B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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旗手として

 ひと眠りをして目を覚まして時計を見ると、デジタルの数字は予定時刻の十分前を指し示していた。眠っていた時間としては三十分程度であるが、気分は眠る前より良くなっている。ここ数日は休ませてもらったと言っても、諸々の理由で睡眠時間はあまり取れていなかったので少しだけ倦怠感があったのだが、それもすっかり解消されたように思う。

 

 意識を取り戻してすぐに、レムから現状の状況の共有を受ける。一つは世間の状態――本当につい先ほど意識不明者の規模が千人程度に膨れ上がってしまったらしいということ。現在時刻は深夜であり――第六世代型の多くは緯度において九十度以内に多く分布しているので、可住地域の多くの時差は六時間ほどに収まる――まだ明るみには出ていないようだが、増加のペースはそれこそ累乗で増加しており、このままいくともう数時間後には下手をすれば百万レベルでの悲劇が起きる。

 

 百万単位で意識不明者が増加すれば、それこそ味方のうちに被害者が出てもおかしくはない。一人でも欠ければ戦いが更に厳しくなる――さもなれば、次の被害が起こる前には決着をつける必要があると言えるだろう。

 

『ちなみに、タイムリミットはどれくらいだ? 予測でも構わない』

『意識不明者が出る時間は等間隔ではありませんから、精度の高い予測は難しいです。前回から今回の状況になるまでには六時間ほど要しましたし、数の多さに比例して時間もかかるという予測もできますし、逆に右京の側のコントロールが手慣れてきて、もっと早くなるという予測もできます。

 ただ、今までの平均時間やその他の状況から計算するに、おそらくは三時間前後ではないかと推定されます』

 

 三時間のうちに、世界の命運が決する。もちろんレムが試算を間違えている可能性はあるが、自分の直感的にもその程度のような気はする。千単位で魂が失われていることを思えば既に十分な悲劇だが、もうこれ以上の悲劇を起こさせるわけにはいかない。

 

 既に艦の調整は終わっているらしく、後は非戦闘員が艦を出て、クレーンなど機材の取り下げが終わればすぐにでも出発できるとのことだった。月への航行時間は約三十分ほどらしい。大気圏を振り切るのに数分、宇宙空間ではモノリスを用いた超科学の技術力で凄まじい速度を出せるため――その全速力は光速の八割ほどらしいが、月までの距離でその速度を出すと減速が出来ないため、その速度は百分の一以下に抑えて行われる――それこそ一時間足らずで月まで到着できるということらしかった。

 

 レムからの連絡を聞き終えて、外套を羽織って個室から廊下へと出てブリッジの方へと向かうと、作業から引き上げるためか、中で作業をしていた者たちとすれ違う。その面々の中々個性的なこと。ドワーフに魔族までは良いのだが、ステルスを起動していない第五世代型の姿もあった。旧世界でもこの星でも幾度となく戦闘を繰り広げてきた第五世代型達が何事もなく通り過ぎていくのはなんだか不思議な感じがする。

 

 なんとなくだが、すれ違う第五世代型達はこちらを注視しているような印象を受ける。敵意を持っているという訳でもないようだが、疑念をぶつけられているような――自分の外見がサイボーグのそれではないので確信を持っていないのだろうが、もしかするとこの身に彼らの中に刻み込まれている敵対者としての原初の虎を感じているのかもしれない。

 

 もし戦いが終わった後に、自分がこの星に戻ってきたとして、第五世代型達と友好な関係を結ぶことは出来るだろうか? こちらとしては第五世代型は懐かしの好敵手という印象であり、立場的な対立こそないのであれば角を立てるような真似はしたくないのだが。とはいえ、向こうからしてみれば自分は同族を何体も葬ってきた仇敵に等しい。レムの指示で手を出さないようにはしてくれるかもしれないが――できれば第五世代の心も縛らないでやって欲しいし、彼らの恨みも否定したくはない。

 

 とはいえ、今は目先のことが肝心だ。すれ違う者たちもすっかりといなくなり、そのままブリッジへと入ると、まだ中には二人の熾天使とブラッドベリしかいなかった。というより、今回の作戦においては、ブリッジに居ることを予定しているのは他にエルとチェンとシモンだ。ナナコは専用の方針と繋がる場所にて待機しており、T3はその補佐に回っている。クラウディアは機関室でバリアの準備を、ソフィアは月にたどり着いてから外の殲滅を行うためにハッチ近くの個室で待機している形だ。

 

 自分はこうやって状況をいち早く確認できる場所に陣取り、ただ見ていることしか出来ないとも言えるのだが――。

 

「落ち着かぬようだな、アラン・スミス」

 

 ブリッジ内で自分の背後にいるブラッドベリにそう声を掛けられ、初めて自分が無意識で椅子の上で所在なく足を揺らしていたことに気づく。椅子を回して男の方を見ると、魔王はその太い腕を組みながら真剣な様子でこちらを見つめていた。

 

「まぁ、これから決戦ともなれば、武者震いの一つもしてくるわな」

「ふむ……以前に我と対峙した時には震えもせずに落ち着き払っていたように思うが。あの時には決戦という意識が無かったということか?」

「そんなことはないんだが……」

 

 そんなことはないとは断言できるのだが、確かに同じ決戦の時というのに、今は落ち着かず、あの時は落ち着いていたともなれば、反論しても説得力に欠ける――そう思って言い淀んでいると、ブラッドベリはにわかに笑って口を開く。

 

「冗談だ……貴様が我との戦いに決死の覚悟だったのは分かっている。戦士として、全力で立ち向かってきたことも理解している。敵ながらあっぱれと思ったものだ。しかしまさか、貴様がかの邪神ティグリスであり、このように肩を並べて戦うことになるとのは、運命とはまったく面白いものだな」

 

 先日、自分が邪神ティグリスの化身と言った時には反発された記憶もあるが、まぁアレは「こいつらと単純に仲良しこよしと思われるのもなんだ」と互いに反発し合った結果であって、今のが彼の本心に違いない。

 

 自分がそんな風に考えていると、ブラッドベリはまた生真面目な表情を顔に浮かべてから話を続ける。

 

「思うに、貴様が所在ないのは、自分が戦場に立たないことがその所以であろうな。貴様は常に戦場の最前線で戦い続けてきた男……ただこうやって座して状況を見守ることには慣れていないのであろう。

 だが、それでは将の器とは言えぬ。将とは常に前線に立つ訳ではないし、誰よりも戦い続けるのがその徳ではないのだから」

「理屈は分かるがな……俺は将軍でも王様でもねぇんだ。最前線で戦っているのが一番性にあってるんだよ。だからお前さんの言う通り、こういうのには慣れてねぇんだ。なんなら、一番下っ端で鉄砲玉をやって来いって言われるのが性に合ってるくらいだぜ」

「そうであろうな。だが、私が将という言葉を用いたのは、貴様のある特性を捉えてのことだ」

「何が言いたい?」

「此度月に向かう者たちの中には、貴様を慕ってここまで来てくれた者が多い。そういう意味では、貴様は間違いなく旗手であるのだ……望まなくともな。貴様がそう所在ないのであるのは、その者たちの力量を信じられていないということの証左ではないのか?」

「いや、そんなことはない。それは断言できる。俺はあの子たちの力を信じてるし……それに俺が現世に戻ってこれたのは、彼女たちが頑張ってくれたからこそだ。ただ……」

「自分の手の届かない範囲で戦われると、護ることも支えることもできないということであろう? だが、それこそまさしく信じ切れていないという証左よ。つまり、彼女らが失敗する可能性が常に脳裏にあるということなのだからな」

 

 確かに、ブラッドベリの言うことを完全に否定することはできない。少女たちには凄い力があり、それを信用していることも間違いないのだが――自分の手が届く範囲にいてくれないと有事の時にフォローができないという恐怖は常にあるのだ。

 

「……無論、何事も慣れ不慣れというのはあるものだ。貴様が仲間を信用していることは分かっている。以前はその絆に我は倒されたわけであるしな。 

 ただ、なればこそ、彼女たちを信じ、月へ侵攻するまで座して待つが良い。ナナセ達がやってくれると信じていればこそ、そう構えることもないはずなのだからな」

 

 確かに、ブラッドベリはまったく落ち着き払った様子で、どっしりと構えている。同時に、その落ち着き払った声で頬を殴られたような心地がしてくる。この感覚は、以前にあちら側でクラウディアに引っぱたかれた時だったか。

 

 自分一人が頑張ればどうにかなるなどと酷い傲慢であり、彼女は仲間の可能性を自分が信じられるようにと現世に戻り、そしてあちら側から自分を誘ってくれたというのに――あの時もその通りだと反省したつもりだったのだが、結局性根の部分を変えられていなかった。

 

 そうなれば、今度こそ自分の悪徳を改善するべき時が来たと言える。それがこんな土壇場であるのは皮肉だが――いや、土壇場だからこそ信じなければならないだろう。ソフィア達ならば、きっとどんな旧知も切り抜けてくれる。それに自分がやきもきしているのは、シモンや魔族、ドワーフ、第五世代型までが力を合わせてこの艦を調整してくれたのであり、同時に作戦を考えてくれた――最終的には力推しということにはなったが、それでも限界まで勝率を上げるために様々な可能性を検討してくれた――レムやチェンにも申し訳が立たない。

 

 いろいろと考えると、自分もここで座して待っていても全く問題ない気がしてきた。レムのシミュレーションの数値こそ芳しくなかったものの、数字を跳ね返せるだけの要素は揃っていると言える。冷静に状況を見れば悲観的なことなど一切ないのだ。

 

 そう思い直し、自分もブラッドベリと同様に腕を組み、不敵な笑顔に努めて、冷静に状況を思い起こさせてくれたことに礼をすることにする。

 

「サンキューな。少し落ち着いたぜ」

「勘違いするな。同じ場に落ち着きのないものが居るのが耐えられなかっただけだ」

 

 口では皮肉を言っているが、ブラッドベリの表情は柔らかい。あぁ言えばこういう感じはT3に似ているところがあるが、生真面目で全部本気のアイツと比べて、魔王ブラッドベリは大人の余裕があると言えるだろう。いや、T3の年齢だって結構なものだし、この辺りは器の差か――T3が狭量という訳でなく、ブラッドベリには王の器があるという差で在り、それは個人の資質の問題で、どちらが正しいという訳でもないとは思うが。

 

 そして丁度話が終わったタイミングでエルが来て自分の隣に座り、ついでチェンがブリッジに入ってきて、そこからやや遅れて――作戦開始時刻のギリギリで――シモンが飛び込んできた。恐らく想定よりも寝てしまったことに焦ってきたのだろう、シモンは息を切らしながら中央の椅子に腰かけ、そして最後にブリッジの中央にホログラムの女神が姿を現した。

 

「さて、皆さん揃いましたね。以前はチェンのありがたい檄がありましたが、今回は少しの時間も惜しいですから……すぐにでも出発いたしますよ」

 

 レムの言葉に二人の熾天使が頷き、彼女たちが手元を素早く動かし始めると、ノーチラス号は垂直に浮上し始める。地下ドックから完全に抜け出した後、しばらく空を直進する。そして船首の角度を上方へと向けるのに合わせて、椅子が回って正面へと固定され、イスラーフィールが「これより大気圏を離脱するために加速するので、皆さん椅子から動かないように」とアナウンスがなされた。

 

 アナウンスが終わってややあって――他の場所にいる者たちの安全確認が済んだのだろう――艦の外では青白いバリアが展開され、その後に一気に加速をし始めた。けたたましい音が外から響き渡り、同時に強力なGが身体に掛かり、椅子の背に内臓が引っ付くのではないかと思うほどの加速だ。自分はこれよりも早い速度に慣れているが、訓練していない者などは気絶するのではないかと心配になるほどだ。

 

 とはいえ、艦を制御している二人の熾天使はそのような衝撃などものともせず、第二宇宙速度突破だとか大気圏突破まであと何メートルだとか冷静に運転を続けてくれているようだ。肝心の艦長は――シモンは戦闘要員ではないので心配だが――どうやらドワーフの頑強な身体のおかげなのか、作業こそできていないもののこの強力なGに耐えているようであった。

 

 高度が昇っていくにつれて徐々に衝撃が和らいでいき、それに合わせて音も徐々になくなっていく。外の空気が薄くなり、摩擦が生じにくくなっているのだろう――そして艦を揺らす衝撃が無くなるの合わせて展開されていたバリアが消え、艦首が一度水平に戻されると、ブリッジの強化ガラスの外には、真っ暗な空間に星々が瞬くのが見えた。下に横たわる星が青く見えないのは、発進が夜であったせいだろう――実の所、少々青く美しく見えるのを期待していたのだが。

 

「これが、宇宙……本当に、僕は宇宙に来たんだな……」

 

 シモンが窓の外を見ながらそう呆然と呟いた。彼にとっては宇宙に出ることは悲願の一つであり、それは亡きダン・ヒュペリオンとの約束でもあった。そういう意味では感無量だろう。彼の父とは因縁のあった自分としても、宇宙へと出た彼の喜びも自分のことのように感じられるし――それに、外の光景も確かに素晴らしい。遠くには宝石をちりばめたような鮮烈に光る星々が瞬いており、それらは地上で見るよりもじっと近く感じられる。

 

 その光景にしばらく見惚れている傍らで、宇宙空間だというのに浮遊感を感じていないことに気づく。そう言えば、艦内に重力発生装置が稼働しているから、普段と同じように行動できるとか何とか――。

 

 ともかく、あれやこれやと感動に浸っている時間もないようだ。宇宙空間へと抜けて少し手を落ち着けていた二人の熾天使の周りに無数のホロウィンドが浮かび始め、またすぐに慌ただしくオペレーションを始める。もはやここは敵の射程圏であり、のんびり宇宙の旅を楽しんでいる暇などないということなのだろう、イスラ―フィールがマイクに向けて口を開いた。

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