B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
月の内部に侵入後、直ちには敵からの攻撃の手はなかった。三番ドックへ潜入してくるアンドロイドの類は居なかったし、その内部が無理やりに爆発させられるだとか、毒ガスが散布されるだとか言うことも無かった。逆にそれくらいの抵抗は予測していたのであるが――恐らくそう言った小手先は通用しないだろうと右京らも判断したのだろうとはレムの談である。
さて、敵からの迎撃のない間に潜入のための準備が速やかに行われた。熾天使達はこの場でノーチラスの防衛のために待機、シモンと魔族たち、レム配下の第五世代型達が帰りのための調整に当たることになっている。月からは軌道エレベーターを通じて惑星レムに戻ることも不可能でないし、その他にも脱出艇がいくつか存在するので、帰るだけならノーチラスを使う理由もないのだが――やはり作り上げた宇宙船で、魔王城のパーツを使っていることもあり、シモンや魔族たちにとってはノーチラスは愛着のある船となっている。それに、この先の戦い如何で軌道エレベーターが使えなくなるということも考えられるし、何よりも内部には多数の敵兵が配備されていることが想定されるので、ここが最も非戦闘員にとって安全な場所でもある。そういった複数の要素の兼ね合いにおいて、シモンたちはノーチラスに残る運びとなった。
イスラーフィールとジブリールの二人の熾天使は、海と月の塔を奪還したことで予備のパーツの回収に成功し、全盛期の力を取り戻している。「むしろ全盛期以上よ」とはジブリールの談だが――ともかく今の彼女たちなら信頼して船を任せられるし、並の第五世代型が押し寄せてきても船を護り切ってくれるだろうという安心感もあった。
シモンたちをノーチラスへと残し、手筈通りに自分たちは月の内部へと潜入する運びとなった。先ほど天井に穴を開けてしまったせいで無酸素状態と化したドック内はクラウディアの結界で通り抜け、通路へと続く隔壁はレムが――今は省エネモードらしく、手のひらサイズになっている――端末を操作して開けてくれ、その内部へと足を踏み入れた瞬間に、その奥で控えていた第五世代型の熱烈なる歓迎を受けた。
とはいえ、月に配備されている第五世代たちはとりわけ新しい装備や機能がある訳でもなく、その制圧は容易だ。とりわけ今の自分なら、骨や筋肉へのダメージを気にせずADAMsを起動できる。月の内部へと到るまでの戦闘において、ほとんど自分は役に立たなかったので――もちろん、ブラッドベリに言われて仲間たちを信用したという前提はあるが――その不足を補うべく、真っ先に敵陣へと駆けつけた。
そして通路の制圧が終わるころには、入ってきた隔壁が降ろされており、またレムが壁の端末を操作すると、ドッグ内に重力が発生して通気口から空気が送られてきて、ようやっと生身の人間が生息できる空間が創り出されたのだった。
その後はしばらく八人で行動を共にして月の中を進んだ。目的地へ最も近いドックからの移動といっても、その移動は十キロ単位になる。自分たちのように訓練されたメンバーが障害なく進めばそんなに時間もかからない距離ではあるが、通路に敵が密集していれば倒しながら進む必要があるし、各所では隔壁が降ろされていてそれを破壊したり解除したりする必要がある。
そのため、主に敵の殲滅は自分とT3が先導して大雑把に行い、撃ち漏らしはエルとナナコに任せ、隔壁の破壊はブラッドベリ、解除はチェンとレムが行った。ソフィアとクラウディアについては魔術弾と精神力というリソースが必要であるので、その力を温存してもらっている形である。自分も有事に備えて変身は温存しているが、敵の配置はそれでも問題ないものであった。
相手の布陣に関して、チェンは時間稼ぎのつもりだろうと予想していた。実際、確かに敵の数こそ多いが新しい武器や機構がある訳でもないし、隔壁についても破ること自体はそう難しくはない。同時に、進むだけなのに確かに時間は掛かるので、彼の予想は当たっていると思われる。
レムの予想では、次に意識を失う人々が増えるのはノーチラスが出発する時点であと三時間ほどだった。月まで着くのには予定通りの三十分、そして月の内部を目的地まで三分の一を進むのに既に一時間程かかっている。右京側にあとどれだけ時間が必要なのかは断言こそできないものの、仮にレムの予想通りであったとするのなら既に半分の時間が経過したのであり――最も長い惑星から月までの距離は踏破したというのにだ――それよりも早い時間で相手側の目的が達せられてしまう可能性すらある。もちろん、逆に右京がその目的を達するのにもっと時間が掛かる可能性もあるのだが、少なくともこれだけ時間稼ぎを徹底しているということは、もう数日かかるなどという楽観視だけは出来なさそうなことだけは確実だった。
「しかし、伝説級の暗殺者である貴方が、こうも力押しで進まざるを得ないというのも、歯痒いんじゃないですか?」
隔壁を開けるために端末を操作しているチェンが、出し抜けにそう語り掛けてくる。
「スマートじゃないのは認めるが、こうも単調な通路にこれだけ敵が密集してりゃ、スニーキングもくそもない……目的はあくまでもターゲットであり、潜入はそのための手段でしかない。
それにお前さんも知っての通り、潜入工作は時間がかかる。こうやって暴れるのが早いって言うのが一番手っ取り早いって言うのなら、それもやぶさかじゃないさ」
実際、旧世界においてスニーキングミッションをこなしていたのは、襲撃を見破られてターゲットに逃げられないようにするというのが一番の理由である。次点で、当初の構想では第五世代型を同時に何体も相手にするのは物理的に厳しいと――それをADAMsで無理やりぶつかるという荒業で解決してきた訳だが――想定されていたからであり、別に自分としては潜入そのものが目的だったのではないのだ。
ただ、スニーキングに関しては懐かしさを覚える部分もある。息を潜め、音を殺し、監視カメラや赤外線の穴を潜り抜け、諸々のセンサーを持つアンドロイドすら欺き、目的地まで進み続ける――そこに対してある種のスリルを覚えていなかったといえば嘘になる。
しかし、潜入を懐かしく思うのは、どちらかといえば精神的な高揚だけでなく、それが元来自分にとっては数少ない仲間との協力作業だったという点に起因するように思う。荒事は自分の仕事であるが、潜入する場所の構造の把握や障壁の突破、そのための綿密な事前準備など、べスターや右京と連携し、困難を乗り越えるという確かな充実感はあった。その目的がターゲットの暗殺というのは理不尽な暴力でしかない訳だが、それでも仲間と共に一つの目標に向かって行くという不思議な一体感があった。きっとこの旧懐の念は、そういった想い出が自分の胸にあることが原因なのだろう。
惑星レムでも何度か自分一人での潜入工作はあったが、原始的な装備しか持たない――こういう言い方も失礼かもしれないが、事実としてそうであった――人や魔族などの第六世代型を相手に潜入するのは、旧世界での困難さを考えれば赤子の手を捻るようなものであった。それこそ、シンイチが――右京が――魔王城へ向かう道を調査させたのは、自分になら魔族相手の斥候など簡単に出来るという信頼と判断があったからに違いない。
ともかく、現状では身を隠して進むというのは非効率であるし、スニーキングが趣味ですと言うほど拗らせていないつもりだ。それに、今は今で充足している。実際に共に戦場に立ち、肩を並べて戦ってくれる仲間が居るというのは以前にはないことであり、同時に背中を守ってもらえるという安心感があるからだ。
少々面白かったのは、ソフィアが唇を尖らせながら着いてきているという点だ。彼女の不満の理由は、月の内部に入ってからは役所《やくどころ》が無いから、というものだった。もちろん、彼女が本気を出せば、高い機動力と殲滅力を誇り、更には一人で――正確には一つの体に二つの魂で――攻撃魔術に回復魔術、補助魔術、妨害魔術を使いこなす万能さがあるのは誰も疑うところはないのだが、逆を言えば彼女の強さはリソースの使用と表裏一体になる。
「……それに、こんな狭い通路で魔術を使ってちゃ、それこそ誰かが巻き添えを食うわよ?」
「むぅ……でも、以前はアランさんの手を煩わせることは無かったから……」
少女の右肩に優雅に留まっているグロリアに対し、ソフィアはそう不満そうに漏らした。要するに、今は立場が逆転しているのが彼女としては面白くないのだろう。奥にいる十体の第五世代達を倒し、戻って来て加速を切ると、ソフィアの隣に並んで歩いているクラウディアがソフィアの左肩を叩いた。
「良いじゃないですか、ソフィアちゃん。アラン君だって以前は私たちに任せっきりで申し訳なく思ってたのを、ADAMs使いたい放題になってお返しできるとか思ってるんですから。私たちは優雅に、ノンビリさせてもらいましょうって」
そう言われるとお前は働けとは言いたくなるが、実際は彼女の言う通り。それに、小夜啼鳥の二人とクラウディアは、月の内部に侵入するまでにかなり無茶をしてくれたのであり、その労力に報いたいという気持ちもある。
グロリアとクラウディアに諭されて幾分か納得してくれたのか、ソフィアは「そうだね」と小さく頷いた。その後はクラウディアの肩に留まっているレムに視線を向け、「そう言えば」と切り出す。
「アランさんの身体って大丈夫なんですか? その……サイボーグ体との融合を果たしたというのは理解しているのですが、それが将来的に悪影響を及ぼしたりはしないのかなと思いまして」
「正確なことは確約しかねますが、問題ないと推測しています。むしろ、時間が経てば経つほど、アランさんの力は失われていく可能性が高いです」
レムが言うには、次のようなことらしい。自分の体を構成する有機機械部分は、細胞の分裂や再構築を繰り返している間に、徐々にだがその数を減らしていっている――要するに、本来の人間としての細胞に戻っていっているということらしかった。今のところはその進行が緩やかであり、サイボーグであった時と変わらない調子でADAMsを使えるが、その数が減っていけば普通の人間に――強いてを言えばジャド・リッチーの亡骸を利用して再構成したクローン体に――近づいていくとのことだった。
ただし、再構成された細胞に関して、それらは完全な有機体に変化していく中で、以前の機械部分の特性を引き継ぐ可能性もあり得なくはないようだ。そうなれば今のような戦闘力を有しながらも、普通の人間のように暮らすことも不可能ではない、ということらしい。
サイボーグとしての特性が失われるとしても残るとしても、以前のように細胞に拒絶反応は無くなっているので、レムによる再生魔法がなくても――今は折角なのでお守り代わり兼はげしい戦闘用にかけ続けてくれているようだがが――問題は無くなっているようだ。
自分は戦闘をしながらなので、ソフィアたちに語っている内容を音で聞いたわけではなく、気になるだろうからとレムがこちらの脳に共有してくれた形だ。そして再度敵たちを殲滅し終えたタイミングで少女たちの元へと戻って加速を切り、「へぇ、そんな感じだったんだな」と伝えると、グロリアから「アナタはもう少しその辺りのことには関心を持っておきなさいよ……自分のことなんだから」と呆れた声を返されたのだった。
さて、そんな調子で進んでいくと、ある箇所を境に妨害の手が一気に減り始めた。それは全体の半分の行程を進んだ地点、管理区と言われる地点に足を踏み入れてからのことだった。そこは七柱の創造神たちの居城と隣接する区間ではあるが、広大な敷地を有している区間であり、そのためにまだ行程としては全体の半分くらいになる。
管理区の大半は通路ではなく、拓けた空間だった。旧世界の種を保全するための区域であり――保全対象は動物だけでなく植物も含まれるで、面積だけでなく木々が成長できるだけの高さも兼ね揃えている――今いる場所は旧世界における温帯の原生林であった。
敵の手が落ち着いたのは、恐らく以下二つの理由があるのだろうとはレムの意見。すなわち、単純にこの一帯の地域の警護に回してた第五世代型達が打ち止めになりつつあるということ、そしてもう一つが保全地域で戦闘をすると、折角守ってきたこの区域の貴重な種たちに危険が及ぶのを避けているのだろうとのことだった。もちろん、宇宙の趨勢を決するこの一戦において、右京側に変な手心があるとは思い難いので、むしろ理由は前者の方が濃厚であるとのことだった。
ただ、全く敵の手が無くなったという訳でもない。とくに遮蔽物の多いこの場所においては、第五世代型本来のステルスが脅威になりうる――その気配を完全に感知できるのは自分とクラウディア、ナナコの三名のみであり、エルとT3は優れた観察眼からほとんど正確にその位置を把握できるが、ソフィア、チェン、ブラッドベリの三名は迷彩を完全に見切ることは不可能。そうなれば依然として第五世代の脅威はあり、かつ自分の能力を最大限に活用できる場所でもある。
そのため、自分が進行方向にいる第五世代型達を先んじて排除し、残りのメンバーはその後から着いてくる、という構図が自然と出来上がる。敵の数が少なければ、自分一人で殲滅しながら進むことも不可能ではない。作戦開始前にレムに「月に着いてから暴れてもらいます」の面目躍如といったところだろう。
補足として、保存されている動物たちに関しては、可能な限りその生態系を破壊せずに進むことにしている。第五世代型達の攻撃に巻き込まれることについてはその限りではないが――また、虫や蜘蛛など小さな毒性の生物が仲間たちの方へ近づく場合には、その気配を察せるクラウディアが注意をしてくれていた。
ただし、森林の中に広葉樹をぶち抜くほどほどの巨大な恐竜が居たことには驚きが隠せなかった。レム曰く、折角だから再現したみたとのことではあったが――あんなのがいたら生態系など破壊されてしまいそうだが、そこは上手く恐竜の移動範囲を調整することで周囲の生体には影響が出ないようにコントロールしているらしい。なお、再現した恐竜は魔術を妨害するような知能を有しているわけではないので、ソフィアが扱う眠りの魔術で――そんな魔術まであったことは初めて知ったが――簡単に眠りについてくれた。
ともかく、敵の数は減ったので、移動速度はここにきて飛躍的に向上した。全行程の約三割進むのに一時間かかっていたのに対し、そこから全体の八割まで到達するのには三十分と掛からず、今は惑星レムを出発してからちょうど二時間が経過したところだ。
そしてちょうどその地点において、ここからは予定通りに二手に分かれる運びとなった。未だに第五世代型達の襲撃は散発的にあるものの、別れるメンバーの中でもナナコとT3が対応できるし、チェンとブラッドベリにおいてもその防御力は折り紙つきであり、心配するには及ばないだろう。
「それじゃあ、また後でな……頼んだぜ、ナナコ」
標識のある森林の分かれ道でナナコに対してそう言うと、銀髪の少女は背筋をピンと正し、大真面目な表情で敬礼した。
「はい! 誰一人欠けることなく……みんな生きて合流しましょう! 必ず!」
そこまで言って敬礼を解き、ナナコはポニーテールを揺らしながら振り返り、屈強な男たちが待つ方へと歩いて行った。自分も振り返り、少女たちが待つ方へと歩みを進め、自分達の戦いの場へと――魔術神アルジャーノンの本体、ダニエル・ゴードンの根城へと足を勧めたのだった。