B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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リーゼロッテとの想い出

 翌日は昨日と比べて早く起きることができた。寝つきは遅かったが、一昨日と比べればまだ早く寝られたことが幸いし、なんとかまだ日が東側にあるうちに目覚めることができたのだった。

 

 今日は天気も良く、絵を描くには絶好の日和と言える。朝食を摂る為に別荘に入ると、一番にソフィアが挨拶をしてくれ、クラウディアが食事を出してくれた。昨日はこちらをどぎまぎさせてきた張本人達はどこ吹く風というか、いつも通りの調子である。

 

 しかし、そこそこ早く起きられたと言っても、やはり自分が起きるのは遅かったか。そんな風に思いながら食事を口に運んでいると、階上から誰かが降りてくる気配を感じた。その足取りは重く、あからさまに寝起きという感じであり――階段の方に目をやっていると、長身の女性が瞼を擦りながら姿を現したのだった。

 

 そう言えば、アイツは寝坊助だったな――そんな事実を思い出し、思わずにやけながら「おはよう」と挨拶をすると、エルはまだむにゃむにゃした様子で「おはよう」を返してきたのだった。

 

 画材を取りに一度倉庫に戻り、一式とオマケを持ち出していつものポジションで待っていると、別荘からエルがこちらに向かって歩いてきた。朝食中に段々と覚醒したエルから、「そういえば、約束を覚えている?」と聞かれ、その約束を果たすために待っていた形だ。

 

「……待たせたかしら?」

「いいや、今来たところさ」

 

 そう言いながら、彼女に向かってスケッチブックとスケッチ用の木炭を手渡す。彼女は微笑みながらそれを受け取り、長いスカートを抑えながら芝生の上に膝を立てて座り込み、長い脚の上にスケッチブックを開いた。

 

「あまりアナタの邪魔をしないようには心がけるけれど、隙間で手ほどきしてくれたら嬉しいわ」

「それどころか、俺の方があんまり教えるのも上手くないかもしれないからな……ともかく、始めようか。ひとまず、思った通りにスケッチをしてみてくれ」

 

 エルが頷き返したのを見て、こちらも自らの作業を始める。時おりエルからあがる質問に対して適宜答えつつ――絵には理論的な部分も多くあるものの、結局経験と直感の部分もあるので、たどたどしくも感覚的な言葉になってしまうが――いちおう初心者が陥りやすいミスなどを指摘しつつ、二人で一つの風景を描き進めていく。

 

 たまにエルの方を盗み見ると、彼女は真剣そのもので、こちらの視線に気づく様子もない。スケッチブックと風景とを交互に見やり、一生懸命に木炭を走らせている。その横顔は美しく、しかし同時にどこか神秘的なので――恐らく集中しているその目の輝きが真剣で真っすぐだから――昂《たかぶ》るというよりは見惚れてしまう、といった感じで見入ってしまう場面があった。

 

 彼女が着替えてきた服は、普段の戦士のそれというよりも女性らしいそれで、民族的な装飾の施された衣裳であり、何とも彼女に似合っていた。気品の溢れるその横顔を見ていると、改めて彼女はやんごとなき身分であるということを再確認させられる。

 

 同時に、彼女のその横顔には、確実にその祖先の面影も感じられる。リーゼロッテ・ハインラインは傭兵であり、貴族という身分からかなり遠い所に位置しているはずなのだが――しかし、彼女にはある種の気高さがあった。戦士としての誇りがあり、その知識と経験からくる自信が、研ぎ澄まされた刃のような美しさに繋がっていた。そんな風に思う。

 

 見れば見るほど、エルとリーゼロッテは顔立ちが似ているように見える。同時に、やはり別人であり、各々の特徴が間違いなくある――乱暴な言い方にはなるが、エルの方が女性らしいとでも言うべきか。リーゼロッテの方は経験と自負から来る鋭さがナイフのようで美しかったが、それ故に親しみにくい部分があったのに対し、エルの方が幾分か柔らかい雰囲気があるから、そういった差が出てくるのだろう。

 

 そんな風に思いながら彼女の顔を見ていると、流石に視線に気づかれたようで、エルはこちらを向いて木炭の先端で自分の前にあるキャンバスを指した。

 

「教えてもらっていてなんだけれど……そっちの手が止まってるんじゃない?」

「あぁ、そうだな……」

 

 確かに自分の方も絵を進めるチャンスなのだから、こちらも集中せねば。改めて筆を取って塗りを進め始め、そのまま昼時までは数言交わすのみで互いに自分の作品に集中した。

 

 少し遅めの昼食を摂った後、再びエルと共に高原に戻ると、今度は雑談がてらに絵を進めることになった。満腹感から少し眠気もあるし、食休みに少し話でもしながら徐々に作業を始めていこうという流れになったのだ。

 

 最初に話をしたのは、昨日彼女がお忍びで街に降りていった時のこと。シルバーバーグの案内で、エルに使えてくれていたエマ等の家臣達に会い、互いに近況を伝え合うことはできたようだ。

 

 その際、この一年間の辺境伯領の状況も伝えられた。曰く、エルを慕ってくれていた家臣の多くはこの一年も黄金症に陥らずにいたこと、ボーゲンホルンの指示に従って政務を行っていたこと――本来は引退していたシルバーバーグも、この一年の間は多くの執務を行ってくれたようだ――それらは全て、エルが戻ってくるときのためにしてくれていたことが語られた。

 

 一年前のヘイムダルの激戦の時、世界中に自分の姿が映像として流されたわけだが、その時にちょうど自分はエルを抱えていた。だから、エマやシルバーバーグらはエルの無事を信じていたし――何より世界を護る側に立った自分とエルが共にいたことで、ハインラインの血を持つエルは決してレムリアの民を裏切った訳ではないのだと信じることができたようだ。

 

 ただし、それはやはり家臣という色眼鏡があってのことだったようではあり、領内のハインラインに対する感情は難しく揺れ動いているようだ。ここ一年眠っていた者たちは別として、黄金症を発症しなかった者たちの中には七柱全柱に対する不信感を募らせている物も少なくない。そうなると、やはりチェンやソフィアが忠言したように慎重に対応をしたほうが良さそうなことは間違いなかった。

 

「……ちなみにさ、そういう難しい状況でも……君はこの土地を継ごうと思うのか?」

「半分はそう、半分は違う、かしらね」

 

 こちらの質問に対し、エルは少し寂しそうな笑みを浮かべながらそう呟いた。エルの中には、リーゼロッテ・ハインラインの記憶と知識がある。それ故に、旧世界の自由主義や民主主義という――それが最終的には形骸化してしまっていたことも含めてだが――政治形態の知識もあるとのことらしい。

 

 エルは旧世界の政治体制を踏襲することが正しいとは限らないが、それでも全ての人が自立し、自分で自分の生き方を決められるようになるのが理想だと――つまり最終的には、自分のような世襲貴族が政治を独占するべきではないと語った。

 

 しかし、すぐにそれができるというほど、事態は簡単なものではない。自由という権利を扱うには、人々に相応の知識も必要になる。自由という言葉をはき違えて各々が権利を乱用すれば、治安を維持できないからだ。

 

 つまり、いわゆる民主主義という政治形態を実行するには、法の整備と共に、人々がそれを理解し尊種するだけの知能と倫理観とが前提になる。民主化というのはある意味では、ソフィアが考えている学院の再建と並行されるべき大事業であり――それが実行できるようになるまで人々が成熟するまでは、既存のリーダーが世間を治める必要がある。要するにエルは、人々が相応に成熟するまでは自らをハインラインが治めてきた土地と領民に捧げようと考えているということだった。

 

「……もちろん、私がもう一度受け入れられるかは分からない。私はもう何年も領地を放り出して放蕩していた訳だしね。

 それでも私にはお父様の、そして始祖リーゼロッテ・ハイラインの血が流れている。お父様の愛した土地と人々のためにこの身を捧げる覚悟はできていたし……それに、私は何かを育むように生きようと、リーゼロッテとも約束したから」

 

 その後に話の中心になったのは、今しがた話題に上がった人物であり、互いの共通項であるリーゼロッテ・ハインラインのことであった。この一年の間、エルは多くの時間はその意識を眠らせていたようだが、時々リーゼロッテの話し相手になっていたこと、また最近は頻繁にやり取りをしており、彼女に鍛錬を――リーゼロッテは暇つぶしと称していたようだが――つけてもらい、始祖の技を学んだとのことだった。

 

 なんとなくだが、エルとリーゼロッテの関係性は察していた。あのリーゼロッテが二人分の力で戦うと言うのは、相応にエルのことを信頼している証拠であり、この一年の間に良好な関係を築いていたのだろうと予測していたのだ。

 

 本来なら敵側の人物と懇意になるというのも違うのかもしれないが――ただ、自分は一万年の過去を思い出し、リーゼロッテ・ハインラインなる人物の特性を知っている。その立場から対立していたが、彼女は決して邪悪な存在ではないことを理解していた。それ故に、他の者が心配するようなことは起こっていないと思っていいだろう。

 

 何より、始祖とその末裔が互いに影響し合ったことはプラスとすら言える。もしエルがいなかったら、自分はリーゼロッテに対して最後の闘いに付き合ってやることしかできなかった。しかし実際の所、彼女はこの一年の間に、それ以上のものを得ていた――戦場しか知らなかった狼に安らぎを与えられたのは、刃による舞踏ではなく、遠い後胤《こういん》に想いを伝えられたからに違いないのだから。

 

 それを察していたからこそ、自分は彼女に対して「戦い以外の何かを見つけたんだろう」と問うたのだ。そして実際にその通りだった。それで彼女の最後が安らかであったというのなら、それは喜ばしいことであると思う。 

 

 とはいえ、リーゼロッテは自分に対して「いつかの時代、どこかの世界まで追いかけて、今度こそは降して見せる」と言葉を残していたというのを聞いた時には流石に参った。いや、本気で参った訳ではないのだが、彼女らしいと思うのと同時に、どう決着をつけたものかと悩んだからだ。

 

 そもそも、次に巡り合うのかも分からない訳だが――直感的には、もう一度巡り合う気もする。何ならこちらが避けていても嗅ぎづかれて追いかけて来られる、というのが正確か。リーゼロッテ・ハインラインにはそれだけの嗅覚と信念とがあることは疑いようもないからだ。

 

 そして実際に出会ったからといって――それがたとえどんな時代であれ、どんな世界であれ――もう刃を握って殺し合うような間柄になりたいわけではない。別に再び巡り合うこと自体はやぶさかではないが、自分としては刃を付きつけ合うことを本意としている訳ではないのだから。

 

「……別に、力推しである必要はないんじゃないの?」

 

 自分がどうするべきかと頭を悩ませていると、エルの方からそんな声が上がった。

 

「だって、リーゼロッテは別に『次こそ殺してやる』と言った訳じゃないわ。それなら、別に剣を握ることだけが勝敗ではないでしょう? 彼女は単純にアナタに負け続けて悔しかったら、今度こそって思っているだけよ」

「まぁ、それもそうかもしれないが……アイツとはそういう間柄だったから、あんまり腕っぷし以外での決着ってのは想像できないな」

「そうでしょうね……でも、時と場所が変われば、リーゼロッテの魂だってまったく別の成長をするんじゃないかしら。もし平和な世界に生を受けたら、それこそ一度も剣を握らない人生だってあり得るんだから」

「それじゃあ、どうやって勝敗をつけるんだ?」

「そんなことは二人で決めてよ……と言いたいところだけれど、何だっていいんじゃない? 単純にカードとかでもいいかもしれないし……それこそ、たとえばこうやって二人で絵を描いて、どちらが上手いと勝敗をつけてみるとか、色々とあると思うわ」

 

 なるほど、別に物理的な手段でなくとも勝敗をつけられるという点は同意できる。とはいえ、エルが提案してくれた勝負の方法はしっくりこないのも確かだ。カードなどは一度で雌雄を決する物でないし、絵の評価は単一でない――使う技法によって印象が異なるだけで在り、単純な上下などは存在しないからだ。

 

 要するに、雌雄を決する勝負というのは、相対的な評価で行われる競技よりも絶対的な勝負でないとつきにくいものなのだろう。そう考えれば――我ながら血なまぐさい発想になるが――命を懸けた勝負というのは、本来は確実な上下関係が生まれるという点では単純明白だ。もし勝者が敗者にトドメを刺すなら、その関係性は永久に逆転を見ないからだ。逆に、リーゼロッテが言うように、自分がその決定的な判定を避け続けたからこそ、こうやって一万年の時を経て再び巡り合い、刃をかわすことになったというのは皮肉な面もあるだろうが。

 

 しかし剣によらない大勝負となれば、果たしてどんな内容のものが相応しいのか。別に今決めたところでそれを次に彼女と出会った時に覚えているわけではないだろうし、またこちらが一方的に勝負の内容を決めるのも不公平というのもある。いや、思い返せば向こうが一方的に因縁をつけてきただけで、自分としてはもう少し――。

 

「ねぇ、アラン。なんとなくだけれど……アナタ、リーゼロッテのことが好きだったんじゃない?」

 

 そう聞かれて思わずぎくりとしてしまう。それはべスターが見せてくれた記憶の中には無かった、オリジナルの自分だけが持つ秘められた想いだったからだ。

 

 もちろん、本気だったかと言われれば――言い訳のようにもなるが――そうではないとも言える。大前提は敵同士であったし、性格的にも合っていたとも思わない。何より自分など全身を改造されている機械人間であった訳で、もはや男女の関係とか、そういうことを諦めていたのだ。

 

 ただ、彼女と接していて単純に嬉しかった部分もある。それは、暗殺者としての自分を心配してくれている人物が居るということ――二課の面々も自分の心配はしてくれたが、べスターたちは身内であり、言葉を選ばずに言えば気の置けない家族のような存在であった。それに対してリーゼロッテは外部の人間であり、その立場でありながらこちらを慮ってくれることが、単純に嬉しかったのだ。

 

 もしかすると、初めて人を手にかけた時に彼女が憐れんでくれなければ、自分は大きく道を踏み外していたかもしれない。浴びる鮮血を浴びて慄いていた時、彼女が心配してくれたからこそ――あぁ、やはりこんなことをするのは異常なんだと、改めて気付かされてもらえた。それ故に、自分の技は碌なもんじゃない、それを常に肝に銘じることができ、そして彼女の顔を見るたびにそれを再確認できた。

 

 もしローレンス・アシモフを暗殺した時に彼女が居なければ、自分は自らの技に溺れていたかもしれない。もし彼女が自分を追ってくれなかったら、自分は暗殺者として真の意味で完成をしたのかも――人を殺めることを何とも思わず、それこそ殺戮をするだけの機械になり下がっていたかもしれない。

 

 とはいえ、その恐ろしい嗅覚で何度も目の前に立ちはだかり、手を焼かされたことも間違いない。その恐ろしいまでの執念を向けられていることに関して、少々優越感というか、「常に追ってきてくれる」という安心感があったのも、彼女を意識していた原因でもある。

 

 それに何より――。

 

「……セクシーなお姉ちゃんだったことは認める」

「何よ、それ……でも、否定はしないのね?」

「まぁ、憎からず思ってたのは認めるさ。でも、別に好みのタイプってわけだった訳じゃないし、性格もあってたとも思わないしな」

「そう……ちなみに、リーゼロッテもアナタのことを別に異性として好きじゃないとか言っていたけれど、そういう所は似た者同士よ、アナタ達は」

 

 エル曰く、リーゼロッテはこちらのことを生意気な弟のように思っていたとか。こちらの感想もセクシーなお姉ちゃんなので、確かに似た者同士かもしれない。そんな風に考えていると、エルは風に髪をなびかせながら――以前より短くなったが、これはこれで彼女に合っている――今度は少しためらう感じで視線を上げてきた。

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