B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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セブンス、あるいはナナコという少女

「それで……オリジナルの夢野七瀬は、どうなったんだ?」

 

 レムに尋ねたT3だ。自分としてもオリジナルの夢野七瀬は気になるが、三百年前に現れた夢野七瀬がクローンであったことを考えれば、恐らくは――そして自分の予測を肯定するように、レムは目を瞑りながらゆっくりと首を横に振った。

 

「残念ながら、オリジナルの最後に関する正確な記録はありません。とくに旧世界において光の巨人が発生した後には、大規模な電波障害が発生してMF端末による健康情報や位置情報も追えなくなっていました。

 一つだけ確かなことは、光の巨人が現れた瞬間においては、彼女は心を絶望に落とすことなくいたことと……DAPAの移民船に乗らなかったということだけです」

 

 つまり、オリジナルの夢野七瀬は旧世界において光の巨人の出現とともにその命を散らしたということになるのだろう。彼女は不安に揺れる人々を励ましながら、最後まで諦めずに行動をしていた――彼女の魂を継承するナナコを見ていると、そんな姿がアリアリと目に浮かぶようである。

 

 なお、オリジナルの七瀬の遺伝子情報については、件のデータベースに予め保存されていたために活用できた、ということがレムから補足された。それを受けてT3はやや苦い表情を浮かべた後、ややあってから口を開く。

 

「もう一つ気になるのが……ナナセは旧世界において、ある者から救ってもらったと言う。そのことについては分かるか?」

 

 質問をしたのはT3だったが、ナナコの方もその内容が気になるのか、背筋をピンと張りなおしてレムの方を見つめた。二人の疑問に関しては、実は自分が答えを持っているのだが――ひとまずDAPA側がどう認識していたのかが気になり、黙ってレムの答えを待つことにする。

 

「自動車の暴走から救ってもらったという話ですよね? その件については、実は私たちも確かなことは言えないのです。オリジナルの彼女自身が周りにも言っていたことであり、記録として残っていたから彼女のクローンにも同様の記憶は持たせました。それが彼女が誰かを護るための力を求めた重大な契機であったと我々は判断したためです。

 しかし、実際に彼女の言う時期に起こった事故について私の方でも調査はしてみたのですが……確かに事故の記録そのものはありました。そもそも当時の車はアルファ社の制御チップによって自動運転をしていましたし、その当時にトラックを暴走させたのはアルファ社がそのように制御したからです。

 ですが、彼女の言う命の恩人に関する情報は一切なかったのです。もしかすると、緊急事態において彼女の脳が見せた幻覚だったのか、はたまた当時にマルチファンクション端末を持たないで外を出歩き、本当に彼女を救った人が居たのか。

 ただ後者だったとしたら、病院への搬送記録か死亡の記録は必ず残るはずなのです。そういったものもなかったので、前者が濃厚かと判断されていましたが、私としては……」

 

 そこでレムは言葉を切り、椅子に腰かけているこちらの方を見上げてきた。

 

「あぁ、夢野七瀬を救った奴は確かに居たんだ。そして、そいつの死は政府によって無かったことにされたんだよ」

「やはり、そうだったんですね……」

「やはりってことは、確定はしてなかったんだな?」

 

 DAPAの技術力を持ってすら確定させられなかったということは、ACO側の偽装工作の精度も高かったと言えるのだろう。自分はどのようにACOが工作をしたのかまでは分からないが――ともかくレムはこちらの質問に対して頷き返してくる。

 

「可能性としては考えていましたが、その根拠はなかったんです。私が持っている記録は、右京がDAPAに持ち込んだものですから、兄さんが女の子を救うためにその身を挺したことまでしか分かっていなかったんですよ。

 ただ、兄さんが事故に会った時期と、七瀬が救われたと言っている時期は近かった。兄さんの死は偽装されていましたし、七瀬自身は何月何日までは明言していませんでしたから、完全に符合させることはできなかったのですが……それでも同じ地域で、同じような事故が同時期に起こっていたのですから、私としては恐らく七瀬を救ったのは兄さんだと思っていたのです。

 そして恐らく、右京も同様です。夢野七瀬を勇者として選定したことに関しては、アラン・スミスとの接点を感じてのこともあったのでしょうね」

 

 生半可に自分と縁のある者を計画の一部に入れるとは余裕があるのか、はたまた何か深い意図があったのか。というよりは、右京のこだわりというやつか。そしてそのこだわりは、間違いなくアイツの首を締める行為であったことは間違いない。この星における七柱の創造神たちとの戦いは、一つでもボタンをかけ間違えていたらここまで来れていないはずなのだから。

 

 もし第八代の勇者がナナセでなかったら、恐らくT3はこの場にいなかっただろう。そしてナナコとT3が居なかったら、ヘイムダルでの激戦において人々は心を絶望に落として――T3が世界中に自分が戦っている映像を流してくれていたことは聞いている――いただろうし、ナナコが人々の魂を束ねてくれなかったら、自分はあちら側でクラウディアを探し当てることができなかったのだから。

 

 そんな立役者の一人である銀髪の少女は、こちらを真っすぐに見据えて口を開く。

 

「つまり、私がアランさんを初めて見た時にどこかで会った感じがしたのは……」

「多分、ナナコの……いいや、夢野七瀬の魂が、俺のことを覚えていたんだろうな」

「そう、だったんですね……クローンのクローンである私は、事故のことすら覚えてなかったんですけど……でも、その、七瀬を助けてくれてありがとうございます」

 

 そう言いながら、ナナコは正座のまま深々とこちらに向けて頭を下げてきた。

 

「いいや、俺の方こそナナコには感謝しないといけないからな。君が頑張ってきてくれたから、俺もこうやって筆を握れるわけだからな。だから、お互い様さ」

 

 今は話に集中していて絵は全く進んでいないのだが――しかしこうやってやりたいことをできているのは、彼女の頑張りは絶対に無視できない。ともかく今日はまだ使ってない筆をクルクルと回していると、ナナコも「えへへ、そうですか?」とはにかみながら顔を上げた。

 

「そうさ。まぁ言ってみれば、俺たちは事故友だな」

「そうですね、事故友ですね! ……って、なんかその友達は不謹慎極まりない感じなんじゃないでしょうか!?」

 

 やはりナナコはリアクションが大きくて話していて楽しい、そんな風に思っていると、ソフィアが小さく唇を尖らせているのが視界に入ってくる。

 

「……なんだか、ナナコにちょっと嫉妬しちゃうな」

「えっ……ソフィアも事故友になりたいってこと!?」

 

 ソフィアの一言にナナコは大きく肩を揺らした。流石に事故友になりたいということは無いだろうが――実際にソフィアはナナコの天然に関しては首を振っている。とはいえ、嫉妬しているといったわりに、ソフィアの表情は穏やかだ。ソフィアの場合は上手く本心を隠しているということも考えられるのだが、気を許しているナナコに対してそんなことをするとも思えないので、恐らく嫉妬という表現は適切でなく、何かしらの羨望を銀髪の少女に見たというのが正確な所なのだろう。

 

「アランさんが夢野七瀬を救ったことが、全ての始まりだった……そう思うと、ナナコはアランさんにとって特別な存在なんだろうって思って」

 

 何が全ての始まりだったのか。それを断言するのは難しいが、少なくとも自分が特殊な力を持って現世に戻ってきたのはナナセを救ったことに起因する。もしあの日に自分がナナセを助けなければ、恐らくクラークによって目的は達成され――仮に旧世界で失敗したとしてもクラークが残っていれば、七柱の創造神たちは存在せず、奴の強権によってより揺らぎのない管理社会が生まれていたに違いない。

 

 ともかく、あの日に自分が救った少女が、巡り巡って自分と再び出会い、力を合わせて戦うことになるということには不思議な因果を感じる。あの日に自分が彼女を救ったことがここまで続いていたことを考えれば、確かにあの瞬間こそが全ての始まりだったとも言えるし、事実自分もそうだと思っている。

 

 自分とナナセの出会いを「始まりだった」と称したソフィアは、口元に指をあてながら首を傾げている。あの感じは、彼女が何か思考をしているふりを時の癖であり――アレは既に答えを出していて敢えて思惑しているふりをしている時の所作だ。

 

「でも、ナナセはどうしてアランさんに救われたことで剣の腕を磨いたんだろう?」

「それは……T3さんから聞いただけだけど……本来は自分が死んでいたはずなのに、代わりに死んでしまった人がいるから……その代わりに自分が誰かを助けられるようにって思ってってことらしいよ」

「でも、クローンのナナセはあくまでも記憶を植え付けられただけだから、そこまで具体的な想いを持っているのは不思議かなぁって。それこそ、七柱の創造神たちが精密に彼女の脳に落とし込んでいたのなら、ナナセが動機を言えたこと自体には納得するけれど……それは本物のナナセの願いだったのかな?」

 

 そこで話を切り、二人の少女は芝生の上でちょこんと立っているレムの方を見つめた。対する女神はまたゆっくりと首を振ることで応える。

 

「私たちの方でアンドロイドに覚えさせていたのは、正確に言えば記憶でなくて記録です。私たちは、ナナセが歩んできた軌跡を可能な限り追って、それを覚えさせることはできますが、精密な感情や想いは彼女の中だけにあるものです。

 恐らくクローンのナナセは、記録から記憶を作ったのでしょう……エピソードから想いを後付けで作ったのだと思います」

「それじゃあ、オリジナルの願いは分からない、ですかね……ナナコはどう思う?」

 

 ソフィアはナナコの方へと振り向き、首を傾げて真っすぐと彼女の方を見つめた。対するナナコは、ソフィアの真意を測りかねているのだろう、小首を傾げていると、ソフィアが「オリジナルのナナセが剣の腕を磨いた理由について」と補足した。

 

 ナナコはほぅ、と息を吐きながら手を叩き合わせ、そしてしばらく瞳を閉じ――風が吹き、二人の少女の髪を揺らし――そしてナナコは目を閉じたまま話し出す。

 

「多分、きっと……クローンのナナセがT3さんに伝えたのは、本物のナナセの願いだったと思う。もし私がナナセだったら、きっと同じようにしたと思うから」

「それじゃあ、その願いは全部本物だよ。最初はオリジナルのものだったのかもしれないけれど、それが剣の勇者に、そしてアナタに受け継がれている……そこにオリジナルもクローンも無いんだから」

 

 ナナコはハッと目を見開き、しばし驚いたようにソフィアを見返していた。自分としても、やっと得心がいった――ソフィアは最初からそれが言いたくて、敢えてレムに質問をしていたということなのだろう。

 

 ナナコはクローンのクローンという、その生い立ちは複雑極まる。オリジナルのナナセの話が多いと、まるでナナコが紛いものであるかのような印象を持たれてもおかしくはない。ソフィアはそんなナナコを慮って、敢えて少々遠回しに彼女の今のあり方を肯定して見せたのだ。

 

 ナナコもそのことを認識したのか、驚いた表情をした後は頬をほころばせ、瞳を輝かせている。

 

「ソフィアが私に対して優しい……!」

「……どういう意味かな?」

「ひぃ! その、あの、えーっと……ソフィアはいつでもヤサシイデス!」

 

 静かでどこか威圧的な笑みを浮かべるソフィアに対し、ナナコは背筋をピンと立てて敬礼しながら応えた。

 

 二人の少女の寸劇が終わると、引き続きレムが夢野七瀬について知っている限りのことを話してくれた。とはいえ、オリジナルのことは概ね先ほど話し終わっていたので、後は剣の勇者としての彼女のことであり、その情報は概ね以前に知らされていた、または自分が予測していたことと一致していた。

 

 ナナセに限らず、魔王征伐の勇者は十五年の時をもって月で育成され――非人道的と言えるかもしれないが、培養液の中で――生前の記憶を植えつけられ、異世界から呼び出されたという体裁で海と月の塔の最上階へと降ろされる。そして、教会側から用意されたお供が付き、王都へと向かって炎の魔剣ファイアブランドが下賜され、魔術師とハインラインの血族と合流する――というのが魔王征伐の始まりということだった。

 

 後のことはアナタの記憶の通りです、レムがそうT3に向かって言ったことで、夢野七瀬の物語は幕を下ろされた。それは終わってしまった物語であるものの、悲しむ必要はない。確かに夢野七瀬の物語は悲劇で幕を閉じたのかもしれないが、その続きは確かにナナコという少女に継承されているのだから。

 

 長時間の会話のせいもあるのか、同時に気持ちを整理したい部分もあるのか、ナナコは話が終わると立ち上がって、ソフィアを誘って少し散歩をしようと持ちかけた。ソフィアもそれを了承し、二人が湖の方へと歩いて行くのを見送っていると、横から石像のように動かなくなっていた男の方から声があがった。

 

「……私からも礼を言う」

「お、なんだ? 先輩と敬う気持ちになったか?」

 

 何についての礼か考えるより先に、とりあえず反射で適当が出てしまった。しかし、T3が礼を言いたかったことは、恐らくオリジナルのナナセを救ったことに関してだろう。自分があの場で彼女を救っていなかったら、コイツはナナセと出会うことは無かったのだから。

 

 しかし、適当なことを言ってしまったせいか、T3はまた仏頂面で黙りこくってしまう。いや、正確には――ナナコと同じように、コイツも自分なりに先ほどの話を整理している、という方が正しいのかもしれない。

 

「なぁT3。ナナコは……いいや、本当に初めて会った時のセブンスは、俺のことをおぼろげながら覚えていたんだ。そうなったら……」

「……あぁ、そうだな。セブンスはオリジナルから、間違いなく魂を継承している……それは紛れもない事実だろう」

「それが分かっているなら、もう少し優しくしてやったらどうだ? ナナコは、あの夏の日に小さな猫を救おうとした優しい少女であると同時に、お前が愛した夢野七瀬でもあるんだからさ」

 

 恐らく、T3がナナコにきつく当たっている要因はこの辺りにあるはずだ。そして、こんなことを言うまでもなく、コイツはとっくに気づいていたはずなのだ。ナナコには間違いなく、ナナセの想いが継承されていると言うことを。

 

 しかしまぁ、確かに自分がこの男の立場だとして、すぐさま態度を変えるというのは難しいかもしれない――そんな風に思っていると、男は芝生の上で腕を組みながら、珍しくクソデカため息を吐いた。

 

「……私は奴のおしめを変えていたのだぞ?」

「ぶふぉお! いや、それはなんというか……それは確かに難儀だな」

 

 男から出てきた言葉の異質さに思わず吹き出してしまったが、冷静に考え直すとその事実は確かに難儀だろうと思う。この男にとってナナコという存在は、かつて愛した女性の現身であり、とはいえまた違った生い立ちから育ったものでもありつつ、同時に娘のような存在でもある。逆の立場だったら、自分の情緒はずたずたになっているかもしれない。むしろこの男としては、ナナコとは距離を取ることで――同時に目を離すこともできないようだが――上手く自分の情緒を保とうとしているのかもしれない。

 

 一方のナナコは、T3のことを父とみなしているわけでもないし、異性として特別視しているわけではないように思う。ただ、単純に大切な仲間として見ているという印象であり――互いに大事には思っているが、互いの認識には結構な溝があることは間違いない。

 

「……本当に難儀な奴だな、お前はよ」

 

 同情すれば良いのか、憐れんでやればいいのか、いっそ笑ってやった方が良いのかも分からず、自分としてはそんな風に言ってやることしかできなかった。ただ、間違いなくT3とナナコは互いを特別とみなしており、その二人の認識の溝が埋まるには時間が必要になることが想定される。そうなれば、せめて二人がゆっくりと歩んでくれる時間があればいい。

 

 そんな風に思っている矢先に、遠い空からこちらへ向けて何かが飛来してくる気配を察知する。敵意のないそれは、恐らく――気配のする方を見ると、やはり小さな点が南中にある太陽の方から徐々に近づいて来ており、視認できる距離まで来た時には、それがここに来るときに利用したヘリであることが確認できたのだった。

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