B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
いくらリーゼロッテ・ハインラインにパワードスーツとアウローラによる身体強化があると言えども、超音速で襲い掛かられたら対応のしようもない。とくにオリジナルとの融合を果たしたアランは、今まで対峙した中で最速、へカトグラムによる楔は彼と戦い続けるのに必須となる。
リーゼロッテ・ハインラインの創り出す重力波は、単純に下へと相手を叩きつけるものではない。正確に言えば引力を上手く活用していると言える――中空に出現した漆黒の球体による強力な引力に引き付けられるため、相手は逃げることもこちらに近づくことも困難になるのだ。
変身したアラン・スミスなら簡単に重力の楔は突破してくるが、重力波によってその勢いを削がれているので、これならばこちらとしても十分に対応できる速度である。黒い虎が振りかざしてくる爪の連撃を一、二、三と双剣で防ぎ、最後の猛烈な突きを二対の神剣を交差させて受け止める。
「……変身しているところを攻撃するのはルール違反なんだぞ?」
「コインが落ちたら始めるって言ったのはアナタ。それに、先に変身しておけば良かっただけじゃない?」
「まぁ、それもそうか……」
リーゼロッテの言い分に対して呆けた返事を返す虎を、カランビットナイフごと弾き返し、そのまま一気に踏み込んでこちらから連撃を仕掛ける。だが、先ほどこちらが受け止めたように、向こうも二対のナイフでこちらの攻撃を受け流してきている。神剣の切れ味をしてナイフが折れないのは、虎が身体のバネをしなやかに利用して上手く斬撃の威力を落としているのは勿論だが、その短剣自体の頑丈さは不思議である――しかしそれもすぐに納得した。冷静に思い返せば、自分の身体が振るっている二対も、虎が握っている二対も、どちらも制作者は同じなのだ。持ち手に合わせているため、その形状や機能は違っても、その強度は同等であっても何もおかしなことは無い。
しかも、そんな強力な武器を原初の虎が持っているということはやはり脅威である。重力による楔によってその速度が減衰されているおかげで打ち合えているが、それが無かったら一瞬のうちにこちらがやられてしまうだろう。本来ならADAMsによる速度を殺すために作られたはずの檻を、この猛獣は破ろうとしているのだ。
それに、重力波も時間により減衰していくので、徐々に虎は速度を増しており、こちらが追い詰められる形になっていく――だが、武神の側も伊達ではない。相手の癖を短時間で読み切り、寸でのところで何とか踏みとどまっている。
そして、向こうの加速装置にも制約がある。サイボーグ時代もクローンの時もそうであったし、先ほど星右京と戦っている時にも常に音速機動をしていた訳でないことから、今もそうであるはずだ。リーゼロッテも同様の予測をしており、そして自分達の予測は実際に当たっていた。虎は一度安全な場所に離脱しようと距離を離し――こちらもその隙をついて重力波を張り直し、そして翡翠の太刀を逆袈裟に振り上げた。
武神の放った光波の機動を見て、アラン・スミスも驚いたことだろう。それは、彼の離脱地点からかなり離れた機動で放たれたからだ。だが、リーゼロッテ・ハインラインが無駄なことをするはずがない――それを自分は知っている。そしてその期待の通り、翡翠色の斬撃は重力の波に乗って軌道を変え、距離を開けていたアランの方へと駆けていく。
この予測もつかない応用性こそがリーゼロッテ・ハインラインの強みとも言えるのだが――彼女の強さを知っているのは自分だけではないということか。アラン・スミスは身体を捻じってすれすれで翡翠の剣閃を躱し、そして再加速をして重力の檻をものともしないでこちらへと突貫してきた。
今度は安易な接近を許しはせず、リーゼロッテは神剣から剣閃を数度繰り出す。それらは軌道を複雑に曲げているため、原初の虎ですら動きを危なげにしているのは、彼もリーゼロッテの攻撃の軌道は完全に読み切れていないのだろう。それでも彼は怯むことなく刹那で攻撃を見切り、こちらへと走り抜けてくる。
そして、再び接近戦の形になる。こちらも左の重力剣をパリイングダガーの代わりに使うことはできるが、右手が長物なので懐に入り込まれては不利。代わりにその外なら向こうは有効打を打てないので有利――リーゼロッテも懐に入り込ませないように足を捌き、時に大きく足場を動かしながら間合いを調整する。
しかし、虎と武神の戦いに対して、自分は何一つ介入することは出来ていない。二人でアランと戦うというのがリーゼロッテとの約束だったが、結局はリーゼロッテに為されるがままになっている。一応、自分ならこう動く、という感覚はリーゼロッテとズレてはいないのだが、それでも彼女の方が反応も判断も僅かながらに――戦闘においてはその僅かですら重要だ――早く、結局二人の舞踏を眺めているのとほとんど変わらない形になっていた。
『もう一度言うけれど、そんな卑屈になるモノじゃないわ。アナタが完全に同調してくれているおかげで、私は力を十全に引き出しているのだし……アナタが私と同じように動く確信があるから、私もいつも以上の力で戦うことができているのだから』
確かに、今のアランは記憶の中にあるどの姿よりも素早く、力強い。それでもギリギリでリーゼロッテが対応できているのは、彼女自身の優れた技量だけでなく、彼女が自分の体に宿ることでその力を十全以上に発揮できているから――そう思えば、リーゼロッテにしごかれたことにも意味があったのだと思わされる。
とはいえ、自分が成長を実感している以上に、アラン側の対応が早い。最初こそはこちらの予想以上の動きに翻弄されていたようであり、こちらが有利な間合いで戦いを続けられていたが、すぐに相応の対応に切り替えてきている。こちらが重力波を放って、相手がADAMsが切れるまでを一つのサイクルとして――そもそも重力の檻が無ければ相手の猛攻を捌くことができない――既に三度打ち合ったが、徐々に防戦一方になってきてしまった。
三度目のサイクルが終わり、相手が一度体制を立て直すために距離を離したタイミングで、リーゼロッテも状況を立て直すため、戦いの衝撃の余波で崩落し僅かになった足場を飛び移りながら相手から距離を離す。
『どうするの? 押され始めているようだけれど……』
『虎に一度見せた技は通じない。それ故に、長期戦が不利なことは明白……もう少し踊っていたいところだけれど、次の一撃でケリをつけるわ』
リーゼロッテは僅かに残った橋の柱に着地し、左手に持つ短剣を顔の目の前で掲げ、嵌められている宝石に口づけをして――そしてアランが退避した方向に短剣の切っ先を突き出した。
「開け冥界の巨釜《おおがま》! ハインラインの名の基に、全てを呑み込む渦を為せ!」
自分の口が初めて聞く詠唱を吟じると、短剣の切っ先に小さな黒点が現れる。今のは宝剣ヘカトグラムのリミッターを外すためのコードだろう。現れた黒点は通常の重力波と比べて遥かに小さいが、逆を言えばそれだけ高密度であることを意味する――黒点が生じて直後、辺りの瓦礫が巻き上がり、海水が渦を巻き、周囲の空気すら呑み込み始めた。
「その魂に焼き付けなさい、エリザベート。これが、私が永い眠りの中で生み出した最後の奥義。そして……」
リーゼロッテが短剣で空を切ると、発生していた黒い球体が自分とアランとの間に飛んでいく。今までの中で最も強力なそれは、空中で周囲の空気や瓦礫、はたまた海水を巻き上げながら肥大化していき、最後には周囲の光さえ呑み込み始め、辺りは暗闇に包まれていく。
そんな中、神剣の加護により楔から自由に動けるリーゼロッテは後方へと跳び、漆黒の球体から距離を取る。光の消えた世界の中で、ただ自らの持つ翡翠色の太刀だけが淡い光を発し――リーゼロッテは両手でアウローラを強く握り、それを大上段に構えた。
「受け取りなさい、タイガーマスク……これがアナタへの手向けの花! シュヴァルツェ・ローゼ……」
『……リーゼロッテ!』
自分が彼女の名を呼んだのは、何も集中を削ぐためではない。彼女が予想もしていない一撃を自分が予感したからだ。そして、その直感は正しかったと言える――超重力によって光すら捻じ曲げられた世界で、その強大な力に屈せず、真っ赤な鮮烈な光がこちらへ向かって近づいて来ているのだから。
自分がリーゼロッテ・ハインラインと比較して優れてる点はただ一つ――それは、アラン・スミスの強さを信じているという点。彼ならどんな闇すらも切り裂いてくるだろうという信頼が、次なる一撃の予感に繋がったのだ。
その後は我武者羅だった。あの一撃を受けさえすれば、この勝負は彼の勝利で決着がつくというのに――リーゼロッテの言うように、自分の中の戦士の血が騒いだのかもしれない。気が付けばあの漆黒の球体を切り裂くために構えていた神剣を、そのまま突進してくる赤い光に向けて振り抜いていた。相手の技は先ほど無敵艦隊を屠った強力な一撃であり――実際に超重力に負けずにこちらまで近づいてきているのだが――ハインラインの秘宝、へカトグラムの重力によってその勢いは確かに削がれており、ギリギリで反撃としてこちらの一撃も間に合う形になる。
こちらの反撃を予想していなかったのか、しかし流石の反応速度でアランも軌道を変えて一太刀をすれすれで躱し、こちらの真横をすり抜けていった。しかし、確かな手ごたえはあった――そう思った直後、リーゼロッテは闇の向こうにいる猛獣の気配を手繰りだした。
しかし、すぐにそれどころの話ではなくなってしまう。何も見えなくなるほどの閃光に辺りが包まれたからだ。その後、身体を貫くような衝撃と振動、そして爆音――恐らく、背後の超重力が臨界点を向かえて破裂し、圧縮されていた粒子が一気に爆散したのだ。何も見えなかった暗闇から一転し、今度は何も見えないほどの光の中で、リーゼロッテ・ハインラインはアウローラを振り――しかしその一撃は何の手ごたえもなく、代わりに何かに足を取られ、自分の体は無様にもスッ転んでしまう。
そしてリーゼロッテが立ち上がろうとするよりも早く、首元に鋭利なものが突きつけられた。音と視界とが戻ってくると、馬鹿みたいに青い空が一杯に映し出され、自分の首元にはナイフの刃が突きつけられており、その腕の先には黒い異形が――先ほどの自分の反撃で左腕が無くなっている――胡坐をかきながら座っているのだった。