B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「……どうして俺だったんだろうな?」
ふとそんな疑問が、当初考えていた二つの疑問とは別に湧き上がってくる。一巡前に高次元存在と化した旧支配者は、自分のことなど露とも知らなかったはずだ。それに改造手術を受ける前の自分は、別に特別な思想を持っていたとも思わない――それで何故高次元存在は自分に目をつけたのか。
こちらが何気なく上げた疑問に対し、隣に座る少女は両手で口元を塞ぎながら――少々さむらしく、どうやら吐く息で手を温めているようだ――少し思案するように瞼を閉じて、ややあってからこちらへと向き直った。
「それはですね……高次元存在は、アラン君のことが好きだから、みたいですよ?」
「はぁ? なんじゃそりゃ……俺は未だに意味を見いだせだなんて命令、クソみたいなもんだと思っているぞ?」
「多分、そういうことが気に入ってるんじゃないですかね……というのは冗談だとしても、多分期待しているのは本当です。アナタが世界に意味を見出してくれるんじゃないかと……それが絶対のものでなくとも、一つの答えといえるような確信的な何かを見出してくれるんじゃないかって、そんな風に期待しているみたいです」
そう言われても全くぴんと来なかったが、クラウディアはそこで再び縮こまって白い息を吐き出した。自分は外套を脱いで彼女の肩に掛け――少女は一瞬だけ驚いたようにこちらを見て、すぐに羽織ったそれにくるまりながら微笑んだ。
「それで、もう一つ疑問なのは……高次元存在が七柱の創造神、とくに右京やゴードンに対して介入をしなかった理由だ。アイツらの目的はクラークのものとは違うと言えども、手段としては近いはずだ。そうなると、止めるべきなんじゃないのか?」
とくに、右京の目的は――変わっていなければだが――世界に無意味を返すことだった。それは高次元存在が望む答えではないように思う。
もちろん、右京の目的が達せられれば、それはクラークの場合とは別の結果になる。クラークの作る世界は一巡するだけなのに対し、右京の望むは無であり、もう二度と何も巡らなくなるだけなのだから。
だが、ナンセンスに帰結するという点では一致しているはずだ。それを防ぐのなら、高次元存在は右京を止めに掛かるはず。右京も同じように考えており、自身に対する抑止力を探していたのだと思う。逆説的に言えば抑止力が存在しないということは、高次元存在からクラークと同等の脅威と思われていないという証明になってしまう。
「……以前少し考えたんだが、実は右京の奴にも高次元存在は味方してるんじゃないかと。だから、少なくとも高次元存在はアイツに対する刺客を差し向けなかったし……もしかしたら協力すらしてるんじゃないかとな」
実際、右京が徹底的に追い詰められたのは海と月の塔が初めてだったと言っていいだろう。それこそ、追い詰められない様に常に自分の存在を隠していると言えばそれまでだが――それでもいままでアイツが生き残ってこれたのは、星右京自身の能力が優れているのももちろんだが、そもそも高次元存在がアイツの目指す先を認めているからではないか。
その答えを自分は知りようもないが、目の前の少女なら分かるかもしれない。そう思って疑問を投げてみたのだが――クラウディアは瞼を閉じて少し黙った後、どこか曖昧な様子で口を開く。
「うぅん……その辺りは、ちょっとイメージに靄が掛かって確実なことは言えないです。ただ、アラン君の予測通りなんだと思います。高次元存在は単独の意志の元に動いているのではなく、複数の派閥のようなものが存在しているみたいです。それらは共に世界の意味を模索しているようなのですが、それぞれ別の方法を試みている。
ですから、もしかしたら私やアラン君、それにナナコちゃんに意志を読み取る力を与えてくれている派閥に対し、別の派閥が星右京のことを支持している……みたいなことがあるんじゃないかと」
クラウディアは目を閉じながら、小さな声でそう答えた。複数の派閥があるというのは、高次元存在が海のようなものと考えれば合点はいく。海は繋がっているけれど、時と場所によって特徴がある。激しい海に穏かな海、透き通った海に濁った海、冷たい海に温かい海――全てが繋がっているとしても、部分によって様相は様々であり、高次元存在というのもそういう存在なのだろう。
もちろん、この考えは先ほどの単一の存在が――クラークのような意志を持つ存在が――高次元存在となったという思考とは一見すると矛盾するように見える。しかし、恐らくそれだってあり得るのだ。人とは、意志という物は常に単一の方向性を矛盾なく目指せるものではない。海と同じく時と状況によって、その在り方を変幻自在に変えるのだから。
そういった意志のうねりの中に、自分たちを支持してくれている派閥が存在する一方で、右京のような者を支持する派閥もいる。そう考えると、また少々むかっ腹が立ってくるのも確かだ――穿った見方をするのなら、結局高次元存在の意見の対立とやらに対して、自分たちは代理戦争をさせられているという風にも取れなくはないからだ。
「……なんだか神妙な表情をしていますね?」
「あぁ……結局、俺たちは高次元存在の派閥争いの代弁者として使われているってことだろう? それが納得できなくってな」
「ふふ、なるほどなるほど……きっと高次元存在は、アナタのそういう反抗的な所が好きなんだと思います」
少女は得心した、という感じで頷き、そしてすぐに再び瞼を閉じてゆっくりと話し出す。
「私が分かるのは、あくまでもイメージだけ……それに、高次元存在が嘘をつかないという確証もありません。ですから、これはあくまでも私の個人的な意見という風にとってもらっても良いのですが……。
どちらかといえば、派閥があって対立が生まれたのでなく、意志があって派閥が生まれた、というのが正確な所だと思います」
「抽象的だな……」
「つまり、高次元存在に何某をしたいという意志が最初からあった訳でなく、アラン君と星右京を見て、それぞれの意見を支持する派閥が現れた、ということです。
そもそも、高次元存在には「そうあれかし」という考えはありません。それは彼らが意志や願いを持っていることに他なりませんが、そうであるならば人を作る理由が無かったからです。
願い叶えるのは、あくまでも有限の中にある人であり……その願いに呼応して、高次元存在は私たちと星右京とを見守る派閥に別れた。いいえ、もっと言えば、私たちの対立の果てにあるものこそが、答えなのかもしれないと見守っているのかもしれません」
彼女の言うことは直感的には理解できる。自分たちの戦いは代理戦争ではなく、対立が先に立ち、そこに各々のスポンサーが着いたというのが正確、ということなのだろう。しかし、同時に一つ違和感が出てくる。それは――。
「……俺はアイツと違って、世界に対して何の結論も持っちゃいない」
星右京の世界に対する答えは、恐ろしく消極的で破滅的であると同時に明確だ。それに対し、自分は何にも考えちゃいない。せいぜい、手の届く範囲でやれることをやろうと思っている程度のものであり、それはあくまでも行動の指針であって、世界に対する意味など微塵にも考えていないからだ。
「それなのに旗手にされているのに違和感があるってことですよね? でも、そんな難しい話じゃないと思いますよ。アナタの持つ素養の中に、答えがあると期待している……それくらいの話だと思います。
先ほど私が反抗的な所が良いんだと言いましたが……それは大いなる存在に尻込みせず、アナタは自分の魂で答えを出そうとするからこそ、高次元存在はアラン君を信頼しているんじゃないかなぁと。
それに、そんなに気負わなくたっていいんですよ。別に、明確な答えなんか出さなくたっていいんです。アナタの在り方に、周りが勝手に意味を見出すことだってあるんですから」
「……そういうもんか?」
「えぇ。それに結局、どこまでいってもアラン君はアラン君なんですから。人類を代表するのに相応しい高尚な考えを出すなんて誰も期待していません」
言葉そのものは嫌味に聞こえるが、クラウディアは屈託なく笑った。そして先ほど掛けた外套を抱きしめて、満天の星空を見上げる。
「きっと、世界に必要なのはそんなに高尚なものじゃないんです。もっと原始的で、根源的なもの……誰でも理解できるようなシンプルなものなんだと思います。
だから、アナタは難しく考えないで、いつものように居ればいい。変わらず星右京をぶっ飛ばしてやる、それくらいの気概で良いんだと思いますよ」
「それなら助かるんだがな」
「えぇ、それでいいんです」
自分のやりたいことをそのまま肯定されたような気がして、なんだか安心したような、同時に嬉しいような気持ちが沸いてきた。結局のところ、高次元存在が何を考えているのかなど分からないが、ひとまず彼女が背中を押してくれるのなら、それだけでも良いという心地すらしてくる。
そうだな、自分は思った通りにやるだけだ――そう思いながら満天の星空を見上げる。この無数の空の先、光年などという単位ですら言い表せないほどの遥か彼方、物質世界との境界線の向こう側から自分たちを監視している高次の意志たちも、星の輝きを通して自分の決意を後押ししてくれているような気がしてくる。
しばし場を静寂が支配し――聞こえるのは彼女の息遣いくらい――なんとなしに穏かな気持ちになっていると、ふと一陣の風が通り過ぎていった。その風の冷たさに現実に帰って来て、思わず身震いさせながら自らの両腕で自分の体を抱きしめる。
そういえば、上着を貸してしまっているのだった。完全なサイボーグならばこれくらいの気温はなんともないのだが、今は半分生身なのでばっちり寒さも感じてしまう。しかし、こんな風に寒がってちゃ気を使わせてしまうか――隣の見ると、クラウディアは大きな瞳でこちらをしばし眺めて後、どこか楽し気に目を細めた。
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