B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
グロリアが自分の寝床を尋ねてきたのは夜も深くなり始めた時だった。そのせいか彼女の態度もどこか遠慮がちなものであり、しばし言葉に詰まる彼女を眺めていると「変なことを言ってごめんなさい」と言いながら扉の帆へと戻ろうとしてしまう。
「いや、今から描くよ」
「え、でも……アナタも疲れてるんじゃない?」
「いいや、話してたもんな。描いて欲しいってさ」
そう言いながら、自分は脇に置いていたカンテラを持ち上げて立ち上がった。自分が少々返答が遅れたのは、別に彼女のことを描きたくなかった訳でも、呆然としていた訳でもない。ただ、彼女がこの時間に訪問してきた意味を考えていた――意外と気を使う子ではあるから、わざわざこんな夜更けを選んできたと言うのは、きっと何某かの意味があるのだろう。
恐らく、思考を共有するソフィアが寝てからの方が良いと考えたのではないか。別にソフィアをのけ者にしたい訳でもないが、先ほど考えたようにグロリアとは積もる話もある。自分が忘れてしまっていた一万年前のこと、自分が亡くなった後のこと、右京のこと、べスターのことなど――もう彼女としか共有できない思い出話が多くあるのも間違いないのだから。
ついでに少し返答に困っていた理由として、機械の体を描けばいいのかと勘違いしていたから、というのもある。それをそのまま口にしたところ、「バカバカバカ!」と思いっきり嘴で頭をつつかれたことは納得いかないが、そう言えば機械の鳥からホログラムで在りし日のグロリア・アシモフの姿を映し出すことができることを思い出した。
天上の出っ張りにカンテラの取っ手を通し、部屋の光源を確保する。自分が画材を用意している間に、機械の鳥の目から部屋の一部に光が照射され、粗末な椅子の上に少女の姿が浮かび上がった。
改めて彼女のその姿を見ると、想い出の中にある少女よりも一回り大きくなっているように見える。ちょっと癖のある柔らかそうな巻き毛に、元からスレンダーでしゅっとした印象だったのはそのまま、着ている衣服はACOで支給されている女性用の制服で、半袖とタイトな短めのスカートから長い手足をどこか気難しそうな様子で組んでいる。女性らしく成長したソフィアと比較すると、どちらかと言えばモデルのような美しさ、という印象だった。
ホログラムによって浮かび上がっているせいか、ほの青い粒子が立ち昇っているのがまた神秘的だ――そんな風に思いながら見つめていると、グロリアは僅かにそっぽを向いて唇を尖らせた。
「……その、変じゃない?」
「あぁ、大丈夫だ……しかしビックリしたな。元から可愛い子だと思ってたけれど、すっかり綺麗になっていてさ」
「ばっ……その、ありがと……」
グロリアは一瞬だけこちらを向いて目を見開いたが、またすぐにそっぽを向き、少し前髪の毛先を引っ張った後、手足を組みなおした。あまりいい加減なことを言うと、また嘴攻撃を食らう可能性があるな――そう思いながら口をつぐみ、ひとまず彼女の綺麗な横顔をそのままスケッチとして取っていくことにする。
全体の構図を決め、さっとクロッキーを仕上げたタイミングで、グロリアはハッとした表情を浮かべてこちらへ向き直った。
「そうだ、ちょっと言うのが遅かったけれど……晴子、できればアランと二人にして欲しいの」
言われてみれば、特に何も言わなければレムは自分を通して状況を見ていることだろう。そして実際にその通りだったのか、機械の鳥が映し出すホログラムに交じり、人形サイズの長い黒髪の女神が少女の膝の上に姿を現した。
「うぅむ、元とは言えアランさんと血縁関係のある私としては、夜中に女の子と二人っきりというのをキチンと監視しておかないといけないと言いますか……」
「あのね、そんなの良い趣味とは言えないし……何より、自分は私やべスターがいない無い時に右京とよろしくやってた訳でしょう?」
「それを言われると弱いですねぇ。まぁ、確かにあんまり覗き見って言うのも趣味が良くないというのも自覚はありますし、若い二人でのんびりしてくださいな」
レムはわざとらしく「おほほほ」と笑い声を残して少女の膝の上から姿を消した。自分を含めて三人とも一万年の時を超えて存在しているわけで、わざわざ若いと言われるのも妙な感じはするが――体感時間としてはレムが圧倒的に多かったことは疑うまでもないだろう。
そうなれば、彼女の言ったこともあながち嘘でもないのか、などと思っていると、グロリアのホロはきょろきょろと辺りを見回し始めた。どうやら、本当にレムが監視していないか気配を手繰っているようだった。
「……本当に大丈夫かしら?」
「あぁ。見られている感じはなくなったと思うぞ」
「まぁ、晴子もふざけてはいるけれど、根は真面目だし、多分大丈夫よね……」
グロリアが大丈夫に「多分」をつけたのは、いくらお願いしてもレムが監視してないとは断言できないからだろう。実際、レムがその気になれば、完全迷彩を見抜ける自分ですらその気配を手繰ることは難しいはずだ。彼女にも間違いなく意志の力はあるが、ただ自分の脳を介してこちらの状況を確認しているだけなら、遥か彼方にある海と月の塔から遠隔でこちらの映像を見ているのと同義である――流石にその気配までも感じ取れるほど、自分の勘も確かではない。
ただ、直感から言えば、グロリアの言うように根は真面目だから、レムも旧知同士の会話を覗き見ることは避けてくれるだろう。もちろん、後から自分の思考を覗き見られればそれまでだが――というか、この先もずっと脳を監視されていると思うとあまり気が気じゃない。そんなことを考えている傍らで、グロリアが横顔をこちらに向けながら、視線を僅かにこちらへ向けていることに気づく。
「……その、一万年前のこと、思い出したのよね?」
「あぁ。しかも、俺が本来知らないことまでな」
「どういうこと?」
「あっち側で、べスターの記憶を見せてもらったんだ」
「えっ……べスターの奴、変なことまで教えてないでしょうね!?」
「君の言う変なっていうのが何を指すのか次第だと思うが……別に何か変と思うところは無かったぞ」
「まぁ、べスターがそんなに変なことをするとは……いえ、アイツも大概イイ性格をしていたから、やっぱり安心できないわ」
「はは、そうだな……二課のメンツは、皆素直じゃなかった」
何の気なしに言った言葉だったが、少々マズったなと思った。べスターのことは問題ないだろうが、右京のことを思い出させることを言うのは、グロリアもあまり快く思わないかもしれない。そう思ってキャンバスから視線を離して彼女の方を見ると、しかし彼女は「まったくね」と朗らかに笑っていた。
そこからは、しばらく昔話に花を咲かせた。とは言っても、自分はそこまでマルチタスクに優れるタイプでもないので、絵を描くついでに少しずつ話すという感じではあり、どちらかと言えばグロリアが話すことに相槌を打つ程度の会話ではあったのだが。
しかし、グロリアの方は楽し気に話をしてくれていた。出会った時のこと、共同生活のこと、俺のこと、べスターのこと、晴子のこと――やはり右京の話は意識的に避けられているようではあったが、互いに共通する想い出や、はたまた自分と彼女のどちらかが知らなかったこと――自分の知らないべスターとの想い出などが語られた。
その活き活きと話す横顔は、彼女の魅力を最大限に引き出しているように感じられた。敢えてストレートに表現すれば、グロリアは美人だが、黙っていると少し神経質そうに見えるきらいがある。彼女の生い立ちやその境遇を考えれば致し方のない部分もあるのだろうが、それでも釣りあがった目に引き結ばれた唇を見ていると、ややもすれば話しにくそうな印象を持つ者もいることだろう。
逆に、楽しそうに話す彼女の顔こそ、本当の年相応の――亡くなった時の年齢だろうが、十六歳くらいなはずだ――女の子らしさを引き出しているように思う。その輝きが影ってしまう前に木炭でスケッチを進め、下書きが終わったタイミングでまた彼女の表情は「いつもの」調子に戻った。
彼女がまたアンニュイな表情を浮かべ始めたのは、話が自分が――オリジナルが亡くなった後の話になったからだ。クラークの死後はACOとDAPAの戦いが苛烈になり、グロリアは短い訓練で実践に出たこと、戦いは熾烈であったこと、そしてただでさえ多かったべスターの煙草の本数が余計に増えたことなどが語られた。
ただ、次第にその表情は柔らかくなっていく。自分がいなかった二課、チェンとホークウィンドの話が多くなったタイミングでは、とくに先ほどの柔らかさを取り戻していた。
チェンは一万年前と変わらず胡散臭く、考える作戦は実行が難しいものが多く、しかしよく練られ、彼の言う通りにしていればこそ長く戦えたということ。また、ホークウィンドは寡黙でほとんど会話をしたことはなかったが、確かに彼女を温かく見守ってくれており――とくに行動を共にする時には、彼に何度もその背を護られたことを教えてくれた。
そんな彼女を見ながら、手元の絵に水彩の色を載せていく。仄紅《ほのあか》い色と、青白いホロの粒子が織り成す神秘的な光彩に、彼女の柔らかさを乗せて――そしてひとしきり過去の話が終わったタイミングで、グロリアは正面からこちらを見据えた。