B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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少女地獄

「黙って聞いていれば、邪悪だのなんだの好きかって言いおって……貴様ら、後悔させてやるぞ!」

 

 広大な室内に響き渡る声に対し、チェン・ジュンダーは辺りを見回しながら――声は複数のスピーカーから出ているようであり、その出所を一か所に絞れない――無表情のまま口を開いた。

 

「ようやっとお出迎えですか、ローザ・オールディス。てっきりここまで追い詰められて、もう諦めたのかと思いましたよ」

「はっ! 何度も妾を取り逃がしているのは貴様が言っても説得力もないがな!」

 

 再びローザの声が室内に反響する。その人をなめ腐った様子は以前の傲慢さを取り戻している――少なくとも、追い詰められているという焦りは感じられなかった。そうなると、自らの居城における防衛に関しては絶対の自信があるということか。とはいえ――。

 

「……もはや遠慮することはありません。T3!」

 

 チェンの指示に従って奥歯を噛み、背から精霊弓を取り出して正面奥にある扉に向かって光の矢を放つ。そう、仮に相手にどんな策があろうとも、ここまで来たらローザ・オールディスの本体を仕留めれば良いだけだ。少なくとも奴の本体も、周りの少女たちと同じようにシリンダーの中に浮かんでいるはずである。そうなれば、本体の前にさえ辿り着ければ偽りの女神ルーナに抵抗する術はない訳だし、一気にトドメを指すこともできる。

 

 そして恐らく、ローザの本体が座すのは、あの扉の奥のはずだ。放たれた光の矢が扉を破壊し、その残骸が塵となってゆっくりと舞っている場所を目指して疾駆する。しかし、こちらの進撃は、通路部分へと入る直前、塵の奥から迫ってくる気配にとん挫させられる――奥で控えていたのだろう、天使長ルシフェルが姿を現し、腰の長剣に手を掛けながらこちらへと突貫してきたためだ。

 

 相手の横薙ぎの一撃を右に跳躍して躱し、通路から躍り出る天使長に向かって弓を向ける。そのシルエットが見えた瞬間に出力を上げて矢を撃つが、それはルシフェルが手をかざして展開するバリアによって霧散し――反撃に放たれた光線をこちらも横に跳躍して躱した瞬間、こちらの視神経の限界に到達した。

 

「やはり潜んでいたか」

 

 こちらの言葉に対し、ルシフェルは無言を貫いた。確かに「ルーナ様には指一本触れさせません」などと言えばあの奥に本体が居ることを示唆することになるし、何も言わない方が都合も良いのだろうが――しかし、いつもの人をなめ腐った態度が完全に消失してしまっていることが気に掛かる。

 

 元より肉の器に無い第五世代型であるルシフェルには人と同じような感情は無いというのが正確なのだろうが、それでも最高の第五世代であるという誇りと、そこから他者を嘲り笑う狡猾さとは持っているように思われた。しかし、今のルシフェルからはそういったものは感じられない。むしろ、何かに怯えて緊張している、という雰囲気すら覚える。

 

 周囲の状況を改めて確認すると、どうやら飛び出してきたルシフェルは一体だけのようだ。仲間たちの方にはまだ敵の手は伸びておらず――チェンは臨戦態勢に入ったのか袖から腕を出して構えを取った。

 

「部下に全てを任せて、貴女は隠れているつもりですか? いい加減、姿を現したらどうです?」

「くっくっく……妾は既に貴様らの前にいるぞよ?」

「……なんですって?」

「愚かよのぉ、チェン・ジュンダー。貴様ら全員、まんまと妾の罠にはまったとも知らずに!」

 

 訝しむ様な表情を浮かべていたチェンは、ローザの最後の一言でハッとした表情になり、すぐに慌てたように周囲を見回して、離れた自分にも届くように大きく口を開いた。

 

「皆さん! 周りのシリンダーを可能な限り破壊してください! 今すぐ!」

「……させません!」

 

 ADAMsを起動する直前に聞こえたのは、慌てるようなルシフェルの声だった。音の消えた世界の中で目の前の一機が長剣をこちらへと肉薄してきたので、こちらは精霊魔法で風の刃を創り出し、それでルシフェルの攻撃を受け止める。その間に周りのシリンダーを破壊しようと弓を構えるが、しかしルシフェルは魔法によってその身が傷つくことも恐れずに――実際にその身を傷つけながらも――こちらへと突貫してきた。

 

 その一心不乱な様子に、こちらも周囲の破壊をしている場合ではなくなり、ルシフェルの方へと向き直って相手の攻撃に対処せざるを得なくなる。仲間の方も同じような状況で、もう一機のルシフェルが先ほどの扉の奥から躍り出てきたのと同時に、攻撃準備に移っていた仲間たちを阻害したため、彼らの方も防御のために周囲のシリンダーを破壊することは出来なかったようだ。

 

 そして、その間に異様なことが起こり始める。チェンが破壊せよと命じたシリンダーを満たす液体が、徐々に減っていっているのが確認でき――ADAMsを起動している間ではその減少はゆっくりに見えるが、どうやら管の下へと液体が流れ落ちていっているようだった。

 

 二機のルシフェルの必死の抵抗によって自分たちは周りへ攻撃することが出来ないまま、世界に音が戻ってくる。するとルシフェルの動きがピタリと止み、周囲のシリンダーの液体が一気に抜けていき、その中で浮かんでいた少女たちの肢体がガラスの向こうでぐったりと倒れ込んだ。そのうちの一体に目を向けると、ガラスにピッタリと額を当ててぐったりとしており――肩が少し揺れ始めると、その周囲の器たちも同様に動き始め、瓶詰の少女たちがガラスをたたき始め、そしてシリンダーを破壊して外へと飛び出してきた。

 

「これと一緒にされるのは心外だとか精神的に来ているだとか、好き勝手に言ってくれたな……貴様らが散々こき下ろした肉の器の手で死んでいくがいい!」

 

 どこからともなく聞こえる声と共に、シリンダーの外へと飛び出した少女たちが一斉に顔を上げ、それぞれ違う美しい顔に同じような歪んだ笑みを浮かべ、そして一斉にこちらへ襲い掛かってきた。

 

 正確にはこの場に保管されていた器のうち全てが、という訳ではなく、ガラスを破ってきたのは全体の半分にも満たない位程度だろうか。それでも数としては圧倒的なことには変わりなく、ざっと見て百以上の敵対者がこちらへ向けて襲い掛かってくることになる。

 

 ひとまず、自分の方へと向かってきた十体ほどの器たちに向けて精霊弓を向け、矢を放つ――もしアレがチェンのようなサイオニックで操っているだけなら、一体一体は大した動きはしないはずだ。

 

 しかし、その読みは完全に外れた。少女たちが歪な笑みを浮かべた時に気付くべきだったのだが、少女たちは手をかざして結界を張り、こちらの攻撃を防いできたからだ。このままでは圧殺される――そう思った時にはADAMsを起動しており、自分は襲い掛かってきているルーナの器たちから距離を取るように移動し、横から再び波動砲を撃ち込む。

 

 驚くべきことに、ルーナの器達はこちらの音速を超える速度にすら反応して見せ、腕だけ回して結界を張り、こちらの攻撃を防いで見せた。恐らく、例のデイビッド・クラークが使っていたという防御プログラムが全ての器に適用されており、攻撃を自動的に防ごうとするようになっているということなのだろう。

 

 これだけの防御力の個体が何体も居るとなればかなり手ごわいが――こうなっては一度仲間たちに合流したほうが良いだろう。今の位置の方が自由に動き回れるし、合流すれば敵に囲まれるというリスクも大きくはあるが、それよりはこの厄介な敵を倒すために体勢を立て直す方が優先度は高い。

 

 ADAMsを起動したまま味方の方へと向かって行く途中、道すがらに居た一体に向けて精霊弓を放つ。その一撃は当然の如く結界によって防がれるが、逆を言えばこちらの攻撃を防ぐのにルーナの器は腕を前に出さなければならない。それを見越してすれ違いざまにヒートホークを取り出して細い首を目掛けて振り抜くと、確かな手ごたえを感じ――仲間たちの元に合流してADAMsを解除して見ると、先ほどすれ違った一体の首を飛ばすことには成功したようだった。

 

 無敵でないことは証明されたわけだが、依然として幾つも課題はある。それは、一体ですら倒すのにも非情なエネルギーが必要ということ。並の第五世代型ならば百体同時に襲ってきても今の自分たちならば対処できるだろう。しかし精霊弓すら弾くほどの防御力を持っているとなれば、そのバリアを貫通できるほどの火力はセブンスのラグナロクを除けばコンスタントに出すのは難しい。

 

 一応、一体一体の動きは、火口で戦ったセレナの個体や海と月の塔で戦った個体と比べて緩慢なようだが、それでもこれだけの数が居れば、以前に対峙した二体の器よりも厄介なことは明白だ。他のメンバーも同様なのか、セブンスは自らが倒して炭化した器を見下ろしながら狼狽した様子でチェンの方を見ている。

 

「こ、これはどういうことなんでしょう!?」

「本来、一つの肉体に一つの精神が原則です。そうなれば、人格の転写は一つの器に収まるもの。そうなれば、アレは私が以前に人形を動かしていたように、サイオニックで操っていると考えるのが妥当な所なのですが……先ほどの理論では、いずれの個体も神聖魔法を使ってくることの説明がつきませんね」

「ははは! 妾はそんなくだらぬルールは超越したのじゃ! これは全てを超越する者が有する、絶対的な力なのじゃから!」

 

 どこからともなく、ローザの高笑いが響く――今の口ぶりから察するに、ローザはこの数日間で何かしら新たな力を得たということになるのだろう。そしてそれは恐らく、星右京から与えられたものであり――それを絶対的な力と豪語するのはいかがなものかとも思うが――高次元存在の力の一部を流用し、多くの器を並行的に扱えるようになったのかもしれない。

 

「追い詰められて諦めるのは貴様の方じゃぞ、チェン・ジュンダー! まずはここで長きに渡る因縁に決着をつけ、その後はこの力で右京の奴を縊《くび》り殺してくれる……往くぞ、突撃体制!」

 

 スピーカーから声が聞こえて後、自分たちを取り囲む器たちが一斉に構えを取り、そしてその身体に淡い光を宿す。これがローザの最も得意とする戦術。兵隊を混然一体と指揮し、同時に波状攻撃を仕掛ける――レヴァルでの一戦以来めっきり使っていなかったが、それはこの戦術を取るのに強力な兵隊が居なかったからであり、本来はこの戦い方がローザの強さをもっとも引き出す戦術といえるだろう。

 

 こんな風に冷静に分析している暇もない。こちらも改めて体制を立て直さなければならないのだから。ただ、ブラッドベリがいち早く動き、黒い球体を目の前に作り上げ、そしてそれを太い腕で薙ぎ払い――漆黒の衝撃波が弾け、自分たちを護るようにして辺りの器たちを弾き飛ばした。

 

 もちろん、一体一体が七星結界を張れることを想定すれば、デストラクションストリームですら必殺の一撃にはならないが――ひとまず、敵の突撃を止めるだけの時間を稼ぐことには成功した。

 

「ユメノ、今だ!」

「はい! トリニティ・バースト、発動!」

 

 ブラッドベリが作った隙をついて、セブンスは調整者の宝珠を点に掲げた。自分たちの体を金色の光が覆い、体の底より力が湧き上がってくるのだった。

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