B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
激戦は終わり、自分の身体の主たるリーゼロッテ・ハインラインは海と月の塔の外へと移動していた。場所は陸と海とを繋ぐ連絡橋部分で、自分達は塔側に、アランは陸側に位置している。
塔の外へと移動したのは、単純に思いっきり戦うのに障害物が無い方が戦いやすいから。とくに二対の神剣やアランのレッドタイガーから繰り出される必殺技の威力を考えれば、塔の崩壊を招きかねない。軌道エレベーターとしての役割を果たせなかったとしても、海と月の塔には深海のモノリスをコントロールする役割があるので、これ以上の損壊は避ける必要がある。
ともかく、アランの変身のクールタイムに少し時間が掛かるということで、今はただその時が来るのを待っていた。此度の戦闘においては七柱の創造神は完全に敗北した形であり、本来ならリーゼロッテ・ハインラインは敵陣にただ一人いる異分子のようなものなはずだが――ただ一人、クラウディア・アリギエーリだけが隣に並び、先ほどの戦闘で傷ついた身体を癒してくれていた。
「……私が言うのも変だけれど、アナタは変な奴ね」
「えへへぇ、そうですか? お褒めに預かり光栄ですねぇ」
「別に、褒めてないけれど……でも、この前やり合った相手に対して、治療を買って出るなんて……」
「そもそも、その身体がエルさんのものって言うのが大前提ですが……私はどこかの誰かさんみたく、一度手を合わせた相手に執着して、いつまでも追いまわしたりしないってだけですよ」
クラウの皮肉に対し、さしものリーゼロッテ・ハインラインも何も言い返せなくなってしまったようだ。以前のクラウなら、神に対して皮肉を言うだなんて恐れ多いとでも言いそうだが、ティアと一体になったことでその辺りの柔軟性が増したのかもしれない。
そしてこちらの治療が済んだのに合わせ、クラウは先ほどアランに取り上げられた抜き身の二刀をそっと差し出してくる。彼女なりにリーゼロッテのことを信用しての行動なのだろうが、本来は敵同士の相手に対し、武器をすぐに使える形で渡すなどというのは流石に甘すぎるのではないか――リーゼロッテも同じように思っているのか、差し出された刃をすぐには受け取らないでいると、正面の少女は紫色の瞳でこちらをじっと見つめながらゆっくりと口を開く。
「……私がアナタの立場だったら……せっかくながーく待ったデートですし、最高のコンディションで挑みたいって思うと思うんです。私は、アナタに後悔して欲しくないだけなんですよ」
それにアラン君からも止められてないですし、クラウディア・アリギエーリは最後にはあっけらかんと繋げた。それに対しリーゼロッテはしばし無言のままクラウを見つめ――自分からは見えないが、恐らく唖然としているはずだ――そして自虐的に笑い、差し出された二対の剣をそっと受け取って鞘へと収めた。
「他人に対して甘いのは結構だけれど……それじゃ、獲物を猛獣に取られてしまうわよ?」
「そうかもしれないですけど……でも私は、私自身と彼のことを信じてますから」
クラウはにこやかに笑いながらスカートを摘まみ上げてお辞儀をし、そのまま踵を返して塔の方へと戻っていく。リーゼロッテはその背中をじっと見つめ、ややあってからこちらへ心の声を向けてくる。
『あの子、とんでもない強敵だわ』
『そうね……凄く強いと思う』
『でも、あの子と戦うのは私ではないから……』
リーゼロッテはそこで言葉を切り、振り返って橋の向こうで胡坐をかいて座っているアラン・スミスの方を眺めた。彼の方はソフィアが治療をしているらしく、金髪の少女が男の傍らでじっとしている。しかし、あの子も枢機卿クラスの回復魔法が使えるというのだから、治癒などすぐに済むと思うのだが――そんな風に思っていると、またリーゼロッテが自分に対して語り掛けてくる。
『ねぇ、エリザベート。無茶を承知でお願いするのだけれど……私に力を貸して欲しいの』
それはどういう意味なのか。クラウに敵に塩を送るとはと言った彼女が、他人の力を借りようというなど違和感がある。そもそも、自分が彼女に対して貸せる力など何一つない。結局彼女から本気の一本を取ることは叶わなかったのだから。
正確には、先ほどクラウを地下に行かせる時、深層心理内で一瞬だけ彼女を抑え込んだが――星右京が指摘したように、アレはリーゼロッテは手を抜いていたように思う。もちろん、自分の抵抗があってこそ道が拓けたとも思いたいが、彼女が本気ならば簡単にねじ伏せられていただろう。
『そんな風に自分を無駄に卑下するべきじゃないわ。自己肯定感が過剰なのも考えものだけれど、卑屈なよりはずっといいのだから。
ともかく、私が言いたいのはこういうこと……アナタの身体はオリジナルの私と近いから、適合率はかなり高い。その一方で、どうしてもコンマ以下の誤差を埋められない。タイガーマスクとの決着をつけるのに、そのコンマ数パーセントの誤差を言い訳にしたくない……長く待った、折角のデートだからね』
『要するに、決闘の邪魔をするな……というだけでなく、身体のコントロールを完全に譲渡しろって言うこと?』
『いいえ、違うわ。私と貴女、二人で挑むのよ。伝説の暗殺者にして無敗の虎、アラン・スミスにね』
原理的に言えば、ソフィアとグロリアの形が近いだろうか。異なる魂が一つの器にあることで、互いに死角を埋め合おうと。だが、しかし――。
『もう一度言うけれど、過剰に自分を卑下する物じゃない。アナタはこの数日で、私の戦いを見て、そのかなりの部分を体得した。才能のある戦士じゃなければできないし、そんなアナタだからこそ、私は背中を任せることができる。
それに、アナタにとっても悪い話じゃないはずよ。アナタには、原初の虎との決着を待ち望んだハインラインの血が流れている。今までは彼との戦いに罪悪感があったでしょうけれど、今度の戦いは彼も戦いを受け入れているし、彼に刃を向けたのは妄執の戦士であって自分でないと言えばいいだけ。
何より……最強に立ち向かおうって言うのよ。一人の戦士として、チャレンジしてみたと思わない?』
リーゼロッテは穏かに、ある意味では子供を諭すようにまくしたててくる。それだけ、彼との決着を大事にしたいということなのだろう。そもそも、彼女がこの数日で自分を鍛えていたのは、この時のことを予測してのことだったのかもしれない。
そうなれば、自分は結局いいようにリーゼロッテ・ハインラインに利用され続けていることになるのだが――なんとなくだが、そんな感じはしなかった。リーゼロッテが自分と手を組もうと思ったのは、恐らくクラウの一言による思い付きだ。最高のコンディションで挑むためにできることを考えた結果として、ハインラインとして原初の虎に挑む策を思いついたも違いない。
しかし、こちらに協力を申し出るのはやはり意外だ。彼女は自分一人の力でアラン・スミスとの戦いに決着をつけたいと考えているのではないかと思っていたし、事実邪魔されるたびに怒っていたことを思えば、決闘に第三者が介することは認めないとも思っていたのだが。
逆を言えば、彼女は虎との決着に自分が介入することは認めてくれたということだ。彼女なりに自分を信用してくれているという事実こそ意外であるものの、悪い気はしない。
思い返せば、リーゼロッテ・ハインラインには借りもある――仮に彼女が自分に宿らなかったとして、以前のままの自分が戦場に立っていたなら、熾烈になる戦いの中で自分など簡単に死んでいただろう。敵中に居ながら戦場をかき乱し、最終的にアランを蘇らせられたのは彼女のおかげでもある。
唯一、彼を手にかけてしまう可能性こそ気がかりだが、それこそ杞憂というものだろう。何故ならば――。
『……分かった、力を貸すわ。いいえ、私も全力で彼と戦う……一応断っておくけれど、私はアナタの決着にも、最強にも興味は無い。けれど……』
『百を尽くしたとしても、彼の勝利を疑わない。それでいいわ……ありがとう、エリザベート』
もちろん、負けに行くつもりなわけではない。それでも、自分は彼の勝利を確信している。アラン・スミスならどんな障害や困難も切り抜けられると信じている。だから、この不器用な遠い祖先に対して力を貸しても良い――そう思ったのだ。
彼女に力を貸そうと心を決めた瞬間、妙な感覚が生じた。相変わらず身体を動かしているのはリーゼロッテだが――今は連絡橋の上を歩いている――その気になればいつでもこちらの意志で身体を動かせる感じがする。
その証拠に、身体の感覚器官がきちんと自分に対しても機能している。今までは視覚と聴覚は問題なかったが、嗅覚や触覚に関してはかなり鈍くなっていた。それが、今は海峡に吹き付ける風の冷たさを一身に感じられる――実際に右手を上げようとしてみると、その通りに身体が動かせた。
別々の魂が一つの体に宿り、それぞれが身体を動かそうとするのは無理がありそうだとも思うのだが――この数日の間で何十、いや何百と打ち合ってきたリーゼロッテ・ハインラインの動きの癖は、自分の身体にも叩き込まれている。彼女が永遠のライバルと目《もく》していた原初の虎よりも、自分の方が彼女の動きを理解していると言えるだろう。
つまるところ、結局は彼女と自分がまったく同じように動くということであり、それでは先ほど考えたように互いの穴を埋め合うという形にはならない訳だが――そんな風に思っていると、ちょうど奥から互いの穴を埋め合っているコンビがこちらへ向かって歩いてきた。ソフィアは小さく会釈しただけで通り過ぎようとしていたのだが、グロリアの方が少女に「ちょっと待って」をかけた。
「リーズ……」
「なんだかんだで、こうやって話すのは一万年ぶりかしらね、グロリア。まさか、こんな宇宙の果てで再会することになるとは思ってもいなかったけれど」
「そうね……でも、これで話すのは最後よ」
「あら、ご挨拶ね。昔っからはねっ返りだったけれど、もう少し淑女として慎みを持ったらどうかしら? まぁ、この勝負が終わったら消えるといったのは私自身だけれど」
「……私、アナタのこと、少しだけ羨ましいと思っているの。自分の感情に素直で、真っすぐなアナタのことが……」
機械の目がこちらをじっと眺めてくるのに対し、リーゼロッテはただじっとその視線を返す。グロリア・アシモフの視線には、何となくだが言葉以上の意味があるような気がするのだが――その真意は自分には分からなかったが、リーゼロッテには分かったのかもしれない、彼女が吐いたため息には、どこか同情とも共感とも取れる色があった。
「私は素直でも無ければ、真っすぐでもないわ。ただ、自分の欲求に忠実なだけよ。アナタも変に我慢しないで、好きな様に生きたらいいんじゃない?」
「……そうね。考えておくわ」
グロリアはどこか悲し気にそう呟き、塔の方へと向き直ってソフィアと共に去っていった。こちらも前を向き、海風の中を進んでいく――そして互いに声が聞こえる距離まで辿り着いたタイミングで背を向けて座っていた男が立ち上がり、片手を腰に当てながら、どこか格好つけた雰囲気で振り返ってきた。
「相変わらず、坊やの癖に無駄に気障ね……さて、変身のクールタイムは済んだ?」
「あぁ、アンタが素直に待っててくれたおかげでな……そっちも準備は万全のようだな」
「なんなら、今が私の全盛期よ。何せ、二人分の力でアナタと戦えるんだからね」
リーゼロッテの言葉に対し、アランは一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが、すぐに「なるほど」と頷いた。妙に勘の鋭い――肝心なところは鈍かったりもするが――男なので、こちらの状況を察したのかもしれない。
ある意味では裏切りとも取れる行為だが、アラン・スミスは不敵に笑いながらこちらを見つめてくる。二人掛かりでも御せると思われているのか、単純に面白いと思っているのか――前者ならば癪ではあるが、何となくだが後者であるように思う。彼は戦いを好むタイプなわけではないが、同時に困難や逆境に無駄に燃えるタイプであり、決着をつけるのならそれくらいのハプニングがあっても良い、程度に思っているのだろう。
少しすると男の顔から笑みが消え、腕を組みながら空を見上げ始める。
「あちら側で……ずっと考えていた。過去の因縁にどうやって決着をつけるべきか。もう一度アンタと会ったら、どうするべきかと……」
「あら、エリザベートを人質に取っているから仕方なく、じゃなかったのかしら?」
「茶化すなよ……だけど、やっぱり変わらないことは一つある」
「私は、アナタのターゲットじゃないってことね。もうそれで良いわ」
アランはリーゼロッテの言葉に視線を落とし、再び驚いたような表情を浮かべる。彼が驚いたのは、ターゲットでないと言われたリーゼロッテが怒らなかったことだろう――事実、彼女は何度も彼のその態度に腹を立ててきたのだから、今更になって落ち着いていることが意外だったのだろう。
「なんだ、アンタを悔しがらせようと思ったのに」
「別に、もう慣れてしまっただけ。私たちのスタンスは変わらない。アナタは逃げる、私は追う……こちらを振り向いて向き合ってくれるまで、全力で追い続ける」
「なんだよ……まぁ、アンタが良いのならそれでいいや。俺は俺のやり方で、アンタとの過去を清算する……それだけだ」
そう言いながら、アランは握っていた掌から光るものを取り出し、こちらに見える様にかざして見せてくる。
「べたべたな感じだが……ここに先ほどソフィアから受け取ったコインがある。コイツを投げて、地面についたタイミングでよーいドン、それで構わないか?」
「えぇ、構わないわ」
「……それじゃ、いくぜ」
男が指を弾き、コインが大きく空を舞う。その向こう側で虎は腕をゆっくりと回し始め――こちらも腰の鞘に手を掛け、日の光を反射しながら輝くコインを見つめ続ける。確かな緊張と同時に、全身の毛穴が開くような確かな高揚を感じる。先ほど最強になど興味は無いといったが、やはり一人の戦士として――それこそ、逆境に燃える目の前の男と同じように――ただ純粋に、誰に憚られることなく、最強の虎との演舞に興じたい。
そんな自分とは対照的に、どこかリーゼロッテ・ハインラインは落ち着き払っているようだった。キラキラと輝くコインを見つめ、それが落下し始め――コインの越しに男がその顔に虎の紋様を浮かべているのが視界に入ってくる。
『……ねぇ、エリザベート。私、思い出したわ……何故、私は彼を追い続けていたのか……』
そしてコインが橋を叩いた瞬間、男はベルトを叩き、こちらは左手で重力剣を抜き出し、相手が変身をする瞬間を狙って重力波を放ったのだった。