B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
アラン・スミス達と別れた後、自分たちはローザ・オールディスの待ち構える領域へと向かって足を進めていた。既に道中の襲撃はほとんどなくなっているものの、それでも散発的に第五世代による攻撃があり、それらは自分とセブンスが迎撃に当たっている。
月内の熱帯雨林を超え、管理地区を通過し、再び通路を移動することになったタイミングで、また第五世代たちの襲撃が増加した。とはいっても、ノーチラスから降りた時と比べればその数はかなり減っており、こちらもセブンスと二人で戦えば事足りる程度のものではある。
「……ゲンブ、ルーナの動きをどう見る?」
襲撃が一段落したタイミング、ローザ・オールディスの居城が近くなってきたタイミングで、魔王は隣を歩く糸目の男にそう尋ねた。二人の背後からはガチャガチャと音が聞こえて――自分とセブンスが毛散らしたアンドロイドたちをチェンの布袋戯が超えるときに掠れる音であり、長距離の移動を想定されていたため連れてきたのは六体ほど、三体ずつチェンとブラッドベリがサイオニックで運んでいるようだ――少々煩いのだが、チェンは良く響く声で返答してくるので聞き取るには支障はない。
「想定される動きとしては、持ちうる最強の個体に意識を転写し、彼女本来の能力である第五世代型の強化で人海戦術を仕掛けてくる、といったところかとは思います。
そうなると、主に注意すべき点は二つ。一つはローザ・オールディスの宿る素体がどの程度のものか……火口や塔で戦った素体と同程度の実力であるのならば、タイタンの妖女を含めて対抗できるだけの実力はこちらにも十二分にあるとは思いますが、あれらを上回る素体があるとするのなら楽観はできません。
もう一つは、ルシフェルがあと何体居るのか……同時運用は三体が限界のようですが、それでも無尽蔵に出現されてはかなり不利な戦いになるでしょう。とはいえ、恐らくそう多くは量産されていないとは思われます」
「ほう、何故だ?」
「単純に、星右京やダニエル・ゴードンが熾天使の量産を認めなかっただろうということです。少々間抜けな点も目立ってこそいましたが、天使長ルシフェルは戦力としては一級品なことは間違いない。それが他の第五世代と同等レベルで量産されているとなれば、七柱自体のパワーバランスが崩壊しかねませんから」
他にも単純に、アレだけの性能の機体を一年間で量産するのは技術的な問題もあるだろうとチェンは付け加えた。気が付くと、いつの間にか隣にいたはずのセブンスが居ない――独自に敵の迎撃を行っていたようだが、敵の襲撃が落ち着いたタイミングで二人の方へ合流したようで、振り返ってみるとチェンの横で首を傾げていた。
「えぇっと、つまり……どういうことになるんでしょう?」
「大方私の予想通りなら十分に制圧は出来るし、最悪のケースを……それこそルーナの隠し玉が想像を超えるものであれば、厳しい戦いを強いられる、ということです。ただし、状況から見ればやや楽観的に考えられるとは言えます。
その根拠は、海と月の塔の攻略に現れています。彼らにはこの人工の月という最後の砦があったにせよ、海と月の塔の制御、ひいては深海のモノリスのコントロールは、本来は高次元存在を降ろすのに絶対条件として考えていたはずです。
星右京が博打として放ったウイルスという切り札があったものの、それは本来のやり方ではなかったはず……つまり、先の闘いにおいて、七柱側も持てる総力を凡そつぎ込んだと想定されます。
もちろん、自己の保身にも最大の労力を払う必要はあるのであり、ローザ・オールディスの素体は先日戦った者よりも上等な物が残っていることは考えられますが、それでも恐らくこの前のは二番目の素体で来たのでしょうし、一位とそう大きな違いはないでしょう……というのが、私とレムの出した結論です」
「なるほどぉ……お二人が出した答えなら、きっとその可能性が高いんでしょうね」
「……本当に、そうだと思いますか?」
チェンの質問に対し、セブンスは困惑したように――敵の気配も無くなっているので、自分も三人の居る場所まで下がっているので彼女の顔も見える――眉をひそめた。
「え、えぇっと……?」
「私はアナタの意見を聞きたいのです、セブンス。正確には意見というより、貴女の直感に伺いを立てたい。貴女が高次元存在より授けられているのは未来視ではないとのことでしたが、それでもこの先に渦巻く意志の力を感じ取ることは出来るはずです。
それに、恐らくですが……貴女は何かイヤな予感がしたからこそ、状況の詳細を聞こうとしたのではありませんか?」
チェンの質問に対し、セブンスは図星を突かれたように押し黙り――そして目を瞑って胸に手を置き、「はい」と小さく頷き返す。
「なんとなくですが……イヤな予感がするんです。この先から、何か邪悪な気配を感じる……怒りと憎しみに溢れていると言いますか、同時に攻撃的といいますか……全てを破壊してやるっていう、そんな意識が流れてきている気がするんです」
「……と、言うことです。私たちの最後の戦いは、決して楽な物にならないと考えるのが妥当でしょう」
セブンスの言葉を聞いて、チェンはあっけらかんとした調子で自分やブラッドベリの方へ振り返った。それは超高性能コンピューターのレムと、一万年の時を超えて戦い続けた軍師チェン・ジュンダーの予測よりも、セブンスの直感を信じろと言わんばかりの態度だった。
「根拠のない直感を信じるのだな」
「いえ、セブンスがそう感じる、それだけで十分な根拠です。我らが准将殿曰く、経験則も何度も当たればそれなりの確度を誇る……何より、下手な慢心で窮地に陥るよりは余程いい。
実際、彼方と此方の境界に触れた者たちの感覚は、かなりの精度を誇る……少なくとも、ローザ・オールディスは我々を迎撃して撃破するだけの自信のある奥の手があるのは間違いないでしょう。
それも、先日あれだけ追い詰められたのに、セブンスが感じているような敵意を持てるということは、少なくとも我々に見せた手の内に毛の生えた程度の物ではないということは確実です」
チェンはそこで言葉を切り、自分たちよりも一足先に進んで一つの大きな扉の前で立ち止まった。そして長い袖の中に両腕を隠しながら、その細い目で扉を睨んで口元を引き締める。
「鬼が出るか蛇が出るか……その答えはこの先にあります。T3、セブンス、魔王様……準備はよろしいですか?」
セブンスが一歩前へと出て、男の言葉に対して頷き返す。
「はい、行きましょう。旧世界から続く悲劇を……偽りの神々が創り出した神話を終わらせるために。皆さん、どうか私に力を貸してください。そして……」
少女は言葉を切り、自分とブラッドベリの方へと振り返り、長い髪を揺らしながら一度大きく頭を下げ、そして再び顔を上げて真剣な面持ちでこちらを見てきた。
「皆さんの背中は私が守ります。ですから、どうか……皆さんも私の背中を守ってください。そして、必ずみんなで生き残って、アランさんに合流しましょう」
「……あぁ、そうだな」
少女の言葉に、いつかの日に魔王との決戦に臨んだ時のことを思い出す――その魔王が今はこちら側に居るというのは皮肉な感じもするし、アラン・スミスと合流するのにという点については同意をする気はないのだが、その他のことに関しては異論はない。
だから曖昧に――部分的には同意だという意味合いを込めて――返事をしたつもりだったのだが、何事にもプラス思考の少女は満足したように頷き返し、その身の丈に合わない巨剣で目の前の扉を両断した。
そしてセブンスが先導する形でローザ・オールディスの居城に足を踏み入れる。とはいえ、その様相は外の通路とそう大きな違いはなく、またしばらく通路が続いていた。
両端の壁にはいくつかの扉があるが、それらを無視して前進を続ける。ローザの本体は彼女の居城の最奥にあり、様々なセキュリティによって守られているという予測に従っての前進ではあるのだが、警戒していたようなトラップは存在せず――本当はあったのだが起動していないという方が正しいのかもしれないが――ただ誘いこまれるように通路の突き当りにある機械仕掛けの扉まで辿り着いた。
再びセブンスがその扉を両断すると、その奥には一層広い空間があった。高さは何十メートルもあろうか、天井には真っ白いタイルがどこまでも続いており、不思議な圧迫感を感じる。異様なのはむしろ床面積とそこにある光景であり、天井の高さに負けないほど広い、数百メートル四方の広大な空間に、何百、下手をすれば何千ものガラスシリンダーが立ち並んでいた。
シリンダーの大きさは、一本当たり直径一メートルほど、高さは天井に届くほど長い――恐らく床や天井から配線をつないでおり、内部の液体を絶えず流動させ、シリンダーの周辺装置を管理し、その内部にあるものを保存し続けているのだろう。
肝心の中身は、予測は出来ていたので驚きもしないが、同時にあまり趣味の良い物とは言えなかった。薄い布で身体を覆っている少女の肢体が、液体の中に浮かんでいるのだ。右を見ても左を見ても少女少女少女――まさしく少女地獄とでも言うべき光景が広がっている。外見は一様でなく、髪の長いもの、短いもの、髪色は黒いもの、白いもの、金色のもの。身長の高いもの、低いものなど、まったく同じ個体は存在しない。だが多様性があるとは言い難く、たとえば恰幅の良いものはいないし、年齢はみな一様に若く――下手をすれば幼いとすら言える――端的に言い表せば、おおよそ「見目麗しい少女」という点では一致していた。
要するに、ここはローザ・オールディスの衣裳部屋なのだ。自らの着替えのためにアレコレと用意した素体達をこの場に保存しているということになるのだろうが――意識のない少女の身体が無数に液体に浮かんでいる光景というのは、単純に気味が悪いものだった。
「これは……貴様が魔獣を研究していた部屋に似ているな、ゲンブ」
「それは否定しませんよ、魔王様。生物をシリンダーに閉じ込めているという行為そのものはまったく同一ですからね。それに、私の目的が崇高だったとも言いません。
ですが、これと完全に一緒にされるというのは、少々心外といいますか……あまり気分の良いものではありませんね」
そう言いながら、チェンは一つのシリンダーの前に立った。腕は袖に隠したまま――ガラスに触れることも無く、その中に浮かぶ少女の姿を細い目で睨みつけている。
「恐らく、皆さんも色々と思うことはあるでしょうが……この中で一番精神的にきているのは私でしょう。この瓶詰の少女達は、ローザ・オールディスのコンプレックスの裏返しのように思われるからです。私は、彼女の本来の外見を知っていますからね……」
そう言いながらチェンは歩みを進め、もう一つ隣のシリンダーの前に止まって、改めて液体の中に浮かぶ少女の身体を見上げた。
「別に、なりたい自分に変わろうとする努力や行為自体を否定する気はないのです。それは、生きる上で自分がそうあれかしと望むとおりに自らの意志で進んだ結果ですし……人は生まれを選べませんから、その中で認められない部分を修正するなど、やれる範囲で自己実現をしようとすることは、それこそ人の自由だと思うのです。
ですが、彼女は本来、外見や生まれに寄らずに人の平等を説いていた人物です。その内側には、結局は非情なコンプレックスがあり、この素体たちの存在自体が、彼女自身が強烈なルッキズムに縛られていたことの裏返しのように見える……その一貫性の無さに、改めて失望しているのかもしれません」
恐らく、チェンはもしも最初からローザが望む外見に産まれていれば、また違った生き方を選んでいたと言いたいのだろう。それは確かにその通りだとも思うが――ただ、仮にローザ・オールディスがこれらの少女のような外見を持って産まれていたとして、彼女はそれで満足だっただろうか? それは、また違う気もする。人という生き物は、結局は隣人が良く見えるもの。つまり一見美しく生まれたとしても、どこかしらに欠点を感じるものだろう。
それに、仮に外見に満足していたとしても、今度は能力的な不足からコンプレックスを覚えるかもしれない。もし能力に満足しても、今度は取り巻く人々との関係性に不満を抱く――そう考えれば、人の欲望には永久の充足などあり得ないのだ。
「……まぁ、驚くには値しません。たとえば、旧世界においても、ローザよりも前に人々の平等を実現するために旧体制に抗い、旧体制を破壊して新秩序を築いた人々が居ました。その指導者達は私有財産を禁じていたはずなのに、新しく樹立されたイデオロギーの中で腐敗し、否定はずした財産を持つようになる……人の闘争というのは願望に対するルサンチマン、つまり持たざる者が自分の精神を慰めるために持った攻撃性とも言えるのかもしれませんから。
どれだけ綺麗ごとで取り繕っても……いいえ、綺麗ごとで取り繕っているからこそ、その後ろには醜悪な人の本性が隠れている、結局はそんなのものなのでしょう」
もっと根源的な所で言えば、餓えに対する渇望が狩りという他種族への攻撃性を生んだと考えれば、確かに人とは元来そういうものなのかもしれない。生きていくには闘争が必須であり、他者から何かを奪うことでそれは成立する。
いや、狩りは人以外の生物も行うことを考えれば、生物の根源はそこに在るとすらいえるのかも――そんな風に考えていると、チェンの隣にブラッドベリが並び、巨漢がシリンダーの一つを指さした。
「……これらをどうするのだ?」
「どうもこうもしませんよ。趣味は悪いと思いますが、シリンダーの中で醸成されたこの娘たちに罪はない。これらは人造的に作られた素体であり、意志や魂は持ちませんが、別に望んで作られたわけでもなければ、破壊されるために作られたわけでもありませんから。
もちろん、ローザの転写先であることを考慮すれば破壊してしまった方が合理的とも言えるかもしれませんが……本体を倒せば、それだけで済む話です」
無論、管理者が居なくなれば朽ちていくだけでしょうが――チェン・ジュンダーはそう締めくくってシリンダーから離れ、訝しむように周囲を見回し始める。
「しかし、妙ですね……ここまで何の抵抗もなく我々を招き入れるとは。この先に本体があることを想定すれば、必ず迎撃されると思っていたのですが……セブンス、何か気配は感じませんか?」
「その、先ほどから変な感じはするんです……先ほど膨大に感じた邪悪な意識が、分散しているような……この部屋全体を覆っているようで、無数にあるように感じられるんです」
セブンスはチェンと並び、男と同じように周囲を見回している。その様子は、敵の気配の出所が分からないどころか、言葉の通りに一体や数体でなく、それこそ何十も何百も感じられるということなのだろう。
しかし、それでは数が合わない。仮にルシフェルが自分たちの予測を超えて何体も量産されていると言っても、同時に起動できるのは三体が限界であったはずだ。この予想は今までの動きから証明できる――仮に何十体も同時に動かせるとするのなら、もっと早いタイミングでルシフェルを一気に投入していればこちらが全滅していたはずであり、そうなると三体程度の並行処理が限界であるというのが自然であるからだ。
同時に、ルシフェル以外の第五世代型が完全迷彩で潜んでいるというのなら、それなら自分やセブンスが既にその存在を看破しているはずだ。何より、第五世代型の意識を「邪悪」と形容するのには違和感がある――彼らはある意味では質実剛健な兵士であり、その在り方はむしろ純粋だからだ。
そうなると、セブンスの持つ違和感の正体は何なのか――そう考えながら身構えていていると、突然四方からヒステリックな女の声が響きだしたのだった。