B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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月面の戦い

「準備は良いな、ゲンブ」

「えぇ。ただ、私は魔王様ほど集中力はありませんので、大部分はお任せしたいのですが……」

「私は西側、貴様は東側だ」

 

 チェンは「うひぃ」と小さく呻き、モニターに映っている無数の点に向けて意識を集中させているようだ。そして、その細い目が僅かに開き――ブラッドベリと共に掛け声をあげて手を掲げると、窓の外で巨大なミサイルのサーカスが始まった。ミサイル群はノーチラスに当たることなく、艦体の外で踊り、そして東から来たミサイルは西へと通り過ぎ、逆は逆――スクリーンに目を戻すとこちらへ飛来していた点は円の中心から外側へと向けて離れていき、そして適度な距離まで離れたタイミングで互いにぶつかり合った。

 

 その結果、外ではミサイル同士が誘爆し、爆発の衝撃波がノーチラスを揺らした。チェンのブラッドベリの強力なサイオニックで、無理やりミサイルの弾道を変えてノーチラスを護ってくれたということになるのだろうが――恐らく念力で光線を曲げるのは難しいので、ミサイル相手だからこそ通用した戦法だとも言えるだろう。

 

 しかし、数えるのも面倒な数、それもまた相応の速度で接近してくるミサイルの弾道を一気に変えたのだから、二人のその集中力たるや凄まじいものだ。流石に疲労したのではないか、そう思いながら男たちの方を見ると、二人とも余裕のある様子であり、チェンなどはワザとらしく「ふぅ」と大きくため息を吐いた。

 

「いやぁ、三日分の集中力を使い果たしてしまいましたよ……あとは若い者にお任せしたいですね」

 

 チェンがそう言いながらブリッジの奥へ視線をやると、奥でイスラフィールが頷き、マイクへと顔を近づけた。

 

「ナイチンゲイル、出撃の準備を」

「準備はできています」

「了解です。それでは、その部屋の与圧を切ります……初めての宇宙戦闘になる訳ですから、気をつけてくださいね」

 

 イスラフィールが作業をする傍ら、今度はスクリーンにソフィアとその肩に乗る機械の鳥の姿が映し出される。彼女は既にその身体に薄い膜を張っている。あれが宇宙服代わりになるらしい――宇宙服を着た方が安全だとは思うのだが、そもそも外でやれられればほぼ即死なので、動きやすさを取ったらしい。部屋の圧力が無くなったのか、次第にその身体が浮き始めた。

 

「それでは、ハッチを開きますよ」

「はい……ナイチンゲイル、出ます!」

 

 彼女のいる部屋の壁が開き、中の空気が一気に外へと流れ出ているのだろう、彼女の綺麗な金の髪が激しく揺れ――そして少女はその背に炎と氷の翼を背負い、漆黒の空へと躍り出た。

 

 その飛翔速度はノーチラスのそれよりも早いのだろう、彼女の姿はブリッジ前面の窓へと外へと現れ、そのまま船を先導する形で月面へ向けて急降下をしていく。

 

「イスラーフィール! 月の迎撃装置の位置を教えて!」

「了解です、機械鳥に位置情報を転送します」

 

 グロリアの声がスピーカーから聞こえてすぐにイスラフィールは言われた通りにデータを転送したようだった。そして肩に止まっていた機械鳥が少女の持つ杖の先端と融合し、ソフィアの周りに六つの魔法陣が飛び交いだした。

 

「ロック完了、ソフィア!」

「全て貫く……ディザスター・ボルト!」

 

 ソフィアが杖の先端で魔法陣を叩くと、幾筋にも伸びる無数の熱線が近づいてくる月面に向けて照射された。それらはノーチラスを攻撃してきている対空砲も貫きながら、地上の迎撃装置を薙ぎ払っていく。一帯の迎撃装置を破壊しつくしたのか、こちらへ向かってくる攻撃は止み――地表まであと二千メートルというところでソフィアと船は飛翔する向きを変え、地表と水平になって徐々に下降をしながら南に向けて飛翔を始めた。

 

 まだ地平はかなり下にあるというのに、景色の移り変わりはかなり早いことから察するに、今のソフィアとノーチラスの速度はかなり早いものと想定される――地上と違ってここは重力が弱く真空状態に近いため、普段より速度を出しても負荷が無いということなのだろう。逆を言えば、確かに浮力で速度をコントロールしやすいソフィアたちと比べ、いつも1Gの制約の元で走ってきた自分は動きにくいであろうということは同意できる。

 

 しばらく飛行を続けていくと、再び地表や彼方からの迎撃の手が回ってきた。地表からの攻撃はソフィアが迎え撃ち、遠方からの攻撃はもう一度チェンとブラッドベリが対応してその軌道を逸らしてくれた。その後は機関部のオーバーヒートが冷却されて自前のバリアが展開できるようになり、より盤石の状態が出来上がる――はずだった。

 

「第二艦隊と第四艦隊の残存戦力、並びに第五艦隊がこちらへ向かってきています」

「主砲は艦首からしか撃ちだせないし……どうするんだ!?」

 

 イスラーフィールの報告に、シモンが振り向きながらレムとチェンの方を交互に見た。艦長のわりに他人頼りと言えばそれまでだが、その態度は落ち着いたものであり、単純に自分より建設的な意見を出すであろう人物に伺いを立てているという雰囲気である。以前はどこか卑屈で頼りなかったシモンだが、むしろ餅は餅屋に任せる度量があるという点では、彼は艦長としての器をその内に秘めていたということなのだろう。

 

 シモンの質問に対し、レムが少し考える様に思考を巡らしていると、代わりにチェンが椅子の上で首を回して艦長の方へと視線を向けた。

 

「目的地まであと少しです。月の内部にさえ入ってしまえば、宇宙艦隊も我々のことは攻撃できませんから……三番ドックに無理やりにでも潜入しましょう」

「無理やりにでもって、ノーチラスを月面にぶつける気か!? 確かに、バリアをもう一度展開すれば、こっちは無事かもしれないが……」

「いいえ、シモン。もう少しだけスマートにいきますよ……荒っぽいことには変わりませんがね。ナイチンゲイル?」

 

 チェンがそう言いながら口角を上げると、スピーカーから二人の少女の声が聞こえ始める。

 

「アナタの考えていること、理解したわよチェン!」

「私たちが道を切り拓きます!」

 

 ナイチンゲイルの二人はそう言い残し、更にスピードを上げてノーチラスから離れていく。恐らく、向かったのは三番ドッグのある場所――そこに向かうがてら、また何筋もの稲妻が月面を走り、地表で爆発を起こしているのが見える。

 

 そしてスクリーンが切り替わり、カメラは豪速で月面の上を進む視点へと切り替わった。恐らく、アレはグロリアの視点だ。ナイチンゲイルは下方からの攻撃を空中機動で躱しながら、徐々に高度を落としていっているようだ。

 

 相対速度で考えれば、その動きはかなりの危険を伴う。恐らく、今の彼女の速度はマッハ5、それに対して地上からの攻撃は少女の方へ向かってきているのであり、相対速度で見れば敵弾の速度はその倍以上の危険度がある。

 

 しかしそんな恐ろしい弾幕の中、少女は一切怯むことなく、地表の一点を目指していく。聞こえてくるのは、少女の呼吸音のみ――結界と魔術でその身を覆っているが、その外はほぼ真空なので、音が伝播しないのだろう。小夜啼鳥の月面飛行のその静けさは、爆発や行き交う光線や少女の撃つ稲妻とで織り成される諸々の光とのコントラストにおいて、なんだか奇妙に感じられた。

 

 そして一層地表へと近づいた瞬間、巨大な魔法陣にカメラが叩きつけられ、一瞬だけ青白い光がパッと広がり――そして反転、今度は星々の大海に向かって急上昇を始め、そして地表から数百メートルの地点で急停止、そのまま彼女が眼下を見下ろすと、月面の一部分が凍結した川のように光っていた。いつものように巨大な氷柱ができていないのは、地表付近の空気がかなり薄いせいだろうが、確かに一定の範囲が極限の低温にさらされている。その幅は三十メートル、長さは三百メートル程。小夜啼鳥の二人は自らが凍らせた川を目掛けて急降下を始める。

 

「いくよグロリア!」

「任せなさい!」

 

 二人の気迫の籠った声がスピーカーから響き、それと同時に杖から立ち昇る巨大な赤い雷光が川を切り裂く様に振りだされた。以前ウリエルを倒したときに利用した熱衝撃を必殺技にまで昇華したということか――宇宙空間は真空なので、炎の代わりに高温の熱線を活用したのだろう。ソフィアが作り出した氷河がグロリアの炎雷によって溶かされ、月の表面の金属をいとも簡単に切り裂き、ちょうどノーチラス号が入り込めるだけの亀裂が月面に現れた。

 

 その映像の迫力にスクリーンに気を取られていたが、どうやらノーチラスの方もかなりの速度で前進を続けており、もはや機内からでもナイチンゲイルが切り拓いた穴が目視できる様になっていた。

 

「さぁシモン、後は艦長としての度量の見せどころですよ」

「あぁ、了解だ! イスラフィール、ジブリール! 船速を維持してあの穴の上まで接近してくれ!」

 

 シモンの威勢のいい命令に、イスラフィールは小さく頷き返し、ジブリールは「制御するのはこっちだっての!」と悪態をついた。ノーチラスは船首を下に傾けて前進し続け――こちらが開かれた穴を目指している間も、ナイチンゲイルは再び飛翔し、辺りから来るミサイルの迎撃を手伝ってくれている――そして徐々に船は減速を始め、ソフィアとグロリアがこじ開けた月の断面へと見事に船首から勢いよく突入した。

 

 三番ドックには宇宙船がすっぽり入るだけの広さがあるのだが、如何せん勢いよく内部に入ったので、船首部分が壁に激突する形での制止になった。壁や天井に備え付けられているクレーンや照明などがその衝撃で落下してきて、窓や甲板を叩いてきて、艦内にどことなく間抜けな音を響かせた。

 

「ふぅ……どんなもんですか」

 

 イスラ―フィールが頭を振ると、激しい振動で乱れた髪が綺麗に元通りになった。口角をあげてどことなく得意げな顔をしている熾天使に対し、チェンがゆっくりと諸手を叩く。

 

「いやはや、素晴らしいお手並み……しかし、合理主義者の貴女が随分と手荒なことをするようになったものですね」

「……郷に入りては郷に従え、貴方達の流儀に合わせただけです」

 

 露骨に嫌そうな顔をするイスラ―フィールに対して、チェンは「私もそんな乱暴なつもりはないのですが……」とにやけた顔で肩をすくめた。ともかく、内部へと侵入したことで右京側の宇宙艦隊はこちらへの迎撃の手を止めた――つまり、自分たちは成功率十パーセントの作戦に成功したのだった。

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