B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
そんな話の流れから、自然と右京の話へと――それは自然と晴子の足跡も辿ることになる――発展した。まずは、オリジナルの持つ記憶のその後について。右京は晴子のリハビリに付き合いながら、DAPAでの影響力を強めていったようだ。ただし、多くの社員は右京の存在は知らず、逆に知っていたのはその身柄を拘束したリーゼロッテ、並びにその日のうちに現場にいたダニエル・ゴードン、そしてDAPA各社の社長、会長クラスの者たちに――要するにここで右京はアシモフやキーツと接点を持った――限られたようだ。
とはいえ、虎の暗殺により、強力なリーダーシップを持ったクラークや、その後を継げるだけの指導力を持つ者たちは居なくなっていた。右京は残った要人らに巧みにつけ入り――場合によっては秘密裏に入手していた彼らの弱みすら利用して――指導者達を傀儡としてDAPAを操るようになっていったようだ。
その中でも、ダニエル・ゴードンとは対等の関係で居たことは先日聞いた通り。悪魔的な二人が出会ってしまったとも言えるのだろうが、ゴードンとしては魔術の研究に専念したいために社内政治は面倒であり、右京は最大の敵となり得る者を味方につけることで、互いの利益を最大化するように動いていたようだ。
一年もすればDAPAはすっかり右京によって骨抜きにされ、ちょうど時を同じくして晴子は右京の勧めでアルファ社で働くことになった。別段生活にも金にも困っていなかったはずではあるが、養われるだけというのには晴子も反発したし――また晴子の自立心が、右京におんぶにだっこという状況を許さなかったのだろう。それに――。
『……あの人が晴子を病室に迎えに来た時、べスターさんの事務所を止めてより給与の高い仕事に就いたと話していました。
晴子はそれを悲しいと思いつつ……あの人の繊細な所を、べスターさんやグロリアが上手く受け止めてくれていると思っていたので……でもあの人はきっと、自分を支えるために決断をしてくれたのだと。そしてこれからは自分があの人を支えなければいけないのだと奮起して、リハビリに臨んだんです』
右京はひとまず、晴子に対してアルファ社で働いているという体で話をしていたようだ。リハビリが終わって職を薦める際には、晴子としては縁故採用のようで気が引けたようだが、就業経験も専門知識もない彼女としては選択肢も無く――また入社一年で人事権を発動できることに違和感もあったようだが――彼が用意してくれた道でもあったのでそれを受けることにした様だ。
右京は自分がDAPAを背後で牛耳っていることは、旧世界が滅びの時を迎えるまで晴子には知らせていなかったようだ。晴子自身もDAPAの目的も「更なる人類の進歩のため」という漠然とした理解で――それがまさか旧世界を滅ぼすことに繋がっているとも知らずに――仕事に打ち込み、光の巨人が現れた時には右京に言われるがままに移民船に乗り込み、ただ呆然と母なる大地が人の住めなくなるのを見ることしかできなかったようだ。
そして移民船の中において、晴子は初めて右京の立場とその影響力を知ることになる。DAPAの首脳と対等以上に語っている彼を目の当たりにし、実際にかなり困惑したらしい。同時に、旧世界を滅ぼした者こそ右京らであることを知り――しかし自らもそれに間接的に加担していたことを知り、その罪の意識に押しつぶされそうになったほどだという。
『……右京に対する不信感を募らせる一方で、しかし晴子は彼のことを見限ることは出来ませんでした。
宇宙船という閉鎖的な環境の中ですから、距離を離すことも難しかったというのもあるのですが……何よりも、彼が自らのために世界を犠牲にするような人とは、どうしても思えなかったんです』
『だが、実際には……』
『えぇ……事実として、彼は彼の望みを叶えるために、全てを犠牲にする道を選んだ。しかし、しかしですよ……あの人は宇宙船の中で、常につらそうな顔をしていました。それは、私以上の罪悪感に苛まれているからこそだと思ったから……晴子はそんな彼から、どうしても離れることもできなかったのです。
それに、何より……一つの希望が……晴子のお腹に宿っていたのです』
右京との子を身ごもったことが発覚したのは、宇宙船に乗り込んだ後のことだったらしい。宇宙での妊娠、出産に関しては様々な仮説こそ存在していたものの、実際に人類がそれを体験するのは初めての経験であり、当時の最先端医療であるパラソル社の知識の元で慎重に扱われた。しかし、やはり無重力や放射能、それに宇宙生活や右京との関係性におけるストレス、何より大事故にあっていた母体の状態と様々な要因が相互に作用を及ぼしたせいで、その子は命を持って生まれてくることは叶わなかった。
『……生まれてくる子供の名前は、既に決めてあったのです。ですが、その子の名を呼ぶことは叶わなかった……晴子は絶望の淵へと沈みました。もしも母体がもっと健常だったら、自分が強い心を持って宇宙環境に耐えていたのなら、真一は生まれてこれたはずだと。
そして晴子と同じくらい、もしかしたらそれ以上に、右京もまた心に闇を落としていたように見えました』
『……見えたってことは、ポーズだったってことか?』
『私はあの人ではないので、確実なことは言えないというだけです。もちろん、あの人は本心を隠して、時と場合に合わせた態度を取る人ではあります。ただ……あの時は本当に動揺している様でした。
涙に暮れる晴子の隣に居るからこそ、彼は弱音も吐かず、涙も見せずに懸命に励ましてくれましたが……本当は、それこそ消え去ってしまいたいと思うほどの絶望に打ちひしがれていたと、今になってみると思うのです』
レムがそう言うのなら、きっと事実として右京は動揺していたのだろう。彼女は自分よりも長い時を一緒に居た訳であり、その理解度は自分等よりも遥かに上なはずだから。自分としても、特に違和感はない――アイツは色々と勝手に期待して、少しでもうまくいかなくなると必要以上に絶望するタイプだから。
そんな風におぼろげに考えつつ、キャンバスに向けて筆を走らせていると、脳裏にレムの声が続く。
『結果論ではありますが……もしも真一が生まれてくることが出来ていたら、右京は惑星レムを……この星のディストピアを作り上げることは無かったように思うのです』
『だが、実際のアイツは、その子の遺伝子を使って勇者に扮し、高次元存在に対してウイルスを送り込んだ。そう考えると、息子への愛情が無かったとは言わないが、それがまっとうなものであったとも思えないな』
『えぇ、その通りです。彼の他者への愛は結局、いつも過大な自己評価の低さの前に霧散してしまう。誰かに期待して側に寄るけれど、結局は自身の卑屈さや至らなさに勝手に絶望して、憂鬱の渦に落ちて行ってしまう。
それは、彼との時間の中で度々感じていたこと……どれだけ側にいても、どれだけ寄り添っても……いいえ、近ければ近いほど、彼は自身の中に邪悪な何かを見出し、心を沈めていってしまう。
たとえば喧嘩の一つをとっても、あの人は感情的な議論が苦手ですから、すぐに黙りこくって嵐が去るのを待とうとします。そうすると、晴子は余計にそれが許せなくなり、ヒステリーを加速させます。
そうすると、あの人は悲しそうな顔をするんです。きっと、相手を怒らせているのは自分が到らないからだと……もし自分が完全に相手を満足させられる人間であったのなら、こんな風に喧嘩をすることも無かったのだろうと、そんな風に考えていたんだと思います。
実際の所は……晴子はただ、あの人の言葉を聞きたかっただけ……本心を知りたかっただけだというのに……』
レムの――生前の晴子の感じていたことは、右京の性分を正確に捉えているだろう。アイツが旧世界で二課を裏切ったのは、アラン・スミスを通じて自分の矮小さを突きつけられて、自身に絶望していたからに他ならない。そんな自分が嫌になる程、螺旋のように絶望の渦に沈んでいく――星右京というのはそういう男だ。
その負の連鎖を断ち切るには、やはりこの世界から完璧に消え去るしかない。魂の螺旋すら断ち切らない限り、何度も無限の絶望に墜ちていく――それが星右京の出した結論。レムも右京の真意が変わっていないと考えているのは、アイツのこう言った性分が故だろう。
だが、アイツのなお悪い性分は――。
『……何度も絶望する癖に、何か新しいものを見つけると、それに期待してしまうんだよな、アイツは』
『はい。だから、私も……生前の晴子も同じように考えたのです。高次元存在が知的生命体に生きる意味を見出そうとしているのと同じように、右京も我が子が居ればそれを見いだせたかもしれない、と。
ですから、右京に真一を蘇らせるための壮大な計画を聞かされたときに、晴子はそれを呑んだのです。もちろん、それは生まれることのできなかった我が子への罪滅ぼしでもあり、自分自身への慰めでもあり……そして真一が戻ってくることが、きっと夫にも良い影響を与えると思ったから。
でも、実際には……あの人は真一が生まれてくることをもはや望んでいませんでした。恐らく、彼はこう考えたんだと思います。仮に我が子がこの世に生まれてきてたとしても、結局は彼は星右京という自分自身からは逃れられない。むしろ、近い存在程、自分を映す鏡になる……星右京という人物が醜悪であるほど、きっとそれは我が子を通じて、ありありと映し出されてしまいますから』
『言っていることは分かるんだがな……それじゃあ、そもそも右京は子供を作るべきじゃなかったんじゃないか?』
『晴子は右京に必要なのは子供だと思ったんですよ。子供が欲しいと言ったのは晴子でしたが、彼はそれを拒絶しませんでした……むしろアランさんの言う通り、当初は子供に何かを期待している風ですらあったのです。
もちろん、希望半分不安半分ではあったでしょう。ですが、最初は半分の希望にかけていたように思うのです。合わせ鏡が自分に意味をくれるんじゃないかと、そんな風に期待していたんじゃないかと思います。
ですが、それは叶わなかった。叶わなかったからこそ、彼は決心してしまったのでしょう。やはりこの世界には絶望しかないと。幸せなど刹那の幻で在り……仮に子供が生まれたとしても、それ以上の絶望を返されるかもしれない。それなら、やはり無限に続く輪廻の話を断つしかないと……右京はそんな風に考えたのだと思います』
自分の意見とレムの意見が一致を見せたことで、ひとまず自分が確認したかったことは済んだと言える。自分としては、アイツが今何を考えて行動しているのか確認をしておきたかった。ぶん殴ってやるにも、もし考えが変わっていたら――それこそ別の思想で今の行動を取っているのなら、それこそぶっ飛ばしてやるところでもあるのだが――この馬鹿野郎と言うのに説得力が無くなるかもしれないからだ。
しかし、疑問は晴れたというのに、何となくだが筆は重い。これでアイツを気持ちよくぶん殴れると思っていたというのに、まだ何かもやもやとしたものが残っているのか。そんな思考を他所に、レムはまだ伝えるべきことがあるという調子で、淡々と話しを続ける。
『そんな彼ですが、ことあるごとに妙なこだわりを見せました。それこそ、全ての魂に終わりを告げるためにこの星を創り出したというのに、その細部について驚くほど意見を出したのは他ならぬ右京ですから。
アランさんの言う通り、意外とファンタジーな世界に対するこだわりがあったと言えばそうなのかもしれません。王政と教会と学院の三権分立に、魔王と勇者の戦いによる人口の管理、そういったことの原案を考え出したのは他ならぬ彼ですし……システム的な物の他に、彼はこの世界の景色や風俗などのディティールにも精力的に設計をしました。
本来なら、この星の重力をわざわざ旧世界と同じくし、生態系を変貌させる必要なども無かったんですよ。高次元存在を降ろすのに必要なのは、知的生命体のおよそ三千年間の進歩の停滞だけ。もちろん、星間移動中に我々が実験的に創り出した第六世代型が人の規格をしていたので、旧世界と同じような生態系があった方が管理がしやすかったのは事実ではありますが、第六世代型を元々の環境に耐えられるように調整するほうが、テラフォーミングする労力の方がより安くつくのは明白ですから。
それでも、あの人はこの星に美しい景観を求めました。どこまでも続く平原、切り立った山々、鬱蒼と茂る森林、灼熱に燃える砂漠……それだけでなく、雑然とした煉瓦造りの街並みや、天にも届く塔、地下にそびえる広大な都市など……それはもちろん、母なる大地を失ったDAPAの生き残りたちのノスタルジーを喚起する物でもありましたから、最終的には右京の意見が採択されました。
ですが、あの人が今の形にこだわったのには……彼自身のこだわりであるのはもちろんですが……数千年越しにアラン・スミスを弔う意図があったように思うんです』
『……俺を?』
レムの最後の言葉に、思わず手の動きが止まる。こうやって遥かの過去から蘇った今となっては、弔われるというのもおかしな感じはするのだが――それでも、思いがけず自分の名が挙がったことに、思わずそのまま聞き返してしまう。
『えぇ。あの人は、アラン・スミスが描きたい風景を、この世界に蘇らせようとしていたんじゃないかと思うんです。旧世界は大戦の影響で、居住区以外の自然は破壊されたまま、決して少なくない部分が放射能に侵されていました。それ故に、アランさんは……兄さんは、本当に見たい景色を見に行くことができなかった。
あの人はそれを知っていましたから……この世界には、アランさんの描きたかったであろう美しい景色を、たくさん作ろうとしたのだと思います。
その証拠と言ってはなんですが……この星において身元不明の死人のことをアラン・スミスと呼称したのも、やはり右京です。もしかしたら自戒の意味を込めた命名だったのかもしれませんが……あの人の心の中には常にアナタが居たことの証明にはなると思うんです。
もしも二度と思い返したくない過去であるとするのなら、もっと別の命名をすればよかっただけ……むしろ、この世界の言語など、他の者に任せれば良かっただけなのですから』
『はっ、なんだよそれ。死人に俺の名前をつけるなんて、全然いい趣味とは言えないぜ』
『えぇ、まったく……ただ、あの人の仮説では、高次元存在が消失したのちは、ただ物質世界だけが残るとされていました。それは、親が居なくなっても、子供は残るのと同じように……魂だけが消失し、この星の景色だけは残るようにと考えていたんだと思うんです。
それこそ、この星の景色をアナタに捧げるため……こんな世界を作り上げたのではないかなと。もちろん、高次元存在が消失した後はアランさんの魂も消失するわけですから、仮に私の予想が当たっているとしても、彼の自己満足でしかありませんけれどね。
ただ、あの人の心の中には、常にアナタに対する罪の意識があった。どうしようもなく嫉妬してしまうほど遠くて、同時に憧れだった人を手にかけてしまったという事実は、ずっとあの人の心の奥底にあったのは間違いありません』
本当は、ここまで言うかも悩んでいたのですが――レムはそこまで言ってから口をつぐんだ。彼女が言おうか悩んでいたのは、下手に右京の気持ちを知ることで、自分に迷いが生じないかを懸念してのことだろう。
しかし――蘇った直後、レムにこの世界を見る様に言われて、時に大きな陰謀に巻き込まれながらも世界中を歩いてきた中で、自分は何度も美しい光景に胸を打たれてきた。自分が描きたいと思うような景色に何度も出会った。だから、この世界の在り方に対しては疑問を差し挟みつつも、同時にこの世界の有り様は好ましく思っていたのだ。
もしこの世界の有り様について、右京が徹底してこだわって作り上げたというのなら――そしてそれが他ならぬ自分のためであったというのなら、それは――。
自分の感情を上手く言葉にできないが、代わりに創作する力だけが身体の奥から湧き出てくる。感情のままに、身体の赴くままに、この世界の美しさを表そうと、キャンバスに色を乗せていく。それは、自分に見える、感じるものだけでなく、この世界が生まれた意味を表すために。
絵は言葉を語らないが、しかしそれ以外のことを雄弁に語る。きっと今の自分には、それこそが相応しい。それこそが自分が筆を取った理由であり、絵を志した原初であったはずだから。
自分でも驚くほどに迷いなく手が動き――パレットから絵具をすくい取り、色が乗るたびに世界が鮮やかになっていく。自分があまりにも集中しているせいか、いつの間にかレムも黙って自分の作業に見入っているようだ。