B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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高原にて エリザベート・フォン・ハインラインの場合

「ねぇ、さっき少し話に出てたけれど……アナタの好みってどんなのなの?」

 

 そう言われてみると、異性の好みというのはあまり明確には思い浮かばなかった。具体的には――こんな風なのはまた変な格好つけのような感じもするが――割と男ばかりの環境にいる時間も長く、なかなか同世代の女性を相手にすることも無かったので、本気で異性に惹かれたという経験がないせいかもしれない。

 

 もし本気で誰かを好きになった経験があれば自分の好みを言語化できるとも思うのだが、如何せんその相手がいなかった。もちろん、なんとなくこういうのが好きというのは無くもないのだが――ふと隣でこちらをじっと見つめる金の瞳を見つめると、彼女は恥ずかしそうに頬を染めて俯いてしまった。

 

 たとえば、そう、エルのようなタイプは――好きというのとはまた少し違うかもしれないが――少なくとも自分と性格的な部分は合うなという気がする。強気そうな釣り目からは想像しにくいが、彼女は誰かの意見を尊重し、信じてくれるタイプ。その彼女の在り方に、自分は何度も救われたし、同時に彼女はこちらの実力を見誤らずに正確に判断しているからこそ、先日見事な反撃をしてきたとも言える。

 

 つまるところ、彼女は自分の最大の理解者であるようにも思う――そういった相手と一緒にいられるのは楽だし、安心できる。

 

 とはいえ、それはこちらの一方的な考えだ。実際の所、彼女の優しさに甘えていたら、いつか愛想をつかされてしまうかもしれない。それこそ、グロリアが言ったように、正面からガンガンに来るタイプの方が、常に意見を出し合えて良いのかもしれない。他にも隣にいてくれるタイプなら、対等な立場で歩んでいける――など、様々な考えが脳裏を駆け巡ったが、結局はまとまることはなかった。

 

 一言で言えば、やはり自分の中で答えが明確になっていない、というのが一番なのだろう。あまり自分のことが言語化できていないのもいかがなものかと思いつつも、ひとまず意見もまとまっていないので、お茶を濁すのに相手に質問を返すことにする。

 

「相手のことを知りたいなら、まずは自分からだぜ」

「なんだか上手くはぐらかされた気もするけれど……そうね……」

 

 こちらの質問に対し、エルは一度こちらから視線を外して何か考え込み――右手で木炭をクルクルと回しながら言葉をまとめているようだった。そして何を話そうか決まったのか、木炭をピッと止めて、改めてこちらを下から覗き込むようにじっと見つめてくる。

 

「笑わないで聞いて欲しいのだけれど……実は、あまりそういうことって考えたことって無かったの。本当ならそういうのに一番焦がれる時期に、私は復讐のために剣を取ってT3を追っていたから」

「……そうだよな。でも、言い寄ってくる男はたくさんいたんじゃないか?」

「えぇ、冒険者なんてそんなものだしね。でも、言い寄ってくる男たちは魅力的に感じなかったわ。乱暴されそうになったことはあるけれど、別に簡単に御すこともできたし……そういう意味じゃ、まず第一の条件として、私より強い相手じゃないと駄目ね。

 あとは、消去法的な言い方にはなるけれど……気品がある人かしら」

「気品……まぁ、エルと並ぶとなれば当然だよな」

 

 先ほども考えたように、エルには品がある。確かに寝坊助な所があったり、何となく隙がある部分もあるのだが――それが彼女と接しやすい理由でもあるのだが――やはり生まれ持った気品という物は損なわれることは無い。その所作や表情の一つ一つには、どこか気高いものが感じられるのだから、彼女を見ていると品性という物は金で買えないものの一つなのだと改めて思い知らされるくらいだ。

 

 そんな風に思いながらエルを見つめていると、彼女は微笑みを浮かべながら静かに首を横に振った。

 

「勘違いしないで欲しいのは、気品といっても家柄が良いとかマナーがなっているとか、私はそういうのを望んでいるわけじゃないの。

 やり玉にあげるのも可哀そうではあるけれど、たとえばカール・ボーゲンホルンなんかは貴族中の貴族であって、家柄や作法に関しては問題ないと言えるでしょう。でも、私は彼にも魅力を感じなかった……それは、彼に高潔さが無かったからだと思う。

 だから、そうね……気品というよりも、その魂が高潔であるかどうかが、私にとって大切なことなのかもしれないわ」

「参考までに、どういうのが高潔なんだ?」

「多分私にとっての憧れであり、そして規範であるのは、やはり父であるテオドール・フォン・ハインラインその人であるのでしょう。父は、奉公滅私の人であり……世俗的に強い力を持っていたとしても、それは守るべき規範や人々の生活のために。剣聖と呼ばれるほどの剣の腕前を持っていたとしても、それは力無き者の護るために使っていたわ。

 つまり、私の言う高潔というのは、その力を誰かのために使おうとすることを指すのだと思う。強力な力を持っていても己の欲に溺れているようでは、それはむしろ質の悪い暴力になってしまうもの」

 

 もちろん、チンピラみたいな話し方はしないに越したことは無いけれど。エルはこちらをどこか呆れたような目で見ながらそんな風に締めくくった。そしてエルは手に持った木炭をスケッチブックに走らせ――こちらも筆を取って色塗りを再開する――ややあってから、「でも」と独り言のように呟く。

 

「貴族というのは……指導者というのはそうあるべきだとも思うの。もちろん、人間なのだから、無欲でいられるわけでもないし、また私欲を全く捨てる必要があるとも思わない。たとえばお父様がこんな風に絵を描いて、自分のための時間を持つことだって、それは必要なことだと思うの。

 でも……多くの人達の代理として、何某かの宣誓を前に人を統べるを行うということは、自らの持つ力を誰かのために振るうことを求められる。そうなれば、きっと……その人自身の欲が誰かのためにあろうとするか、または自然と誰かのために行動できる人こそが、真の意味での指導者なのだと。

 高潔さというのは、生まれや育ちだけで決まるものではない。むしろ、その魂にこそ素養がある……そういうものだと思うのよ」

 

 魂にこそ素養がある、そんな風に言っていたのは誰だったか――ともかく、以前にも同じようなことを言われたことを思い出す。今のエルの言葉は、半分は自戒のために言っている様でもあるが、残り半分はこちらへ向けて言っているように感じられる。

 

 エルの言うことには一理あると思う。指導者は奉公滅私である人であるほうが好ましい。もちろん、誰かのために人の上に立って社会のかじを取ろうなどと面倒なことをやる訳だから、その中に私欲があって然るべきだし、何よりそういった損得勘定が無い人間は理想主義に突っ走りすぎる――そういう意味では、公私を混同させず、政治に関しては公正に行い、緊急の場合や大きな問題がある際には私欲を抑えて行動できるものが為政者として向いているとは言える。

 

 だからといって、自分が人の上に立つというイメージは全く沸いてこない。一応、私欲を抑えて行動するという点は――自己評価にはなるが――自分にもできるのかもしれないが、元が世を忍ぶ暗殺者であったからこそ、公人となることが予想もできないというのが正確か。そうでなくとも、帝王学や政治学について詳しい訳でもないので知識もないし、なんやかんやで公人というのは品が――彼女は重要ではないといった立ち居振る舞いや言葉遣いなど――求められるだろう。

 

 そういう意味では、自分には為政者としての才能は無いと思う。しかし同時に、これは何の話だったか――元々はエルの好みの話であったはずだ。それが絶妙に脱線してきたわけだが、彼女の伝えようとしたことの真意はなんだったのだろうか? そう思ってキャンバスから目を離して横を向くと、エルはこちらをまたじっと、静かに見つめていた。

 

「逆に聞いて良いかしら? アナタ、何故絵を描きたいと思ったの?」

「それは、単純に好きだから……というのが大前提なんだが……そうだなぁ……」

 

 自分の絵を通して、世界の人々の役に立ちたいから――などという、ちょっと高尚らしい理由があったのも事実ではある。ただ、ここでそれを言うのも、少し格好悪いと思ってしまったのだ。あたかもエルの言う高潔さという物を自分で持っていることを、過剰にアピールしているような感じがあったからだ。

 

 そんな風に口をつぐんでいると、エルはこちらのことを見透かしていると言わんばかりの視線でこちらを見上げてくる。

 

「ふふ、良いわ。何となくわかったから」

 

 彼女が言葉を切って作業に戻るのに合わせ、こちらも自分の作業に戻ることにする。確かに自分は絵を通じて世界に自分の意見を言いたいという、何やら高尚らしい理由をもってその道を志したわけだが――この絵だけは別だ。これは完全に自分の我儘であり、ある種自分のための作品だと言っても良い。何故ならば、この絵はオリジナルの記憶を取り戻した自分が、最後になるかもしれないと思って筆を取った作品であり、今までの自分の集大成としてのみ描こうと思った作品だからだ。

 

 そうなれば、自分はそんな高尚なもんじゃない。こんな自分の我儘に皆を付き合わせているのだから。しかしそれならばなおのこと、これはすっかり描きあげてしまわなければならない。進捗としては全体の七割ほどは来ているであろうか、最低でももう一日は欲しい。

 

 エルは集中する自分に遠慮してくれているのか、ただ黙々と自分の作業に没頭してくれている。こんな風に思ったのも、ある程度筆を進め、詳細をどうするか悩んだタイミングで集中がやや切れたからだ。気が付けば日も既に随分と西側に進んでおり――まだまだ明るいが――恐らく二時間くらいは集中して進められたといったところだろう。

 

 エルの絵を覗き見ると、すでに一枚目、二枚目のデッサンは済んでおり、少し方向を変えて三枚目に進んでいるようだった。枚数を重ねるごとに構図やバランスの改善が見られており、なるほど、彼女にも意外な才能があったのかもしれないと思い知らされる。

 

 ただ、彼女の方も少し疲れが出てきている様で、手の動きも散漫になってきているようだった。そこで息抜きに、他の二人の少女にも聞いたことを――この戦いが終わった後はどうするつもりなのか――聞いてみることにした。

 

「そうね……二つあるかしら。一つはさっき話したように、この地に安寧をもたらすために行動しようと思っているわ。

 そして、もう一つは……そうね……」

 

 エルはそこで一度言葉を切り、木炭の先端で自分が塗っている絵を指し示した。

 

「アナタの描くそれと同じくらいのものが描けるようになるまで絵の腕を上達させること、かしら」

「ほぉ……大きく出たな?」

 

 先ほど絵の上手さというのは相対的な部分もあると思ったが、同時に蓄積された経験とノウハウというのも確かに存在する。もちろん、エルが意外な才能を見せて――事実、二回目と思えないほど上達しているように見える――簡単に追いついてくる可能性だって否定はできないし、晴子にして曰く自分の絵は上手いだけらしいので、そういう意味では時間さえかければ確実に追いつけるものでもあるのだろうが――自分は十代の多くを絵に費やしてきたのであり、簡単に追いつけると思われるのは少々癪な気持ちが湧き上がってくる。

 

 それ故に少々棘のある返しをしてしまったのだが、言い返してから違和感に気づく。果たしてエルがこんな風に人の神経を逆なですることを言うだろうか? 毒舌家としての一面もなくはないが、どちらかといえば周りがふざけている時にカウンターを入れるのが主であり、自分からそういうことを言うタイプではないはずだ。

 

 そんな違和感が働いてエルの方を見ると、彼女は頬を上気させながら、はにかむような笑顔をこちらに向けていることに気づく。

 

「そうかしら? 確かに、我流や他の師をつける場合はかなり時間もかかるでしょうけれど……描き手がつきっきりで教えてくれれば上達も早いわよ、きっと」

 

 一瞬、その言葉の意味を呑み込むことが出来なかったのだが、一度言葉を反芻してようやく彼女の真意が呑み込めた。彼女は別に本気でこちらと絵の腕を並べたいわけでなく――いや、もしかしたらこっちも本気なのかもしれないが――要するに今後も側にいて欲しいと告白してきたのだ。

 

「ふぅ……こんな風に言うの、凄くドキドキしたけれど……でも、案外勇気を出して言ってみるものね? アナタのそんな間抜けな顔が見れるの、貴重だから」

「……まさか、君からそんな直接的な言葉が出るとは思ってなかったから。流石にびっくりしたよ」

「ふふ、言ったでしょう? 恥ずかしがるの、克服していかないと思ってるって」

 

 克服していかなければと以前に言われた時には彼女の真意がまったく分かっていなかったのだが、なるほど、そういうことだったのかと今更ながらに納得する。しかし、やはり少々無理をしているのだろう、恥ずかしそうに目線を泳がせたり、横髪を撫でながら所在なさそうにしているその姿が何ともいじらしく、こちらも心臓の鼓動が早くなってきてしまう。

 

 以前にエルは安心すると言ったことがあるが、前言撤回する必要があるかもしれない。大胆そうな見た目に反して奥ゆかしいのが彼女の美徳だと思っていたが、その殻を破ろうとしているのだから。しかしやはり性根にある恥じらいがあるので、そのアンビバレントな様子はなかなかにくるものがある――まさかこんな風にどぎまぎさせられるとなれば、エルの目論見は全く成功したと言ってもいいだろう。

 

 同時に、実際に彼女の言う様子を――彼女と共に歩む道というのを想像してみる。普段は不器用ながら、しかし懸命に領主としての勤めを果たそうとする彼女を支えることなら自分にもできるかもしれない。それに、羽休めにはこの美しい自然に囲まれて、彼女の隣で絵の描き方を教えつつ、自分も思いっきり描きたいものに打ち込むことができる――そんな未来が脳裏に浮かんでくる。

 

 しかし、他の二人の少女に関しても、同じように「ありえるかもしれない未来」を思い浮かべた。それらは確かな色彩を持って自らの心に浮かんできて、そしてそのどれもが魅力的で――もしかしたら自分は無意識的に、自分がこの先に戦う覚悟を鈍らせないようにするために、彼女たちと共に生きる未来について質問して周っていたのかもしれない。

 

 それは自分にはもったいないと思えるほど美しい未来であるとも思う。それに、結局選べる道は一つしかないはずなのに、こんな風に聞いて回るなどというのは、碌でもないことをしてしまったとも言える――彼女達の好意にはある程度は気付いていた訳であり、きっと彼女たちが思い描く未来の中に自分を関係させてくれることを分かっていて、敢えて言わせて意識させるというのは、趣味が良いとは言えないだろう。

 

 そんなことまで見通しているのか、エルは自嘲的に笑い、視線をスケッチブックに落として木炭を走らせながら口を開く。

 

「……大丈夫、この場で答えをくれとは言わないわ。きっと、他の子たちも同じようなことを言ったのでしょうし……大切なのはアナタの意志だもの。でも……一つ覚えておいて欲しいの」

 

 エルは木炭の動きを止め、こちらを見上げ――その瞳に強い意志を秘めて自分を居抜いてくる。

 

「アナタが選ぶ未来を私は尊重するわ。でも、それはアナタが幸せになる未来だけ。もし悲劇的な結末を選ぼうというのなら、そんなことは許さないし……そんな結末を選ぶくらいなら、私の隣にいなさい」

 

 大丈夫、悪いようにはしないから――そう結んで、エルは再び視線をスケッチブックに落とした。自分は、ただ彼女の有り様に圧倒されてしまった。どちらかといえばいい意味でだ。

 

 今までのエリザベート・フォン・ハインラインは、よく言えば相手の意志を尊重する人物であったが、悪く言えば他者の在り方に干渉しないタイプであった。それはどちらかといえば消極的な意味合いであった――彼女自身に自信が無いとか、他者の在り方に責任を持ちきれないとか、自身の意見がよりベターでないとか、そういった部分から人に対して断言を避けていたように思う。

 

 もちろん、それは一つの処世術だと思うし、彼女の良い性質は変わっていない。アナタの意見を尊重すると言ってくれていて、そしてそれは本心からの言葉のはずだからだ。同時に、悲劇的な結末は許さないという結論を持ち、そしてそれを明言するというのは、以前の彼女には出来なかったと思う。

 

 もっと単純に言えば、ここ数日で一番ガツンとやられたと言ってもいい。ハンマーで脳を叩かれたような衝撃で何も言い返せないでいると、エルは少し気まずげに唇を尖らせながら、目だけでこちらを睨んでくる。

 

「……ちょっと、何とか言ったらどうなの?」

「いや、イケメンだと思ってな……ちょっと圧倒されていた」

「何よ、それ……でもまぁ、少しは響いたみたいだし、良しとしましょうか」

 

 エルは満足そうに頷いて、再び彼女の父が愛した景色を紙に降ろそうと作業に戻った。自分の方はと言えば、動揺でしばらく作業に戻れなかったのだが――その動揺の正体は、エルの中に見えた彼女の遠い祖先の資質だった。

 

 自分がリーゼロッテに惹かれていた部分は、その美しさや、戦場で出会ったというそのロマンチックさ――それは倒錯した感情だろうが――などが主な要因だと思っていた。しかし、思い返せば、自分と対等以上に居てくれるその在り方に惹かれていたのかもしれない。

 

 そしてその強さは、今間違いなくハインラインの末裔に受け継がれている。その強さがある以上、もはや彼女のことを妹のようだなどと侮ることはできない。しばし動揺は続いたが、しかしその原因を言語化したことで落ち着きを取り戻し――後は日暮れ近くまで互いに絵をひたすらに描き進めた。

 

 なお、彼女の絵の上達は早く、本当にすぐにでも追いつかれてしまうのではないかと思わされるほどであり、そう言った意味でも圧倒されたことを追記しておく。

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