B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「マルドゥークゲイザーの起動を確認。着弾予測、三十秒後……クラウディア・アリギエーリ、バリアの準備をお願いします」
「よっしゃ、任せてください!」
スピーカーから元気な返答が聞こえるのに合わせ、艦の外に今度は桜色のバリアが張られる。その数秒後に、月から一条の光が発射された。その光はただちにこちらへ直進してきておらず――というのを目視した直後、強烈な閃光が横から艦を呑み込むようにぶつかってきた。宇宙空間に漂うリフレクターで反射され、この一帯の宙域を丸ごと狙い撃ってきたのだ。
宇宙空間であるため、外からの音や衝撃は無いが、その凄まじい威力は確実に艦を揺らし――七聖結界を凌ぐほどの強力なバリアをもってしても――壁や床、艦内の空気が激しく振動し、内部では恐ろしい音が鳴り響いている。外は極彩色に光が明滅している。
この世の終わりかと思うほどの事態に対し、自分はただ歯を食いしばって見守ることしかできないが、大丈夫だ。二人の熾天使が――光と音でほとんど何をしているかは確認できないが――変わらず懸命に作業をしてくれているし、クラウディア・アリギエーリの織り成す八重の結界が必ず自分たちを護ってくれると信じている。
永久と思えるほどにノーチラスは光に揺らされ、しかしようやっと光の軛から解放されると、宇宙空間には割られた結界の後が花びらの様に舞い散っていた。平衡感覚も耳も少々いかれているが、ともかく何とか一射目は耐え凌ぐことに成功したようだった。
「……すいません、今のが連発で来たら耐えられそうにありません!」
スピーカーの奥から、息も絶え絶えのクラウディアの声が聞こえ始める。動力であるモノリスに限界があるのか、それとも彼女の精神力の消耗が激しいのか。恐らくその両方だろう。こちらも既に移動を開始しているし、月の側も砲身の角度や衛星の位置調整が必要になるだろうから、二射目を発射するには少し時間が掛かるはず。そして、作戦通りにやるとすれば――。
「大丈夫です、二射目は撃たせません……ジブリール!」
「照準セット……目標、反射衛星! 艦首ミサイル!」
ジブリールが目の前にある端末を作った拳の小指側で叩くと、艦の外の斜め前方からミサイルが撃ちだされる。それは艦首から巨大な火柱を巻き上げ、惑星レムの軌道上を凄まじい速度で飛んでいき、ややあってから遥かの遠方でパっと光が上がった。
「反射衛星への着弾を確認。一基の破壊に成功しました。あとは、予定通りにオールディスの月へと航路をとります」
「はい、よしなに」
イスラーフィールの言葉に対し、応えたのは先ほどの音と閃光で動けなくなっているシモンではなく、その背後で両手を合わせて佇んでいるレムだった。ただ、シモンも艦長としての面目を取り戻そうと気を取り直し、すぐに姿勢を戻して
その後、船は凄まじい速度で航行を続け――航行自体は静かなので実感は沸きにくいのだが、見える星々の位置の変わる速度からその速さが伺える――すでに自分たちが居た星は視界から消え去った。
「そろそろ、先方へ月をとらえるわ。クラウディア・アリギエーリ、そちらは?」
「強壮剤を一本入れて気合を入れなおしました! 古代人のモノリスも落ち着いたみたいです!」
「それじゃあ、アナタは引き続き動力室で待機。基本的にはノーチラスの自前のバリアで対処するけれど、強力な一撃が来るときには指示を出すわ」
「了解です!」
クラウディアとジブリールのやり取りが終わると、今度はイスラ―フィールがマイクへ顔を近づける。
「セブンス、そろそろ貴女の出番です……そっちの準備は大丈夫ですか?」
イスラーフィールが声を掛けると、前方の窓の一部分がスクリーンとなり、艦の内部の映像が映し出される。そこにはナナコが巨大な剣を壁から突き出す筒状の機械の真ん中に――その筒は巨大であり、ちょうどナナコの背丈の倍近くある――突き刺して、柄を強く握っているのが見えた。彼女の持つ剣は以前にも増して機械感が強い為、最初から艦の一部であったと錯覚するほど馴染んでいるとも言えるが、同時にそれを長い銀髪の少女が握っているという光景はなんだかおかしなもののように見える。
そんな不思議な光景に彼女自身が困惑しているのか、ナナコは声のしたほうへと首を回し、困ったように眉をひそめていた。
「あのぉ、自分で剣を振らないと、なかなかタイミングを掴みにくいと言いますか……」
「四の五の言わないでください。貴女は、私のイージスを破壊して見せたのです……その力、信じますよ。発射のタイミングは追って指示します。貴女も私を信じてください」
「イスラーフィール……うん、了解です!」
ナナコは右手を柄から話して敬礼のポーズを取り、すぐに剣の柄を握りなおした。そしてカメラが少し動き、部屋の中で二つ並びの椅子の片方に座っている銀髪の男がスクリーンに映し出される。
「放射角の調整はアナタに任せますよ、T3」
「任せておけ」
男は仏頂面のままイスラーフィールの声に頷き、目の前にある一本のレバーを握りながら目の前のモニターを睨み始めた。そのレバーにはトリガーが付いており、動かすと男の前にあるモニターに動きがある。アレで砲身の角度を調整し、同時にトリガーを引くことでナナコ砲を発射する仕掛けなのだろう。
通信が一段落するのと同時に、艦首の先、窓の向こう側に人工の月が見え始める。その大きさは、地上から見上げた時よりも既にかなり大きい。惑星レムの衛星は二つあり、天然の月は母なる大地と同じような規模間と距離に浮かんでいる。それに対して人工の月の体積は天然のものよりも小さく、惑星レムの近くの軌道を回っている――地上においてオールディスの月が天然の月より大きく見えるのは、その体積よりも距離に寄る所が大きいのだろう。事前に見せられていたマルドゥークゲイザーの砲身とやらは、どうやら円の中心よりもかなり下方に位置しているようだ。つまり、この角度から侵入すれば、先ほどの衛星を撃墜さえしておけばマルドゥークゲイザーに狙い打たれることも無い、ということなのだろう。
とはいえ、それがいくら巨大に見えると言っても距離はまだまだある。それよりも前、ノーチラスと月の間に、まだ目視はできないが、敵の宇宙艦隊が展開していることが予想される。
そんなことを考えている間にもドンドンと月が迫ってきている。イスラーフィールが目の前で目まぐるしく動くホログラムを確認しながら――まだ大気圏を突破してから数分しか経っていないのに、展開が目まぐるしい――マイクに向かって口を近づけた。
「セブンス、そろそろ敵艦が配置されている予測地点です。砲身にエネルギーを充填させてください」
「分かりました! ふんぬー!」
モニターの向こう側でナナコが掛け声を上げるとともに、剣の柄から電流が走り、その先にある筒状の機械が唸りを上げて動き出した。ナナコたちが映っているスクリーンの隣にメーターが現れ、それがぐんぐんと上昇じ始め――そのゲージが臨界点を振り切ると、過剰なエネルギーが船首部分に集まっているのか、二人のいる部屋の灯りが赤く明滅しているのが見えた。
ジブリールがホロモニターの操作をすると、ノーチラスの艦首から巨大な砲身が現れる。砲身といっても、弾丸を撃ちだすような雰囲気ではなく、その棒状の全体が黄金色の粒子に覆われていた。
「T3さん!」
「貴様の束ねた魂の力……撃ちださせてもらう!」
T3はモニターをにらみながら両手でトリガーを握り、そしてある一点で手をピタリと止め――そして男がトリガーを引くと、砲身に集まっていたエネルギーが一気に前面へと放出された。
放出された金色の粒子は砲身の大きさよりも遥かに巨大な渦となって撃ちだされ――ナナコの束ねた一撃はただ直進するわけではなく、幾分か蛇行しながら突き進んでいく。その光が過ぎ去った場所には、確かに感じていた敵艦の
あれだけの威力があれば月すら破壊しかねないのではないかと思ったが、確かに金色の光線は指向性を持ち、月の手前でその威力を減衰させたようだ。同時に、人工の月もその防衛機能を作動させたのか、ラグナロクの一撃をそのバリアを展開させ、それで完全に防ぎきったようだった。
「状況確認。配備されていた第二艦隊の旗艦と巡洋艦と駆逐艦を一隻ずつ、並びに第四艦隊駆逐艦二隻を撃破」
「よぉし、後は手筈通りに一気に振り切るんだ!」
シモンが元気な声を上げて腕を振り上げたのと同じタイミングで、背筋に何か冷たいものが走る――なんとなくだが、上手く行き過ぎているように感じられるのもあるのだが、どこかから不穏な気配が、意志が感じられるのだ。
その意志の出どころを手繰り、不穏な気配を感じる方角へと指をさしながら、オペレーター達に聞こえるように大きな声をあげる。
「おい、あそこに向かって攻撃できないか!?」
「はぁ!? そんなざっくりな指摘でどうにかできるわけないでしょう!?」
ジブリールの突っ込みはもっともなのだが、自分としては他に表現もしようがない――しかし、脳裏にレムの「アランさん、アナタが怪しいと思う一点を注視してください」という声が聞こえ、自分はすぐに窓の外に見える一点を注視し続ける。
「ジブリール、銀河座標45.12345678、130.87654321に向かってをガンマレーザー発射してください」
「分かったわ!」
レムがこちらの視線から、かなり正確な座標を割り出してくれたようだ。それに従ってジブリールは手元のコンソールを叩き、自分が注視している方向に艦の横に取り付けられた砲身が向いた。その数秒後、モニターを注視しているイスラーフィールが驚きに目を見開く。
「マルドゥークゲイザー、再び動き出しました」
「今、私たちの航行している距離をすぐに狙える衛星はないはずじゃない……まさか!?」
ジブリールが驚きに声を挙げた瞬間、月の下方から極彩色のレーザーが下方に向けて撃ちだされた。それはまたいくつかの衛星を反射し、目の前で光の幾何学模様を創り出したが――最後にその光が向かった先には、こちらが撃ちだした青白いレーザーも向かっていた。
そしてマルドゥークゲイザーが撃ちだした光よりも早く、宇宙の一部分で爆発が起こる。結果として、極彩色のレーザーはその爆発を晴らして直進していき、そのまま宇宙の彼方まで突き進んでいった。
「あそこに隠れた反射衛星があったのね」
「正確に言えば、あそこには元々何もなかったんですよ。突如として、ある一基の衛星があの位置に突如として現れたのです」
「つまり、その気になれば星右京は好きな場所に反射衛星を瞬間移動できるってこと!? それじゃあ、安全な場所なんかないじゃない!」
ジブリールが慌てた様子で口早にそうまくしたてると、レムは静かに首を振った。
「確かにアナタの言う通りでもありますが、こちらが一定の距離に近づけば向こうもマルドゥークゲイザーを撃てなくなります。そうなれば、再装填をしている間に船速を上げて突っ切るべきですね……シモン」
「合点だ!」
「しかし、仮に今の一撃を許していたとしても、クラウディアの結界があればもう一撃は耐えられたでしょうが……そうなれば残る敵艦の攻撃に耐えきれなかったかもしれませんから、アランさんのお手柄ですね」
レムはこちらにウィンクして、すぐに窓の外へと向き直った。隣からエルに「まさか気配を感じたの?」と聞かれたが、そこに関しては「そうだ」と返しておいた。実際の所は本当に直感だ――ただ、これくらいの動きは必ずアイツも読んでいるはずであり、そうなれば想定外の一撃は必ず仕込んでいるだろうという奇妙な信頼があってのことでもある。
本来なら意志を持たない衛星の位置など分かるはずもないのだが、その奇妙な信頼のおかげで、恐らく何万キロも離れた位置にいる右京の意識を僅かながらに読めたということなのだろう。
ともかくノーチラスの船体が大きく揺れ出し、再び船内に強烈なGが掛かる。船が猛烈に加速し――しかしこれでも宇宙空間で出せる最大船速ではないらしい――艦は真っすぐに月へと向かって更なる前進を始める。前面に残っているであろう第二並びに第四艦隊の攻撃だろうか、前面で何かが閃いたかと思うと、先ほど宇宙に上がった瞬間にマルドゥークゲイザーを受けた時のような光と音が艦内を襲う。しかし、それらは事前に張られていた桜色の結界が阻んでくれたおかげで直接的なダメージを受けることは無かった。
ノーチラス号は先ほどナナコが切り拓いた道を突き進み、そして振動と光の明滅が収まった瞬間、宇宙艦隊群の間をすり抜け――ADAMsを起動していないので目視はできなかったが、目の前のスクリーンに映し出されているレーダーからそう判断した――敵艦隊の防衛網を突破したようだった。
とはいえ、まだ安心できる状況ではない。先ほど主力を毛散らした艦隊が直ちに旋回し、その他の地点を防衛していた艦隊もこちらへ向かってきており、それらがノーチラスに向けて攻撃を仕掛けてきている。ただし、それらの攻撃は実弾か威力を抑えた光学兵器である。あまり高威力の攻撃を防衛網を突破したこちらに仕掛けると、月にダメージが入ってしまうせいで、向こうも出力を抑えざるを得ないのだ。
何より、集中砲火されているのは変わりない。ノーチラス自前のバリアで光学兵器の類を防ぎつつ、同時に実弾はジブリールがコントロールする迎撃ミサイルやデコイで実弾を落としているようではあるが、そのすべてを防ぎきれる訳ではなく、艦は敵の攻撃で激しく揺れながらもどんどんと月の表面に近づいていく。
しかし、月が近づいて来てもほとんど減速する気配を見せておらず――窓の外が月一杯になっても速度を落とす気配はない。このままでは音速ですら生易しい速度で月の地表に激突することになる。そうなれば艦体は木っ端みじん所の騒ぎではすまないだろう。
「おい、減速しなくて大丈夫か!?」
「大丈夫です、代わりに椅子から動かないようにしてください!」
珍しくイスラーフィールが大きな声を張り上げ、言われた通りに椅子に深く腰かけると、前面に青いバリアが――よく見るとそのバリアは小さな正六角形が敷き詰められている――展開され、今度は身体が目の前に吹き飛ばされるんじゃないかと思うような衝撃が走った。人工の月がこちらの侵入を防ごうとバリアを張っており、それがこちらのバリアと衝突し、互いの斥力が働いてノーチラスの勢いが一気に相殺されたのだ。
二つの力場がせめぎ合う光と音で、また艦内はもみくちゃにされる。
「……バリアはバリアで中和します!」
イスラフィールがそう吠えると、徐々にバリアを形成している六角形が崩れていき――こちらのバリアがもたなくなっているのか、そう一瞬固唾を呑んだが、しかし彼女が言ったように中和されたという方が正しいようであり、ガラスが割れたようなけたたましい音が響いて後、窓の外にはこちらのバリアも月のバリアも一部分が消滅したようだった。
ノーチラスはそのままゆっくりと――とはいえ先ほどと比べて相対的に遅いというだけで、恐らく速度的には結構早い――割れたバリアの内部へと侵入した。
「古代人のモノリスはまだ顕在ですが、機関部がオーバーヒートを起こしかけています……これ以上はクラウディア・アリギエーリの物も含めて、バリア装置を展開することはできませんね」
「ただ、ここまで来れれば後は地表の迎撃装置さえ抑えられれば……と、迎撃ミサイルの第一群、来るわよ!」
前のスクリーンを見ていると、ノーチラスを中心とするセンサーに、確かに幾つもの小さな点がこちらへ向かって近づいてきているのが確認できた。しかし、もうバリアを展開できないのにどうするつもりなのか。あの数ではノーチラス側のデコイでも相殺しきらないのではないか――そう思っていると、隣に腰かけていたチェンと、対面に腰かけていたブラッドベリが互いに頷き合った。