B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「今、レッドタイガーに掛けられているリミッターを外す……プロテクトの答えは分かってるんだ」
父の戦艦に対して現状の武装で対応ができないのなら、今こそダン・ヒュペリオンが課した枷を外すべき時だろう。ノーチラスのコンソールからレッドタイガーのプロテクトに干渉し、以前には解けなかった十個のプロテクトを解除しようと試みる。
「……水を差すなと言ったのは俺だが、良いのか?」
作業を続けている傍らで、船内のスピーカーからアラン・スミスの低い声が聞こえた。先ほどはテンションが上がっていて攻撃的になっていたのだろうが、この人は案外人が良いので、リミッターを外すというのは自分が父を見殺しにするというのを気遣ってくれたのだろう。
とはいえ、自分の腹積もりは決まっている。あの人が自分に解除コードのヒントを託したのは、むしろこの時のことを想定してのことに違いないのだから。
「あぁ、良いんだ……あそこにいるのは僕の親父じゃない。僕の父、ダン・ヒュペリオンは、僕を守って極地基地に散った。あそこにいるのは、一万年の時を生き、原初の虎との決着を望む、フレデリック・キーツというただ一人の男だ」
「……分かった。それじゃあ、解除を頼むぞ、シモン」
通信が切れ、自分はコードの解除に専念することにする。解除コードは一つ一つ解除する物ではなく、十個を正確な順番に、さらに同時に入力する必要があり、一度でもしくじれば解除コードの入力は破棄され、永久に解除のタイミングを失う。そのため、総当たりのような解除はできないのだが、知ってさえいればコード自体は至極単純だ。星になった息子たち、それは――。
「始祖トバルカイン……続いてイサク、ヨセフ、マルコ、ヤコブ、レメク、マナセ、イザヤ、そして……」
ダン。フレデリック・キーツがその身を奪った息子たちの名前を順々に打ち込んでいく。なぜあの人が解除コードに継承の儀式で奪ってきた息子たちの名前を設定したのか、それは自らの罪を忘れないように自戒の意味を持って決めたように思う。
そして、レッドタイガーを作った時にはキーツは自分の体も使う想定だったに違いない――そうなれば、十個目のコードは自分の名前だ。しかし九つ目の名前を入れたタイミングでコード画面の端に別のウィンドウが現れ、まだ存命だった時の父が――老いたダン・ヒュペリオンが映し出された。
「……よう、シモン」
一年ぶりに聞いた父の声に思わず手を止め、映像に見入ってしまう。彼の根城だった夜の工場の応接間のソファーに腰かけ、ダンは照れくさげに苦笑いを浮かべ――少しの沈黙の後に、その立派な口髭を再び揺らし始めた。
「この映像をテメェが見ているってことは、テメェがノーヒントからまさかの答えを当てたのか、はたまたオレの身に何かあったのか……まぁ、概ね後者だろう。
もしくはシモン以外が解析してコードを当てたって可能性もあるかもしれないが……テメェがレッドタイガーのロックを解除してくれたことを祈る」
ダンはそこで一度言葉を切り、膝の上で手を組みながらうなだれる。
「原初の虎にレッドタイガーを託すっつうのは、とんでもねぇ墓穴を自分で掘ったってことになるんだろうが……まぁ、オレもただでやられてやるつもりはねぇ。アイツはオレの同僚たちを暗殺してきた因縁の相手だし……何より、オレは一万年間、アイツの幻影を追い続けてきた。きっちりと白黒をつけたいんだ。
それで、アレだ。テメェは気にするんじゃねぇぞ。オレの肩には、重すぎる罪がどっしりと乗っかっていやがる。そしてそんな男に対して、相応しい死神がやってきたと言うのなら、それは素直に受け入れるべきってことなんだろう。
それに……長く長く肉の器ってヤツに縛られてたが、やっと解放されるってんだ。それで自由に星の海を漂えるってんなら、そいつはなかなか上等だろう?」
そこまで言って、ダンは再び顔を上げた。そこには、すべてを諦めたような、同時に覚悟が決まっているような、ある意味では憑き物の落ちたような表情があった。
「だが、お前は簡単にオレ達の所に来るんじゃねぇ。テメェがガキん時の夢を捨ててねぇって言うのなら……お前は自分の知恵と努力で宇宙へと出てくるんだ。
宇宙は過酷だ。本当なら人が出てこれるように作られちゃいねぇ。無重力の真空状態で、あぶねぇ放射線がどこもかしくも覆いつくしていやがる。だが、それでも……」
「……星屑は星の海の夢を見る。どんなに過酷な環境でも、宇宙《そら》を夢見る男は……その衝動を止めることなんてできはしないのさ」
ダンはこちらの返答を待っていたかのように少し黙り、こちらの言葉を分かっているかのように目尻に皺をよせながらカメラを見つめ――そして全てを納得したように、目を閉じて大きく頷いた。
「もう十個目のコードは分かっているだろうが、テメェはまだ星になった訳じゃねぇ。テメェはお前の力でオレ達と同じ所まで来て、共に星の海を旅するんだ。
オレ達は一足先に本物の星屑となって、テメェが来るのを楽しみに待っているぜ。それじゃあ、またいつか会おうぜ、シモン」
そう言いながら、父は気障な仕草で右手を掲げた後、左手を伸ばしてカメラを切ったようだった。まったく、年甲斐のないポーズを取って、まったく似合ってない――そんな心とは裏腹に、自分は泣き出したいような気持ちで一杯だった。
父は元から、自分の身体を奪うことは考えていなかったのだ。いや、元々は考えていたのかもしれないが――恐らくこの星にアラン・スミスが現れたことでこうなることを予測し、全てを終わらせるために自分と仇敵である原初の虎に全てを託したのだろう。
父は、ダン・ヒュペリオンの魂は――フレデリック・キーツはこの戦いから解放されることを望んでいる。相応しい男に、相応しい技で葬られることを望んでいるのだ。なれば、迷う必要などない。
「……それじゃあ、少しの間お別れだ……また宇宙で会おう、親父……!」
最後のコード、これから星の海に挑戦する男の名を打ち込むと、画面には「code:BT unlocked」の文字が映し出されたのだった。
◆
『アランさん、変身の残り時間が一分を切りました』
シモンとの通信から幾分か時間が経った後、レムから突然のタイムリミットの告知があった。先ほどの告知から六分も経っていないと思うのだが、以前と同様に自分の体感時間がそのまま変身時間に反映されているということなのだろう。
しかし、先ほど自信満々にプロテクトの答えは分かっているといったのに、シモンの奴は何を手こずっているのか。限界が近づいてきていることの焦りも出てきたその時、「旦那!」と叫ぶ声が脳内に響き渡った。
『リミッターの解除には成功した!』
「流石だぜシモン! それでリミッターを解除すると、何ができるんだ!?」
『何が起きるかは、僕にも分からない……ただ、装置の動作に関してはどうすればいいか分かってる。バーニングブライトを起動するときの要領で、ボタンを素早く二回押すんだ』
『出たとこ勝負ってことだな! それなら得意だぜ!』
シモンに返事を返しながらベルトのボタンに手を掛ける。何が起こるか分からないとは言われたものの、直感的にはいける――フレデリック・キーツは墓穴を掘るからと言って、自らの制作物に関しては手を抜くタイプではない。使い手の安全性の考慮という面についてはべスターに劣るものの、一方で機能を極限まで引き出すことにはこだわりを持っており、その技術に関しても右に出る者はいない。それを自分は誰よりも知っているのだから。
既に身体に溜まっている熱量は十分、このエネルギーならいけるだろう。
『アランさん……親父を、フレデリック・キーツを自由にしてやってくれ……!』
「……あぁ、任せろ!」
フレデリック・キーツが居る戦艦に焦点を定めて奥歯を噛み、走り始めるのに合わせてベルトのボタンを素早く二度押す。いつもなら一つのゲートが出てくるのに対し、今回は二重のゲートが現れ――音速の壁を超えたタイミングで跳び、ゲートを一つ、そしてコード名が刻まれたゲートをまた一つと超えるのに合わせて空間が歪み始め、世界の時が完全に止まった。
いや、正確に言えば自分の体感時間が極限まで加速しており、周りが完全に停止したように見えるのだろう。マッハ3で空を飛ぶ戦闘機は微動だにしないほど自分の側の体感時間が加速しており――進行方向の色味が青みを帯び、自らの進行方向の一点に向かって空間が歪んでいるように見える。
単純な加速でも色味の変化や空間の歪みは多少感じたことはあったのだが、今はそれがより顕著に感じられるのだ。つまり、今の自分は音速などという単位では言い表せないほどの速度で動いているということになるのだろう。摩擦で燃え尽きてしまうなどというのが生易しいほどの熱量が自分の体を覆い――しかしレムの再生魔法、それにべスターとキーツの技術が加わったことで、自分の体は不死鳥の如く再生し続け、返って発生するエネルギーをこの推進力に変え続けることができているのだ。
これほどの速度なら、それこそ全ての物を足場にすることもできるだろう。試しに中空で足を大きく踏み込むと、圧縮された空気の反動で進行方向を上へと変えることに成功する。そのまま空中をジグザグと進んで戦艦の上を取り、太陽を背に両足を思いっきり突き出した。
『コイツで星になりやがれ! ブレイジングタイガー!!』
空気の壁を蹴ってすぐに身体を一回転、そのまま下へと急降下し、凄まじい速度で戦艦へと蹴りをかます。常に展開されているらしい旗艦のバリアにより、一瞬だけ足の裏へと反動が返ってくるが――こちらの速度と質量によって生じたエネルギーがバリアの耐久力をゆうに破り――そして屋根を破り、床を破り、自分の体が艦の中を突き抜けていく。
しかし、やはりフレデリック・キーツの技術は本物であった。もちろん、以前のクローン体にこの技の威力が追いついていけたとも思えないが、それでも彼の鉄壁を破るほどの威力はあるのは事実であるし、それ故にリミッターを掛けていた、ということにもなるのだろう。
そして恐らく彼はこうなる未来を予測して、自分にレッドタイガーを託したのだろう。彼の最強の戦艦を破るほどの威力を、敢えて仇敵である自分に託した――そういう意味では、この戦いは一万年に及ぶ男の執念によってコントロールされたものである。つまり、この戦いの真の勝利者は――。
そんな風に思考を巡らせていると、ちょうど自分の体が広い空間にまで到達した。そこは動力部らしい、旗艦を動かすための巨大なエンジンらしきものと、人の脳みそが入ったシリンダーと――そして巨大なモニターに映し出された「I won」の文字とがあった。
『ちっ……最後まで素直じゃねぇオッサンだ』
そう悪態をつきながらエンジンを蹴り抜け、そのまま爆発の衝撃波を遥かに超える速度で戦艦を突き抜ける。海面に触れる前に蹴りだしていたのと反対方向の足で踏み込み、幾分か速度を相殺した後、そのまま海面に激突し――自分の体が再び海中に沈むのと同時に、身体の表面を覆っていた硬化した組織が剥がれて水の中を漂い始めた。
その直後、また海上から強烈な衝撃波が襲ってきた。海面の方を見上げれば、自分が振ってきた空の方で巨大な爆発が起きているのが、黄金色の海水を通して歪んで映し出されていた。
『確かにアンタの技術は本物だが……今回の勝負はそれを上手く扱った俺の勝ちだぜ』
相手の掌で踊らされた悔しさを誤魔化す様に、自分は海中から爆発に向けて人差し指を指したのだった。