B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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遠い日の約束

「アラン。私は右京のことを許す気はないわ」

「俺もだぞ」

「そうなの? ちょっと意外だわ」

 

 少々怒気が籠っていた表情が和らぎ、彼女は言葉の通りに心底意外そうに首を傾げる。

 

「何となくだけれどね……アナタは右京に復讐してやろうだなんて考えているわけじゃない。ただ、右京が間違え続けてしまったから……止めようと思っているだけなんじゃないかって」

「そうだな……その予想はあながち間違いじゃない」

「ほら、思った通り」

「ただ、全力でグーパンを入れてやろうと思ってるぞ? それこそ文字通り、アイツを星にするくらいぶっ飛ばしてやるつもりだ」

「ふふ、アナタに殴られたら、さぞ痛がるでしょうね、右京の奴」

 

 口元を手で押さえながら、目を細めて笑う彼女を――それが光が創り出している幻影であったとしても――見ていると、グロリアも自分が想定していたよりは右京のことを恨んでいないのかもしれないと思った。

 

 そう、アイツは死にたがっているだけだ。だが、ふと彼女にはまだ右京の裏切りの理由を伝えていないことを思い出す。つまりグロリアは、彼女なりに星右京という少年の本質を――恐らく非情にナイーブな理由で裏切ったと――見抜いていたのだろう。ただ、仲間を失った怒りの矛先が、その原因を作ったアイツに向くのは当然の帰結であり、自分が戻って来てべスターが安らかに逝ったことをことを知って、少し落ち着きを取り戻したということなのかもしれない。

 

 それにもしかすると、自分は彼女に試されたのかもしれない。自分が変わらずアラン・スミスであるのかどうか――きっと彼女の知るオリジナルは、自らを殺した少年に復讐を考えるようなタイプではなかったと。そして、今自分が彼女の思った通りに返答したことが面白くて笑ってしまったと、そんな所なのだろう。

 

 グロリアはひとしきり笑い終わって、今度は微笑みを浮かべながらこちらを優しい目で見つめてきた。

 

「私は、全てを奪った右京を許す気はないけれど……でも、アイツのことはアナタに任せるつもり」

「……良いのか? 君もアイツには色々言ってやる権利はあると思うが」

「こんな体になって権利も何もないわよ」

 

 そう言いながら、少女の幻影は両腕を仰々しく広げてみせた。グロリアとしてはジョークのつもりだったのかもしれないが、既に彼女の身体は無くなってしまっているという事実をまざまざと見せつけられている様に感じてしまう。こちらが神妙な表情でも浮かべてしまっていたのか、グロリアはすぐに慌てたように首を振った。

 

「大丈夫、卑屈になっていってる訳じゃない。ただ、アイツに復讐するのなら、きっとアランに任せるのが一番効くんだから……だから、アナタに任せるの」

「……あぁ、任せてくれ」

「えぇ……それで、あとどれくらいで描きあがりそう?」

「そうだな……もう少しだ」

 

 昔話に花が咲いたせいで少し遅れているが、あともう一息で完成というところまで来ている。一万年待たせてしまったことを考えればもう少し凝りたい部分もあるのだが、凝り始めれば無限に描けてしまう。何より、何回か人物画も描いてきたおかげか、少しコツも掴んできている。もう少し描き込めば、ひとまずは自分としてもそこそこ満足できる出来になるので、最後の一息を集中して筆を進ませることにする。

 

 グロリアの方もこちらの集中を妨げまいとしているのか、彼女のホログラムは口をつぐんでいる。とはいえ、まだもう少し話したい事があるのか、チラチラとこちらを盗み見ており――ややあってから決心したかのように閉じていた口を開いた。

 

「ねぇ、アラン……私、私ね……」

 

 意を決したように話し始めた彼女は、しかしそのまま再び押し黙り、ややあってから笑顔を――どこか寂しげではあるが――浮かべてこちらを横目で見てくる。

 

「……アナタ、好きな子とかっているの? 言っておくけど、人類皆兄弟なんてジョークは無しよ?」

「ダンのオッサンにも同じようなことを聞かれたな」

「その時は何て答えたの?」

「えぇっと、どうだったかな……そう、ソフィアたちの中で良い子はいないかって聞かれて、それで……」

「あ、分かった。妹みたいに思ってるって言ったんでしょう」

 

 ちょうど自分が何を言ったのかを思い出したのと同時に、グロリアは楽し気に――先ほどの寂しげな雰囲気は引っ込んでくれた――笑った。

 

 一方こちらはまさしく図星を突かれ、今度は自分の方が口をつぐむことになってしまう。ソフィア達の好意に関して、自分だって全く気が付いていない訳でもない。しかし、記憶を取り戻した自分としては、彼女達の好意に対して暗い感情が出てきてしまう部分もある。

 

 自分は間違いなく暗殺者だ。その罪の所在についてはさんざ考えてきたし、何度もべスターや右京、今日もチェンと話をしてきて、単純に自分が消えればいいなどという短絡的な結論を出すことは間違えているとは思えるようにはなってきている。

 

 とはいえ、人並みに誰かと幸せになろうとなれば、それはまた別の話だ。彼女たちの好意は有難いと思う一方で、自分などに向けられているのは違うのではないか――そんな風に思っていると、キャンバスの向こうで咳ばらいをする声が聞こえた。

 

「あのね、アラン。私はアナタじゃないから、気にしないでなんて言えないけれど……罪はきっと、いつか贖われるのよ。うぅん、正確には……人はやり直すことができるんだと思う」

 

 モデルであるグロリアは、こちらに横顔を見せながら少し視線を上げる。

 

「ママは……ファラ・アシモフの最後は立派だったわ。それこそ、レムリアの民たちにその死を惜しまれ、悼まれるほどに。でもね、それはファラが押しつぶされそうになるほどの罪と向き合い、その中でできることを探し、足掻き続けたからに他ならない。

 そして私は……少なくとも、世界の誰が否定したとしても私は、彼女が母であったことを誇りに思った……彼女がどんな大罪人であったとしても、あの人が自分の母で良かったと思ったの」

 

 彼女の横顔は、どこか満足している様でもあり、何かを悟ったように落ち着いた笑みを称えている。アシモフが既に散っていたことは聞かされていたが――どうやら最後には娘と通じ合えたということか。

 

 ある意味では、母子を引き裂いたのは自分とも言える。もちろん、当時の母子は一度距離を離す必要があったとも言えるのだろうし、ある意味では長い時を経て、双方が様々な体験をしたからこそ分かり合えたとも言えるのだろうが――ともかく、アシモフの親子に関しては多大な影響を持ってしまったことに関して、多少は荷が降りるような気持ちがしてくる。

 

 同時に、グロリアはこう言いたかったのだろう。彼女から見たら許せない存在であったファラ・アシモフですら、その行動によって罪を贖った。それならば、アナタにもそれが出来るはずだと。

 

 だが、それでも――罪が贖われることと、一度は血に染めた手で誰かと一緒になるというのは、また少し話が違うようにも思う。そんなこちらの思考を読んだのか、グロリアは大きな目で真っすぐにこちらを見据えて、小さくかぶりを振った。

 

「アナタが自分自身をどんなふうに評価しているかは知っているつもり。でもね、あえて厳しく言えば、それはアナタの独りよがりよ。それこそ、私たち皆、アナタに帰ってきて欲しくて一生懸命に戦ったんだから……あまり自分を卑下していたら、それは私たちの頑張りに対する冒涜だと思わない?」

「……そうだな」

 

 確かに、彼女の言う通りだ。あまりに自分を人殺しだなんだと言って卑屈になるのは違う。グロリアたちは自分を人殺しだと知って、なお困難を乗り越えて自分を救ってくれたのだ。それで自分なんかといじいじしているのも、彼女たちに対して失礼に当たるだろう。

 

 ただ、そんなことより――そんなことよりというのもある意味では失礼かもしれないが――今のグロリアの表情は良い。モデルとして描かれるため彼女は再び横を向いているのだが、表情が柔らかく、自分の中にあった完成図のイメージに近い。そのため一度細かい思考は置いておいて、足りてなかった色の絵具をパレットに出し、水に浸していた筆を取って一気に色を塗り重ねていくことにする。

 

「それでまぁ、そんなアナタだからどんな子が良いかとか、まだ想像もついてないと思うんだけれど……アナタにはね、ちょっと強引で、正面からぐいぐい行くタイプが向いていると思うのよ」

「そうかもな……」

「アランは鈍い所があるし、そのくせ変に遠慮しちゃうところがあるし……だからね、アナタのそういうところを全然無視して、すっごい力で引っ張ってくれる子が合ってると思うの」

「一理あるかな……?」

 

 絵の方に集中をし始めているので、彼女の言葉はあまり頭に入ってこない。グロリアの方もこちらを見ずに話に集中しているので、生返事を返しながら筆を進めていく。

 

「あとね、素のアナタを受け入れてくれるタイプっていうのが重要だと思うの。アナタって聞き訳が良いようで、全然相手の話を無視してことを運ぶことが多いでしょう? やっちゃダメって約束した五秒後には破ってるというか……それって、相手からするとやきもきしちゃうのって仕方がないと思うのよね」

「怒らないタイプが良いってことか?」

「逆よ逆。どんなにぷりぷりしても、最後にはアナタのことを許しちゃうタイプっていうのが重要なの。むしろ、アナタが全然言うことを聞いてくれないからドキドキしちゃうタイプというか……」

「難しいな……相手がドキドキしてるかまでは分からないし」

「そんな難しく考えなくていいのよ。飾らないアナタを引っ張っていってくれる、そんな子が良いってだけなんだから」

「なるほど……」

「……ちょっと、聞いてる?」

「あぁ……完成したぞ」

 

 グロリアが怪訝そうな表情でこちらを見たのと、絵が完成したのは同タイミングだった。キャンバスをひっくり返して自分の膝の上に乗せ、完成品を彼女の方へと向ける。こちらを見ていたグロリアは完成品をまざざと見つめ、しばし呆然と目を見開いていたが、ややあってから絵から視線を逸らした。

 

 目を逸らしたと言っても、不機嫌になっているという感じではない。恐らく自分の姿をまざまざと見たことで、気恥ずかしさが出てきただけだろう――ただ気になってくれているのか、膝上にある彼女の絵をチラチラと何度も盗み見ていた。

 

「どうかな?」

「あの、その……うん、凄く嬉しい」

 

 こちらとしては、モデルが満足してくれる以上の満足はない。それに、自分としても中々の自信作だった。オリジナルが知っていた少女より美しく成長した彼女を、幻想的な光の色彩と併せて上手く表現できたように思うからだ。

 

 在りし日の彼女より彼女が大人びて見えたのは、自分が知らない間にたくさんの苦労や経験を彼女が積み重ねてきたことが要因だろう。その成長を見届けられなかったことには一抹の寂しさを覚えるが――同時に彼女自身が自ら道を選び、歩んできたからこその美しさがあったのだから、それは喜ぶべきことだとも思う。

 

「……でも、ちょっと意外だったというか……その、自分じゃないくらいに綺麗で……ソフィアから聞いてた感じだと、幼く描かれちゃうのかなぁって」

「うん? ソフィアがそんなこと言ってたのか?」

 

 こちらの質問に対し、グロリアはあからさまに「マズイ」という表情を浮かべた。自分としては、別にソフィアが不満を言っていたことは仕方がないと思う。事実として、彼女を描いた時にはまだまだ人物画に慣れていなかったこともあるし――。

 

「初めてソフィアを描いた時には、ちょっと無理して大人と接しているって印象があったからな……そのせいかもしれない。

 それに、なんやかんやで人を描く機会も増えてきたし、人物画も慣れてきたおかげもあるのかもしれないが……でも、俺から見たグロリアは、こういう風に見えてるんだ」

「あ、うぅ……バカ……」

 

 完成品を指さしながらそう伝えると、グロリアは改めて気恥ずかしそうに目を逸らしてしまった。頑張って描いたのに馬鹿と罵倒されてしまった訳だが、嘴攻撃も無ければ彼女も満更でもなさそうなので、こちらとしても良しということにしておくことにする。

 

「それで、こいつはどうする? ソフィアはもらってたと思うが……」

 

 改めてそう言いながら画を指さすと、グロリアはこちらへと向き直り、姿勢を正してからこちらへ向けて掌を差し出してくる。

 

「良かったら、アナタが持っていてくれないかしら? 私はまぁ、今はアレというか、ソフィアの体に宿ってる訳だし……あ、でも、勘違いしないでね。もし持てるんだったら、それこそ一生の宝物にしたいくらいなんだから」

 

 そして少女の幻影が「ありがとう」と一礼をすると、椅子の上からホログラムが消え去り――横で音がすると、機械の鳥が翼をゆっくりとはためかせていた。グロリアはそのまま扉の方へと向かって飛んでいき、器用にかぎ爪でノブを回して扉を開け放ち、もう一度こちらへ振り返った。

 

「遅くまで付き合わせて悪かったわね……でも、さっき言ったのは本当よ。アナタに描いてもらえて……それがかつての私の姿だとしても……本当に嬉しかった。繰り返しだけと、ありがとう、アラン」

 

 彼女の声は優しく、柔らかく、その調子が画の評価はおべっかではなく、本当に満足してくれている気持ちが伝わってくる。その気持ちにこちらも満足感と、集中していたことに対する適度な疲労感が乗っかり、少し頭がぼぅっとしてくるのだが――逆にそのおかげか、在りし日の大切な約束が脳裏に浮かんできた。

 

「なぁ、グロリア。思い出したんだ……DAPAとの戦いが終わったら、君と一緒に暮らすっていう約束を」

 

 それは、行き場所のない二人が互いを支えるべく交わした遠い日の約束――元はと言えば、自分が戦いが終わった後に消されてしまうと落ち込んでいる時に彼女が気を使って生きがいを提供してくれた部分はあると思うのだが、自分自身も彼女の成長を見守りたいと思ったから同意した。

 

 だが、今となっては事情も大分異なる。自分としては、この約束をどうするべきかという明確な答えがある訳でもないのだが。対するグロリアは、以前に極地基地でこの約束のことを覚えていたのだから、きっと今も心に置いておいてくれているだろう。

 

 そうなると、グロリアはこの約束をどう思っているのか――そんなことが気に掛かって口にしてみたのだが、機械の鳥はしばしこちらをじっと見つめた後、どこかいたずらな調子の声色で首を傾げた。

 

「……それじゃあ、ソフィアと一緒に私をもらってくれる?」

「は、はぁ? 流石に、それはソフィアの意見も聞かないと……」

「冗談よ、冗談……アナタがよく言う、つまんないジョークの真似事よ」

 

 そこで機械の鳥は言葉を切って窓の外を見る。自分もそちらに視線を向けると、いつの間にか外が少し明るくなり始めている――そして視線を戻すと、グロリアは小さく首を振っているのが見えた。

 

「アナタが一緒に暮らそうっていう私の意見を呑んでくれたのは、私が行き場所が無くて幼かったからっていうのは分かってる……でも、あの時と今じゃ全然状況も違うんだから。戦いが終わった後のことは、またその時に考えましょう?」

 

 グロリアはこちらに背を向けて、「それじゃあ、良い夢を」と言って去っていった。彼女の影が見えなくなってから立ち上がり、扉を閉めると、先ほど集中していた反動か、すぐさま一気にどっと眠気が押し寄せてきたのだった。

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