B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
グロリアを描いた翌日、目が覚めると日は既に高くなっていた。別荘へと移動した時には、エルとシルバーバーグ、それにチェンは出かけていた。エルとシルバーバーグは麓へ食料の調達へ行き――エルは主に荷物持ち兼、親しかったエマなどの家来達のみに顔を合わせに出たようだ――チェンは昨日の約束通りにクラウディアを迎えに行ってくれたらしい。
さて、一夜明けた世情としては次の通りである。世界中で黄金症が解消されたこと、また七柱の創造神たちを月へと追いやることに成功したということが、各地の教会や軍の駐留地にある通信網を用いて世界中に公布された。
ひとまず、塔の制圧における功労者はアガタ・ペトラルカとソフィア・オーウェルを筆頭とし、その他は協力者という形で報告された。レムの復活やチェン・ジュンダーの名は伏せられた。レムの名を挙げてしまえばレム派の増長とルーナ派の失墜を招き、また古の神の名を挙げてしまえば――この世界において知名度は無いが、七柱の創造神を退けるだけの神格を持つ者の出現となれば――信仰の対象が入れ替わるだけになってしまうことを避けた形である。そのため、レムとしては今後も自身の復活は伏せておこうと考えているようだ。
ソフィアとアガタは世間的な認知もあるほか、実際にこの一年間で彼女たちの活躍が目撃されているため、説得力のある人物として名前を使わせてもらった。その他のメンバーに関しては、折りを見て公表すべき者を――たとえば世間的な評価を考えればエルなどは名前を挙げたほうが不信の緩和に貢献するだろう――決めるべきという方針で決まっているようだ。
レムには「アランさんの名前を挙げておきましょうか?」と聞かれたが、丁重にお断りしておいた。彼女曰く、一年前に光の巨人に突撃した自分の名を挙げれば人々の心を鼓舞できるとは言われたのだが、自分はこの一年は海で揺蕩っていただけで、最後の最後で良い所だけかっさらっただけ。此度の混乱に立ち向かった英傑としては相応しくないし、そもそもアラン・スミスは世を忍ぶ暗殺者であり、勇者だとか英傑だとかいうのは相応しくない――それこそ何なら一年前に死んだことにしておいてもらった方が何かと気も楽な位だ。
しかし、旧世界においても惑星レムにおいても、自分は一度死んだことになっているというのは中々に皮肉が効いているとも思う。ともかく、自分の辞退に対しては「アランさんならそう言うと思っていました」と割とすんなり要望は受け入れられた。
世間的な状況を一言で言い表せば、やはり混乱の一言に尽きるらしい。昨日懸念した通り、黄金症に罹っていた者たちは初めて光の巨人が現れた日のことを――アルファルド神の神託を――おぼろげに記憶しているだけであり、まだ七柱の創造神たちが自分たちを見限り、あまつさえ利用し、そこから一年もの時が過ぎていること自体を呑み込めていないとのことだった。
ただし、この一年間の爪痕は現実に生々しく残されている。魔獣や天使たちによる襲撃の跡はそこかしこに残り、都市や城壁は破壊され、農地は荒れ果ててしまっている。黄金症に罹らなかった者たちの中には多くの死傷者がおり――何より黄金症に罹らず残っていた者たちがこの一年のことを克明に記憶している。
それ故に、眠っていた者たちも現実を受け入れざるを得ない。神々が世界を見限ったことを納得できなくとも、少なくとも自身が目覚めた時に辺りに残された痕跡が昨日の今日で刻まれたことでなく、意識を失っている間に世界は一変してしまったということは認めざるを得ないだろう。
そうなると、やはり主な懸念は黄金症を発症していなかった者たちと発症してしまった者たちとの軋轢になる。すでにその兆しは見え始めているらしい。とくにこの一年の間に戦い続けた者たちとしては、海から帰ってきた隣人たちに対する優越感や侮蔑の感情などが出てきており、すでに非常に散発的であるものの衝突もあったようだ。この軋轢の解消が為政者や指導者たちにとっては一つの大きな課題になるのは言うまでもない。
以上の事柄を朝食を摂っている間に共有され、今日はまずナナコ、T3、ソフィアと共にテオドールの墓参りに行くことになった。T3は昨日も行ったのだろうが――主にエルに殴られるためにだが――ナナコがどうしても行きたいということで、押されて行くことになったらしい。ナナコが自分とソフィアにも着いて来てくれと言うので、それを了承した形だ。
テオドールの墓に着くと、ナナコはしっかりと墓を洗い始め、その後は花を添えて墓前の前でしゃがみ込んで掌を合わせた。その作法は完全に自分たちの祖国のアレであり、やはり慣習は魂に刻まれているのかと思わされる。しかし彼女の様子は真剣そのものであり、恐らくT3がしてしまった罪の分まで彼女が精一杯祈っていることは容易に想像できた。
不謹慎ながらに少し笑いそうになってしまったのは、ナナコに施されてT3も同じように墓前にしゃがみ込み、丁寧にその手を合わせていたことか。テオドールだって、自分を襲撃してきた暗殺者が、まさか自分のために手を合わせてくるなど困惑の極みだろう。ただ、この男の良い所はこの生真面目な所であり、ナナコと並んで真剣に祈っている様子を見ると、むしろ自分の方が申し訳ないような気持ちになってきた。
この申し訳なさの正体は、主には先ほど面白がってしまった部分もあるのだが、一方で自分が命を奪ってきた者たちに対して祈りを捧げていないということに気付かされたからだ。もちろん、殺した相手の墓前に祈りを捧げたからと言って、自分のしでかしてしまったことが清算されるわけではない――ややもすれば、暗殺のターゲットに対して祈りを捧げるなど、ただの自己満足とも言えるだろう。
だが、それでも真剣に祈る男の背中には感じ入る物があった。T3に感化され、自分も改めて男の隣にしゃがみ込み、掌を力強く叩いてから祈った。祈ったと言っても、どちらかと言えば無心であり、しかしテオドールの背後にいる、虎によって奪われた魂たちに対して、ただ無心に――許しを乞う訳でもなく、彼らの魂の安らぎを祈る訳でもなく、ただ心を無にして、自分のしてきたことと彼らの魂に向き合うつもりで手を合わせた。そして恐らく、T3も同じようにしているだろうと思った。
死人に口なし。それに、この世界の構造的に、ここに既にテオドールの魂はなく、恐らく次の輪廻に向かっていることだろう。仮に自分やべスターのように未練があって現世に魂が残ってたとしても、恐らくテオドールの未練は暗殺者の存在などより愛娘の行く末だろう。その件に関しても、エルは始祖にすら認められるほどの成長を見せたのであり、テオドールもきっと鼻が高いに違いない。
そうなれば、死者への祈りというものは、どちらかと言えば自分の内面に向かっているもの――生きている者が墓前に立つことで心の整理をしているだけなのかもしれない。ともあれ、ナナコが呼んでくれたおかげで一つ心の整理ができたことを思えば、自分もここに足を運んでよかったと思う。
気が付けば、ソフィアも同様に自分の隣に並んで手を合わせており、都合四名の男女が横並びにしゃがみ込んで手を合わせているという、傍から見たらやや異様そうな光景が出来あがった。
「アラン・スミス。今、レムと通信はできるか?」
墓前から発って湖畔の横を移動していると、T3が真顔でそう語り掛けてきた。
「あぁ、色々と忙しくはあるだろうが、どうせ俺と話すには百分の一メモリーも使わないとか言って付き合ってくれると思うぜ」
男に向かってそう返したタイミングで、「兆分の一に訂正してください」と女の声が脳裏に響く。要するに片手間で話ができると言う点には変わりないし――何なら兆分の一などこちらのことがどちゃくそにどうでも良さそうと勘違いされかねないので――とくに訂正することも無く話を続ける。
「それで、レムに何を聞きたいんだ?」
「……ナナセのことだ。チェンの調査により、彼女が旧世界に存在した人物のクローンであることは分かっているが、それ以上のことはことは分かっていないからな」
男はそこで一度言葉を切り、空の青を写す美しい湖畔へと向けてから再び口を開いた。
「私にとって、自分の知るナナセが全て……それで十分だ。彼女がどこで生まれてどう育ったのか、そして何故勇者として選ばれたのかなどということは、さして重要なことではないし、それを知ったところで何かが変わる訳でもない。
だが……知れるなら彼女のルーツも知っておきたい、そう思ってな」
「そうですね……私も気になります」
そう声をあげたのは、ナナコではなくソフィアだった。彼女としては、記憶のない友人が何者であるのか興味関心があるというところなのだろう。だが、肝心の本人は――正確には本人というより、夢野七瀬に限りなく近い者と言うべきだが――なんだか困ったように苦笑いを浮かべている。
「あの、私も聞いてよいものなんでしょうか?」
「良いも何も、ナナコの……」
ことだろう、そう言おうとした瞬間、T3が腕を上げて自分の言葉を制止してきた。ナナコの視線もT3に向かっているし、この二人の間に何かあったということなのだろうが、流石にその内容までは自分に理解できるものでもない。
T3は腕を下げて腕を組みなおし、変わらぬ仏頂面でナナコの方を見つめる。
「お前に関わることだ……気になるのなら聞いておくがいい」
「……はい! 私、気になります!」
ナナコは良い姿勢で敬礼のポーズを取り、T3は無言のまま頷き返した。
墓の前から移動し、自分が絵を描く場所で話を聞こうという流れになった。自分が倉庫から画材を取り出して来ると、規定の場所でソフィアとナナコが何やらお喋りをしており、T3はその少し遠目から仏頂面で景色を眺めていた。昨日はT3はナナコと一緒に辺りを散策していたらしいが、恐らくずっとナナコが話しかけて、T3が適当に相槌を打っているだけという構図が容易に想像がついた。
ともかく自分が画材の準備を済ませると、ソフィアの肩に乗っていたグロリアの機械の目から昨日と同じように光の粒子が流れ始め、その先に昨晩と同じく手のひらサイズの女神レムが姿を現した。生体チップがあればレムが直接語りかけることができるのだが、この中でチップが生きているのは自分とソフィアくらいのため――ソフィアのものは除去も想定されたが、モノリスに触れていないので魔術を行使するために残した――こうやって姿を現したほうが皆話を聞きやすいだろうということでホログラムを出した形だ。
「さて、アルフレッド・セオメイル。ナナセの何を聞きたいんですか?」
「T3だ……旧世界の彼女が何者であり、そして何故勇者に選ばれたのか……その辺りのことを聞きたい」
「承知いたしました。その前に、恐らく魔王征伐における本来の勇者とは何者なのか、から話したほうが良いかもしれませんから、そこからお話しますね」
そう断りをいれてからレムは話しを始めた。魔王征伐における勇者の存在そのものについては、以前に自分が考察した内容とそこまでズレたものではなかった。ただ、同時に何点か疑問もあるので、それをレムに聞いてみることにする。
「一応聞くんだが……どうして現地民の中から勇者を選別するんじゃなくて、旧世界の人物のクローンを使ったんだ? 別に神託を受けたとか何とか言い訳をつけて、機構剣を使わせることだって不可能じゃなかったと思うんだが」
「そこに関してはその通りなのですが……右京のこだわりですね」
「はぁ? アイツのこだわり?」
「えぇ。この世界の機構の多くは彼の考案で、その大半は合理的な判断に基づいていると思われるのですが、時おり変なこだわりを見せてがんと動かないことがあったんですよね……まぁ、確かに異世界から魔王を倒すために来たという神秘性と、機構剣を扱うのに抵抗もないということで、彼の意見に賛成する理由がなくとも反対する理由もなかったので、そのまま採用された形です」
そう言われて、自分は過去のことを思い出した。星右京はヒーローや英雄、勇者というものに対する憧れがあった。それはべスターとの記憶の共有の中でも片鱗は見えたが、実は自分だけが知る彼の特性がある。それは右京がいわゆる「異世界の勇者」というタイプの英雄譚を好んだということだ。
実は自分は右京から、そういった類の創作物のおすすめを受けており、実際にオフの時間を使って幾つかの作品に実際に触れもした。もちろん、右京に勧められる前からそういった種類の創作は知っていたのだが――とくに科学技術が大いに発展した旧世界において、ある種のノスタルジーとしてファンタジー作品が大衆に好まれる傾向にあったと思う――自分は高校生にもなるとそこまで熱心にそういった作品に触れていなかったため、右京の熱量には圧倒されたこともあったほどだ。
要するに、アイツはこの世界において、自分の好きな世界観を創り出そうとした側面があったのかもしれない。大前提としては進歩を停滞させやすい社会体制が必要であり、それには実際に暗黒期であった中世が相応しかったのも間違いない。この世界は彼が壮大な自死を迎えるためのディストピアでなければならなかったものの、そのディティールについてはこだわりを優先させた部分もあるのではないか。
言ってしまえば、ジオフロントで自分の国を作ったフレデリック・キーツの世界規模バージョンとも言える。もちろん、実際に人の命を使ってこだわりの世界観を表現するなど悪趣味なことは間違いないのだが――右京の人間らしい部分が垣間見えたことに少し安心感が芽生えたのも確かだった。
さて、そんな右京のこだわりにおける異世界の勇者とは、次のような条件で選定されたようだ。まず第一にDAPAがその遺伝子情報を保管していること。これに関しては旧世界にDAおいてDAPAが秘密裏に集めていた優秀な人材の遺伝子情報のデータベースがあり、これを活用したとのことだった。
「私って優秀な人間だと思われてたんですか!?」
「ナナコじゃなくて、オリジナルの夢野七瀬が、だね」
優秀と言われてテンションが上がっているナナコに対し、笑顔で釘を刺して黙らせるソフィアを恐ろしいと思っていると、レムが良い笑顔を浮かべながら話を続ける。
「夢野七瀬がDAPAに目をつけられたのは、主にその身体能力が原因ですね。遺伝子情報が摂取された時、彼女は十七歳という年齢でしたが……超高校級の剣術の達人、という点が評価されてのことでした。
彼女の生家の近くに古武術の道場があり、幼少のころから通っていたそうですが、ある時を境に修練に力を入れて、中学のうちにその頭角を表し、高校時分にはその剣の腕において右に出る者はいないと称されたほどです。
補足で、勉強も一生懸命やっていたようですが、どちらかといえば身体を動かす方が得意だったようで、成績においては並がそれ以下くらいでしたね」
折角途中まで褒めていたのに――そのおかげかソフィアに刺されたナナコのテンションも復活していたのに――今度はレムから並以下と言われてしまい、銀髪の少女はしゅんと沈んでしまった。
「でも、ナナコには勉強以外で良い所がたくさんあるから!」
「うぅ……褒められているような、けなされているような……でもありがとう、ソフィア」
さて、勇者として選定される要因はあと二つある。一つは人となりが理解できており、人格の再構築がしやすいということ。もう一つが勇者として適切な人格を持っていること――単純に軽犯罪歴がある者や危険思想を持つ者は候補から弾かれ、クローンとして再構築した時に勇者として適切な倫理観を持てるような人材が選出された、とのことだった。
この地で生を受けた聖剣の勇者にも生体チップは埋められているので、その気になれば人格矯正は可能であったようだが、やはり生来持つ気質というものは肉体に宿るものでもある。そのため、元から気質が優れている者が勇者として選ばれたということだった。
その点において、夢野七瀬の勇者としての事前評価は非常に高いものだった。剣の腕で知られる彼女は比較的有名人でもあり、その経歴や人格について疑うところは一切ない。成績が並以下といってもあくまでも学校の成績での話であり、相対的に見れば平均以上の知性も兼ね備えている。むしろ、あまりにIQが高すぎると世界の虚構に気付かれる可能性もあるので、そういった意味でも夢野七瀬は勇者として最高の素体として考えられていたようだった。
補足として、小松真一という少年については――右京の転写先であり、晴子との息子のクローンについて――本来なら別の人物が選定される予定であったが、それを右京がデータベースを書き換えたことで無理やり第九代としてねじ込んだようだ。レムを除けば七柱の中に逐一候補者を覚えている者も居なかったので、それで簡単に押し通せてしまったというのが事の顛末だった。