B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
世界各地で異変が現れたという報告を受け、自分たちは別荘地を後にし、すぐさまノーチラス号まで戻ることとなった。整備の方は予想よりも早く終わりそうであり、こちらの到着と共にすぐに飛び立てるように準備を進めておくという算段になっている。
さて、現れ始めた異変としては、次のようなものである。黄金症から意識を取り戻さない者の他に、つい先ほどまで普通にしていた者が急に意識を失うというのが各地で散発され始めたとのことらしい。その発生原因は不明であり、かつ規則性や法則性も見えない。解脱症や黄金症に罹りやすい者は自らの意志を持たないもので――それをこの世界では恩寵という数値で可視化していた――あったが、今回のものは精神的な性向や身体的な特徴に共通点は見られず、それこそ世界の各地で無差別的に起こっているもののようだった。
初めてその症状が発症した者が現れたのは今からちょうど一日前、それから数時間後に二人、半日後には四人、その後一気に数が増え、現在レムの方で把握しているのは合計で三十名程に及んでいるそうだ。数件程度では右京のウイルスの影響とは言い難く、もう少し様子見をしようとしていたところ、突如として増えたのでレムも緊急事態として認定したようだ。
現在確認されている範囲で、空気感染をするような兆候は見られず――生体チップからの情報によれば意識を失った人々のバイタルには全く問題が無いのであり、それこそ伝染するようなものでもないのだろうが――爆発的に増えたタイミングにおいても発症者を起点に伝染したという訳ではなく、示し合わせたように世界各地で発症したらしい。その数は今でこそ少ないものの、以前に予測したように倍々に増えるのであれば、今後は一気に数百人、数千人単位で発症することが考えられ、気が付いた時には今度こそ世界が終わってしまう――正確には知的生命体の存在が終焉してしまう――恐れもある。
「……その意識を失ってしまった人たちは、元に戻せるのか?」
海都付近に留まっているノーチラス号へ向かうヘリの中、状況を説明するレムに対してそう問う。彼女は現在、グロリアのホロ装置を通して一同の中央に鎮座し、瞼を閉じながら首を横に振る。
「確定的なことは言えませんが……もし私の仮説が正しいとするのなら、難しいのではないかと思っています。黄金症は肉の器から魂が離れた状態であり、両者が再び結びつくことで克服できました。
しかし今度のものは、恐らく魂そのものが消滅しているので、その克服は難しいかと……もし右京の目的が代わっていないと仮定するのなら……高次元存在の消滅を狙ってのものになりますから」
「そんな……全く可能性はないんですか?」
そう声をあげたのはナナコだった。彼女の表情は深刻そのものだが、同時になんとなく呑気な質問のような印象も受ける。しかし、それも仕方のないことだろう――世界のどこかで、それこそ自分たちの目に見えない範囲で魂が消失しているというのはどこか自分も現実感が沸かないし、それでも魂が消滅するという重大で未知なことは悲劇的な響きを帯びており、しかしただちに自分がなにそれとすることも出来ないので、そんな質問をするしかないという気持ちもわかる。
そしてそれはレムも同様なのだろう、彼女は困ったような表情を浮かべてナナコの質問に対して再度首を振った。
「私の方で絶対的なことは言えないので、どちらかというと楽観視は出来ない、というのが正確な所よ。
もしかしたら、魂は失われてなどいないのかもしれないし……失われていたとしても、私たちが肉の器を遺伝子情報から構築するように、それを復元できるような技術があるとするのなら不可能ではないのでしょう。
けれど……そんなことが可能なのかは、それこそ本物の神でないと分からないこと。なので、私よりはクラウディアに聞く方が、もう少し正確なことが分かるかもしれないわね」
レムが言い終わるや否や、一同の視線は緑髪の少女に注がれる。彼女は先ほどから目を瞑り、胸に手を当てて何かに集中していたのだが――それこそ、微かな声を拾い上げようと耳を傾けていたようだ――みんなの視線が集まったことで瞼を開いた。
「先ほどから確認を取ろうとは思っているのですが、以前に増してノイズが酷いと言いますか……以前は鮮明に感じていたイメージが、今はおぼろげにしか見えないんです。多分これも、星右京が高次元存在をコントロールしようとしている結果だと思います」
「つまり、この場では正確なことは誰も言えないというのが結論。私たちの打てる最善の策は、可能な限り迅速に星右京を止めることでしょう……全てが手遅れになる前にね」
そう言葉を差し挟んできたのは、操縦席に座るチェン・ジュンダーだ。とはいえ、操縦のほとんどはレムが遠隔でやってくれているので、彼が操縦席に座っているのは単純にスペースの問題であり、万が一の場合――それこそ右京が干渉してきたときにいつでも手動操作に切り替えられるようにしているに過ぎない。
「ともかく、ここ数日で私とレムで作戦を練っていました。私たちの側も右京の側も互いに宇宙戦闘は初めてになるので、予測できないことも多くありますがね」
「ここ数日見ていないと思ったら、そんなことをしていたのか……休むって言うのは嘘だったのか?」
「初日はノンビリさせてもらいましたよ。ただ、あれこれ考えているほうが性に合っているので……もはや策を考えることが趣味とすら言えるのかもしれません」
こちらの質問に対し、チェンは肩を竦めながら答えた。レムにしてもチェンにしても、結局は働きづめであり、そんな中で自分はゆっくりと時間をもらってしまったのだが――決意を新たにできたので無駄ではなかったはずだし、むしろ養った英気で以って全力で事に当たり彼らの労力に報いることで帳消しにしよう。
自分がそんな風に思っていると、目からホログラムを放ちながらグロリアが嘴を動かす。
「それじゃあ、期待しても良いのね、チェン?」
「先ほども言ったように、初めての本格的な宇宙戦です。細かいことは、シモンたちが合流してからにしましょう……ひとまず、考えられる可能性はアレコレ出し尽くしたとは言っておきますよ」
今の言い方だと、あまり勝率は高くはないのだろう。可能性を出しつくしただけで、つまりはあまり有効な戦術は出せていないということなのだろうから――しかしチェンの態度はどこか楽観的な様子だった。つまり、恐らく可能性はゼロではないのだろうし、同時にそこに賭けるだけの価値があるとチェン・ジュンダーは考えているのだ。
ヘリは辺境伯領までの道をそのまま引き返し、およそ二時間ほどで海と月の塔が間近に見える平原まで戻ってきた。そして平原のある一地点に、半径百メートルほどのコンクリートの円があり、ヘリがその上で浮遊していると、コンクリートの真ん中が縦に割れて、その下にノーチラス号が納められているのが見えた。
ノーチラスはまだ整備中のようであり、クレーンなど様々な機械が艦の周囲で音を立てながら作業を続けているのが見える。その多くは大型機械によって自動化されているようではあるが、細かい作業は人型によって行われており――恐らくレムリア大陸まで来ていたであろうドワーフや魔族、それに一部は銀色のボディの機械人も混じっている。レムの制御下に戻ったアンドロイドも協力してくれているということなのだろう。
そんな作業を横目に、ヘリはノーチラスの甲板へと乗りつけて、自分たちはそのままブリッジへと足を進めた。中へと入るとこちらへ残って作業をしてくれていたメンバーが――ジブリールにイスラーフィールは内部のプログラムを担当しているのだろう、端末に向けて指を動かし続けており、ブラッドベリは椅子の上で腕を組みながら入ってきた自分たちに一瞥をくれた。
そしてブリッジ最奥の椅子がくるりと半回転すると、背もたれを随分と余らせているドワーフのシモンが笑顔で、しかし同時に目の下に大きなクマを作りながら出迎えてくれた。
「アランの旦那、少しはノンビリできたかい?」
「あぁ、おかげさんでな……そういうお前さんはお疲れのようだが、大丈夫か?」
「これから宇宙に出るっていうんだ。むしろ、少しくらい不調じゃなきゃ興奮しすぎで死んじまうかもしれないよ」
そう言いながらシモンは目をぎらぎらさせた。恐らくほとんど寝ていないのだろうが、本人が言うように興奮が疲労を打ち消しているのだろう。シモンは椅子を再び半回転させ、熾天使たちと同様に作業へと戻った。
その後、戻った自分たち八人が各々椅子につくと、天上の装置から光の粒子がブリッジの中央へと注がれ、そこに等身大のレムが姿を現した。
「さて、オールディスの月への突入作戦ですが……皆さんを月へと無事に送り出すのが最大の難関になると言ったのは以前の通り。後はノーチラスをどこに着陸させ、どこから突入するかも重要になります。
何せ、人工の月の直径はおよそ千キロメートル、表面積は三百万平方キロ、体積は五億立方キロにも及びますから、あまりに適当な場所から突入しても、右京の元へと辿り着くまでに数日を要す可能性すらあるためです」
もちろん、中心部のほとんどは動力機関であり、移動可能な範囲の体積はもっと少ないですが、とレムは補足した。並んだ数字が途方もなかったのであまりイメージは沸かないが、同時に人の足をして数日で踏破できる広さではないのも良く伝わってきた――人工の月は自分がこの世界に生を受けてからも巨大という印象が強く、実際その通りに広大ということなのだろう。
ともかく、レムが一度言葉を切ると、ブリッジの窓がそのままスクリーンと化し、そこに球体を半分に割ったものの――その中にはまたゴチャゴチャと文字や迷路のような模様とが刻まれている――映像が映し出された。
「こちら、私が認識しているオールディスの月の見取り図です。建築学的にも力学的にも機能的にもそう違和感のないものでありますが、私は情報共有を受けているだけであり、実際に内部の様子を全く見たことが無いので、本当にこの通りかまでは断言できません……エリザベート、こちらは最新の状況と相違ない物でしょうか?」
レムに声を掛けられ、自分の隣に座るエルが身を乗り出して月の見取り図を注視し始める。あんな細かい図を見たところで何もわからなそうだが――しかしエルはしばし真剣な眼差しでそれを眺め、ややあってからレムの方へと向かって首を振って返した。
「リーゼロッテの記憶とはそんなに相違ないとは思うけれど……彼女はほとんど寝て過ごしていたし、その内部構造にもそんなに興味を示さなかった。あと、一応私も一度月にはいっているけれど、それでもごく限定された範囲しか移動していないから、全体感としては分からないわよ?」
「一年で区画ごと変えることはできないでしょうし、概ねのことが分かれば十分です。それに一番知りたいのは、ここの状況です」
レムがそう言って後、月の内部の一部分が大きく拡大される。エルは再び身を乗り出してそこの見取り図を注視しはじめる。
「七柱たちの領域ね。確かに、ここに一度足を踏み入れたわ。もしかしたら、リーゼロッテはこの時のことを予見して、実際に私を連れて行ってくれたのかも……えぇ、大体この通りなはずよ」
エルが大きく頷き返すのを確認して、レムの方も頷き返し、そして女神は背後のスクリーンの方へと向き直ってその一点を指さした。
「皆さんの攻略目標となるのはここになります。七柱の創造神たちの本体の眠るこの場所は、彼ら独自の防衛能力を最大に発揮する場所でもあり、彼らのプライベートな領域……右京は彼の居城にて、計画を進めているはずですから」
そして一度画面が切り替わり、今度は球の外側の映像が映し出される。その中央には巨大な砲身が映し出されており、その程近くに矢印で「マルドゥークゲイザー」と記述されている箇所が図示されているのが見える。
「残念ながら彼の根城は、マルドゥークゲイザーの砲身がある側に存在しています。更に砲身は角度の調整をすることができるので、彼らの根城へ直線的に侵入するのは難しいです。
そうなれば、我々として出来ることはマルドゥークゲイザーの直撃する進度を避けて月の重力圏まで侵入し、その後は飛行で手近な入口へと乗りつけて、内部へと侵入することになります。
そして彼らの領域に侵入するとなれば……」
レムが言葉を切るのに合わせて、背後のスクリーン内の球体が小さくなり、周り宙域に合わせて細かな無数の点が映し出される。あの点はどうやら、右京達が保持している宇宙艦隊が配置されている予想図のようだ。
「まず想定されるのが衛星反射によるマルドゥークゲイザーによる迎撃。これが惑星レムに直撃しない進路に入ってから最高で三回行われる可能性があります。それを乗り越えた先には、対異星人迎撃用の第二から第七までの宇宙艦隊による迎撃……第一艦隊であるキーツの艦隊は先日倒しましたが、それでも他艦隊の主力戦艦から重軽巡洋艦、それに駆逐艦を合わせて三十隻が顕在です。向こうもこちらの予想される侵入経路に分散させているはずなので、一度に相手にするとなればその三分の一程度でしょうが、それでも単純な戦力差は圧倒的です。
更に、月の重力圏に入った後は無数の砲台に戦闘機による迎撃が予想されますが……ここまで来てしまえば火力もそこまでなので、難関はやはり衛星反射と艦隊の突破になります」
「そこに関する作戦と、突破率はどんなものなのでしょう?」
レムの説明に口を差し挟んだのはソフィアだった。彼女は自分の右隣で小さく手を挙げて、レムの方を見ている。対するレムは「ここ数日、チェンと協議した結果ですが」と前置きを置いた。
「先に突破率から言えば、百万回のシミュレーションの結果、残念ながらその突破率は十パーセント前後といったところです。一応、こちらも敵艦と同程度の武装は取り急ぎ付けましたし、その他にラグナロクを利用した手法や、クラウディアの第八階層結界による防御など、一部敵部隊を圧倒する性能はありますが、それでも戦力差だけはどうしても覆しがたく、楽観的な数値が出せないというのが現状です。
ただ、これらは適度な乱数を振った演習結果に他ならない……ただ、私たちには乱数のバグみたいな存在が数名いますから、コンピューターによる試算などそこまで当てにならないかと思っています」
なお、レムの試算によれば、一万年前にアラン・スミスが金字塔においてデイビット・クラークを突破する可能性など一パーセント以下だった――それを考えれば十パーセントもあるなんて贅沢ですと付け加えた。
実際、可能性があるのなら、後は気合でどうにかすればいい。思い返せば今まで通って来た道だって薄氷の上を走り抜けるような確率で来たはずだし、それが今回もというだけの話でもある。
とはいえ、成功率の低い作戦には納得いかない者も居るのではないか――と思ったが、どうやら杞憂だった様だ。誰もその可能性に異議を唱える訳でもないし、質問をしたソフィアも「私たちの努力次第で可能性は変えられますしね」と椅子に深く腰かけなおした。