B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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師の弔い

 チェン・ジュンダーがアルジャーノンを倒したことで敵が瓦解し、右京は自分の前から逃げるように消え、ルーナはリーゼロッテの援護でエレベーターの奥へと消えていった。アイツがこの後にどんな行動を取るのかは予測できる――自分が右京が去っていった跡から大剣に嵌められていた調停者の宝珠を拾い上げている間に、何かが二つ立て続けに床に落下してする音が響いた。

 

「潔いな……」

 

 武器を捨てたリーゼロッテ・ハインラインに対し、T3は武器を降ろさないまま女を睨みつけている。

 

「多勢に無勢……できるだけ抵抗しても良いけれど、それで何か得がある訳でもないしね。ただ、一つお願いがあるのだけれど……」

「……俺との決着をつけたいって言うんだろう?」

 

 宝珠をポケットにしまいながら立ち上がり、女の方へと振り返る。リーゼロッテは不敵に笑いながら、こちらの言葉に頷いた。

 

「もちろん、タダでとは言わないわ。勝敗の結果に関わらず、その後はエリザベート・フォン・ハインラインにこの器の主導権を返し、私……リーゼロッテ・ハインラインはこの身を放棄し、直ちに本体の生命維持装置を停止させる、というのでどうかしら?

 逆に、タイガーマスクとの決闘を受け入れないというのなら……せめてもの腹いせに、エリザベートの人格を道連れにさせてもらうわよ」

 

 勝負の内容次第では器を返せないかもしれないけれど、女はそう続けて肩をすくめた。そして自分が返事をするよりも早く、チェン・ジュンダーが――改めてじっくり見てもべスターの記憶で見たのとほとんど風貌も変わっていない――幅広の袖で腕を隠しながら一歩前へと出る。

 

「貴女が今後、私たちの邪魔をしないというのであれば、それは多少は魅力のある提案ではありますが……口約束を護る義理もありませんよね?」

「いや、アイツは嘘を言うタイプではないぜ、チェン。生き残りたいなら、さっき右京が寄越したゲートに入れば良かっただけだ……それに、俺からも頼む」

「まぁ、仮に貴方がやられたとて、彼女も言ったように多勢に無勢、どうとでもなりますが……」

「ちぇ、俺の勝ちを信用してないのかよ?」

「私は色々な可能性を考慮しているだけですよ。まぁ、結局アレコレ悩むより、出たこと勝負をしたほうが、案外いい結果になることも先ほど知りましたがね」

 

 チェン・ジュンダーは袖から腕を出し、こちらへひらひらと手を振りながらソフィアのいる場所――正確には、先ほど彼がトドメを刺した魔術神の器の元へと歩いて行った。チェンが認めたことで他の者たちも武器を下ろし、リーゼロッテ・ハインラインは解放された。

 

「とうとうその気になってくれたってことね?」

 

 解放されたことで両手を下ろし、リーゼロッテ・ハインラインは艶やかな笑みをこちらへ向けてくる。オリジナルの記憶を取り戻し、彼女との関係性にどうやって決着をつけるべきか、この一年の間ずっと考えていたが――正直な所、結局答えは出なかった。

 

 彼女の望む決着が正解なのか、それとも話し合いでもして和解でもするべきなのか――どちらが正解かは分からないが、彼女とも浅からぬ因縁がある。そうなれば、少なくとも彼女と向き合わなければならないことだけは確かだろう。

 

 とはいえ、自分の心を素直に伝える義理もない。そもそも、自分と彼女は戦場で出会い、いつも憎まれ口を叩き合ってきた仲だ。その慣習にならって、そのように返事をすることにする。

 

「勘違いすんなよ、リーゼロッテ。エルが人質にされてるから仕方なくだ……アンタとの因縁に決着をつけるってのはついでだぜ」

「キーツにはトドメを刺したのに、私には素気無いのね」

「オッサンを悔しがらせてやりたかっただけさ……それでどうする? 今すぐ始めるか?」

「いいえ、少し休憩を入れましょう。T3との戦闘の疲れもあるし、アナタも変身のクールタイムがあるのでしょう?」

「……妙なことをしないために、剣はこっちによこせ。大丈夫だ、後で返す……それで、エルは無事なんだろうな?」

 

 膝まづいて二対の剣を拾い上げようとするリーゼロッテの背中にそう声を投げかけると、女は素直に両手を上げながら立ち上がって後方へと退いた。

 

「えぇ、無事に戻ってきたアナタを見て、ホッと胸をなでおろしているわ……あの子、アナタを高次元存在の元に送り出して後悔していたんだから」

「そうなのか? 俺としては背中を押してもらえてありがたかったんだがな」

 

 二対の神剣を拾おうと屈むと、今度は女のクソでかため息が自分の背中に刺さった。それと同時に、二人分の足音が奥の通路から聞こえ始める。

 

「クラウディア・アリギエーリ、ただいま見参! っと、どんな状況です? これ……?」

「どうやら、塔の制圧は完了したようですわね。星右京とローザ・オールディスには逃げられたようですが……しかし、酷い有様ですわね」

 

 現れたクラウディアとアガタが塔のホールをきょろきょろと見やり、自分も何となく彼女たち同様に辺りを見回す。改めて見ると、以前に見た荘厳な雰囲気はどこへやら、激しい戦闘の惨状として塔の内部は荒れ果てている。支柱としての機能も果たしているであろう中央のエレベーターも、壁はボロボロになっており――とんでもない力でぶつかり合って、よく塔が崩落しないでもったものだと感心するばかりだ。

 

 そして一通り視線を回して元に戻すと、緑髪の少女が元気な様子でこちらへ向けて手を振っていているのが視界に入ってくる。

 

「アラン君、よっすよっす!」

「よっすよっす……と、細かいことは後だ。クラウディア、あっちを頼む」

「あっち……なるほど、分かりました」

 

 クラウディアは自分が指さした方向を見て頷き、そちらの方へと歩いていく。自分もそちらへ合流し――そこでは血だらけで動かなくなっているアレイスター・ディックの傍らで座り込むソフィアと、その背後で立ったまま亡骸を見つめるチェン・ジュンダーの姿があった。

 

「クラウさん、あの、先生を……」

 

 クラウディアは頷き、ソフィアの隣に座ってアレイスターの顔に手をかざす。その間に、ソフィアの肩から離れたグロリアが、既にアレイスターの人格はダニエル・ゴードンによって消去されてしまっていた旨を共有され――改めて視線を戻すと、クラウディアは腕を引っ込めて頭を振っていた。

 

「ソフィアちゃん。アレイスター・ディックの魂は、既に旅立ちました。でも、悲しまないでください……人は何かを為すために生を受けます。アレイスターさんが旅だったのは、為すべきことを為したと、彼自身が判断したためです」

 

 クラウディアの言葉に、ソフィアは祈るように瞼を閉じた。恐らく、アルジャーノンに身体を支配されたことを知ってから、ソフィアもこのようなことになることは覚悟をして師匠の身と対峙していたに違いない。とくに我らが准将殿は、その辺りの割り切りに関しては年齢から考えられないくらい冷静に行える――それ故に今も冷静にいるのだろうし、また部外者の自分がとやかく言うのもお門違いというものだろう。

 

 強いて言えば、身体を操られていたアレイスター・ディックを屠ったのがその愛弟子でなく、別の者だったというのはせめてもの救いか。もしソフィアがその手に掛けてしまっていたなら、彼女は師を殺めたという業を永久に背負う事になるのだから。

 

 ふと、一万年の因果に決着をつけた亀に目を見やると、彼も口元を結び、自らが屠った男の亡骸をその細い目でじっと見つめていた。少女が使っていた回復魔法や補助魔法、それに体術を見るに、彼はソフィア・オーウェルの第二の師匠でもある――ソフィアを一流の魔術師として育て上げた第一の師について、何か思うところがあるに違いない。

 

 視線を戻すと、ソフィアは瞼をゆっくりと開け、再びクラウディアの方へと向き直る。

 

「あの、できたらで良いんだけれど……先生の身体を綺麗にしてあげて欲しいんだ。私の回復魔法では、既にこと切れている人の身体を治すことはできなくって……」

「……そういうことでしたら、お任せください」

 

 クラウディアが再び手を翳すと、アレイスター・ディックの身体を淡い光が覆い――チェン・ジュンダーの錬気によって破壊された身体が修復し始めた。しかし、その顔色は土気色のままであり――それがクラウディアの言うよう、すでに彼の魂はここにないことを証明しているようだった。

 

「……ディック先生、ありがとうございました。魔術を教えてくれたこと、社会の在り方について説いてくれたこと、そして……私が追い詰められたときに貴方がアルジャーノンを止めてくれたから、私はこうやって生きています。

 アナタに救われた命の分、きっとアナタの分まで戦い抜いて……その死に報いると誓います」

 

 そう言いながら、ソフィアは男の瞼を右手でそっと閉じた。心なしか、男の口元は微笑んでいるように見え――しかしそれは少女の決意を喜んでいるというよりも、愛弟子の確かな成長を喜んでいる、そんな風に感じられるのだった。

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