B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
チェンの操縦するヘリに連れられてクラウディアが別荘に到着した後、一同で昼食を取ることになった。料理はT3が――クラウディアも手伝うと言ったが疲れているだろうと断られ、ナナコはとくに理由もなく手伝いを断られていた――してくれたが、如何せん大所帯となって一緒に囲める食卓もなかったので、チェンとT3はヘリの方
食事中に、クラウディアより孤児院の状況が伝えられた。光の巨人の消滅に伴い、院内の孤児たちもその職員たちも全員無事に戻ってこれたようだ。街から程離れた場所にある孤児院では世俗の情報から隔離されており、よく言えば混乱は最小限であり、悪く言えば現状を正確には把握できていなかったらしい。そこに事情を良く知るクラウディアが現れ、状況を――世俗の人に公開しても問題ない範囲で――共有し、ひとまず院では落ち着きを取り戻したとのこと。
なお、ヘリがここに戻ってくるのに少し遅くなったのは――元々往復二時間程度が見込まれており、もっと早く帰ってくる予定だった――海と月の塔から院へ食料を運んでいたから。近隣の街では混乱が極まっているし、街道の結界は弱まって魔獣が跋扈しているので、僻地にある孤児院から出て食べ物を調達するのが危ないとのことでチェンが気を回してくれたようだ。
自分としても縁のある場所なので、どうなっていたかは気になっていたところではあり、ひとまずみんな無事で良かった――それどころか子供たちは元気いっぱいだったようで、子供たちと付き合ったクラウディアは前日の戦いの疲れも相まってへとへとの様子だった。
「戻ってきたらアラン君と色々と話したかったんですけど……きっと皆も同じでしょうから。今日の所は私は二度寝三度寝しておくことにします」
クラウディアは食事が終わるとそう言って立ち上がり、送迎をしてくれたチェンと料理をしてくれたT3に対して深々とお辞儀をして、別荘二階の寝室へと上がっていった。
食後は外へと出て、自分は絵の続きをやろうとキャンバスへと向き合うことにした――が、なかなか集中できなかった。その理由は食後の満腹感から来る眠気も多少はあるのだが、一番の要因は隣でこちらを見つめてくる綺麗な碧眼だった。
「あの……お邪魔かな?」
横を向くと、ソフィアは申し訳なさそうに小さく縮こまってしまった。今は肩にグロリアはいない。昨晩夜更かししたことが原因で、彼女の精神は少し眠りについているらしい。また、ナナコとT3、チェンは別荘内でのんびり過ごすのだとか。本来はレムの声をまたラジオ代わりに――今日は右京のことを聞こうと思っていたのだが――レムも昨日の件であまり誰かと二人っきりの所を邪魔するべきでないと考えたのか、今はまったく彼女の気配を感じない。その結果、午後の穏かな高原の草原で、自分とソフィアの二人きりという構図になっているのだった。
「いや……ただ、横で見ているだけじゃ、退屈じゃないかなと思ってさ」
「うぅん、そんなことないよ。アランさんが一生懸命頑張ってるところが見たいし……それに、さっきの大きいあくびも面白かったし」
そう言いながらソフィアはくつくつと笑い、しかしすぐにその笑いは大人っぽい微笑になって、彼女は綺麗な目でこちらを真っすぐに見据えてくる。
「何より……もう会えないと思っていたアナタの側にいられるだけで幸せだから」
吹く風に髪を抑える少女の仕草は、一年前とは比べ物にならないくらいに大人っぽくなっていた。自分は彼女の実年齢を知っているからこそその顔立ちに年相応の幼さを見つけることはできるが、正直この前まで子供だと思っていた少女の急激な成長とその美しさに、思わずドキっとしてしまう。
多分、こんな風に彼女を見てしまうのは、昨日グロリアに色々と言われたせいもあるだろう。自分がこちら側に帰ってくるのに一生懸命に戦ってくれた彼女を意識してしまっている部分は間違いなくある。ただ、いくら彼女が大人っぽくなったと言っても、結構な歳の差はあるぞ――そう思いながらも、しばし美しく成長した少女から目を逸らすことが出来なかった。
しばし見とれていると、ソフィアは負けじと大きな目でこちらを見返してきて、最終的にこちらが耐えられなくなって視線を絵に戻すと、横からまたくつくつと楽しそうな笑い声が聞こえた後、「でも」と言葉が続いた。
「私もアランさんのお邪魔をしたい訳じゃないから……私の視線が気になるのなら、少し離れるよ?」
「大丈夫だ。折角だし、ソフィアとも色々話をしたかったしな」
「いいの? 私もアランさんとたくさんお話したかったから、絵を描くの邪魔しちゃうかも?」
そう悪戯っぽく笑う彼女の顔は、一緒に旅をしていた時に何度か見たものだった。それに懐かしさを感じ――ひとまず今は絵に集中できそうにないと観念し、筆を一旦置いて彼女の方へと向き直り、「望むところさ」と返答した。
ソフィアと話をしたかったのは、この一年のことについて、そしてその主たる内容はグロリアとのことについてだった。以前、テレサを見ていた感じだと――彼女も生き残っていたらしいことを聞き、胸をなでおろす――少しずつ人格が混じっていってしまうのではないかと思っていたのだが、むしろソフィアとグロリアに関しては上手く共存ができているらしい。
それどころか、最近はグロリアの思考や記憶を垣間見えなくなっている部分があるようだ。それによる別に拒絶反応のようなものは出ていないとのことであり、ソフィアとしてはグロリアの考えが分からなくなって不安に思っているようだ。
自分の中に別の人格があるというのは、本来なら嫌悪感を覚えそうなものだが。いや、相手によるか。自分の脳裏にはしばらくべスターが住みついていたし、それに対して嫌悪感が無かったのは、自分がべスターのことを信頼していたからだろう。
そうでなくともレムには色々と筒抜けな訳だが、実はこちらに関しては嫌悪感が無いと言えば嘘になる。元からそういう物としてこの地に蘇らせられたので仕方がないと割り切っていた部分はあるのだが、やはり思考を読まれるというのは気持ちの良いものではないからだ。
そこでふと気づいたのは、べスターは自分の脳に住み着いてこそいたものの、こちらの感情や思考を完全に把握していた訳ではなかったことだ。こちらが話かけなければコミュニケーションを取れなかったわけだし――しかも黄金色の海を漂う前は、緊急時しか会話もできなかった。
それに対してソフィアとグロリアは常に互いの思考と感情を共有する間柄になっている。そうなると互いに覚悟をして一緒になったのだろうが、本来は思考を完全なる別人と共有するのは、やはり抵抗があるもののはず。
とくにソフィアのように理知的な者ならなおさら。ソフィアは様々な可能性を考慮するだけの思考力があり、その中には恐らく冷徹な決断も含まれる。それが他人に見られるとなればあまり良い気はしないと思うのだが――むしろ思考を共有できなくなることに不安を感じるというのは、相手に絶大の信頼を置いていなければ出てこない発想だろう。
「……ちなみに、昨日は私が早めに寝たから、グロリアとアランさんが何を話したのかは私は知らないんだ。でも、今日のグロリアは凄く機嫌が良かったし、それに嬉しいって想いが伝わってきたから……きっと楽しかったんだろうなぁって思う。
それできっと、今度はグロリアが私に気を使ってくれたの。アランさんと二人っきりで話せるようにって」
そう言いながら、ソフィアは一度別荘の方を向いて、大切なものを見るような眼差しをそちらへ向けた。しかしすぐに、グロリアは意地悪で、自分のことを子ども扱いすると言って頬を膨らませ――この仕草は以前にもよく見たもので思わず笑ってしまうと、我らが准将殿のお餅はより大きく膨らんだ。
グロリアのことを話すソフィアの顔には、年相応か、はたまたそれよりも幼い部分が見え隠れしている。それは恐らく、ソフィアがグロリアのことを信頼しており、またグロリアには甘えられるという証左でもあるように感じられ、自分としても何となくだが安心することができた。ソフィア・オーウェルに必要なのはそういう相手だと思っていたから。
その小さな肩に大きな使命を背負わされてしまったからこそ、頼れる相手、甘えられる相手が必要だと。それが自分の知るグロリア・アシモフであったというのは、また奇妙な因果が働いていると思う。しかも、ソフィアもグロリアも自分にとっては恩人でもある。その二人が一緒に居るということが何となく嬉しくもあり、しかし同時にやはり同居することの難しさを考えると心配になるような、複雑な心地がしてくる。
「……ねぇ、アランさん。この戦いが終わったら、やりたい事ってあるの?」
だしぬけにそんな質問を投げかけられ、思わず腕を組んで彼女の質問について考える。そもそも、戦いの前に願いを口にするというのはジンクス的にマズいのでは。実際に、旧世界において自分はDAPAとの戦いの後のことを話したから――しかも皮肉なことに、相談相手によって屠られてしまったという苦い経験がある。
とはいえ、こういうのはそれこそジンクスであり、折角出された話題をふいにするほどのものでもないだろう。何より、今度こそ自分が気をつければ良いだけでもある。そう思い直し、彼女の質問に対する返答をすることにするのだが――。
「そうだなぁ……俺は戻って来たばっかりだから、あんまり考えていないな。ソフィアは何か考えはあるのか?」
「私も、あんまり考えてなかったな。それこそ、つい先日までは討ち死にして本望くらいに思ってた訳だし……」
討ち死に覚悟とは武士か何かかと突っ込みたくなったが、ソフィア・オーウェルはこういう子だった――などと思っていると、ソフィアは物騒さを吹き飛ばすような可憐な笑みを浮かべて、自らの顔の隣で指を二本立てた。
「でも、そうだね。二つあるかな」
「ほほう……聞いても良いかな?」
こちらの質問に対しソフィアは頷き、立てていた指の内の一つを折り曲げた。
「まず一つ目は、学院の再建。私自身、勉強することはやっぱり好きだし……何より、七柱の創造神達から世界が解放されれば、学問の場は必要になる。直近の食料生産についての研究もそうだけれど、神々に管理されていた社会が人の手に委ねられるとなれば、改めて社会の在り方を考えたり、論じたりする場所が必要になるから。
それは、ディック先生が望んでいた社会でもある……世間にもっと広く学問がいきわたり、人々が自分の生き方を決め、社会について考えられるようにする。その願いを叶えることが、先生に対する弔いになると思うから」
そこまで話してソフィアは視線を空へと向けた後、祈るように瞼を閉じた。しかし、ソフィアはやはり真面目だ。確かに彼女の言ったことは「やりたいこと」の範疇には含まれるのだろうが、それは彼女自身の願望ではなく、亡き師と社会とのためにその身と才能を捧げる覚悟があるのだから。
思い返せば、ソフィアは出会った時からこういう子だった。幼いころから世界のために戦うことを義務付けられたせいで、社会に奉仕するのが当たり前になっているのかもしれない。旅を続けていく中で我が出てきたように思う部分はあるのだが、自身の願望という点については希薄なのだろう。
もちろん、師の願いを継ぐという彼女の願いは貴い物だとも思うし、それについては掛け値なしに応援したい気持ちもある。ただ、もう少し年相応に我儘を言っても良いのに――もしそれに関して自分ができることがあるのなら、それはやってあげたいとも思う。
たとえば、学院の再編に対して手伝えることなどもあるかもしれない。自分の頭や知識では役に立たないかもしれないが、それでもソフィアを支えることくらいならできるだろう。とはいえ、まだ自分だって無事に戻ってこれると確約できる訳ではないので、あまり下手なことは言わない方が良いか。
しかし少なくとも、ソフィアのことは自分が守り、必ず惑星レムに帰ってこられるようにしなければならない。彼女の目標を聞く前からその想いはあったが、今は更にその決意が固いものとなった。
「アレイスターも喜んでくれると思うぜ……それで、もう一つは?」
「えぇっと、それはね……」
ソフィアは少し悩んだ風に視線を泳がせ――とはいえ、多分今のは考えた風を下だけのように思う――人差し指を唇の前に持っていってウインクをする。
「内緒だよ」
「えぇ? 気になるんだが……」
「決戦の前にあんまりこういう話をするとジンクス的に良くないんだって、昔そう言ってたのはアランさんだよ?」
「それもそうだが……でも、一個は言ってくれたじゃないか」
「学院の再建については、願いというより決意だからね。私が自分の在り方を決めて、ただその目標に向かって邁進していけばいいだけ。でも、もう一つは、私一人の話じゃないから。だから、今は大切に胸にしまっておくの」
ソフィアはそう言いながら、口元にあった手を胸へと移動させた。自然とその所作を目で追ったせいで、彼女が育ったことを認めざるを得ない部分を凝視してしまう形になる。
「……ねぇ、アランさん。私、大きくなったよ。もう子供じゃないんだから」
いかん、ジロジロ見ていたのがバレたか。そう思って視線を上げると、ソフィアはこちらへと潤んだ瞳でこちらを見つめ、身を乗り出してこちらにぐいと近づいてくる。今度は彼女の大きな目と美しい顔に視線が釘づけにされてしまう。
完全にソフィアにペースを握られてしまった、いや、思い返せばいつもこんな調子だった。ただ、以前は本当に妹のように思っていたし、事実彼女は幼かったので、あまり変な気も起きなかったのだが――恐らく昨日グロリアに色々と言われたことで、自分も変にソフィアのことを意識してしまっているのかもしれない。
しかし、ソフィアとは結構な歳の差もあることも事実だ。ここは一つ自分が冷静にならねば――そう思い、こちらは少し身を引くことにする。
「そんな風に言うのは、まだまだ子供の証拠さ」
自分に言い聞かせるようにそう言って、彼女の頭に手を乗せる。こうすることで、恐らくソフィアは「子ども扱いして」と頬を膨らませるだろう――と思ったのだが、少女はこちらになされるがままに髪を撫でられている。とはいえ、こちらを見上げる視線はやや不服そうなものになったので、やはり本心から言えばやや納得いっていないというところか。
そういった彼女の視線が冷静さを取り戻させてくれ、自分はしばらく彼女の柔らかい髪を撫でまわした。しかしふと、彼女が長くなった後ろ髪をまとめているリボンが視界に入ってくる。それは、以前に自分が彼女にプレゼントしたものであり、何度も激戦を共に駆け抜けてきたせいだろう、その繊維は大分くたびれてしまっていた。
「そのリボン、もうボロボロだな」
「……でも、アランさんからもらった大事なプレゼントだから」
そう言いながら、ソフィアは後ろ髪を掴んで正面へと持ってくると、くたびれたリボンがより近くに現れた。しかし彼女はそれをじっと見つめるだけで、ほどく気配は一切ない。とはいえ、折角の綺麗な髪にボロボロのそれは似合わない気がする。
「……今度また一緒に買いに行こうか?」
「……ホント!?」
こちらの提案が意外だったようで、ソフィアは驚きに目を見開き、一層こちらへ身を乗り出してきた。
「またアランさんが選んでくれるの?」
「あぁ。今のソフィアに似合いそうなやつを見繕うよ」
「うん! 約束だよ! 絶対だよ!!」
こちらの提案に満足したのか、ソフィアはやっと身を引いてくれ、しかし顔には大輪を咲かせて喜んでくれた。先ほどまで大人っぽくなってどぎまぎしてしまったが、今の彼女の笑顔は、自分の良く知るソフィア・オーウェルのものであり――それに嬉しさ半分、懐かしさ半分、ついでにぐいぐい来るのを止めてくれたことに対して安堵を覚えていると、ソフィアはようやっとボロボロのリボンを髪から外した。
「それじゃあ……これは宝物にして、大事に取っておくことにするね」
ソフィアはほどいたそれを大事そうに両手で包み、自身の胸へと押し当てた。そんなに大事にしてくれるとは恐縮に感じる一方で、贈り物のし甲斐があるとも言える。決戦を前に浮ついた約束をしてしまったとも言えるかもしれないが――逆にソフィアとの約束を果たすために、彼女を必ず守らなければならないとも言えるだろう。
柔らかい笑みを浮かべていたソフィアがふと視線をこちらからはずすと、彼女は「二人っきりの時間は終わりかな」と小さくつぶやき――彼女の視線の先から何かが飛来してくる気配を感じてそちらを見ると、機械の鳥が羽根をゆっくりと羽ばたかせてこちらへ向かってきていた。