B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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夏への扉

「俺の勝ちだな、リーゼロッテ」

「……変身している時に攻撃するなとか言ってきたくせに、こっちには容赦ないのね」

「あのな、あからさまに危険そうな技をみすみすと見逃せるかっての……ただ、あの反撃は全然予測できなかった。驚かされたよ」

 

 そう言いながら、アランは肘の先が無くなった左腕をぶらぶらとさせながらこちらへと見せてくる。しかし凄まじい再生能力があるのか、その切り落とされた先端はボコボコと煙を立てており――勢いよく左手が生えるのに合わせて、男の体表を覆っていた黒い皮膚が剥がれ落ちた。

 

「……その反撃は私じゃなく、エリザベートよ」

「なるほど……それじゃ、お前は完敗だな」

 

 変身が解けたアランは、ものすごく意地の悪い笑顔をこちらへ向けてきた。先ほど見えた顔の入れ墨は消えており――恐らく気分が高揚している時にだけ出てくるのだろう――しばらくこちらを見つめてくるが、リーゼロッテは納得がいなかなかったのか、ぷい、と顔を背けてしまう。

 

 もしかしたら、自分はとんでもない水を指してしまったのではないか。我武者羅にアランの接近に反応したものの、もしもリーゼロッテの奥義が完全に決まっていたらどうなっていだろうか? 彼女には勝てるだけの算段があったのに、それを邪魔してしまったのなら――。

 

『……いいえ、アナタが反応して見せなかったら、それこそ一矢報いることすらなかった……最強に爪痕を残せたのは、間違いなくアナタが彼の強さを信じたから。胸を張りなさい、エリザベート』

 

 リーゼロッテは男からそっぽを向きながら、どこかすがすがしい様子でそう自分に語り掛けてきた。とっておきの一撃を破られた故に諦めもついたのか、それとも別の何かがあったのか――その視線の先には、海と月の塔と陸とを繋いでいた橋の残骸が見える。

 

「ダンマリかよ……まぁ、いいや。俺はアンタに伝えなきゃならないことがあったんだ」

 

 後ろからそう声が聞こえるのと同時に、アランはナイフを引っ込めたようだ。それに合わせてリーゼロッテは大の字で寝ころんだまま、やっと声のする方へと首を戻した。

 

「アンタはさ、俺が望まない暗殺家業をやっているのが納得いかなかったんだろう? 俺が戦いたくもないのに戦っているのが不憫だったから……俺が誰かの言いなりになって、その手を血で染めているのを不憫に思って、それで俺を止めようとしてくれていたんだと思う。

 だけどさ、今の俺は違うんだ。俺は俺の意志で、この星を守るために戦いたいと思ってる。俺の意思で、この星に生きる人々の明日を繋ぐため、このディストピアを壊そうと思っている。それに……」

 

 アランはそこで言葉を切り、座ったまま身体を回して塔の方へと向き直った。その先には、武神リーゼロッテ・ハインラインとアラン・スミスの決着を見届けた者たちが――この激戦を乗り越えてきた者たちが、青年に向かって手を振っていた。

 

「今の俺には、一緒に戦ってくれる仲間がいる。俺の隣に立って、背中を守ってくれる仲間がいるんだ。だから、アンタはもう俺を憐れむ必要なんてない……不憫に思う必要なんてない。俺を止める必要なんか無いんだよ」

 

 リーゼロッテは首を回して天を仰ぎ、腕で視界を覆った。

 

「……アナタは勘違いしているわ。私は、アナタからの借りをキチンと返そうと思っただけ……戦場で敵を見逃すとどうなるのか、その身に叩き込んでやろうと思っただけよ」

「それだけで一万年も俺を待ってたのか? ご苦労なこって」

「別に、アナタを待っていた訳じゃないわ。ただ、成り行きで生き残っていたところに、たまたまアナタがもう一度現れただけ……自意識過剰なんじゃないの?」

「くそ、相変わらず可愛げが無いな……でも、アンタも見つけたんじゃないか。戦い以外の何かをさ」

「……そうね」

 

 短い返答の後、腕に覆われて暗くなっていた視界が徐々に色づき始め――気が付けばいつもの二人の空間、彼女の何度も語り合った真っ白な世界へと移動していた。

 

「……私にとってタイガーマスクは、勝っても負けても良い存在だった。もしも勝てれば、とんだ甘ちゃんを戦場から追放することができるし……もし彼に殺されるのであれば、それは最高の戦場で死ねることと同義だったから」

 

 声のしたほうへと振り返ると、リーゼロッテ・ハインラインが立っていた。その表情はいつものシニカルな様子ではなく、穏かな様子である。

 

「戦場で育った私にとっては、戦い以外の生き方が分からなかった。引き金を引いて命と血とを奪い、奪われることだけが私のすべてであり……壊すこと、殺すこと、それ以外の生き方を知らなかった」

 

 彼女は一度言葉を切り、こちらから視線を逸らして呟くように語りだす。

 

「少しだけ考えたことがあるわ。もしゲリラなんかに捕まらずに生きられたら、もっと違う生き方ができただろうって……誰かと人並みに恋をして、人並みに家庭を持つだとか、そんな生き方もあったんだろうってね」

「……アナタは、それを望んでいたの?」

「いいえ……自分が生きるために人を殺しておいて、人並みの幸せを享受するだなんて虫が良いことだけは間違いない。それに、もう女らしさだなんて分からなくなっていたから……実際に人並みになるだなんてあまり想像できなかったのは確かね。

 逆に、人の命を奪って動揺するような奴が、無理して戦う必要なんかないとも思った。いつも戦場で一人で抗い続ける甘ちゃんの坊やが、汚い大人たちのパワーゲームに巻き込まれて、傷つき続けるのが……もしかしたら自分と重ねて見ていたのかもしれない。

 それで……」

 

 それで、彼女はタイガーマスクを止めようとした。アランが彼女と同じように、戦いの中でしか生きられない者にならないようにするために――自分の意志を持たず、何者かの意志で暴力をふりまく存在にならないようにするために、彼女は何度もタイガーマスクの前に現れ、そして止めようとしていたのかもしれない。

 

 ただ、それは自分の想像でしかない。肝心のリーゼロッテは自嘲気味な笑みを浮かべて首を振り、腰に下げている剣を鞘ごと外して両手に持った。

 

「でも、それも終わり。彼はもう、戦場で震えていた坊やじゃない。それなら、私の役目ももう終わり……彼への憐憫がいつの間にか執着に変わって、こんな想いも忘れてしまっていたけれどね」

 

 そう言いながらこちらへと歩いてきて、女は赤い宝石の短剣をこちらへと差し出す。

 

「私は彼と戦いの中でしか語り合えなかったけれど……彼と味方として出会ったアナタは違う。そして、私は何かを傷つけることしかできなかったけれど……アナタならきっと、ハインラインの技を何かを守るために使うことができると思うの。

 最後の技だけは継承できなかったけれど、その一端は見せた……後はアナタが完成させなさい、エリザベート」

 

 微笑みながら宝剣を渡そうとする彼女に対し、自分は簡単には受け取れなかった。この一年で共に居て分かったのは、彼女は決して邪悪な存在ではないということ。本心は中々見せてくれないし、全く素直でないのだが、それでも蓋を開けてみれば、彼女はふさぎ込んでいる自分の傍らに存在し、そして厳しく自分を鍛えてくれていたのだから。

 

 もちろん、元々リーゼロッテはこちらの身体を支配していたのだし、彼女が消えれば自分の自由が戻ってくる、それは歓迎すべきことなはずである。何より、生半可な憐憫など彼女が望まないことは分かっている。それでも――このまま彼女が消えてしまうのは、なんだかあまりにも寂しい気がするのだ。

 

「……アナタは、それでいいの?」

「えぇ、約束は約束……駄々をこねて最後のチャンスをもらったんだもの。悔いはないわ」

「でも、アナタは……アランのことが、好きだったんじゃないの?」

 

 こちらの言葉を聞いて、リーゼロッテはきょとんとした表情を浮かべ――いつも超然としていた彼女が初めて見せる表情な気がする――すぐに心底おかしいというように、口元をかくして笑って見せる。

 

「まぁ、四六時中アイツのことを考えてたから、自分でも恋をしていると表現していたけれど……勝手にこうだって色々と決めつけて、相手の気持ちなんか全然考えていなかったのもまた事実。

 対してアナタは、アラン・スミスという男のことを最後まで信じ切って見せた……きっとね、本当に誰かのことが好きって言うのは、アナタみたいなことを言うのだと思うのよ。

 だから、胸を張りなさい、エリザベート・フォン・ハインライン。アナタは遠い祖先である私を、確かに超えて見せたのだから」

 

 そう言いながら優し気に微笑み、リーゼロッテは再びへカトグラムをこちらへと差し出してきた。彼女を超えたという実感もあまりないし、何よりもアランに対する感情の重さで勝敗が決したようで気まずさもあるのだが――自分も一歩前へと出て、彼女の手から宝剣を受け取ることにした。

 

 彼女は覚悟を決めてアランとの戦いに臨んだ。勝敗の如何に関わらず、自らが消えても良いという覚悟を持って――そして全てを出し切り、後悔も無い。それなら、その彼女の覚悟を汲まないのは失礼に当たると思ったから。

 

 武神から宝剣を受け取り、しばらくその刀身を見つめる――心の世界においてそれに質量は無いはずなのだが、へカトグラムは何か重大な重みを持って自分の手に収まっている。その重みを確かに感じていると、また正面からくつくつと笑い声が聞こえ始める。

 

「一応断っておくけれど、私はタイガーマスクに異性的に惹かれていた訳じゃないわよ」

「……そうなの?」

「えぇ。だって、彼は随分と年下だったし……どちらかと言えば、反抗的な弟くらいに思っていたわ。まぁ、だからこそいつも手抜きをされて癪だったって言うのもあるけれど……ともかく、うかうかしてられないわよ、エリザベート。アナタにはとんだ強敵が何人もいるのだから」

「……えぇっと?」

「はぁ……そんな調子じゃ先が思いやられるわね。これじゃ安心して成仏もできないじゃない」

 

 リーゼロッテは呆れたように肩をすくめて後、武器を手放した手でこちらの胸元へと差し向けてくる。

 

「いい? 戦いは先手必勝……アナタは十分魅力的よ。獲物は荒事には敏感だけれど、情緒は十代並なんだから……そこを狙っているライバルがたくさんいる。だから、アナタも積極的にならなきゃならないわ」

 

 そこまで聞いて、鈍い自分にもようやっと彼女の真意が分かった。彼女の言う強敵とは、残る七柱を指しているのではなく、クラウやソフィアのことを指しているのだと。確かに、以前の自分は彼女らの女の子らしさには敵わないと思っていたし、また彼に対する接し方に関しても消極的だったことは間違いない。

 

 しかし、まだ戦いが終わっていない中で悠長な話をしてしまっているとも思うが――その点に関してはリーゼロッテは自分たちの勝利を疑っていないのだろう。きっと、自分がアランを信じたのと同じように、彼女は自分達の勝利を信じてくれているのだ。

 

 とはいえ、彼女自身は右京らとも長く、一応は仲間意識も持っていたはずだ。実際、彼女は先ほどルーナを逃がして見せた。そうなれば、どちらが勝つかということに関しては、恐らく想像以上に複雑な感情があるはず――そんな風に考えながら黙っていると、リーゼロッテは自分から一歩離れ、またどこか優し気な微笑みを浮かべながらこちらを見つめてくる。

 

「アナタみたいな子が、私の遠い子孫だというのなら……戦いの中で何かを奪うことしかできなかった私にも、少しは価値があったように思える。だからこそ、アナタには後悔して欲しくないの。

 私みたいに戦いの中だけで生きるのではなく、何かを育むために生きてみて欲しい。それは、たとえば恋であるのかもしれないし……アナタが誇りに思ってくれているハインラインの血筋や、アナタを慕ってくれている領民でも良いと思う。

 アナタはその青春を復讐と剣に捧げたと思っているかもしれないけれど、私からしたらまだ引き返せるところにいる。それどころか、アナタが歩んできた道筋は、確かにアナタ自身の成長と……何かを生み出せる未来へと繋がっていたのだから」

 

 彼女の言葉を聞いてハッとする。リーゼロッテはアランに自身を重ねていたのと同じように、私にも自身を重ねていたのだと。そして、彼女は遠い子孫である自分に期待しているのだ。私ならば彼女が願っても手に入れられなかった幸せというものを手に入れられるのかもしれない、と。

 

 彼女の気持ちを勝手な押し付けだと言うことだって簡単だが――彼女の願いは自分の胸に違和感もなく落ちてきた。自分だって、できれば後悔の無いように生きたい。もう女らしくないとか、誰それに敵わないとか言い訳ばかりして、逃げるようなことはしたくない。

 

「アナタの期待に添えられるかは分からないけれど……いいえ、そんな風に卑屈に言ったらダメね。私はきっと、後悔の無いように生きてみせる」

 

 折角彼女に鍛えられたのだ、きっと今の自分ならそれができるはずだ。強く頷き返すと、リーゼロッテは安心したように微笑み、そして後方へと振り返った。彼女の見つめるその先に、何か不思議な粒子が集まり――そしてそれらが結合し、どこか古ぼけた木製の扉が現れた。

 

 彼女は扉に向かって一歩、二歩と歩みを進め、そのノブに手を掛ける。そして扉を開き――その先の景色は周囲と変わらない白い空間であるのだが、そこをくぐれば彼女は次の輪廻に向かうのだろう。

 

 もしかしたら自分にはその先の風景が見えていないだけで、彼女には見えているのかもしれない。彼女は扉の先をしばし見つめて後、振り返らないまま最後の一歩を踏み出す。すると扉の先から光が溢れてきて――この光が世界を覆えば、私たち二人の世界が終わりを告げるのだと直感的にわかった。

 

「最後に、アイツに伝えて頂戴。トドメを刺さなかった相手は、いつまでも追いかけてくる……この先、いつかの時代、どこかの世界まで、きっとアナタを追いかけて……今度こそ、アナタを降して見せるとね」

 

 最後の最後まで、何とも彼女らしい。そして、それを伝えたら彼も苦笑いするのが目に見えている。彼女は振り返らないまま、光に身体を包まれていき――しかし、こちらも彼女に対して最後に言いたいことがあった。

 

「それじゃあ、私からも最後に……私はアナタのおかげで成長できた。だからありがとう、始祖リーゼロッテ……私の遠い遠いご先祖様」

 

 彼女の背中にそう投げかけると、リーゼロッテは扉の先で振り返り――どこかハッとした表情をしたと思ったら、すぐにどこか泣きそうな表情を浮かべて、そしてすぐに皮肉気に笑い首を横に振った。

 

「……参ったわね。本当に一本取られてしまったわ」

「さんざんいじめられもしたのだから、そのお返しよ」

「ふふ、そう……ねぇ、エリザベート……」

 

 彼女が最後に伝えようとした言葉は、溢れる光によってかき消されてしまった。しかし、彼女の唇の動きから想像するに、それは――。

 

 次の瞬間、白い空間はどこぞかに消え失せ、代わりに馬鹿みたいに青い空が自分のことを見下ろしていた。身体の間隔は確かにあり、辺りからは波の音が聞こえ――そして先ほど打った後頭部からくる痛みが、身体が自分のものとして戻ってきたことを物語っていた。

 

「……エル?」

「えぇ……久しぶりね、アラン」

 

 頭をさすりながら上半身を起こし、相変わらず胡坐をかいている彼の方を見る。話したい事は山積みだが、そのせいで逆に何から話せば良いか分からなくなってしまう。ふと、袖の無くなって顕わになっている左腕が視界に入ってくる。既に傷は完治していると言っても、まずは謝罪をすべきだろう。

 

「あの、腕のことなんだけれど……」

「あぁ、気にすんなって。生えてくるんだから、安い腕さ」

「ふぅ、相変わらず滅茶苦茶ね、アナタは……そういう問題じゃないでしょう?」

「腕なんか落とされなれてるからなぁ……人生で何回ぶっ飛んだんだ?」

 

 そう言いながら、アランは腕が落ちた回数を指折り数え始める。まぁ、以前には胸を貫いたのであり、それと比べれば確かに腕の一本程度はマシかもしれない――いや、アラン・スミスという男が規格外なだけであり、本来は一生恨まれるどころか死んでいてもおかしくない攻撃をくわえているのだから、やはり謝るべきだと思うのだが。

 

 しかし、きっと彼は「気にすんな」の一言で済ませてしまうだろう。本人が気にしないのなら変に謝る必要もないのかもしれないが――そんな風に頭を悩ませていると、いつの間にか後頭部の痛みが無くなっていることに気づく。考え事をしている間に治癒してくれたのだろう、クラウがひょこ、と自分の視界に入って来て、綺麗な紫の双眸でこちらを見つめてくる。

 

「エルさん、大丈夫ですか?」

「えぇ、アナタには世話になったわね、クラウ……アナタが発破をかけてくれたおかげで、もう一度立ち上がろうと思えたから」

「いえいえ、私が聞いているのは、さっき思いっきり打った後頭部の調子と、その恰好で恥ずかしくないのかってことなんですけど」

 

 クラウが指さす先は、こちらの足、もとい、こちらの股あたりだ。何故に我が遠い祖先はこんな角度のついたパワードスーツを作ったのか、まったく理解不能だ。視線をあげると、クラウどころかアランまで凄まじい真顔で祖先の創り出した角度を見つめて、何やら「うむ……」「凄いですねぇ……」などと呟いており、思わず祖先の角度を手で隠しそうになる。しかし、先ほどのリーゼロッテとの会話を思い出し、何とかそれを堪えることに成功する。

 

「まぁ、その、恥ずかしくはあるけれど……こういうの、克服していかなといけないと思うのよ」

「えっ、そういうのって克服する必要あります? そんな公開痴女宣言をするなんて、もしかしてエルさん、何か変な方向性に目覚めちゃったんですか?」

 

 確かに、今の言葉は変な意味に捉えられかねない。変に恥ずかしがって遠慮をするのを止めるべきと考えを改めただけなのだが――アランとクラウは互いに「なるほどなぁ」「まぁ人それぞれですからね」と腕を組みながらうんうんと深く頷いている。

 

 この二人は相変わらずだとか、そんなつもりで言った訳ではないと弁明するべきだとかあれこれ考えていると、上から羽根が舞い降りてくる――頭上を見ると氷炎の翼を生やしたソフィアが自分の目の前にゆっくりと降りてきた。

 

「お帰りなさい、エルさん」

 

 そう言いながら、ソフィアは両手をこちらへと差し出してくる。その手の上には神剣アウローラが置かれていた。ソフィアは倒れた拍子に海上に落ちてしまった神剣を探し出し、拾い上げてきてくれたのだろう。

 

 しかし、ソフィアが少し申し訳なさそうな表情を浮かべているのが気になる――何となくだが、この情景には見覚えがある。もしかしたら、彼女は以前に自分が暴走した時に自分から剣を取り上げたことを気に病んでいるのかもしれない。

 

 とはいえ、あの時の彼女の判断は間違えてなかったと思うし、何よりこうやって拾い上げてきてくれたのは、彼女なりの気遣いなのだろう。それを嬉しく思いながら、自分も両手を出して神剣を受け取り、それを膝の上に置いてから視線を上げて仲間たちの方を見る。

 

「……ただいま、ソフィア。ただいま、みんな」

 

 そう言いながら周囲を見回すと、先ほどまでふざけていた二人もビックリしたように背筋を伸ばし――そして二人とも穏かに微笑んで、各々おかえりを返してくれた。

 

 瞼を閉じて、リーゼロッテとの別れを思い出す。彼女の唇が紡いでいた言葉――それは確かに「幸せになりなさい」であった。

 

 それならば、自分も彼女の次なる生の幸せを祈ろう。傭兵として青春を失い、長らく冷凍睡眠で惑星間を移動し、その後は脳神経だけになって生きながらえた彼女が次に生を受けるのなら、どんな世界が良いだろうか?

 

 先ほど彼女はアランを追い続けると言っていたが、何もその決着は血なまぐさくなくたっていいはずだ。別に勝負は、刃を交えなければできない訳でもない――それこそ、また違った出会い方をすれば、きっとまた違う分かり合い方もあるはずなのだから。

 

 それならば、次に彼女が生まれる世界は、暖かい場所であってくれればいい。争いのない世の中などはきっとないと思うけれど――それこそそんな世界などあり得ないと彼女ならニヒルに言い捨てるだろう――それでもきっと、生まれる場所や時代によっては、リーゼロッテが望まずに巻き込まれたほどの過酷には巻き込まれはしないだろうから。

 

 そんな風に考えていると、瞼の裏に一つのイメージが浮かんできた。それは、かんかんに照りつける太陽の元、太陽に向かって伸びる花畑を走る一人の少女と一匹の猫――その子は自分が幼かった時に外見は似ているけれど、同時に温かな世界に生まれて、大好きな友だちと一緒にすくすくと育っている。

 

 そして少女はこちらへと振り返って、向日葵のような大輪の笑顔を咲かせる。そうだ、彼女のくぐったあの扉は、こんな世界に繋がっていて欲しい。そして、彼女が生ける温かな世界を護るため、時空間を掌握しようとする星右京を止めなければならない。

 

 そう決意を新たに瞼を開くと、遠巻きにこちらを見ていたナナコが、また元気な声で「エルさん! お帰りなさい!」とあげて走ってきた――その時だった。先ほどまで穏やかだった海がざわめき始めたと思った直後、海が映し出している金色が波のように南へと引いていき始める。

 

 その事態に皆立ち上がり、塔の内部へと移動し、先ほどクラウが空けた穴から海の様子を眺める。青を取り戻した海面の向こうで、金色の渦が巻き起こり――集まった魂のかけらたちが融合し、そこに再び金色の巨人が姿を現したのだった。

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