B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「はぁ……はぁ……!」
自分の息の音が異様にうるさく感じる。アラン・スミスにやられた毒は既に魔法で浄化済みだが、それでも未だに体から倦怠感は抜けきらない。
それよりも、タルタロスはどうなったのだろうか? つい今しがた、地下空間に開く天窓の方から、轟音とともに強烈な緑色の光が差し込んでいるのが見えた。威力的には第七階層魔術に匹敵するか、下手すればそれ以上。タルタロスの魔術は漆黒なので、アレは何か別の者の一撃が地上で放たれたと思った方が良いだろう。
(まさか、神剣アウローラ……? もし、もしそうだとするならば……!?)
バルバロッサに地で果てていたと考えられていた勇者の一行が、生きていてレヴァルに引き返してきている可能性がある。このレヴァルに対する襲撃は、そもそもが勇者不在の内に、人類側の拠点を潰そうというもの。
つまり、バルバロッサで勇者が行方不明になること自体が想定の範囲外だったのだが、どちらにしても勇者が戻ってくることは想定していない――もしタルタロスがやられていたとするなら、自分一人で勇者達に勝てる道理など、ありはしない。
全身から、冷や汗が噴き出す。嫌な予感が止まらない。これは、先ほどの毒のせいか――いや、そうではない。そして今度は、また別の光が差し込む――白色の光――そしてそれはどんどん鮮明に、強烈になっていき、最終的には激しい音を立てて空間の天井に直撃した。
天井が崩落していく――これほどの威力が地下空間を振動させるなら、地下空間そのものが陥落してもおかしくない。そうなれば、地盤が沈下し、レヴァルに大損害を与えるはずなのだ。
しかし、そうはならなかった。威力と破壊力に指向性があるのか、破壊を受けているのは光の渦が通り過ぎて行った箇所のみ、後はそれに近い階段などのパーツが、支えを失って崩れて行っているに過ぎない。
自分としても、天から落ちてくる瓦礫からほうほうのていで逃げ回る。逃げ場がなくなってからは、光の威力の強さと落ちてくる天井とに身をかがめ、もう頭を抱えて瞳を閉じて、おびえることしか出来ない。
音が落ち着き、なんとか瞼を上げる。外は既に晴れ上がり、時刻にふさわしい夕日の赤い光が、この地下空間を照らしていた。
そして、その直後、今度は天から巨大な黒い何かが落ちてきた。それは地下の床に衝突すると、轟音を響かせて辺りを震わせる――それは、鉄製のこん棒、それも本来は人間が扱えるようなサイズではない。全長二メートル程ある巨大な棒は、本来なら巨人族が扱うような巨大なものだ。
アレをメイスと豪語する、頭のイカれた女を一人知っている。世界広しと言えども、いやむしろ歴史を紐解いてみても、アレを好んで振り回す者など一人しかいないはずだ。
「……ジャンヌ・ロペタ。いいえ、ジャンヌ・アウィケンナ・ネストリウス。貴女の悪行もここまでですわ」
天から声が響く。その声は、私が想定していた者の声――次いで、上から長いスカートの一人の女が振ってきた。その人物はゆっくりと落ちてきて、メイスを足場にふわりと着地する。少し癖のある薄紫の髪、小柄で華奢な体、そして凛と吊り上がる瞳――。
「……アガタ、アガタ・ペトラルカ……どうして、私の本名を……?」
もし自分の本名が割れていたとするならば、私はもっと早い段階で異端審問にかけられていたはずだ。そうなれば、この短い時間にクラウディアが彼女に教えたのか――それでも、母型の旧姓、アウィケンナまで知られているとは思い難い。
「……つい先ほど、ちょっとした筋から伺いました。さて、レヴァルの結界を解き、魔族達の片棒を担ぎ、死霊たちを操って街を襲ったその罪状……許すわけには参りません」
「くっ……それなら、どうするっていうの?」
アガタ・ペトラルカは軽く跳び、鉄塊の横に並びこちらを睨め付ける。
「……選ばせて差し上げますわ、ネストリウス。おとなしくお縄にかかって異端審問にかけられるか、私《わたくし》に殴られてからお縄にかかって異端審問にかけられるか……個人的には、前者をお勧めいたしますが?」
つまり、どちらにしても死刑だろう。もしくは、魔族に洗脳されていたということにされて、創造神達に記憶と精神を改ざんされ、自分でない何者かに落ちるか――それなら、選択肢は一つに決まっている。
「……貴女を倒して逃げる道を選ぶわ、このイカレポンチ!!」
「……おファックですわね!!」
こちらが補助魔法をかけて駆けだすのと同時に、アガタは鉄塊の根元を横脚で蹴る。するとこん棒が宙を回り、女は手元に柄が着いた瞬間、アガタはトンを超えるであろう物質を右手のみでキャッチした。
だが、そんな動作をしていれば遅いのだ、こちらの攻撃のほうが先に届く。
「とっ……」
「第六天結界……!!」
こちらのフレイルは、相手の左手から出された結界に弾かれる。第六天結界、それは先ほどティアがアランに掛けていたものと同レベル、枢機卿クラスの最強結界――そして、アガタ・ペトラルカが左の指を握ってから弾くと、結界がさく裂し、その反動でこちらは後ろに大きく飛ばされてしまう。
そして、ティグリス神像に体を打ち付けられ――これに打ち付けられるのも今日で三度目か――眼下の敵を見る。女は棒の切っ先を、こちらに向けて佇んでいた。
「貴女の信ずる神ごと……砕いて差し上げます!!」
アガタは鉄の棒を両手で持つと、その重さを持ってしたらあり得ない速度でこちらへ跳んでくる。こちらも条件反射でなんとか右手を前に出し、出せる最大の結界で対抗する。
「そんな、薄い壁ごときぃいいいいいいい!!」
アガタが鉄塊を振りかぶると、こちらの右手にも鈍い感触が走る。五重の結界は、簡単に一枚ずつ割れていき――。
「……うわぁああああああああ!!」
本能的に、自分の口から情けない悲鳴が出ていることに気付いたと同時に、最後の一枚が割れた。体が消し飛ぶような痛みが全身を駆け巡り、大きな音が鳴ったと思った後には、落下感、そしてきっと自分の体が地面に倒れたのだろうということまで認識し――。
「……貴女も、この歪んだ世界の犠牲者ですわね……」
最後にその言葉だけが聞こえた時点で、自分の意識は途切れた。
◆
極太ビームが地上に穴を開けたと思ったら、紫髪の女がその中に跳んで入っていき、幾ばくか轟音が鳴り響いた後に、まずデカい鉄の棒が穴から飛び出してきた。それが地面に刺さって後、今度は衣服がボロボロになって気絶したジャンヌ――外傷が見られないのは、気絶させてから回復魔法を掛けたのだろう――を抱えて、先ほど穴に飛び込んだ女が出てきた。
よくよく見ればその女、ソフィアと同じくらいの身長しかない。とはいえ、雰囲気は少し落ち着いており、年齢的にはクラウと一緒くらいか、しかしその小柄な体で大人の女性を抱えているのを見ると、なんだかアンバランスな感じがする――もっとも、その数十数倍は重いであろう鉄塊をぶん投げているのだから、恐らく女性を抱えるなど朝飯前なのだろうが。
そして、ジャンヌを瓦礫の壁に横たえている女に、テレサが近づいて行った。
「アガタさん、お疲れ様です」
「えぇ、テレサ様も」
アガタと呼ばれた女は立ち上がり、肩にかかる髪を払った。そして、周囲を見回し――こちらと目が合う。いや、正確には俺を見ているわけではなく、隣にいるクラウを見ている、という方が正しいだろうか。
「……クラウも、お久しぶりですわね」
「えぇ……アガタさんも、相変わらず滅茶苦茶なようで、安心しました」
クラウの声には、若干感情が籠っていない。しかし、アガタと言えば――というかテレサと一緒に行動していて、クラウと知り合いのアガタなんぞ、この世に二人といないだろう。彼女こそが、噂のアガタ・ペトラルカか。
クラウのご挨拶に、アガタは小さくため息をついて、首を左右に振る。
「やれやれ……嫌われたものですわね」
「別に……そんなことないですけど」
なるほど、確かにクラウらしくない。ここで「そうですよまったく」とか返すのがいつものクラウだ。本当に苦手意識があるというか、相手のことを許せていないからこその距離感があるようだ。
「でも……感謝いたしますわ、クラウ。貴女とその仲間が居なければ、レヴァルは陥落していたかもしれません」
「そうですね! 感謝感激、雨あられですよ! お義姉さま、クラウさん、あと、えーっと……?」
テレサはポン、と手を叩いたと思ったら、こちらを見て首を傾げた。確かに、自分はこの馬の骨とも知らない謎の男なのだから、その反応も仕方なしか。
「俺……私は、アラン・スミスと申します。お見知りおきを、テレサ姫、アガタさん」
「……うわっ、アラン君の敬語、どちゃくそ似合いませんね……!」
「いや、だって相手はお姫様なんだ、失礼があったら大変だろうが……!?」
クラウから茶々が入るが、それは少し調子が出てきたものとして良しとする。テレサの方は「アランさん! よろしくお願いします!」と元気に挨拶してくれたのに対し、アガタはこちらを真剣な目でじっと見つめている。
「……アラン・スミス……」
「えぇっと……俺の顔に何か?」
「いえ、なんでもありませんわ。よろしくお願いいたします、アランさん」
それだけ挨拶をして、アガタはジャンヌのほうへと戻っていってしまう。向こうは向こうでクラウと対峙するのが気まずいのだろうし、こちらからも変に声をかけることもないだろう。
「……あー! アランさん! クラウさん!」
今度は、背後から聞き馴染みのある声が聞こえる。振り返ると、ソフィアがこちらに小走りで近づいて来ていた。
「良かった、無事だったんだね!」
「あぁ、ソフィアも……城壁の外で戦っていたのか?」
「うん! 街の外を徘徊していたアンデッドは殲滅できて、増援の獣人たちは先生が追い払ってくれて……そうだ、先生を紹介するよ!!」
ソフィアが振り返った先には、背の高い、やせ型の男性がゆらりと歩いて来ていた。無精ひげにボサボサの髪なのだが、清潔感が無いというよりワイルドな印象で且つ、眼鏡とその奥にある瞳がどことなく知的な雰囲気も併せ持つ中年といった印象だ。
「ふぅ……やれやれ、若い子は元気ですね。老骨はもうへとへとですよ……」
そう言いながら、男性は目元にしわを寄せてソフィアを見ている。
「ディック先生、老人って程の歳じゃないでしょう? アランさん、クラウさん、エルさん、こちらはアレイスター・ディック先生。学院の教授で、私の先生だった人なんだ」
ソフィアの紹介を経て、ディックは長い杖を地面につきながら会釈をする。
「ご紹介に預かりました、アレイスター・ディックです。オーウェル准将が心を開いているようで、感謝申し上げますよ」
「もう! だから准将呼びは止めてください! ここには、他の兵たちは居ませんし……」
「ははは、そうですね……ソフィアが世話になりました。ここに来るまでにも、アナタのお話は伺いましたよ、アランさん。なんでも、記憶喪失で大変だとか……」
その後は少しの間、穏やかな時間が流れる。まだ魔王が残っているものの、この地に魔将軍は全て倒れ、一時の戦勝ムードが漂っている。ソフィアの指示で兵が配備されていたおかげで避難していた街の人々も次第に戻ってきており――もちろん、この惨状に俯く者もいるが、多くの者はこの黄昏の中に、嵐が去った喜びを見出してくれているようだった。
こちらは自然と、クラウとソフィア、そしてディックとの歓談になり、エルとテレサとが会話をしている。アガタは何やら兵や聖職者たちに指示を出し、ジャンヌの身柄の拘束を進めているようだった。
「……なんだか、皆楽しそうだね」
人々の声が入り混じっているはずの広場に、その声はハッキリと耳に入ってきた。他の者たちも同じだったようで、声のした方、丘からの帰り道のほうを一様に見つめる。
だが、自分だけはその反応が少し遅れた。何者かが自分の衣服を引っ張ったからだ。
「……ソフィア?」
見れば、ソフィアが縮こまるように、自分の身の後ろに隠れて遠くを見ている。何かに怯えているのか、あの勇敢なソフィアが――そしてやっと、こちらも声の主の顔を覗き見る。
その者は、なんとなくだが、この世界にとって特別な存在という感じがした。西日に輝く茶色掛かった黒い髪に、マントを羽織った中肉中背といった風貌、そして極めつけは背負った巨大な剣――左の腰の裏から覗く鞘の太さは、小さな子供程度なら丸々後ろに隠れられそうな程である。
「……初めましての人たちもいるね。僕はシンイチ・コマツ……本当は、小松真一って言った方がしっくりくるんだけれど」
柔らかく笑うその表情は、怯える要素などどこにもない、優しい好青年といった雰囲気であり――異世界の勇者シンイチは、人懐っこい表情でこちらを見つめていた。