B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
ソフィアたちが――グロリアに色々と暴露されて消耗したのか、ソフィアは最終的に少々涙目になりながら退散していった――別荘に戻ってからは、比較的集中を取り戻して絵を進めることができた。
恐らく、みんな自分が集中できるように一人にさせてくれているのだろう。レムも今日は声を掛けずに居てくれているので――そう思った瞬間「邪魔しましょうか?」と声が聞こえたので「遠慮するよ」と返した――風の音と鳥の声をBGM代わりに筆を進める。
今の所の進捗としては、全体の三割と言ったところか。出来に関しては、今のところは上手く掛けている実感はある。絵の出来というのは実力の他に巡り合わせな所があり、同じように描いている様で上手くいく時、いかない時と様々なのだが、今のところの感触は結構良い感じだった。
とはいえ、絵には巡り合わせ以上に生物としての特性もある。構図や下書き、下塗りが良い感じであっても、最終的な塗り次第でイマイチになることだってあるし――とくに描いている時は微妙に視野が狭くなっており、全体としての出来を見過ごして良い感じと勘違いしていることもある。そのため、時間や日を空けて全体を見直し、整えていくことも重要になる。
しかし、今日のうちにもう少し進めておきたい。そう思って筆を握る。日が傾き始めてからまた一層集中し、キリの良い所まで塗り上げて、すっかり暗くなる前に片づけを始め、倉庫に画材を戻してから別荘の中へと入った。
今日の晩飯はクラウディアが作ってくれたらしい。バッチリ昼寝をして元気になり、昼はT3に任せっきりになってしまったので、そのお返しにと腕を振るってくれたようだ。彼女の飯を食べるのも久しぶりだ。今日のメインは鳥と山菜だったが、何でも苦手だった食べ物も克服したらしいので、今度は今までふるえなかった料理にもチャレンジしたいとのことだった。
腹が満たされるとまた眠気が襲ってきたので――昨晩寝るのが遅かったのもあるだろう――寝床へ戻って少しだけ眠ることにした。あまり長く寝てしまうと夜更かし気味になってしまう。そう思って一時間足らずで起きるつもりだったのだが、目が覚めた時には結構な時間眠ってしまっていた感覚があった。
倉庫の中には時計が無いので、今は何時かも分からない。ひとまず外へと出て別荘の方を見ると既に灯りは消えており、やはり結構な時間眠ってしまっていたことが確定した。惑星レムを取り巻く正座でも分かれば、大雑把な時間も分かるのかもしれないが――冷静に考えればレムに聞けば早い。そう思って脳内でレムに今は何時か質問すると、時刻はもうじき日付も変わる前であると告げられ、同時に少し作業に集中したいとのことで、今日の営業は終わりと告げられた。
さて、すぐさま眠った方が良いのは明白であり、下手に活動しているとまた朝が辛くなってしまう。しかしバッチリ眠ってしまったが故になかなか寝付けそうにない。少し気晴らしに、ヘリを寝床にしているT3とチェンの元にでも行こうかとも思ったが、あまり長居してしまえば寝るのも遅くなってしまうと判断し――T3があまりベラベラ話すイメージもないが、逆を言えば行った所で気まずくなるかもしれない――ひとまず周辺を少し散歩することにした。
ハインライン辺境伯領内は魔獣なども良く討伐されていて、夜間でも比較的安全らしい。一応、今の自分ならADAMsはいつでも使うことはできるので、武器が無い状態で魔獣と遭遇したとしても超音速でぶつかって倒すことは可能だろうが、折角だからノンビリと過ごしたいのも確かだ。とはいえ、辺りから感じるのはせいぜい眠る動物たちの気配くらいで、そんな物騒なことを考えなくても良さそうではあった。
そんなこんなで少し歩き、湖のほとりにある丁度良い岩に腰かけ、ぼぅっとしながら空を眺める。そこには天上を埋め尽くすほどの星々が煌めいており――この星に来てから何度も野営をしており、実際にこんな風に星を眺めたこともあったはずだが、なんだか今日の空は一段と美しく見える気がした。
そんなこんなでしばし空を眺めていると、こちらへ近づいてくる気配が一つあることに気づく。
「……外に怪しい気配を感じたので来ちゃいました」
「怪しいとは失敬な……こうやって自然と一体になっていただけだってのに」
振り返らずに両手を広げて空へと掲げると、背後の気配は自分のその動きを完全に無視し、「よいしょ」と言いながら自分の隣に座った。
「お昼に寝すぎちゃったので、中々寝付けなかったんですよ」
腕を引っ込めて隣を見ると、毛皮の外套を羽織ったクラウディアが微笑みながらこちらを見ていた。
「なんだ、俺は暇つぶしの相手か?」
「人生なんて多大な暇つぶしですから、そういう意味じゃ人としての本懐を為しに来たと言っても過言じゃありません……というのは冗談にしても、アラン君とはゆっくり話したかったので、丁度良かったです」
「そう言えば、なんやかんやでワタワタしててゆっくり話せてなかったもんな」
「ですね。なので、アラン君さえよければ、お付き合いいただければと思うんです」
そう言われて悪い気はしないし、自分も彼女とは話したかった部分もある。先ほどは早く寝ないとと思っていたのだが、どの道すぐには眠れそうにもないし、昼同様に「望むところさ」と返し、二人並んで星を眺めながら少し話をすることにした。
「まずは……アラン君、ありがとうございます。アナタが私を探してくれたから、私はこうやって戻ってくることができました」
こちらこそ、と返そうとして隣を見ると、クラウディアは頬を紅潮させながらこちらを見て微笑んでいた。その美しさに――大人びたような、同時に無邪気なような、何とも表現しがたい綺麗さがある――見惚れていると、少女は正面に向きなおり、顔を上げて星を眺め始めた。
「凄く嬉しかったんですよ? ずっと迷子で、行き場所が分からなくて、不安だった所を見つけてもらえて」
「もう少し早く見つけられたら良かったんだがな」
「ふふ、確かに早ければ早いほど不安にならずに済んだかもしれないですが……でも、あのタイミングで良かったんですよ。海に囚われていたクラウも、現世に残っていたティアも、どちらにしても自分と向き合う時間が必要だったと思いますから」
彼女が言うには、この一年間は――とくにティアの方が――辛い時間だったようだ。それはある意味では、生家で虐げられていた時以上の辛苦であったと。幼い日のクラウディア・アリギエーリは、望み叶えることを二つに分けることで、見事に苦難を乗り切って見せた。しかしこの一年間はそれが上手くいかず、ただ無力さに打ちひしがれていたと。
だが、その時間があったからこそ、辛さをバネに成長することができたこと。同時に、自分やアガタ、レムの支えがあったからこそ耐えられ、成長できたということを語ってくれた。
この一年の話が終わった後は、彼女の持つ高次元存在の情報が共有された。自分は高次元存在の意志という物はほとんど分からないが、クラウディアはイメージとして何となくのことは分かるらしい。
彼女から共有されて一番衝撃だったのは――同時に嬉しくもあったことは――高次元存在は自分や彼女に対して、行動や思考をコントロールしていることは無い、ということだった。高次元存在が求めているのは、肉の器にある者が見せる揺らぎである。あくまでも世界に意味を求めているのであり、その行動を上位存在が規定してしまえば揺らぎが生じなくなるため、精神的な干渉はしてきていないらしい。
ただ、その原理で言えば二つの疑問が生じる。まず第一に、自分が一万年前、高次元存在に見出されて現世に戻ったこと。高次元存在は、恐らくデイビット・クラークを止めるために自分を現世へと送り出した――これは世界を歪める行動には当たらないのか?
「うぅん、ちょっと待ってくださいね……うん、どうやらこういうことみたいです。曰く、彼を放置するとナンセンスに帰結する、と」
「どういうことだ?」
「私も完璧な言語化はできないので……何なら私はそのクラークという人を知りませんが……その人が目指したのは高次元存在を手中に収め、自らが次元の超越者として君臨する事でしたよね?」
「クラークは、それが自分でなくても良いとは言っていたが……恐らく、最後に残ったのはアイツだろうな」
「そうなると、結局デイビット・クラークという人は、高次元存在と何が違うのでしょう? もちろん、最初こそは手に入れた力を色々と試していくでしょうが……その行動を裁定する者も、評価する者もいなければ、結局は……クラークという人物は高次元存在と同じものになり、そして宇宙は再び一巡するだけだ、と」
「再び」一巡するというのを、クラウディアは何気なく言ったに違いない。ただ、そこにこそ、恐らく高次元存在が自分をクラークに差し向けた本意が詰まっているように思う。つまり、この宇宙は二巡目なのか、はたまたそれ以上に巡った結果なのだろう。
原初に存在した高次元存在は、最低でも一度はクラークに――ないしクラークと同等の力と意志の強さを持つ者に――よって掌握された。だが、その結果として彼は高次元存在と同じものになり下がり、世界に意味を見いだせなくなった結果として、原初の支配者は再び宇宙を創り出した。
要するに、もう一度クラークが宇宙を掌握すれば、結果として同じことが何百億年の単位で――下手すれば兆年か、そもそも人の尺度では語りえないほど長い時間を掛けて――もう一度巡るだけになる。高次元存在はそれを避けるために、デイビット・クラークという傑物を止める刺客を差し向けたということなのだろう。
しかし、それはややもすれば、クラーク自身の壮大な自殺とも言えるのかもしれない。長い長い時を巡って再び自分と同じような者が出てきた時に、自分を止めるための暗殺者を差し向けたということになるのだから。
自死はある意味では能動的な行動の極致と言ったのはチェン・ジュンダーであったか。今自分たちを見守っている高次元存在と、自分が戦ったデイビット・クラークは厳密に言えば別の存在なのだろうが――能動性の究極を見せたという点では彼らしいとすら思ってしまう。