B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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未完成の絵

『なぁ、レム……お前はまだ、右京のことを愛しているのか?』

 

 手は休めないまま、女神にそう問いかける。なぜ自分でもそんな質問をしたのか分からないが――もしかすると、アイツがまだ誰かに求められているのかを確認したかったのかもしれない。

 

『私は……私は人工知能ですから、本来は感情という物は無いのですが……私の中にある晴子の亡霊をして言うとするのなら、愛しているという言葉の定義によると思います。

 もしも好きという感情が溢れて止まらず、相手のすべてを包み、同時に時間と感情の全て奪いつくそうとする熱い感情のことを愛というのなら、私はあの人のことを愛していないことになります。

 ただ、もしも……自らとどうしても分かちた難く、常に隣にあり、安らかにいて欲しいという願うことを愛というのなら……私はまだあの人のことを愛していることになります』

『愛の定義か……そりゃ難しい話だ』

『聞いてきたのはアランさんですよ? ですが、仰る通りです。言葉を定義するのは……その言葉にどんな意味を持たせるのかは人間の仕事であり、AIの仕事ではありません。ですから、私の右京に対する感情を一言で言うとするのなら、執着、で良いと思ってます』

『執着、執着ね……』

 

 生返事を返しながらも筆を進め続ける。レムの言う通り、きっと愛の定義など人の数だけ意味がある。それはきっと、この景色をどう読み取るのかと同じように――好きの上位互換的なものを愛と思う者もいれば、無限の献身を愛と呼ぶものもいるだろう。

 

 しかしなんとなくだが、自分はレムの言う愛というものが結構しっくりと来た。それはそれこそ一万年も連れ添ったからこそ、最後に残ったものなのだと思う。相手に何度も失望し、長い時間と度重なる不信によって燃えるような想いが風化し、それでも最後まで相手を想えるというのは――彼女はそれを執着と呼んだが、自分はそれこそが深い愛だと思う。

 

 そして、そうであればこそ、一万年前に自分が取った決断は間違いではなかった。自分が右京に晴子を頼むと言わなければ、アイツは恐らく晴子を迎えに行けなかっただろう。もし迎えに行かずとも、きっと同じように旧世界は崩壊していたと思うし――そうなれば、このようにアイツのことを最後まで祈ってくれる人は居なかったに違いない。

 

『……結局、晴子は愛する人を絶望から救うことは出来ませんでした。でも、アナタなら……絶望の淵から、あの人を救い出すことが出来ると思うんです。

 最初は、アナタの手を煩わせずに居ようと思っていましたが……今となって思うのは、あの人に本当に必要だったのは、きっと強い力で引っ張ってあげることだったと思うんです。晴子には、その力がありませんでしたから』

『そうか? 結構ぐいぐい行ってたように見えたがな』

『それは、あくまでも恋の駆け引きとしては、の話です。ともかく、きっとアランさんなら……』

『俺はアイツを救う気なんかないぜ、レム。アイツは、救われるなんて生易しい所はとうに過ぎてしまったんだから』

 

 そこで一度レムとの対話を切り、筆をパレットの隅に置いて椅子から立ち上がる。そして完成した絵をしばし眺め――間違いなく、自分の集大成と言えるだけの景色が完成した。

 

 そしてその絵を眺めたまま、今度は脳内でなく、言葉でレムに話の続きをすることにする――彼女は既に自分が何を言うかは知っているはずではあるが、口で言った方が、音が耳に残り、自分自身の決意も固まりやすい、そんな風に思ったから。

 

「ただ……アイツに言ってやりたいことはできた。ぶん殴った後に、それを言ってやろうとは思う」

『……えぇ。それで大丈夫です。それにきっと、アナタが彼に伝えようとしている言葉は、きっとあの人に心に届くと思いますから……アランさん、お願いしますね』

 

 レムの返答が途絶えるのと同時に、別荘の方から人が近づいてくる気配を感じた。それは、ちょうど四人分――足音としては三人分だが、意志としては四人分だ。振り返ると、三人の少女たちと肩に乗っている一羽とが、その影を東側に作りながらこちらへと向かってきているのが見える。

 

 そして三人のうちで先頭を駆けてきたソフィアが、真っ先にこちらへ向けて手を振りながら近づいてきて、すぐに自分の隣に並んだ。

 

「アランさん! 絵は完成したの?」

「あぁ、一応な。また乾燥すると多少色味も変わるけどね」

 

 こちらの返事を聞いて、ソフィアとその肩に乗るグロリアは、完成した絵を注視し始める。それも真剣な様子で――そしてすぐに後ろからエルとクラウディアも追いついてきて、各々「ほほぅ……」とか「これは……」とか呟きながら、計8つの瞳が自分の絵に注がれることになる。

 

 誰もが絵を食い入るように眺め――ややあってからソフィアが絵から一歩引いて、改めて自分の隣に並んだ。

 

「私は芸術学やその理論については完全に素人だから、この絵をどう評価すればいいか分からないけれど……何か凄く訴えてくるものを感じるね。だから、目が離せないというか……」

 

 そう言いながら、確かにソフィアは一歩引いたままでキャンバスを眺め続けている。ついでクラウディアとエルも同じように絵から離れ、しかし距離を変えてまた完成品を眺め続けている。

 

「ソフィアちゃんの言う通りですね。以前、同じ景色を描いた時と同じ角度、近い構図なのに、なんだか印象が全然違うというか……」

「オリジナルと融合して理論を思い出したから? それとも、風景の時期が微妙に違うからかしら……でも確かに、以前のものと比較しても、すごく力強くて、鮮やかで……」

 

 以前は普通に上手い、程度の評価だったのに対し、今回の評価はそれと比較してかなり高いと言えるだろう。自分でもかなり上手く描けたとは思っている――理論や技法だけでなく、世界が訴えてくる声を刹那の霊感で感じ取り、それを余すところなく表現できたのだから。

 

 それが可能となったのは、この景色が単純に「美しきもの」以上の意味を持ったからだろう。少なくとも、自分にとっては――今までは、単純に好ましいと思っていただけの光景に、成り立ちだとか歴史だとか、そういった誰かの足跡が見えたことで、自分にとってもただの景色以上の意味を持った。その意味が筆に乗った結果が、以前との評価の差に繋がっているように思うし、実際に完成度が飛躍的に高まったという自負もある。

 

 改めて、一歩引いて自分の完成品を眺めることにする。少女たちが絵の前に立っており、隠れてしまっている部分はあるが、一歩引いてみることで改めて見えるものがあるはずだ――そう思いながらしばし視界のあるがままを眺めていて、ある重大なことに気付いたタイミングで、グロリアがソフィアの肩からこちらの肩に飛び移ってくる。

 

「良かったじゃない、アラン。好評よ」

「いや、まだ足りないな」

「……えっ?」

「確かに、自分でも今までで一番うまく描けたと思うんだ。でも、改めて見ると、コイツはまだ未完成だ」

 

 グロリアに対してそう返答すると、その相棒であるソフィアがいち早くこちらの言葉に反応した。

 

「そうなの? 何が足らないのかな?」

「一番描きたかったもの……いいや、俺が描くべきだったものが欠けてるんだ」

 

 そう、何故これを忘れていたのか――そんな風に自戒の念を抱いていると、今度はエルがこちらへ振り向いて訝しむ様な視線を浴びせてくる。

 

「何よそれ、そんな大事なものを描き忘れるなんてあり得る?」

「あぁ、だから絵のテーマは大事なんだ。何を描くべきか、描かないべきか……それを最初に決めなければ、こうやってすごく大切なものを描き忘れることもある」

 

 そう、この絵を描き始めた時には、コレで良いと思っていたのだ。足らないことに気づいたのは、今の自分だから――そう、この重大な欠点に気づくには、ここ数日の経験が全て必要だった。

 

 少女たちとこれからと未来について語り合い、そしてレムからこの世界に対して捧げられた祈りを聞き――そして自分が本当に描くべきだったものが初めて見えた。それ故に、当初想定していたテーマと自分が本当に描くべきだったテーマとの間に齟齬が産まれてしまったのだろう。

 

 しかし、まだ修正はできるな、自分がそう考察をしていると、クラウディアが絵を指さしながら、首だけこちらへ向けて首を傾げる。

 

「それじゃあ、どうするんです? 新しく描き直すんですか?」

「これは油絵だから、後から塗り足すこともできる。風景画としてはこれ以上なく描けたと思うし、できればコイツに描きたしたいな」

「風景画としてはって……風景画を描いてたんじゃないですか?」

 

 クラウディアは絵を指さしたまま、傾ける首の角度を更に深くした。少々こちらの言い方にも難があったのだが、一番重大なテーマが欠けていたことには変わりない。ただ、それは絵のほんの一部に加筆すれば間に合う修正であるので、これをそのまま利用しようと思っている形だ。

 

 ちょうどそんな風に思っているタイミングで、レムが呼びかけが自分の脳裏にも聞こえだし――それらがどうやら今このタイミングで絵を修正することが難しいということを告げていた。

 

 どの道、この加筆には時間が掛かる。ただいま塗った絵具がしっかりと乾ききってから加筆をしなければならないのだから。そして、この絵を完成させるためには、未だ絵の前でこちらに対して目を丸くしている少女たちの強力が不可欠だ。

 

「……なぁ、皆。ここ数日、この戦いが終わった後のことを聞いたよな? それで、俺はまだ先のことは考えられないとか言っていたが……今決めたよ。俺はコイツを完成させるために、必ず戻ってくるって。

 それで、不躾ながらに約束して欲しいんだ。皆には、コイツの完成に立ち会って欲しい……だから、必ずみんな生きて帰って欲しいんだ。一人欠けることなくな」

 

 こちらの言いたいことは伝わっていないのだろう――抽象的に言っているのだから当たり前だが――少女たちは一様に首を傾げる。しかし同時に、こちらの覚悟と決意は伝わったのか、すぐに力強く頷き返してくれたのだった。

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