B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
ローザ・オールディスの話が終わった後は、ダニエル・ゴードンの話へと移った。彼の過去に関して自分が知っていることはほとんどない。正確には過去にジム・リー暗殺の際に一度魔術で狙われたこと以外にはオリジナルとの接点はなく、べスターの記憶を見てすらチェン・ジュンダーの往く手を阻んだ一回しか見ていないのだから。むしろこの星に着いてからの方が彼との接点があったほどだ。
確か、モノリスの研究のために人体実験を経て、知能指数を爆発的に上げたというのは聞き覚えがあったのだが――正確な生い立ちと人となりは次のようになるらしい。
ダニエル・ゴードンは貧しい家庭に生まれた。そして、生まれながらに障がいを持っていた。恐らくその原因は高齢出産だとされているが、正確な所は定かではない。とはいえ、長い不妊治療の末に生まれた彼は、最初こそは神からの贈り物として貧しい中で大切に育てられていたらしい。
しかし、貧困の中でダニエルを育てることは多くの困難があった。支援プログラムなどはあるにせよ、特別な教育を施すことは貧困の中では難しく、彼はその少年時代において周囲から虐げられて育ったという。表だった暴力にこそ巻き込まれる頻度は少なかったものの、どちらかと言えば陰険なストレスの吐け口として周囲の子供たちから虐げられていたようだ。
なんとか義務教育を終えて就業する段階になった時、一応彼にも働きに出る口はあった――それは自分が高校を卒業した時と同じような意味合いでだ。AIとアンドロイドの発達により基礎的な頭脳労働はとってかわられていたため、人としての労働力は高次な頭脳労働か、肉体労働かに二分化されていた。もちろん、ダニエル・ゴードンが得た職は後者であり、その周辺環境が劣悪であったことは疑うまでもない。
もしも生まれた家庭が裕福であれば、教育によってもう少しカバーできたかもしれない。そうでなくとも、資産があれば介護用の第四世代型アンドロイドに面倒を見てもらうこともできる。とはいっても、果たして介護されることを前提として生まれてくるというのはどうであろうか?
もちろん、親からしたら待望の子供であるということは理解できるし、そこに対する善悪を決めることは自分にはできないが――ともかく貧困の中で障がいを持って生まれ育ったダニエル・ゴードンのハンディキャップは絶大なものであったということは間違いない。
『幼少期においても、青年期においても……ダニエル・ゴードンは自らが虐げられていることには気がついていなかったようです。よく言えば気性の優しい性格だったとも言えますが、悪く言えば彼の知能指数では、人を馬鹿にするということにすら気付けなかった部分もあるのだと思います。
そんな彼には、二度の転機がありました。一つは両親の離婚。彼が幼いころには、既に母親との二人暮らしになっていました。ただでさえ貧しかった彼の家庭が、余計に苦しくなったことは想像に難くありません。
そして青年期になってからは、相次ぐ失職から……かつてのダニエル・ゴードンは純朴ではありましたが、やはりかつての彼の知能ではどんな単純作業でもミスも多く、また多くの場合は同僚のミスを被せられてのリストラや、酷い場合は賠償を求められるケースもありました。
最終的に、彼はどこへも働き口を得ることはできず……母とダニエルは少ない年金を基に生活を続けましたが、結局高齢ゆえに息子の面倒を見切れなくなった彼の母は、最後にはダニエルをパラソル社が集っていた障がい者校正プログラムへと託すことにしたのです』
そのパラソル社の校正プログラムとは、実際には次のようなものであったらしい。知能指数が一定以下で就業が困難な者を集い、向こう十年間パラソルの施設にて障がい者に対するテストを行うという内容で、必要があれば期限はパラソル社側で無期限に延長できるという契約だったようだ。
結局、その内容は脳に直接施術を行うことで知能指数の増加を図るというものであり、その目的は高度に暗号化されているモノリスの解析グループを作成するというものだった。モノリスのその複雑さは最高の知能が集まるDAPAの総力と、当時最新鋭のAIを用いてすら遅々として進まなかった。それを解消するため、禁断の実験を行うことで高度な知能を持つ人間を作り出し、一足飛びに解読を進めようとしたのだ。
もちろん人道的な観点からは反対の意見が出ることは目に見えているので、パラソルは自己決定権を持たないような知的障がい者を集い、社会から隔絶することでその存在を隠ぺいした。
パラソルは動物での実験は完了させていたようだが、実際に人間に当てはめて成功したケースは多くなかったようだ。施術を受けた場合は悪ければ脳死、生き残った者の中には多少知能を改善する者がいる一方で、一年ほどで施術前より知能を落す者もいる始末であり、求めたような人材は出てこなかったようだ――ただ一人、ダニエル・ゴードンを除いては。
施術を成功させたダニエル・ゴードンは、そのIQを飛躍的に向上させた。当時で三十歳近かったようだが、一挙に専門的な内容を学習し、半年後には大学博士課程を終了できるほどに一気に知能をその脳に詰め込んだ。モノリスの解読のために彼が学ばされたのは、主に数学、幾何学、言語学、また暗号の配列が量子的なモノリスの特性を加味して物理学や統計学、工学だった。彼の知識欲はそれだけに留まらず、プライベートで学んだ分野は宇宙科学や医学、心理学、社会学、果ては史学や形而上学まで多岐に渡り――実際、彼一人居ればDAPAの全ての研究が進められると言われるほどだった様だ。
そしてゴードンを中心とした解析チームが結成されたおかげで、月のモノリスに刻まれたメッセージを解読するに至り、その後は母なる大地のモノリスと最後のモノリスとが立て続けに発見された。その解読が一通り済んだ後は、彼はかぶりつく様に魔術の研究に没頭したようだ。
『ゴードンはその功績を認められ、人体実験が行われたことやモノリスの解析結果などの守秘義務を守ることを前提に自由が与えられました。しかし、彼は結局は研究室にこもることを選びました。
人体実験が行われたことを口外しないということは、偏《ひとえ》に家族に会うことを許されないということ……とはいえ、彼は母のことを……唯一の肉親のことを恨んでいた節があります。自分が虐げられていたことを十分に理解できる知能を持った彼は、障がいを持っていると分かって自分を産んだことに納得がいかなかったのです。
それだけでなく、母は結局自分を売り、それなりの金額を手に入れた……そう言ったところからも納得がいかなかったようです』
それを聞いてなんとなくだが、ゴードンの母には別に悪気は無かったのではないかとも思った。その証拠に、少なくともゴードンの母は彼を成人まで育て上げ、共に暮らしていたのだから。ただ、自身の下にいても幸せにならない息子が少しでも救われる道に賭けた――もちろん人体実験に我が子を託したというのは人道的ではないように思うが、恐らく母親自身も高齢であって、どうすることもできなかったのだろう。
ただ、善意であれ本当に金儲けのためであったのであれ、その真意がどちらであったとしても、自分がゴードンの立場だとしたら納得がいかないというのも理解はできる。本心はなんであれ、母が自分を売って金を得たという事実は揺るぎないのだから。
『……帰る場所がなくなった彼は研究室の中や外において、一度は交友を広げようと努めました。同時に、恋人を作ろうと努力もしたようですが……全て徒労に終わりました。
彼は知能を発達させすぎたが故に、同性の友人においても、異性の恋人においても、対等な関係を築くことができなくなっていたのです。強いてを言えば、右京とは幾許か信頼関係を構築できたというのは不思議な感じはしますが……』
「いいや、多分ゴードンと右京とで共通するところがあったんだ。それで、幾分か意気投合したんだろうさ」
『……それは?』
「世界なんてクソくらえ、だ」
ダニエル・ゴードンは、この世に自分を産み落とした母を恨んだ。それは、この世界が過酷であると知って――いや、ダニエルにとって過酷なものになるが必定と知って、それでも産むことを選択した事に対する恨みだったに違いない。
もちろん、世界が誰に対しても優しいものであるのならば問題なかったであろう。しかし、現実はそう甘くはない。人間という生き物は残酷で、弱者を見れば虐げられずにはいられない。また、社会構造も全ての人が平等に――先ほどローザ・オールディスの下りで平等は不可能だと議論したばかりだが――生きられるだけのシステムを提供できていなかったのも問題だろう。過度な出生率の低下、それに政府の失墜により社会保障など、どの国でも脆弱極まりない物と化していたのだから。
同時に、彼は施術により社会的な強者を飛び越えて、世界の特異点とも言えるほどの力を得てしまった。つまり、彼は施術の前でも後でも孤独であった。人も社会も碌でもないものと知ったダニエル・ゴードンが、世界なんてクソッタレという結論に到ったことは至極当然だろう。そして、そんな世界を創り出した高次元存在が――親のエゴが許せなかった。手前勝手な理由で世界に自分を生み出した上位存在と、彼の母とが被って見えた部分があったのかもしれない。
そんな彼が魔術に傾倒したというのは、そういった様々な因果による帰結だった。とくにクラーク亡き後は早々にその哲学の呪縛から逃れ、神に復讐するべく、圧倒的な頭脳でもって真理を追究した――そして誕生したのが、魔術神アルジャーノンだった。
ダニエル・ゴードンに関しては、生い立ちとそこまでの略歴がほとんどだったと言っていい。人格的な部分は旧世界において完成されており、同時に彼は目的も一貫していて、それ以上言及することは少なかったからだ。強いてを言えば、ゴードンはいち早く脳と肉体とを切り離し、他の者が星間飛行で冷凍睡眠で眠っている期間内も多くの時間を魔術の研究に捧げていたこと、またその長い孤独の中で話し方が――旧世界におけるゴードンは尊大な話し方をしていたが――独特な口調に変わったこと。そして――。
『……最後に、彼が惑星レムに辿り着いて後に見せた特異な点としては、第六世代型アンドロイドに対して一定の興味を示していた、という点です。彼の性格からしてみれば、被造物である第六世代は興味の対象になりにくいと思われていたのですが……彼はローザとアシモフに次いで、彼らの進歩に協力的だったのです。
それは、単純に一人では思考の袋小路に行き付き、魔術の新たな可能性を探るために他の知能を求めていたという部分が大きいとは思っていたのですが……今にして思えば、彼は自らの境遇を、第六世代に重ねていた部分があるのかもしれませんね』
人為的に作られた子供たち――ある意味ではアシモフという親のエゴで産み落とされたその子供たちに対して、自分を重ねてみていたということだろうか。彼自身が親を超えていくという決意を持っているのと同様に、レムリアの民たちの中に可能性を見出そうとしていた部分はあるのかもしれない。
とはいえ、彼のレムリアの民に向けるその関心は、かなり歪なものだったと言ってもいいだろう。合理的を通り越してサイコパス的な気質があったように――ゴードンからしてみれば凡人の下す評価などくだらないの一言だろうが――思うし、事実として彼が求めたのはレムリアの民たちの中にある可能性であり、決して愛情を持って接していたとは言い難い。どちらかと言えば自身の願望を達するため、予想外の才能が出てこないかと期待していた、程度のことではあるだろう。
それでも、学院を設立し、一部の才能のある第六世代型アンドロイドの進歩をサポートしてきたという点では、ある意味では彼が最もレムリアの民に貢献したと言っても良いのかもしれない。
「……やっぱり人間ってのは一筋縄じゃいかないな」
人間というやつはそれぞれに事情がある。歪んでしまったのなら、歪んでしまったなりの理由はあるのだ。こうなることも予測できていたはずだが――話を聞かない方が「世界を手中に収めようとする悪い奴らを成敗する」という思考の元、シンプルに戦うこともできたかもしれない。
それでも、自分がこれから倒すべき相手のことを知りたいと言ったのは、これから倒すべきものの本質を理解しておきたかったから。改めて事情を共有され、しみじみとしてしまったのは確かではあるが――それでも結局、ローザ・オールディスやダニエル・ゴードンが積み重ねてきた罪が消える訳でもない。
それなら、迷うことは無い。今まで通り、いつも通りにやるだけだ。人殺しの自分が何かを裁定するなどおこがましい、等と言うことは何度も考えてきた。ただ、それが今、必要だからやるだけ。強いて言えば人を殺してことを収めようとしている乱暴な自分が、こんな風に平然と絵を描いているというのが傲慢なような後ろめたさを覚えるのも確かだが。
だが、ここで絵を描くのを止めても何も変わらない。それならいっそ徹底的にだ。秋の日が落ちるのは早く、明るいうちにもう少し進めてしまいたい――既に日も陰りが見え始めており、しかし真昼の明るい色彩をキャンバスに閉じ込めたく、数時間前の光景を今の景色と照らし合わせながら紙に絵具を塗り進めていく。
右京の話もしたかったが、アイツのことは後日でもいいだろう。レムは自分が集中し始めたのを察して静かにしてくれているようであり――彼女もやるべきことがあるから、そちらに集中し始めたのかもしれない――しばらくキャンバスの上を塗り進め、世界が黄金色に染まり始めるのに合わせて筆を置き、しばらく前からソフィアに代わってこちらを見ていた男の気配に対して、振り向かずに絵の進捗を確認しながら声をかけることにした。