B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
トリニティ・バーストを発動した後、自分は真っ先に右京を目掛けて駆けだした。JaUNTに対応するには特殊な勘が要るため、アイツの相手をするのに自分が最適というのは勿論だが、一万年前と一年前の借りを返さなければ――いや、道を誤ってしまった後輩を自分の手で止めたいという思いがある。
何より、他の者の相手は仲間に任せられる。これは一万年前には無かった状況だ。二課のメンバーのバックアップは万全であり、信頼もしていたが、やはり現場に立つのは常に自分一人であったため、こうやって背中を誰かに任せられる状況というのはありがたい。その相手がT3とブラッドベリ、チェンというのなら尚更だ。性格的な所はひとまず置いておいても、その信念は本物であり、その実力は疑うまでもない。
ともかく、加速した時の中で右京が現れるポイントまで接近し、左手を突き出しながら、手甲の中のレバーを引き――。
「オラァ!」
加速を切るタイミングに合わせて掛け声をあげると、丁度打ち杭が射出されたタイミングに合わせて右京が目の前に現れた。浪漫こそあるものの、ADAMsとパイルバンカーの組み合わせは全く噛み合っていないとも思ったが、JaUNTの相手をするとなれば意外と悪くない。このように攻撃を置いておくことで、相手が現れるタイミングを丁度刈ることができるからだ。
右京の方もこちらが何かしら攻撃を仕掛けてきているのを予測していたのだろう、打ち杭は少年が防御のためにかざしている大剣の刃を突き、大容量の火薬が炸裂する衝撃で互いに後方へと吹き飛ばされた。
どんな技術で作られているのか、戦闘機をやすやすと吹き飛ばす威力のパイルバンカーで破壊できないとは、あの剣は頑丈だ。それに、今の威力で剣を手放さず、腕も折れないとなれば、トリニティ・バーストや補助魔法の効果ももちろんだが、右京が宿っている器もかなり頑丈なのだろう。
とはいえ流石にノーダメージとはいかないのか、後方に着地した右京は顔を苦々し気な表情を浮かべながらこちらを睨んできていた。
「くっ……やはり、僕を止めるための抑止力はアナタか」
「うるせぇ! ただテメェをぶっ飛ばしに来たんだよ、俺は!」
相手が姿を消すのに合わせて再び奥歯を噛み、先ほどと同じように打ち杭を突き出す。右京の側は距離を取って形成を立て直そうと考えたのだろうが、その迷いすら自分には見えすいている。ホールの三階に現れた右京は、再度出現した瞬間に打ち杭の衝撃で防御に使った大剣ごと吹き飛ばされた。
そしてもう一度――今度は自分のすぐ背後に向けて打ち杭を突き出す。流石にこれ以上刀身で受けるのがマズいと判断したのか、今後は七星結界でこちらの攻撃を防ぎ――流石にそれを敗れるほどの火力はパイルバンカーにはないため、今度はこちらが一方的に後方へと吹き飛ばされる形となる。
「ちっ……いつもこそこそしている癖して、クラークと並んだつもりか!?」
「いいや、それ以上さ……彼は結局その野望を果たせなかったのだから」
「テメェは実現できるつもりか!? この死にたがりがよ!」
死にたがり、という言葉に対して右京は眉をひそめた。だが、すぐに得心したという感じで頷き――しかし思い出されては恥ずかしいことをこちらが認識したせいか、いつものシニカルな笑顔はなりを潜め、険しい表情で剣を強く握ってこちらを見つめてくる。
「オリジナルと融合して、記憶を取り戻したのか」
「……テメェは今もあの時と同じ考えでいるのか?」
「……話す必要はないね!」
もはやJaUNTで逃げるのを無駄と判断したのか、それとも向こうも珍しく激情のせいで攻めん気を見せているのか、右京は剣を握ってこちらへと踏み込んできた。振り下ろされた一撃を左腕の手甲で受け止め、そのまま右手で投擲用のナイフを取り出し、至近距離から相手に向けて投げる。しかし、投げ出されたナイフは後方の壁を抉り――奥歯を噛んでその場から離脱すると、吹き抜けの反対側から自分が居た場所に複雑な採光の剣閃が走ってきた。
加速を維持したまま虎の爪を取り出し、次の出現地点を目掛けて駆けだす。階段を駆け下り、自分が入ってきた穴の外に姿を現している右京に対し、加速を切らないまま右手のカランビットナイフを突き出した。
その一撃は前面に構えた大剣によって防がれたが、そのまま両手の短剣と言葉を相手に向けて叩きつける。
「はっ! 借り物の力でいきがりやがって! このクソガキが! JaUNTだって戦闘プログラムだって、全部全部クラークのパクリじゃねぇか! そんな奴がそれ以上だなんて、片腹痛いぜ!」
「進化とは、模倣と研鑽の中から生まれる……確かにこの技は僕のオリジナルではないかもしれないけれど……これらは僕自身が研鑽して得た力だ!」
怒りの乗った少年の一太刀は重く、思わずこちらが後ろへ押し込まれてしまう。このままいくと、塔の淵から下へと落とされる――相手の攻撃を交差したカランビットナイフで受けたままADAMsを起動し、そのまま一度相手と距離を離す。
ついで、すぐさま相手がJaUNTを起動し、また背後から強烈な殺気を感じ――塔の内部から放たれた光波を躱すと、すぐにまた前後左右から相手の飛び道具が飛んでくる。それを躱すこと自体は難しくないが、いつまでも遠くからちくちくされていても埒が明かない――比較的近くに出てくるタイミングを読み、加速しながらその地点に一気に駆けつけ、握っている右のカランビットナイフを振りかぶる。
しかし、こちらの一撃は相手が構えていた大剣によって受け止められてしまう。ヘイムダルでは自分達の勝負は決着がつかないとは言われたが――確かにこう防御に徹されるとなかなか埒が明かない。攻撃が届かないフラストレーションをせめて口で晴らしてやろうと加速を切り、怒りの感情を刃に込めながら相手に突き出していく。
「大方、テメェはクラークが怖かったんだろう!? ハッカーとしての腕は見込まれていたようだが……テメェのその矮小な性根を見抜かれて、見下げられるのが怖かったんだ!」
「それに関しては否定しないよ。だが、彼と僕とは目指す先が違ったんだ……同じ高次元存在を求める者同士であっても、いつか袂を分かつなら、それは早いか遅いかの差だったんだ!」
「それで俺を利用したってんだな!?」
振り抜いた刃が宙を切ると、今度は少年の気配が遠くなった。相手の攻撃の気配を感じ、後方にバク転しながら一回転、二回転、三回転と移動すると、海の向こうから放たれた剣の光波が一本、二本、三本と、塔の外壁を切り裂いた。
自分がすぐさま右京を追いかけなかったのは――正確には追いかけられなかったのは――右京が海を漂う瓦礫の上に居るからだ。どれだけ加速しても落下速度は上げられないし、下手に足場を蹴って速度を持って足場を目指せば、水中を漂う瓦礫に凄まじい速度で激突して、そのまま海に沈んでしまう――足場が存在しない水中では、ADAMsなど勿論役に立たなくなってしまう。そう思うと、意外とあの位置に陣取られるのは厄介であり、今のままでは一方的に攻撃をされてしまう訳だ。
「テメェ! ちょこまか逃げ回ってんじゃねぇぞ!」
「地の利を使っていると言って欲しいね。狭い空間でわざわざ不利に付き合うことも無いんだからさ」
「俺を舐めんなよ、右京!」
相手との距離は百メートルほど、膂力が上がっている今なら投擲でも届く距離ではあるが、こちらの動作で射線は読まれるし、何より防御プログラムを展開している右京なら避けるまでもなく簡単に弾き落としてくるだろう。
そうなれば、リスク込みで海面まで移動し、肉弾戦を仕掛けるしかない。相手が姿を消したタイミングに合わせて奥歯を噛み、塔の外壁を全力で蹴ると、こちらの攻撃に塔の防御機能が働きバリアが展開され――音速で踏み抜いた威力に斥力が加わり、猛スピードで自らの体を海面へと撃ちだす。
狙う先はもちろん右京の次の出現地点だ。空中で一回転し、右足を突き出すようにして海上に浮かぶ一つの瓦礫を目指す。こちら側は姿を現した少年に蹴りをかますのに対し、右京側は防御プログラムでいち早くこちらの動きに反応し、剣を前へと翳すことでこちらの攻撃に備えているが、今の速度なら威力は十分になっている。
超音速の蹴りにより、右京の立つ足場は海面に沈み、辺りに巨大な水柱が立ち上がるが――少年が踏ん張ってこちらを押し返してくれたおかげで、自分は海面に沈まずに済むこととになった。空中でバク転しながら軌道を整え、手ごろな足場へと着地することに成功し、早々にゆっくりと立ち昇る水柱の方を睨むが、既に少年の身体はそこにはなく――相手の意志が来る方角を手繰ると、今度は上空から気配を感じた。
「まさか本当に挑発に乗ってくれるとは……意外だったね」
右京が上空で剣を突き出すと、黄金色の光が分散し、辺りに雨の如く降り注いだ。再び奥歯を噛み、光弾を避ける様に辺りの瓦礫を飛び乗っていく。水面に激突した光弾がまた巨大な水柱を立ち上げ、そのまま辺りに水滴がゆっくりと降り注ぐ。最終的に相手の攻撃を避けきることには成功したが、周辺に浮かんでいた瓦礫は見事に破壊しつくされてしまった。
「ちっ……やるな」
向こうとしても今が絶好のチャンスだったはずだが、続く追撃は無かった。先ほど、天上から放った一撃の時に確かに見えた――こちらが何度も何度も刀身にダメージを与えていたせいで、あの剣から煙が立ち昇り始めていたのだ。それ故にこちらに対するとどめを刺すことができず、右京は塔の方へと戻ったのだろう。
最後に残された瓦礫の上から塔の方を見つめていると、脳裏にレムの声が響き始める。
『アランさん、どうやって戻るつもりです?』
『これくらいの距離なら、跳べば戻れる……ちなみに、アイツの目的は結局一万年前から変わってないのか?』
奥歯を噛み、僅かに残っている足場で助走をつけながら、塔の方へと跳んで移動しているがてら、レムに気になる点を質問してみる――以前にレムも「右京の目的は宇宙の沈黙」と言っていたし、直感的には右京の目的は変わっていないとも思うのだが、彼本人の口から聞いたわけではないため、もしかしたら心も変わっている可能性もある。
今更アイツの腹積もりを知ったところでどうもこうもないし、アイツの目的がなんであったところでぶん殴って止めるだけなのだが、気にならないと言えば嘘になる。自分よりも右京との付き合いのレムなら、もう少し踏み込んだ事情も知っているに違いない――そう思ったのだが、レムの方もなんだか煮え切らない調子で声をあげる。
『少なくとも、私が知る範囲では心変わりしてはいない……という答えになるかと思います。私自身、あの人が高次元存在に手を伸ばしているのか、その理由を当人の口からは聞いたことは無いんです。
一応、生まれてこれなかった子供を蘇らそうと誘われたのですが……ずっと疑問ではあったんです。あの人は私を病院に迎えに来た時点でDAPAの深部に潜り込んでいたようですから、時系列としては違和感がありました。
ただ、深海のモノリスに同調し、全てのデータベースにアクセスできるようになった時、アナタの最後の時の映像を見て……』
『なるほど……いや、それも違和感があるな。アイツ、なんでそのデータを消しておかなかったんだ? または、どうして改竄しなかったのか……』
右京の保持する情報を含む全てのデータベースにアクセスできるようになるというのなら、事前に金字塔の屋上における暴挙に関する情報を晴子に見られてしまうことも予見できたはずだ。単純に消し忘れたとかいうこともあり得なくはないが、他人の目を異様に気にする右京にしては少々詰めが甘いようにも思う。
もしも晴子が――レムが過去の出来事を知ることが無ければ、自分は蘇らせれることも無かったはずであり、右京からしてみれば事態はもっと単純に運んでいたはずなのだ。もし単純なミスでこの事態を引き起こしたのなら、ある意味ではそれは右京の自業自得とも言えるのかもしれないが――アイツにはもっと別の意図があったのではないかと思われる。
とはいえ、アイツが何を思ってレムに過去の映像を共有したのか、その意図までは自分には分からない。そんな風に考えていると、右京と添い遂げた晴子の魂の残滓が、どこか寂しげな調子で語り掛けてくる。
『思い返せば、私を連れ去った後のあの人は、いつも悲しそうにしていました。どれだけ言葉を重ねても、身体を重ねても、あの人の孤独は癒すことはできなかった……晴子にとってそれは悲しいことであり、辛いことでもありました。
ただ、一つの仮説として……あの人はアナタを手にかけてしまった時点で、もう引き返せなくなっていたのでしょう。アナタを殺めてしまった罪は、世界をリセットすることでしか解消されないから……』
『……それで、罪に罪を重ね続けた結果がこのディストピアってんなら、笑えないぜ』
過去の自分は、少年に虎を殺したことなど気にしないで、晴子と共にやり直してくれれば良いと祈った――それなのにいつまでも罪の意識を引きずって、それから逃れるために上位存在に無意味を返そうというのなら本末転倒だ。
『それだけ、彼にとってアナタの存在が大きかったということなのでしょう。それこそ、もし晴子が生きていたら、妬いてしまうほどにね。
ともかく、彼は引き返すことはできなかった。アナタを手にかけ、二課を裏切った時点で……もう救われるには世界から消え去るしかなかったのでしょう』
『だが、アイツは……』
お前を迎えに行って、何かを見つけようとしたんじゃないか――そう言いかける直前で、塔の外周でシニカルな笑顔でこちらを見ている少年の姿が目に入ってきた。なんだかんだで、あの顔を見るとぎゃふんと言わせてやらなければすまないという気持ち以上に、懐かしさがこみ上げてきてしまう。
右京は再びこちらに向かって剣を横薙ぎにしてくる――その剣戟を上半身を逸らしてすれすれで躱した直後、少年の立つのと同じ外周まで辿り着く。しかし変な姿勢で着地したので少し間抜けに体制を整えた後、ちょうどADAMsの持続に限界が来て――できるだけキリっとした顔に切り替えて、二本のナイフを構えながら少年の方へと向き直る。
「……辛気臭い顔をしていたじゃないか、先輩。晴子に何か吹き込まれたのかな?」
「うるせぇな……テメェを逃してイライラしてただけだ。いつまでもちょこまかしてないで、そこに直りやがれ!」
相手を指さして奥歯を噛んだ瞬間、右京はまたJaUNTを起動していずこかに消えた。すぐに次の出現地点である塔内を目指して駆け始める。
『アランさん、彼の狙いは……』
『あぁ、分かってる。隙を見てこっちの仲間を狙い打つつもりだろうが……そんなのは出たとこ勝負だ。アイツはせこせこと裏で計画を練るのは得意だろうが、行き当たりばったりは俺の独壇場だってことを思い知らせてやる!』
右京は一度、ホールの三階部分の最奥に出現するが、それは敢えて狙わない。右京があそこに現れたのは、状況を確認するためだ――レムの予想通り、恐らくアルジャーノンとやり合っているチェン・ジュンダーを狙っているのだろう。
それならばと――少年が目をつけたであろう次の出現地点に先回りをし、左腕のとっつきを再び構え、少年が現れるのに併せて打ち杭のトリガーを引く。相手が姿を現したのと同時に加速を解くと、ちょうど少年が振りかぶった剣と虎の牙がかち合い、ホールに強烈な音が響き渡った。
右京は衝撃に身体をふらつかせ――だが剣を手放さないガッツはなかなかだ。それに、向こうも何やら決意に満ちた表情をしている。良いだろう、こちらも仕上げだ――手甲から巨大な薬莢が自動で排出され、次の一撃に備える。
「くっ……だが、こちらも動きは読んでいたんだ! このまま、アナタごと……!」
「いいや、コイツで終わりだ!」
少年は踏み込み、もう一度剣を振り抜いてくる。こちらも相手の大剣に狙いを定めて左腕を突き出してトリガーを引く。先ほど杭が大剣に当たった位置と寸分狂わない場所を目掛けて杭が飛び出て、再度ホールに巨大な音が鳴り響く。今度の音は金属が割れる破裂音――こちらの打ち杭と相手の持つ大剣とが、何発も打ち合ったことで疲労を起こし、それがこの一撃で限界点まで達し、双方の武器が粉々に砕け散ったのだ。
硝煙の向こう側で、少年が驚愕に目を見開く。相手が動揺している今こそ、その顔面に一発くれてやるチャンスだ。そう思って右の拳を突き出すのと同時に、右京は目を細めて唇を引き締め――結果、こちらが振り抜いた右の拳は宙を切った。
精神的な動揺がある状態では、JaUNTは失敗する。それをアイツは知っているはずだ。それでも敢えて転移したということは、右京はあの一瞬で腹を決めたのだ。そしてもし転移に失敗すれば身体がバラバラに砕けるはずだが――しかし動揺を克服して気を強く持ったのだろう、右京は一度塔内の奥に姿を現し、しかしすぐにまたハッとした表情を浮かべてどこかへと消えていった。
転移先の気配を感じられない所から、右京はこの場を離脱したのだろう。逃げれば敵側のトリニティ・バーストが解かれてしまい、残りの七柱も不利になるはずなのだが――右京が最後に見ていた視線の先を見て状況は理解した。別の場所で一つ決着がついており、既に七柱側のトリニティ・バーストは解かれていた。それが原因でアイツはこの場から離脱した――そういうことだったのだ。