B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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右京のウイルスについて

「とにもかくにも、まずはノーチラスをそのような過酷な環境に耐えられる調整をしなければなりません。ピークォド号と同じ規格で作られているノーチラスは、宇宙航行そのものには全く問題ありませんが、オールディスの月と正面から構えるとなれば準備は必要です。

 幸い、海と月の塔にある備品や機材を利用できますし、私が持っているデータベースで更なる改良はできますから……」

「その改良とやらには、どの程度の時間が掛かるんだ?」

 

 レムが話している途中で口を差し挟んだのはT3だ。確かに、それは自分も疑問に思う所である。右京の計画次第では、もしかすると改造などと悠長なことをしている暇はないかもしれない。もちろん、そんな状況の中で眠りこけていたのは自分なのだが――レムがシモン、イスラーフィール、ジブリールの方を見ると、各々が真ん中に鎮座するホログラムに対して頷き返した。

 

「想定では一週間ほど……もちろん人手が多ければもう少し早く終わりますがね。そこからさらに、オールディスの月への距離は二時間程度になりますね」

「つまり、最長で七日間以上。その間に、星右京が高次元存在の手中に収めてしまう可能性はないのか?」

「そこに関して明確な答えを出すことはできません。一週間かもしれないですし、一年かかるかもしれないし、下手をすれば億年の時間を要するかもしれませんし……はたまた、今まさに彼の悲願が為されようとしている可能性すらありますし、何なら永久にその時は来ないとも言えるかもしれません」

 

 レムの抽象的な物言いに、珍しくT3も小首を傾げていた。彼の横にいるナナコなど、先ほどから話されていることの内容に着いていけていないようで、頭を両手で抱えながら目を回している――こんな光景は何度か見たが、毎回分からないなりに真面目に理解しようという素直さと真面目さが彼女の美徳だろう。

 

 もっとも、今は自分もT3やナナコと同じ気持ちなのだが。他のメンツも――既に状況を共有されていてかつ聡明なチェンとソフィア、グロリア、それに二人の熾天使を除いて――レムの言わんとすることを理解しかねている様であり、みな女神の具体的な話を待っているようだった。

 

「私から言えることは二つ。一つ目は、彼が放った量子ウイルスは、指数関数的にその数を増やしていくということ。二つ目は、高次元存在はその宇宙すら内包するほど巨大な領域の主であるということ。その全容は、モノリスと繋がっている私ですら理解はしていないのですから。

 後者の面から考えれば、途方もないほどの領域をウイルスで侵して自らの手中に収めるというのは、それ相応の時間が掛かると想定されます。一方で、倍々に増えるウイルスの拡張速度によっては、すぐにでも彼の悲願は達成される可能性はある。厚さ一ミリの紙だって何十回も折ればその高さは月に達するのと同じように、倍々に増えるというのは想像以上のインパクトがあるものです。そうなれば、ある一定のラインを超えた瞬間に一気に世界が侵されてしまうとも限りません。

 そういう意味では、どの程度の時間が許してくれるかは不透明であり……まぁ逆を言えば、どうなるかなんてどうやっても予測もつかないのですから、一週間程度なんて誤差とは言える、というのが私なりの結論でしょうか」

 

 分かったような分からないような、というより正確にはレムにすら分かっていない、というのが実際の所なのだろう。ただ、なんとなくイメージはついた――要するに、一滴の汚水が全体を侵すのにどの程度時間が掛かるか、という問題なのだろう。

 

 高次元存在を広大な海としてとらえたとして、右京が放ったのは微細なウイルスだ。そう考えれば、そもそも海の自浄作用でウイルスなど消えてしまってもおかしくはない。だが、倍々に増えるウイルスならその限りではない――最初はたったの一滴でも、それが一秒ごとに倍々になれば、広大な海であってもいつかは汚れ切ってしまう可能性もある。

 

 もちろん、自分たちより遥かに高次元にある存在が、人の創り出したバグによってどうこうなるイメージも沸きにくいが――そう、そもそもの根本として、疑問はそこにある。そのことをレムに問うてみることにする。

 

「アイツが送り込んだのはあちら側に送り込んだのはコンピューターウイルスだろう? それが高次元存在なんていう不確かなヤツに通用するとは思えないんだが」

「そこに関しても、私の方では明確な結論を出すことは難しいのですが……少なくとも、彼は可能と考えてそれを実行したのでしょう。

 また、ある側面からしてみれば、それは絶対に不可能とも言い切れません。この宇宙を構成する全てのものは、結局のところ粒子という無数の点の集合体です。三次元は三点から成り立っており、私たちの体も、この船も、原子も、電子も……記憶ですらシナプスという微細な神経細胞に、我々のような機械も情報を電子として保持しています。そういう意味では、記録だとか記憶だとかいうものすら点であり、高次元存在もその無限なる点の集合体と言い換えることだってできるのです……肉の器にある第六世代型の記憶に対し、我々が干渉していたのと同じように。

 その無数なる点を浸食していけば、いずれは複数の次元に干渉することも不可能ではないのかもしれない……ただ、三次元の檻にいる我々は、本来ならそのようなやり方で干渉することができなかっただけ。高次元存在の意志という無限の点を、彼は次元の狭間に無理やり送り込み、そしてコントロールしようとしている……彼のもっとも得意なやり方でね」

 

 もっとも得意なやり方で、という表現が何だか妙にしっくりと来てしまった。自分はハッキングやウイルス周りに詳しい訳ではないが、逆に腕っぷしでどうこうしてきた自分と対照的に、右京が得意だった分野こそがそれだから。先日、シンイチの身体で戦っていた時よりも遥かにアイツらしいやり方――自分と土台と違う戦い方なので厄介極まりないのだが、逆に彼が自分のやり方で神にすら抗って見せたというその一点に関しては、不謹慎ながらに関心と称賛の気持ちが湧き出てきてしまう。

 

 だが果たして、右京のやり方が果たして本当に効果があるのか、そこに関しては不明なままだ――そう思っていると、レムはどこか神妙な表情を浮かべながら首を振った。

 

「その兆候は、もしかしたらすでに目に見える形として現れているのかもしれません。実は、黄金症を克服したものの中で、何百人か目を覚まさない者も存在しているのです。中には長時間動かなかった後遺症や、黄金症を発症するのと同じくして別の病気を併発したなどの可能性が高く、まだここに関しても確実なことは言えないのですが……。

 もしかするとこの中に何名か、右京のウイルスによって魂を支配されてしまった者がいるのかもしれません。魂というものが存在しているのは間違いないとしても、同時に物質世界からそれに干渉することも、観察することすらもできませんから……あくまでも仮説の一つにしか過ぎませんけれどね」

「それじゃあ、もし今後、つい先ほどまで健常だった者が突然に意識を失う、みたいな奇病がまた出てき始めたら……」

「えぇ、彼のウイルスが、徐々に本物の神の領域を侵しているという証左になるでしょう。もっとも、その前に彼を止められるのが一番ですが。

 そもそもとして、彼が送り込んだウイルスは高次元存在に対して何の効果ももたらさない可能性もある。塔に残っていた彼の研究結果では一定の成果はあると予想されていたようですが、何せ全てが前代未聞で、どうなるか見当もつきません。そう言った意味では、彼の取った行動に関しては全てにおいて推測の域を出ず、結局のところはどうなるか分からない、というのが結論です。

 ただ、最悪の場合を想定すれば、可能な限り早く彼を止めるのが一番というのは変わりませんが」

 

 レムが話し終えるとスクリーンの映像が消え、元の青空と海との景色が戻ってきた。機能を万全に取り戻したレムですら確実に言えないことに関しては、人の身では何もわからないというのが結論になるのだろう。

 

 しかし、コンピューターにはない霊感を持っている者なら、また違う視点を出せるかもしれない。とくにその霊感の強い緑髪の少女に視線を向けると、クラウディア・アリギエーリはこちらが何かを言う前から首を横に振った。

 

「今のところは、私の方でも何とも言えません。高次元存在も、以前と変わったところは無いように感じます。ですが、何か胸騒ぎがするんです……レムの言うよう、なるべく早く、あの人を止めるのが望ましいかと」

 

 彼女の言う胸騒ぎということに関しては、自分も何となくだが感じている。むしろ、やはり月に行ってアイツを止めなければならないという気持ちが強く離れないのはそのせいだろう――理論的にはどうなるか皆目見当もつかないのだが、同時に右京の目論みは確かな成果を出す、そう直感が告げているのだ。

 

 そういう意味では一刻も早く右京を止めるべきなのだろうが、自分がどれだけ走ったところで流石に宇宙空間を飛び越えて月まで行くのは難しいか――そんな風に思っていると、レムが「さて」と小さく咳ばらいをして、また一同を流し見た。

 

「私なりの総論としましては、右京のウイルスがどの程度の速度で高次元存在に影響するか分からない以上、なるべく早く月を攻略し、右京を止める必要がある。同時に、月を護る防衛機能を突破するために、一週間で準備を進め、今度こそ最後の戦に臨む……というのがよろしいかと。

 それで、今後のメンバーに関する予定ですが……アガタは先ほど言った通り、教会の再編のために行動してもらいます。次にシモン、イスラーフィール、ジブリールの三名、並びに技術力に優れる魔族に関しては、引き続きノーチラスの最終調整をしてもらいます。

 私は引き続き世界の情勢を観察しつつ、アガタのサポート、並びにノーチラスの調整にも参加するつもりです」

「仕事が多いな、大丈夫か?」

「ふふ、大丈夫ですよ。今まで皆さんに頼ってきた分、うんと恩返ししないといけませんからね……それでアランさんら腕っぷしメンバー、もとい月への突撃メンバーに関しましては、休養をしっかりとって欲しいのです。

 もちろん今の世情を鑑みれば、行き場所や立ち居振る舞いには注意して欲しい、という前提はありますけれども」

 

 レムの厚意に対し、真っ先に反応したのはナナコだった。どちらかと言えば申し訳なさそうに――気持ちとしては自分も同じだ――おずおずと小さく右手を挙げている。

 

「あのぉ、それは嬉しい提案ですけど……皆さんが大変な時におさぼりするというのは、なんだか申し訳ないと言いますか……」

「いいえ、英気を養うことも立派な仕事のうちよ、ナナコ。まぁ、言葉を選ばずに言ってしまえば、専門知識が無いのに協力してもらってもしかたがないので、それなら羽根を伸ばしておいてくださいって言うのが正直なところですね」

 

 レムの意見ももっともなのだろうが、それでもアガタやシモンらが仕事をしている中で羽根を伸ばしてくるなどというのも気が引ける――そんな風に考えている傍ら、珍しく会話にほとんど参加してこなかったチェン・ジュンダーがにやけながら仰々しく手を叩いた。

 

「いやぁ、素晴らしい提案ですね。私もノンビリさせてもらうとしますよ」

「貴方には怒涛の専門知識があるので、ノーチラスの最終調整に協力してください」

「うひぃ、それなら先ほど名前を挙げれば良かったじゃないですか?」

「……と言いたいところですが、貴方もしっかりと英気を養うべきですよ、チェン・ジュンダー。人形だった時には問題なかったかもしれませんが、今の貴方は肉の器にあるのですから、疲労は確実に蓄積している……それに若くないんですから、しっかりと休養して備えてきてください」

「同じ最後の世代である貴女にそれを言われるのは、なんだか皮肉ですねぇ」

「何か言いました?」

「いいえ、何も?」

 

 チェンがそうスッとぼけると、レムは呆れたように肩を竦めた。恐らく、チェンなりに自分達が休みやすいように気を使ってくれたのだろうし、それに今まで常に不眠不休で戦い続けたチェンすらも休みを取るという事実は、ナナコを筆頭に他のメンバーが休養を取ることに対する心理的なハードルを下げてくれたようだ。

 

 それならそれで、確かに英気を養うのも良いかもしれない。とくにソフィアやナナコらは自分を助けるためにかなり無茶をしてくれたわけだし、クラウディアなどは孤児院の状況が気になるだろう――そう言った意味で、最後の戦いに備えて休養を取ることも良いのではないか、そんな風に思い始めた。

 

 しかし、どうやって時間を過ごすか。そんな風に思った瞬間、自分の脳裏にある風景と一つの考えが思い浮かんだ。そしてそれを実行しようと声を挙げると、何故だか多くのメンバーが――自分としては各々思い思いの場所で過ごすものかと思ったが――同行を申し出てきたのだった。

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