数本落ちてくるのが視界に入ってきた。炎と氷の美しい羽が過ぎ去ったその先には、金の髪の少女が見え――彼女は碧の瞳に涙を溜め、左手でこちらの手を強く握りながらこちらを見下ろしていた。

 

「ソフィア……それに、グロリア?」

 

 考えるより先に二人の少女の名前が口から出ると、少女は一層感極まったように肩を震わせ、大粒の涙をこちらへとこぼしながら口を開いた。

 

「アランさん……おかえりなさい……!」

 

 まったく、自分もまだまだだったと言えるだろう。敵意にばかり気を取られて、こんなにひたむきに自分の帰りを待ってくれていた少女たちの気配を感じ取るのが遅れてしまったのだから。

 

「……あぁ、ただいま、ソフィア、グロリア」

 

 無事でよかったとか、なんで二人が一緒にいるんだとか、色々と聞きたいことも出てくるのだが、そんなことを聞くのは後でもいいだろう。二人の少女は自分との約束をずっと守ろうと、その魂を重ね、渦中にその身を投げ出し、そして一番早く自分を迎えに来てくれた――そのひたむきな想いに報いるには、ただ「ただいま」と答えるのが一番だと思ったから。

 

 一旦足場のある所まで向かうためか、ソフィアはこちらへと近づいてきている船の方へと進路を取り始めた。その間、自分としては何もできることもなく、ただこちらの手を強く握ってくれているソフィアをゆっくり眺めることくらいしかできない。

 

「しかし、大きくなったなぁソフィア……綺麗になっていて最初誰だか分からなかったよ」

 

 こちらの言葉に対し、ソフィアはなんだかむにゃむにゃと返答してきた。まだ涙が収まらないようで、キチンと呂律が回っていないようだ。そんな少女を見かねてか、肩に乗っている鳥の方が嘴を動かし始めた。

 

「大きくなったのはその通りだけれど、誰だか分らなかったと言うのはデリカシーが無いんじゃない? まぁ、アナタにそれを求めるのは酷かもしれないけれど」

「はは……君の方は相変わらずだ、グロリア」

「相変わらずって、アナタ……そうか、記憶が戻ったのよね……」

 

 グロリアの方も段々と語尾が弱くなり、そのまま機械の鳥は俯きながら押し黙ってしまった。無言のまま船の上に辿り着き、後先考えずに飛び出した自分を救い出してくれたことに対する礼を言おうとすると、それよりも前にソフィアに思いっきり抱きつかれてしまった。

 

「アランさんアランさん! アランさん……もう離さないんだから!」

 

 少女はこちらの名を呼びながら、胸に顔を思いっきり押し付けてきた。変身しているから多少マシになっているとは思いたいのだが、何せ一年以上海の中を揺蕩っていた以上、臭いとか大変なことになっているのではなど妙な心配を起こしたのだが――少女の方は全く離れてくれる気配はなく、より一層こちらを抱き寄せる腕に力が籠るだけだった。

 

 そもそも、状況を完璧には把握できていないものの、まだこの空域には敵がいるのは確実であり、あまり悠長な事をしている場合でもないのだが――ひとまず敵側も一旦攻撃の手を止めているようであるので、自分もソフィアの頑張りに報いるため、その柔らかい髪に手を添え、その頭をゆっくりと撫でる。

 

 そういえば、以前は頭に手を載せると「子ども扱いするな」と頬を膨らませていたものだが――今はこちらを離さないことに執着しているのか、こちらの為すことに対しての文句は飛び出てこなかった。

 

「これが、アナタの温もりなのね……」

 

 ふと、胸のあたりからそんな声が昇ってくる。こちらのことをアナタと呼ぶのは、ソフィアでなくグロリアだろう。以前テレサに宿っていた時とは違い、二人は一つの器に上手く共存しているようであるが――ソフィアと同じくらい力強くこちらを抱きしめてくる彼女の頭を、こちらもただ無言で撫で続けることにした。

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