B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「くっ……グロリア、ソフィア!」
「動くな!」
こちらが声に足を止めると、ゴードンは人差し指で少女の上を指した。そこには巨大な氷柱が浮かんでいる。自分が妙な動きをしたら、それを落下させて小夜啼鳥にトドメを刺すということなのだろう。
「ふぅ……いや、なかなかに捌くのは厳しかったよ、君たちの連携はさ。ただ、妙な動きをしてみせたら、ソフィア君の命はない……もちろん、妙な動きをしなくてもトドメはさすけれどね」
「くっ……」
実際の所、ダニエル・ゴードンを倒すのにソフィアとグロリアの犠牲で済むのなら、戦果としては問題ないと言える。しかし、距離を離されてしまっている今、仮にこちらが手を出したとしても仕留めるだけの一撃を瞬時に撃てない。ともなれば単純にナイチンゲイルの犠牲だけで得る者が何もないという事になりかねない。
何より、少女らに守られた身としては、ここで彼女を見捨てるのはあまりにも情けない。勝算があるのなら卑劣な手を取ることもやぶさかではないが、ひとまず向こうも呼吸を整えるのに時間を稼ごうとしているようだ。それならば、こちらもその間に策を練れば――。
『……チェン、これで良いの。私たちに策があるわ……今はアイツの注意を逸らして、時間を稼いで』
自分が策を練ろうとしている間に、通信機からグロリアの声が聞こえた。できればその策の内容とやらを教えて欲しいのだが、敵を欺くにはまず味方からともいう。下手に知れば気とられかねないし、何よりソフィアとグロリアが考えた策なら信用できる。
彼女らがダニエル・ゴードンを出し抜ける確証はないが、それは自分も同じことであり――どうせ全てにおいて確実でないならば、ひとまず彼女たちの策を利用させてもらい、時間を稼いでいる間に自分も何か有効打を考えておけばいい。そう腹積もりを決めて両手を上げながら正面へと向き直ると、男は息を整えながら杖の薬莢を詰め直しながら口を開く。
「ふぅ……ちょいと一つ気になるんだがね、チェン・ジュンダー……君はどうして異様な妄執を見せ、僕らを追ってきたっていうんだい?」
「単純なことです。貴方達を放っておけば、宇宙の均衡が崩れかねない……私はそれを止めるために、貴方達を追い続けていたのです」
「嘘だね。人はそんな綺麗ごとで、そこまでの執着は見せられないさ。母なる大地で実験に失敗した僕らが再び高次元存在に手を伸ばすとなれば、相応の年数が掛かることなど君にも分かっていたはずだ……そうなれば、君は適当に天寿を全うし、後のことなど誰かに任せておけばよかっただけだろう?」
自分の言葉に嘘があった訳ではないが、確かに彼の言うように執着を見せていた理由は他にある。だが、それは同時に、魔術神アルジャーノンと呼ばれる男にも同様に、一万年も生きていたのには相応の理由があるということの裏返しになる。
元々、彼奴等の動機になど興味があった訳でもない――知ったところでどうせろくでもないことだと思っていた部分はあるが――今はグロリアに注意を逸らす様に言われているので、少し会話を長引かせられるように思い切って相手側に質問をしてみることにする。
「逆に……貴方は何故、高次元存在を封印しようと考えているのですか?」
「以前にもソフィア君には言ったんだがね。僕らに意味を見いだせだなんてふざけたことを考えている連中を引きずり下ろし、更に多次元宇宙について研究することで、全てを知るためだと」
「いいえ、私が気になるのはそのもっと先です……いいえ、むしろその前と言っても良い。どうして貴方は全てを知ろうと思ったのか、その動機を知りたいのです」
「……僕に二度目は無いかもしれないからね」
アルジャーノンは一度言葉を切って、どこか自虐的な笑みを浮かべながらため息を吐く。
「人は生まれてくる器を選べるわけじゃない。君たちのように生まれながらにして優秀な者たちには分からないかもしれないが、僕の思考力は後天的なものだ。しかも自らの研鑽で得たものじゃない……実験の結果得たものであり、モノリス解読のため当時のパラソル社の開発した脳手術プログラムに参加して得たものに過ぎない。
手術を受ける前の僕は……思い出すのもはばかられるが……まさしく肉の奴隷だった。飢えれば食い、眠くなれば眠り、ムラっときたらしこるだけの人生。自分を取り巻く要素を目で見たそのものとしか捉えることができず、皮肉も理解できず、ただ本能のままに生きていただけだった。
さて、高次元存在をほったらかしにしておいたとしてだ。そして僕が死んでしまったとして……次なる輪廻の結果として、次に封ぜられるのはどんな器かな? 君たちのように先天的に優れた器に封ぜられ、高い思考力を持ち、世界を切り拓いていけるという確証はどこにもない。
況や、仮にそれなり以上の器に宿ったとしてもだ。結局、自分を超える者に相まみえることは終ぞなかったんだ……この器に蓄積された知識と、月に眠る改造された脳を使って研究を続けるのが、一番効率が良いのは明白なんだよ」
「要するに、貴方は次の輪廻に対するリスクを無くすために、今の優秀な頭脳でもって輪廻の輪を断ち切ろうとしている……そういうことですか?」
「ま、端的に言えばそう言うことさ……情けないと思ったかい? ただ、馬鹿にされても構わない。世界を知能というフィルターを通して見れないことの恐ろしさを知っているのは僕だけなんだからね」
男はそこで言葉を切り、どこか遠い目をしながら話を続ける。
「過去の愚鈍なダニエル・ゴードンが、もしも自ら脳手術プログラムに参加していたのなら良かっただろう。しかし、肉の奴隷にあった愚かなダニエルは、介護に疲れた実の親に、その責務から解放されるために売られただけだ……無責任に産み落として、最後にはそれすら放棄されたってわけさ。
思考力が無いというのはね、つまりそういうことなんだよ。自分で自分の運命さえ決めることができなくなってしまう。君たちにはそんな状況は想像もできないかもしれないが……生まれを選べないってのはそういうことだ。
誰からも愛されていないことも、馬鹿にされていることにすら気付かず生きているということが、どんなにみじめなことか……君たちにとっては想像すらできまい?」
そう言いながら男は自分と倒れるソフィアの方を交互に見やった。確かに言われたように、彼の持つコンプレックスを根本から理解することはできないだろう。自分も祖国の人体実験の産物ではあるものの、思考力に問題を感じたことは無いし、またそれに関して劣等感を持ったことは無いからだ。
正確に言えば、彼のケースはなお悪い。そもそも、劣等感を感じるほどの思考力を――責任能力といっても良い――彼はもっていなかったのだから。それは原理原則として理解できるとしても、自分には共感できるものでないし、また共感できると言うべきものでもない。
「……僕から言わせてもらえばね、大体の人間は、自分が思っている以上には幸福なのさ。賢い奴は……右京なんかが典型例だが……勝手に自分で苦しんでいるが、それは確かな思考力を持っている証拠だ。逆に愚かな奴は、自分が不幸だとか考えることもない。精々満たされない肉の欲求に振り回されて、餓えているだけなんだから。
別に自分がとりわけ不幸だと言いたいわけじゃないが……どちらの状況も余すところなく知っているのは……愚かであることの真の恐怖を知っているのは、もはやこの世界に僕しかいない」
そう、自分が理解できるというのは、あくまでも客観的な事実だけ。強いて言えば、彼の有り様を想像すること程度しかできない――恐らく彼の持つ恐怖というものは、痴呆を恐れることに近いかもしれない。自分の在り方を規定できなくなり、世界を理性で認識する力を失う――ただ、これすらも自分の想像に過ぎない。それに、逆を言えば痴呆を恐れるというのは理性的な判断ができるという証左である。ダニエル・ゴードンは生まれながらにしてその権利さえ与えられていなかった訳だ。自分が愚かであることすら認識できない。それは確かに、ある意味では死よりも恐ろしいものかもしれない。
いや、そんな想像すらも、目の前の男は「持つ者がそれなりな想像力を働かせただけだ」と一笑に伏すだろう。そんな姿を想像したのと現実の男の顔が重なり、魔術神は鼻で笑いながら「まぁ」と前置きを置いて話を続ける。
「ドブの鼠に過ぎなかった僕のような者が、全宇宙の趨勢を決めようっていうんだ。それは痛快なことだと思わないかい? 言ってしまえば、これは僕なりの世界に対する復讐なのさ……クソッタレな世界に勝手に産み落とされた自分が、自分で自分のことを決められなかったこの僕が、すべてを思い通りにできる様にするためのね」
「貴方の言い分は分かりました……だからと言って、貴方の罪が消える訳ではない。そのくだらない理想ごと叩き潰させてもらいますよ」
相手にどんな事情があったとて、振り上げた拳を収めることなどできはしない。彼の恐怖とやらを認めてしまえば、彼らの理不尽によって奪われた魂たちに申し訳もたたない。それに経緯はどうであれ、結局のところは彼も「持つ側」として次の生への恐怖に苛まれているだけ――程度の違いはあれど、それは結局誰しもが持つ生への悩みに過ぎないのだから。
ならば、同情することなどない。今更ながらに意外な相手の動機を知れたのは不思議な感覚ではあるが――結局彼の動機が世界に対する復讐だったというのなら、自分も彼も大差は無い。ただ友の雪辱を晴らすべく、永い時間の中でDAPA討つべしと執念を燃やし続けた、それだけなのだから。
「なんだい、君から聞いてきたから答えてあげたっていうのにさ……まぁ、いい。僕だって君らに許しを請うためにベラベラとしゃべった訳じゃあない。聞かれたから答えただけ……ついでに、時間を稼がせてもらっただけなんだからさ!」
魔術神がそう叫んだタイミングで宙を浮いていた氷が落ち始める。それと全く同じタイミングで、崩落した塔の切れ間から黄金の剣閃が放たれた。剣戟は間違いなくアルジャーノンを狙っており――それを見た瞬間に今しかないと確信し、息を大きく吸い込んで前へと走り始める。
刹那の内に起こったことを、まとめると以下のようになる。まず、アルジャーノンは黄金の剣戟を――合流したセブンスが崩落した壁から放った一撃だ――右手の結界で防ぐ。本来ならその一太刀は七星結界を上回る威力があるはずだが、セブンス自身が怪我のせいで万全でないせいか、それを貫通するには到っていないようだ。
そして自分たちと同様、伏している間に回復していたナイチンゲイルが凄まじい速度で男の背後へ回って氷の刃で斬りかかろうとするが、魔術杖より放たれた真空の刃で押し返されてしまう。
だが、それまでだ。アルジャーノンは少女たちの攻撃を防ぐため、生身の手と魔術の手、どちらも文字通りに手一杯――今なら完全なる穴が生じている。
今度こそ強く踏み込み、一気に相手との間合いを詰め――背後で巨大な氷が床に落下する音が響き、全てを出し切った魔術神へと肉薄し――。
「……もらった!」
がら空きになっている男の胸を目掛けて拳を突き出す。男の肋骨を粉砕しながら深々とこちらの手が体へと突き刺さり、そのまま腕を捻って男の心臓を破壊する。アルジャーノンは大きく吐血しながらも、こちらの一撃の威力で後方の壁へと吹き飛ばされた。
普通の生物なら絶命する一撃だが、相手は七柱の創造神、何かしらの延命処置を施しているかもしれない。そう思って追撃のために前方へと跳ぶ。そして相手の首を飛ばすために手刀を相手の喉元に突きつけた瞬間、背後からまた乾いた音が聞こえ――それはアルジャーノンの魔術杖、ムスケェンタスが落下する音だった。
血の涙を流す男の目を見ると、その瞳は虚ろであり、どこにも焦点が合っていなかった。男の体はそのまま重力によって正面から崩れ落ち――いくら魔法などで身体を強化したとて、魔術神アルジャーノンが宿っていたのはあくまでもアレイスター・ディックという生身の器であり、堅牢な魔術の壁を超えて触れられさえすれば、その防御力や生命力は突出したものではなかったと言うことになるのだろう。
ならば、これ以上の追い打ちをすることもない。既に肉の器は脳死しており、アルジャーノンの精神を破壊することには成功した――後に残るのはアレイスター・ディックであった男の死骸だけであり、これ以上はソフィアの師の尊厳を踏みにじることになるからだ。
強敵を一人倒したとしても、まだ気を緩める暇はない。まだ三柱、倒すべき敵が残っている。振り返って辺りの様子を見ると、ホールの奥から星右京が――アラン・スミスに追い詰められ、大剣を砕かれているようだ――こちらを見ているのが視界に入ってくる。
「ゴードン!? くっ……!」
少年はこちらを見て驚愕の表情を浮かべると、その姿を塔の内部から完全に消失させる。そして今度はローザ・オールディスが慌てたように辺りを見回し始める。
「おい、右京!? どこへ行った!?」
「ローザ、アナタはエレベーターへ!」
リーゼロッテ・ハインラインの声に身体が無条件で反応したのか、たまたま中央のエレベーターの付近に居たローザ・オールディスは言われた通りにエレベーターのボタンをせわしく押し始めた。
ただ、彼女と対峙していたブラッドベリが、やすやすとそれを見逃す道理もない。
「逃がさぬ!」
魔王が放った漆黒の衝撃波が、エレベーターごと破壊せんと床を抉りながら走っていく。アレが壊れてしまうと月へと行く手段が減ってしまうが、どの道軌道エレベーターは右京に封じられるだろうし、破壊してしまっても構わない――そう思いながら見ていると、漆黒の衝撃波は風の如く現れた武神の一閃により叩ききられてしまった。
直後、エレベーターの扉が開き、ローザは中へと乗り込み――そのまま扉が閉じるまでに衝撃波、波動弓、黄金色の剣閃とが浴びせられるが、それらは全て女の掲げる宝剣に引き寄せられ、霧散していった。
「……これで、義理は果たしたわよ。後は好きにさせてもらうわ」
そう言いながら、リーゼロッテ・ハインラインは真横に現れた空間の亀裂から――右京が差し出した救いの手だろう――目を背けた。その間に一同がエレベーターの元へと駆けつけ――女の喉元にはT3の斧にソフィアの氷の刃、セブンスの大剣にブラッドベリの拳とが突きつけられた。それに対して女はどこか不敵な笑みを浮かべながら武器を手放し、降参の合図と言わんばかりに諸手を上げたのだった。