B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「私に外向きの思考は譲ったから、可愛げが無くなっちゃったんじゃなかったの、ソフィア?」
「むぅ……私も成長してるんだよ、グロリア」
ソフィアがそう唇を尖らせると、グロリアはソフィアの方でなく、自分の肩に留まった。
「成程ね……でも、そろそろ戻りましょう? アランの絵、昨日から全く進んでないみたいじゃない」
「大丈夫だよ、グロリア。ちょっとお話に没頭しちゃったけど、こうやって横で見ているだけで、アランさんの邪魔はしないし」
「アナタのその特大な存在感で隣にいられたら、集中できるものもできないわよ」
「でも、アランさんも大丈夫だって言ってたよ?」
「粘る気ね? でもそれなら、私にも考えがあるわ……ねぇアラン、聞いてよ。ソフィアったらね……」
そこから始まったグロリアの暴露は、ソフィアは感情が無くなったと言っていたり、お多感な感じの命名センスを持ったりと、自分としては聞いていて非情に有意義なものだった。年相応でよろしい、何より自分はそういうのは大好物だ――しかし思わずニヤけてしまったせいか、ソフィアは暴露に終始慌てて恥ずかしがっており、大きな声でグロリアを止めようとしていたが、なお相方の暴露は止まらないのであった。
◆
しばらく暴露に甘んじた後、自分はグロリアに引きずられるようにして別荘へと戻った。他の人たちに見られない様にさっさと二階へと移動し、自分とグロリア以外いない寝室へと入って扉を閉めて後、自分はそのままその場にへたり込んでしまう。
「ふぅ……グロリア、ありがとう」
「どういたしまして……まさか、アナタからヘルプが入るとは思わなかったけれどね」
そう、別にグロリアはアランの邪魔をしている自分を止めに来たのではなく、自分から彼女を呼んだのだ。あのまま隣にいると、気持ちが抑えられなくなりそうだったから。自分でもどうにかなってしまいそうで、しかし自制することも難しく、やむを得ずに彼女に助けを求めたのだった。
それを気とられないように、グロリアが来た後も自然な会話をできていたと思うが――。
「……でも、あんな風に言わなくても良かったと思うな! 確かにグロリアの言ってたことに嘘も無いけど、わざわざ面白おかしく誇張して……」
「良いじゃない。アランはああいうのが好物なんだから。むしろ同じような感性を持ってると知って、親近感すら覚えたんじゃないかしら?」
「むぅ……でも、アランさんずっとニヤニヤしてたよ?」
「だから好物なんだって……まぁ、からかう気持ちがあったって言うのは否定しないけれど。でも、完全無欠のソフィア・オーウェルに親しみやすい所があるっていうのはプラスだと思う。
でも、強いてを言うなら……もう少し相手の立場になって行動はするべきな気はするけれどね」
「……迷惑だった?」
確かに、グロリアは自分とアランが二人っきりになれるように気を使ってくれたのに、自分が限界になったら助けてくれだなんて自分勝手なようにも思う。そう思って質問したのだが――グロリアは肩の上でゆっくりと機械の首を横に振った。
「ヘルプに呼ばれたことはなんとも思ってないわ。むしろ、ちょっと意外だったくらいだし……どちらかといえば、長時間アランを拘束していたことについてね」
「やっぱり、邪魔しちゃったかな」
「まぁ、私も昨晩時間を取らせちゃった身だからなんとも言えないけれど……でもそうね、邪魔ともちょっと違うかしらね。
アナタがアランの隣にいたいって気持ちも十分わかるし、それ自体は悪いとは思わない。それにアランもソフィアと話したかったって本心だと思うから、別に隣に居たこと自体が問題だったとは思わないわ」
グロリアの本心が分からず、こちらとしては首をかしげることしか出来ないのだが――彼女も言いたいことを上手く言語化できていないのかもしれない。彼女の思考も少し混乱しているらしく、言うべきことを表現するために少しアレコレと考えてくれているのは自分にも伝わってくる。
そしてややあってから、上手い表現が出てきたのか、グロリアは翼を広げて自分の前で浮遊し、ゆっくりと頷いた。
「私が言いたいのは……そうね、アナタが凄く一生懸命にアプローチするのはちょっと違うかなってこと。もちろん、あの唐変木を好きって人が他にもいるから、アプローチしないとダメって言うのはそうなんだけれど……ちょっとグイグイ行き過ぎな印象があるのよね。
それこそ……」
そこで一度言葉を切り、グロリアは更にこちらへと近づいてきた。それこそ、機械のつなぎ目の部分しか視界に入ってこないほどの距離である。
「グロリア、近いよ……」
「そう。私が言いたいのは、つまりそういうことなのよ」
そう言って、グロリアはこちらの肩といういつものポジションへと戻ってくる。
「多分、グイグイ行き過ぎて、視野が狭くなってる部分があると思うの。ちょっと一歩引いてみれば、もう少し相手の色々な所が見えてくる……アナタは大切なものに一直線で、そこが凄く可愛くて魅力的な部分でもあると思うけれど、それ故に見たい部分だけ見ようとして、他の部分を見ないようにしている部分が無いかしら?
だから、相手の見たくない部分や、理想と違う部分に対して、不機嫌になったり納得しなかったりする……それって、凄く独善的だと思うの」
そう言われても、直ちに納得できるものでもない。彼女の言っていることは一切間違えていないと思うのだが、自分としてはそこまで独善的なつもりはなかったからだ。一応、レヴァルでは司令官としての立場にあったし、可能な限り人を客観的に見つめてきたつもりはある。
他者を評価してきた基準で自分の行動を見返してみて、そこまで独善的であったとは思わない。確かに積極的に行こうとしていた部分はあるが、そうしなければ自分は勝てないという判断もあったし、何よりもそこまで過剰であったとも思っていなかった。
だが、もし自分が思っているように動けているのなら、グロリアは絶対に釘を刺してはこなかったはず。グロリアは意地悪ではあるが、決してただ人を困らせることをして楽しむタイプではない。彼女なりに真剣にこちらを心配してくれているからこそ、厳しいことを言ってくれているのは理解できる。
要するに、自己評価と他者からの評価が乖離を起こしているということになるのだが――結局、自分というものを客観的に見ることが一番難しいのであり、自分は自身のことを過大評価していたということになるのだろう。
「……一応断っておくと、アナタの自己評価はそんなにズレているわけじゃないわ。言ったでしょう? 大切なものに一直線だって……アナタは大体のものを客観的に見れるのに、すごく大切なものに対してだけはそれができていないのよ」
もちろん、それって普通なことかもしれないけれど、グロリアはそう言って言葉を切った。実際、大切なものには感情が入ってしまい、論理的な思考ができなくなることはままあるのかもしれない。
そう思い返せば、思い当たる節はある。一つは、星右京に対して――正確には勇者シンイチに対して。彼が自分に対して苦手意識を持っていたのは、自分が勇者という存在に対して理想を押し付けてしまっていた部分は間違いなくあった。
同時に、だからこそ自分の理想を超えて走り続けるアランに強く惹かれたのであるし、それ故に自分の感情が先行してしまっていた部分があるのは否定できない。それは先日、グロリアが言っていた「全てを捧げる献身性は相手に対する無理解である」ということの答えでもあったのだろう。つまりグロリアは、感情が先行して一方的な想いを相手にぶつけることを諫めていたのだ。
「……だからこそ、大切な相手に対しては一歩離れて見てみる必要がある。人には色んな側面があって、魅力的な部分もあればそうでない部分もある。でも……魅力しか見てくれなくて理想を押し付けてくる相手と、魅力も欠点も認めたうえで自分の存在を認めてくれる相手。アナタならどっちと一緒にいたいと思う?」
「それは……」
言うまでもなく後者だ。そして、自分は前者なのであり、エルやクラウは後者であるように思う。
「アナタが今も思っている通りよ。だからといって別に、アランに対する態度を百八十度変えた方が良いとは言わないわ。アナタのその猪突猛進な感じはそれはそれで強みだと思うし、人との付き合い方を他人から言われて規定するのもなんだか違うじゃない?
でも、今のアナタが彼に幼いと思われているのは、きっとそういう部分だから……ちょっと一歩引いて見て、彼を見直すのも必要なんだと思う。それこそ、また新たな魅力が発見できるかもしれないわよ?」
彼女の言う通りだろう。視野を広く持てばきっと余裕もできるし、今までは気付かなかったあの人の良い部分も見えてくるかもしれない。
だが同時に、今までの自分があまりに独善的であったという後悔と、果たして自分が変われるのかという不安で気持ちが落ち込んできてしまう。久しぶりにあの人とゆっくり話が出来て、ドキドキしてどうにかなりそうだったのに――。
「ほら、そんなへこんでないで。アナタがくっついててアランもデレデレしてたんだから。間違いなくアナタのことを意識はしているわよ」
「……そうかな?」
「それに、アランと新しい約束をしたでしょう? それなら、まだまだたくさんチャンスがある……その時に頑張ればいいの。大丈夫、アナタはきっと変われるわ。だってアナタはソフィア・オーウェルなんだもの」
「それは意味がよく分からないけれど……うん、頑張るね」
意味はよく分からないなりに頷き返すと、機械の鳥も満足そうに頷き返し、そして窓際へと飛んでいった。自分も彼女の隣に立つと、その先には高原の中で筆を走らせ続けるあの人の背中があり――しばし二人でその背を見守り続けたのだった。