B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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月の女神が夢見るもの

 月に戻ってから数日、アルファルドは自身の根城に引きこもっていた。それも、ただ一つの連絡も寄越さないでだ。こちらから通信をしても無視され続けているので、一日に一度は彼奴の根城前にわざわざ来て、直接話をつけに来ているのだった。

 

「アルファルド! どうするつもりなのじゃ!?」

 

 最初のうちは監視カメラに向かって、しかしそれが効果のないことを知ると、防護壁を直接叩き――こちらも無駄だとは分かっているのだが、焦りと怒りで当たらずにはいられない――相手の反応を待つのだが、いつも通りに反応はなかった。だが、今日ばかりは引き下がるわけにもいかない理由がある。

 

 月に設置しているモノリスを用いたスーパーコンピューターのシミュレーションによれば、遅くとも二日後、早ければ明日中にレム達がこちらへ向かってくるという計算を弾きだした。勿論、この月こそが本来の我が居城であり、すでに防衛体制は敷いてある。衛星兵器に宇宙艦隊、それを万が一突破されたとしても地上のそれとは比肩にならないほどの第五世代型が配備されているのであり、彼我の戦力差を考えればほとんど負けることはあり得ない。だが、これを言い始めれば、そもそも今までだって負ける可能性は低かったはずなのだ。

 

 まったく、どこからケチが付き始めた? レアを倒すまでは良かったはずだ。確かにアレも結末自体は予想外ではあったが――本来ならアレで第六世代共の心が堕ち、高次元存在を完全に降ろすだけの魂が集まっているはずだった――本格的にダメになり始めたのは、やはり魔王ブラッドベリを利用して奴らを一網打尽にする計画を立てた時と思う。

 

 あの時は、ハインラインが「行けたら行くわ」などと悠長なことを言っていたのだが、そもそも元々の戦力を鑑みれば、ルシフェルを同時に四体も導入すれば勝てる計算だったのだ。奴らのうち、夢野七瀬のクローンとクラウディア・アリギエーリが妙な力を得たことは想定外だったものの、それでも――。

 

「……ルーナ様。私が居るではありませんか」

「黙れルシフェル! 何度も何度も小娘共にやられおって……貴様が何の役に立っているというのじゃ!?」

 

 背後に着いてきているルシフェルに――元々月で生成されたこの熾天使のボディは九体、そのうち六体が地上へ降ろされていた――そう怒りの声を返す。ルシフェルの制御AIを搭載している機材は地上での作戦の間はタイムラグを極力なくすために地上へ降ろされていたが、先日の作戦時には海と月の塔のエレベーター内に設置していたために無事であり、自分と一緒にこうやって月まで戻ってきていた。

 

 確かに一つ一つの能力に関しては、ルシフェルは他の熾天使と比較して劣っていたと言ってもいいだろう。初期型のミカエルやアズラエルよりは高スペックであったかもしれないが、火力や防御力の面ではジブリールやイスラーフィールに劣る。とはいえ、総合スペックは一体で最高の物であったはずだし、それが並立して同時に三体まで稼働できるとなれば圧倒的な力を有するはずだった。

 

 それだのに、結局ルシフェルはソフィア・オーウェルと融合したレアの娘なぞに弄ばれ、憎きクラウディア・アリギエーリには手も足も出なかった。これでは、自分が創り出した最高傑作がアシモフの子供たちに劣っている――そう考えるだけで居ても立っても居られない心地がしてくる。

 

 こちらの怒声に対し、ルシフェルは不服なのか、怪訝そうに眉をひそめ――だが同時に命令は絶対であるので、ただ押し黙ったままこちらを見つめていた。全く、こいつがもっと役に立っていれば、こんな辛酸を舐めずに居られたものを。

 

 頼りない被造物を腸《はらわた》が煮えくり返る想いで眺めていると、ふと側面の機器に光が走った。モニターには「Sound Only」の文字だけが映し出されているが、スピーカーの方から僅かにノイズが聞こえ始め、ややあってから右京の咳払いが聞こえた。

 

「……ごめんよ、別に無視したかったわけじゃないんだ。少々立て込んでいてさ……」

 

 言葉とは裏腹に、その声色は全く悪びれのない物ではあったものの、ようやっと生きている人間の声が聞こえ、僅かながらに安堵の想いが胸に去来した。そのため、ここまで無視された事に対して文句の一つでも言ってやりたい気持ちを抑えつつ、何とか平静を保ちながらマイクに向かって言葉を発することにする。

 

「アルファルド、どうするつもりなのじゃ? 奴等、すぐにでも月に攻めてくるじゃろう……その迎撃に関する策については何かないのかや? もちろん、妾の方でもあれやこれやと策はめぐらせ、それこそ万全の状態にしているつもりじゃが……」

「それなら、僕がわざわざあれこれと指示を出すまでもないんじゃないのかな? 月は君の領域、つまり君以上の防衛線を、僕が張れる訳でもないし」

「それとこれとは話は別じゃ! 貴様も自らの責務を果たせ!」

 

 相手の無責任な態度に抑えていたはずの怒りが爆発し、思わず大きな声を返してしまう。こちらの気迫に押されたのか、右京の側は押し黙ってしまう。その間にこちらも冷静さを取り戻し、平静に努めて話を続けることにする。

 

「それだけではないぞ、妾は全く状況を共有されておらん……貴様がこの数日のあいだ何をしていたのか。迎撃の準備をしていたのではないのか?」

「迎撃、迎撃ね……」

「何を呆けておるのじゃ!? 我らが一万年に及ぶ壮大な計画が、低俗な賊らによってとん挫しようとしておるじゃぞ!?」

「はは……壮大な事には違いないだろうけれど、低俗なのは僕たちだと思うけれどね。僕らは自分たちのために犠牲もいとわないのに対し、彼らは何かを護るために戦っているんだから」

 

 右京はただうわ言のようにそう続けた。まったく、こちらのことなど意に介していないようであり、あたかも独り言でも言っているかのように――そこに対しては自分が無下にされていることよりも不気味さが勝ったため、こちらはなおも冷静になってくる。

 

「……それだけではないぞ。貴様、何故光の巨人に向かってマルドゥークゲイザーを撃ったのじゃ? 貴様のことじゃ、無意味な行動ではあるまい? まさかとは思うが……」

 

 その可能性はここ数日ずっと考えていた。星右京はついに悲願に手を伸ばしたのではないかと。無論、こうやって自分と取り合っているからにはまだ完全に手中に収めた訳でもないのだろうが、それでもここ数日連絡が取れなかった理由としては説明がつく。光の巨人を穿った一撃は、軌道エレベーターを上がっている時に自分も確認していた。まさかレム側に感化されて観念したわけでもあるまいし、この男のことだ、何某か理由があってやったことには違いないのだから。

 

 右京は少し沈黙し、ややあってから観念したようにため息を吐き――それはこちらの疑念に対する肯定ととらえるべきだろう――返答してくる。

 

「兵力の有利はこちらにあるし、向こうはこちらの拠点に打って出る訳だから、本来は僕らの方が有利なわけだけれど……何せ、緻密な計算など無視してくる手合いが何人もいるからね。そう考えれば、恐らく彼らが月に来るのは免れないだろう。

 そうなれば、残った三人……僕と君とゴードンとで、力を合わせないといけないよね」

「何を言っておる? ゴードンなど役に立つものか。確かに防衛プログラムは作動しておるじゃろうが、それだけ。ただのでくの坊に過ぎん」

「語弊があったね。つまり、使える物は何でも使うってだけの話さ。君の言う通り、宿願が目の前にあるんだから。

 さて、君の予想通り、僕は幾分か高次元存在に連結することに成功した。マルドゥークゲイザーを撃ったのはそのためだし、ここ数日君の呼びかけに返事が出来なかったのは、その制御をするため……あともう少しで完璧にこの力を使いこなすことが出来るようになると思う」

 

 そうともなれば話は変わってくる。高次元存在の力を我が物と出来れば、敵襲など恐れるに足らない。むしろ、何とかこの防壁を開けてもらって、右京からその力を奪ってしまうべきだろう。一応不慮の事態を想定すれば、一人でも味方は多い方が良いのだろうが――全ての時空間を掌握する力さえ手に入れば、その不慮の事態も起こりえない。玩具の鉄砲に対して光学兵器を準備するどころか、立ち向かって来る相手そのものを直ちに完全に消滅させることすらできるのだから。

 

 とはいえ、今でも部分的にその力を掌握しているアルファルドをどうにかできるか。今星右京が宿っている素体は勇者シンイチをダビングしたものに過ぎない。一般的なアンドロイドのそれと比べれば強力と言えるが、完璧な第六世代型として作られた自分の素体と、最強の第五世代型とで挟撃すれば、十分な勝機はあるはずだ。

 

「……君が今考えていることを実行するのはおすすめしないね。高次元存在に送った量子ウイルスは、今の所は僕にしか制御することはできない。仮に君が今僕を葬ったところで、その理解のために優秀なルシフェルのAIやモノリスを用いた解析をしても、少なくとも数年は要するだろう。

 それに対し、晴子たちは……レム達はもう一時間後には君が配備した月の第二艦隊並びに第四艦隊と交戦に入るだろう。その数分後には月の内部へと侵入してきて、部隊を二つに分けて進軍し、君とゴードンの居城を破って僕を止めに来ると思う。

 罠を張り巡らせておくのは当然だけれど、そんなものをものともしない力推しな人達だからね。それに対して、あと三時間ほどあれば高次元存在を手中に納めることができる……少し足止めが出来れば、すなわち僕らの勝利と言えるんだ。だから……」

「……妾を時間稼ぎの駒にしようと言うのじゃな?」

「端的に言えばその通り。信じてくれとは言わないけれど、折角こうやって二人で残ったんだ。君が生き残った暁には、君の願望もキチンと叶えることにするよ。

 それに、時間稼ぎを受けて立ってくれるというのなら、幾分か引き出した力を授けることもできる……どうだろう、やってくれるかい?」

 

 この男の言い分は、恐らく半分は嘘だ。こちらの願望など叶える気など毛頭ないに違いない。だが、時間稼ぎのために高次元存在の力を授けようというのは本当だろう。もし既に右京が高次元存在の力を手中に収めているのなら、こちらに対してこんな交渉自体をすることもない。仮にもう完全にコントロールできるというのなら、全ての時空間を自在に書き換えることができ、他者の抵抗など無に帰すのだから。

 

 つまり、時間稼ぎが必要なのは本当であり、なるべく長く敵を抑えて欲しいというのも本心だろう。自分としてはかなりリスクの高い行動にはなるが、結局は時間稼ぎを受け持つほかはない――星右京の開発したウイルスを制御することが出来ないのも事実であるし、そうなれば高次元存在のコントロールはこの男に任せる他ないのだから。

 

 とはいえ、自分だって簡単にコイツの駒になる気はない。提案を甘んじて受けたふりをして、今よりも強力な力を授けられた状態でチャンスを伺い、必ずこの男を出し抜いて見せる――状況は不利、敵は外にも内にもあると言えるが、それでも最後に笑うためにはその全てを毛散らすほかないのだから。

 

「貴様と一蓮托生というのは気に入らんが……他に選択肢などあるまい」

 

 そう返答すると、目の前の隔壁が一つ、二つと上がっていき、目の前に長大な通路が現れる。力を授けるのには、直接手渡しする必要があるということだろうか――実は自分の領域へとこちらを踏み入れさせ、寝首を掻くという算段がないとも言い切れはしないのだが、ままよとその無機質な長い廊下を進み続ける。

 

「ちなみに、興味本位で聞きたいんだけれど……君は何でも叶えられる力を得たとして、その先に何を望むんだい?」

 

 廊下の天井に設置されているスピーカーから、出し抜けにそんな質問が飛んできた。自分は、その質問にすぐに答えられなかった。その理由は単純であり、自分よりも他者が有利になることを避けたかったから。それが最大の理由になるが、この世界の支配者たる自分の本心がその程度のものであるということを――その程度であるとは流石に自覚せざるを得ない――長年の同僚に言うことは、どうしてもはばかられたからだ。

 

 そもそも、自分は何故に一万年の時を超えてここまで来たのか? その動機は、その原初はなんであったか――今となっては思い出せない。もちろん、説明することは容易であり、旧世界では達成されえなかった知的生命体の真の平等を実現するべく、自分は惑星レムの社会における管理者としての任務をこなしてきたのであるし、そこに対しては一定の誇りもあったように思う。

 

 だが、何故にそのような社会を実現しようと思ったのか、その源泉を思い出すことができない。長い廊下に反響する自分と従者の足音だけが反響し、その単調な音が返って返答を急がせているように感じられ、ただ取り繕うように「永久の王国を、秩序ある世界の創造を望む」と言葉を返した。

 

 もちろん、それは自分の願望の端緒は現しているはずであり、完全に嘘な訳ではないはずだ。しかしやはり焦って返したのが良くなかったのか、スピーカーから男が微かに笑う声が――アイツのことだ、こちらのことを知った気になってシニカルな思考に耽溺しているに違いない――聞こえる。

 

「……何がおかしい?」

「いや、ごめんよ。正直に言えば、君のその言葉が本心とは思えないんだけれど……ただ、一個だけ確かなことはある。君にとっての理想は王国であり、世界である。これは嘘じゃないんだろう。

 そして、王国だとか世界だとか言う言葉の裏には、必ず自分以外の誰かが居る……つまり、君の理想には他者が必ず介在しているんだ。そう思うと、それは中々上等な事じゃないかと思ってさ。少なくとも、一人で完結してしまうよりは余程いい」

 

 その言い分は、こちらへ向けられたというよりも、むしろ彼自身へと向けられているように感じられた。思い返せば、星右京という人物にはそういう面があった。他者をよく観察こそしているものの、そのすべては最終的に彼自身に帰結する。それ故に、常に誰かといるようで、同時に常に孤独であり、常に一人で完結する――そう言った人物であったように思う。

 

 いや、この表現は適切ではないかもしれない。真に一人で完結しているのなら、星右京は伊藤晴子という伴侶を求めなかっただろう。旧世界のように社会通念上、いっぱしと認められるには結婚していることが条件という――その慣習は過去と比較すれば廃れていっていたものの、依然として人々の心の奥深くにはあった――ことなど、もし孤独でいられるのなら気にすることも無かったはずだ。

 

 そして恐らく、それを自覚しているからこそ、彼は自分自身を嘲ったのだろう。彼のそういう気質が常に自分にとっては癪だったことを思い返す――星右京が自己批判に陥っているのを見ること、それはすなわちこちらの在り方までもが批判されているような気持ちにさせられるから。

 

 しかし、そんな男が一万年もかけて追い続けたその宿願とは、一体何なのであろうか? ふとそんなことが気に掛かったタイミングで、また天井から声が降り注ぎ始める。

 

「……思い返せば、僕らは一万年も一緒にいたのに、互いのことを全く理解していなかったね・表面的な肩書や、行動や略歴から勝手に相手の気持ちや理想を分かった気になって、その実全く分かり合おうともしなかったんだ」

「えぇい、黙れ痴れ者めが!」

 

 確かに腹を割って話したことなど一度もなかったが、それよりもこれ以上この男に話させると無駄に気分を害する。穏かな口調で窘められているかのような――いや、どうにも小馬鹿にされているような気持ちにさせられるからだ。

 

「そうだね、君を怒らせるのも本意でもないし、黙ることに……いや、その前に一つ忠告だ。君が王国を作りたいのなら、その臣下を無下にするべきじゃないよ。傍から見ていて、彼がちょっと気の毒だったからさ」

 

 右京はそれきり黙った。首を回すと、そこにはどこか意気消沈した様子のルシフェルが肩をすぼめてこちらに着いて来ており――しかしすぐにコイツのせいで小娘たちに辛酸をなめさせられたことを思い出して通路の先を見ると、星右京の居る彼の領域の扉が目の前に迫っているのだった。

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