B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

367 / 419
十四章:この星の明日のために
黄金症を克服した世界について


 光の巨人との激戦の後、自分たちはひとまずノーチラス号の中で静養をしていた。やるべきこと、知るべきことがたくさんあるのだが、それに関してはレムに一任している。海と月の塔の管理を取り戻した今の彼女なら、各所にある監視カメラを利用して世界の情勢を確認しながら、同時に右京が放ってきたウイルスの解析もできる。それに、疲れも知らない。彼女に妹の人格を認めている自分としては仕事を放り投げているようで申し訳ない部分もあったのだが、自分がじたばたしたところで事態が何か進展するわけでもないし、彼女の厚意に素直に甘えることにした。

 

 より正確に言うと、レムと幾許かやりとりした後、自分はいつもの如くぶっ倒れてしまったというのが正しい。以前と違って身体は馴染んでこそいるものの、一年も海を揺蕩っており――オリジナルに関しては一万年も保存液の中だった訳だが――その上で強敵との連戦に全力を出したせいか、結局目が覚めたら丸一日経過していた。そしていつもの如く恐ろしいほどの空腹と共に目が覚めたらソフィアが――今回ばかりは彼女もしっかり眠っていたらしく、目の下にクマは無かったが――抱きついてきたのだった。

 

 結局、艦内で目覚めたのは自分が最も遅かったようだ。レムの調査結果の全容は、すでにチェンやグロリアには共有されているらしいが、ひとまず差し迫って対応しなければならないことは無いということで、自分は腹の虫を収めるために大量の飯をかっ込むことから始めた。

 

 この一年間で世界は荒れ果てた結果、調理するような食料は貴重であり、塔に保管されていた保存食のような物が出されたのだが、ひとまずしっかりと栄養をつけて活力を取り戻したい。エルには一年ぶりの飯だというのによくもそんなにガツガツ食えるものだと呆れられたが、そんな彼女の調子が懐かしく、その感動をおかずに更にもう一皿分を胃に収めた。

 

 そんな調子で腹も満たされて眠気も来たのだが、状況の説明のために一度集まって欲しいとレムの声で艦内放送が響き、ソフィアとグロリア、エルと共にブリッジへと向かった。自分たちは比較的早めに着いたらしく、ひとまず空いている適当な椅子に腰かけて待つことにする。

 

 現在ノーチラスは海都近くの平野部に停泊しており、正面の窓からは広大な海と天を衝く塔とが臨める。その様子をぼぅっと見ながら――本来は色々と考えるべきこともあるのだが、今は材料が少なく思考も回らない――待っていると、次第に面々がブリッジに集まり、最後にナナコが「すいません、遅くなりました!」と深々と頭を下げながら入室したことでメンバーが一室の中に集結した。

 

 いや、正確には一名いないのだが――その最後のメンバーは、部屋の中央にホログラムとしてその姿を現した。彼女は黒く長い髪を揺らしながら辺りを見回し、そして咳ばらいを一つしてから話し始める。

 

「改めまして、昨日はお疲れ様でした。皆さんのおかげで星右京達を海と月の塔から追い出し、その結果として私は以前と同等の権限を取り戻し、かつ右京の呪縛から逃れることができました。

 さて、皆さんに共有するべき事項は以下の三つです。まずは光の巨人が去った後の世界の状況と、星右京が送り込んできたウイルスについて、最後に今後の我々が取るべき行動についてです。ウイルスについて知りたい人も多いと思いますが……こちらに関しては不明な点も多くあるので、ひとまず世界の状況から説明しますね」

 

 惑星を取り巻く衛星はまだ右京らに抑えられているので世情も完全には把握しきれてはいないのですが、レムはそう言いながら世界の情勢について語りだした。

 

 まず、各地で暴れまわっていた第五世代型アンドロイドたちについて。ひとまず彼らはその活動を停止しているようだった。第五世代たちへの命令権は彼らを製造した最後の世代に――基本的には七柱を指す――帰属し、もし管理が放棄された場合には彼らは自らのベースへと帰還して、次なる管理者と命令を待つまでは待機するようになっている。

 

 元々地上で眠っていた第五世代型に対する権限は、その大半はレムかアシモフ、ルーナに帰属していた。レムやアシモフ管理下の第五世代たちが民衆を襲っていたのは、右京のハッキング・プログラムによって動かされていたが故だ。彼がその手を止めている今、その大半をレム側でコントロールできる様になったとのことらしく――まだ月で右京やルーナを護っている第五世代は存在するはずであり、完璧に彼らとの戦いが終わったという訳ではないのだが――ひとまず第五世代と第六世代の戦いには終止符が打たれた。そして今後の第五世代型の処遇については、ひとまず検討中とのことだった。

 

 次に、第六世代たちの状況について。光の巨人を退けたことで海に囚われていた魂たちが解放され、世界中で黄金症に罹っていた者の大半が解放された。しかし、戻れなかった者たちも居るようだ。それは一年の間で野ざらしにされた結果、器の損傷が激しく絶命してしまった者や、おそらく右京らの実験により魂を摩耗してしまった者がいるとのこであり、第六世代型アンドロイド達に埋め込まれている生体チップから数を確認したころ、黄金症に罹っていたもののうち全体十パーセントほどは戻ってこれなかったようだ。

 

 社会的な情勢としては、今のところはあまり進展が無いというのが正確な所の様だ。もちろん、一気に人々が黄金症を克服したことで、都市や街では混乱が起きているのは間違いないようだが、今のところは隣人が奇病から回復したことが喜ばれているらしい。

 

「……ただ、喜ぶべきことばかりではありません。あくまでも可能性ではありますが、今後レムリアの民たちの中で差別や対立、そして略奪が始まることが想定されています。その主な原因は……」

「ルーナ神、ですよね」

 

 そう小さく呟いたのはクラウディアだ。彼女の声にレムは頷き返した。想定されるのは以下のようなことらしい。今回世界を混乱に陥れたのは、元々レムリアの民たちが信仰していた七柱の創造神たちに他ならない。もちろん、アルファルド神――右京の神託においてレム神はレムリアの民に同情的だったことは語られたし、レア神はこの一年の間で人々を纏め上げていた。また、ヴァルカン神を信仰するドワーフ達は世界の裏側をある程度知っているのであり、これら三柱を信仰していた者たちに関してはさしたる問題はない。また、特定の教理や信徒を持たないアルファルドやハインラインも同様である。

 

 そんな中、やはり大きな問題になるのは、世界の過半数を信徒として持っている最大勢力であるルーナ派の存在だ。とくに彼女の暴虐の限りは生き残っていたレムリアの民たちも知る所でもある。

 

 また、黄金症に罹っていた人達は記憶が曖昧だという点も、今後の混乱に一役買うだろうとレムは付け足した。要するに、多くの従順なルーナの信徒たちにとって、光の巨人が現れた日のことは夢か幻のようなものであり、気が付けば丸一年以上が経過していたということになる。そんな彼らは未だにルーナのことを信じており、それが黄金症を発症せずにいた第六世代たちとの大きな溝となることが予測されている、ということだった。

 

「もちろん、今のはあくまでも予測であり、そうなるとも限りませんが……」

 

 レムが一度言葉を切ったタイミングで、チェン・ジュンダーが静かに首を横に振った。

 

「いえ、残念ながらその予測は高い確率で当たると言えるでしょう。どちらかと言えば、残っていたレムリアの民はまずは眠っていた者たちにこの一年間の様相を語るでしょうし、何より自分たちが抗い続けたからこそ世界が存続したという誇りもある。

 しかし、黄金症を発症していた者たちとしても、ルーナが邪悪であったという記憶にないことはなかなか受け入れることもできないでしょうし、黄金症に罹っていなかったものとの間に軋轢が生じることが予想されます。

 そうなれば、両者の対立は必至……そのような事態になるのは、アシモフとしても無念でしょうがね」

「そんな……ねぇ晴子、なんとかならないのかしら?」

 

 すがるような声を女神のホログラムに向けたのは、同じホログラムのグロリアだった。彼女はアシモフの無念という言葉に反応したようであり――自分が眠っている間に彼女が散ったことは知らされているが、その時にアシモフ親子の間に何かがあったのかもしれない、グロリアは母の無念を何とか解消してあげたいと思っているように見える。

 

 対するレムは――在りし日の病室でそうであったように、二人が親密にしていることに少し感動を覚えつつ――グロリアを安心させるように優しく微笑みを返した。

 

「もちろん、今のは何もしなければ、という話です。一応、その気になれば第六世代達の思考をコントロールすることも可能ですが……」

「……それは、違うんじゃないの?」

「えぇ、私も違うと思っています。この星は、この星で育った者たちに委ねられるべきもの……そうなれば、私たちにできることは、レムリアの民たちが悲しい未来を歩まないように支えることだと思っています……アガタ」

 

 一同の視線がアガタに集まると、彼女は立ち上がり背筋を伸ばした。

 

「まだ戦いは終わっていませんが、私はこの後に船を降りようと思っています。教会の再編と民衆の啓蒙活動は喫緊《きっきん》の課題……私は元ルーナ派の指導者達と協議を進め、人々の精神的な対立を抑えるために尽力するつもりです。

 すでにクラウディアやチェンとは話し合っており、同意は得ています。何より、この先の戦いには、もはや私など足手まといでしょうしね」

 

 アガタはそう言ってサッパリと笑った。彼女の戦闘力は第六世代型の中では抜群に秀でているものの、逆を言えばそれだけで戦えるような次元ではなくなってきている。同じ第六世代である少女達は、それぞれ旧世界のテクノロジーや高次元存在の加護を得ているのに対し、アガタ・ペトラルカにはそれがないからだ。足手まといは言い過ぎとしても、想像される決戦において彼女が先陣を切れるかと言われれば、自分としても疑問は残る。

 

 ただ、それは戦闘力という一点についてのみの話だ。彼女の精神的な強さにおいては――この一年間友人を支え続け、主の復活まで戦い抜いたその気丈さについて疑う者は誰一人としていない。そんな彼女がやるべきことがあると言うのなら、それはそうするべきなのだと思うし、反対意見を出す者もいなかった。

 

 ただ、強いて疑問を差し挟むとするなら、彼女は何をするつもりなのか。疑っているわけでなく、単純な疑問としてそれを口にすると、アガタはこちらを向いて口を開く。

 

「実際の所、対処療法的に進めていくしかないとは思われています。この世界においては一つの思想が一夜にして崩壊した例は無く、旧世界においてもこれほど極端な例はほとんどありません。ですから、今後どのようなことが起こるか予測を立てることも難しいのです。

 ただ、まずは指導者たちが民衆に寄り添うことは必須であると思われます。すべての者がそうとは限りませんが、人は無秩序を好む訳ではありません。指導者がある程度、民衆に不利益にならないような方向性を指し示すことができれば、人々はある程度は規則や方針に従ってくれると思うのです。

 幸いにして、レム派とルーナ派の対立というのは、あくまでも教会内にあったものであり、民衆レベルではそれぞれ偉大な神として認識されていただけですから……信じる神の違いというのは、彼らの根本的な対立には関与しません。

 ですから、我々のような宗教指導者たちが率先して手を組み、今後の方針を取りまとめることで、世界に秩序を取り戻す……ルーナ派も今は自分たちの立場が悪いということは十二分に承知でしょうから、こちらから手を差し伸べれば悪いことにはならないでしょう」

 

 アガタはそこまで話し終えると、再び席について主であるレムの方へと一礼する。レムは話のバトンを受け取る代わりにアガタへと頷き返した。

 

「それに、ルーナ派の失墜というのは、私としても避けたい事態ではあるのです。ルーナの否定は教理の否定につながりかねない……彼女の教理が悪徳になってしまうというのは、すなわち慈愛の教理を否定することに他なりません。以前クラウディアが言っていたように、ローザ・オールディスが作ったその教理は、レムリアの民たちにとっての道徳的な規範としては相応しいものです。

 もしもレムリアの民たちがその教理を単純に否定してしまえば、すなわち隣人愛という道徳の退廃を示す……略奪こそが美徳とされ、世界に秩序を取り戻すことが難しくなりますから」

 

 彼女の言うことは全く一理あると思う反面、妙な違和感もあった。確かに理論としてはそれらしく、同時に彼女の預言は一定の確度はあるように思うが――その先を自分が上手く言語化できないでいると、男の大きなため息がブリッジ内に響く。ため息の主はブラッドベリだった。

 

「秩序という言葉、気に食わんな。それでは結局、この星の指導者から右京らが廃されただけで、結局は貴様とその一派とが世界をコントロールしていることに他ならぬではないか」

 

 なるほど、ブラッドベリは自分の違和感を的確に表現してくれた。この世界の秩序は、七柱の創造神を中心とする、旧世界の人間が作り上げてきたものだ。今までは右京らの悲願のためにこの世界は管理されていたのであり、レムにはその気はないという差異があるとは言えど、旧世界の人間が秩序をもって世界をコントロールするとなれば、今までとやっていること自体には変わりはない。

 

 ただ、自分がレムがやろうとしていることに違和感こそ持ったものの否定するまでには到らなかったのは、今は彼女が介入しなければレムリアの民たちは無為に互いを傷つけあってしまうと思ったからだろう。本来はレムリアの民たち自身が生き方を選び、規定することが望ましいと言えども、それはあくまでも理想論。目先にあるのが滅びの道であるというのなら、彼ら自身が道を決められる余裕が出てくるまで補助をすること自体を邪悪とは思わなかったのだ。

 

 つまり、肝心なのは「どの程度の期間、どの程度まで介入するか」という点に尽きる。レムはどのように思っているのか――視線を戻すと、女神は表情を浮かべながら魔王に対して頷き返している。

 

「貴方の意見はもっともです、ブラッドベリ。私も、その傾向があることは否定しません。ですが、もしこの介入すらせず、自然の在り方だけに任せてしまえば、第六世代型達は暴力に染まって自らを滅ぼしてしまうでしょう。

 ですから、私が人々の政《まつりごと》に介入するのはこれで最後にするつもりです。私は最低限、第六世代達が自分の道を自分で決められるようにするための、最低限の時間を確保するに留める……それでは納得してもらえませんか?」

 

 淑やかに、同時にどこか告解するように話す彼女の雰囲気に攻めん気を削がれたのか、ブラッドベリも「我々が言い争っている場合でもないからな」とだけ言って唇をつぐんだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。