B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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暴食の女神

 トリニティ・バーストを展開してからも、相変わらずの苦戦は続いていた。まず数で圧倒されているのは勿論だが、やはりローザ・オールディスの術が強力であるというというのは認めざるを得ない。一体一体の強さはタイタンの妖女を使っている時ほどではないものの、それでも生半可な第五世代など比較にならないほど強力であり、その数も相まってかなりの厳しい展開が続いていた。

 

「一体一体ならなんとかなりますが、少ししんどいものがあります……!」

 

 セブンスが言う「しんどい」とは、主に敵の外見のことを指すのだろう。凶悪な表情をしていると言っても、外見は年端もいかぬ――下手をすればセブンスより幼く見える――女子《おなご》を相手にしているのであり、それを両断しなければならないというのは心根の全うなセブンスには堪えるはずだ。

 

 かと言って、自分たちの中で最大の攻撃力を持つのは彼女であり、また本人もそれを理解しているが故、彼女の剣閃に迷いはない。セブンスが剣を一振りすれば、必ず一体の器が倒される。黄金色の剣戟に伏す器が幸いなのは、単純に両断されて贓物をぶちまけることなく、ラグナロクの持つエネルギーに炭化するという点だろうか。とはいえ、切断面が直ちに炭化するだけで死骸は残っているし、同様に自分やチェン、ブラッドベリが倒す器はそのまま肉塊として辺りに散っている。戦っていれば当たり前とも言えるのだが、それが年端もいかぬ少女のものであるともなればセブンスが気分を害するのも致し方がないだろう。

 

 その後、しばらく戦っていて分かってきたこととして、恐らく同時に動ける器の数には限りがある。それこそ、この部屋の中に居る全体が一機に襲い掛かってくるわけでないのがその証左とも言えるのだが、一体倒れると新たに一体、二体倒れると新たに二体と言う形でシリンダーから器が飛び出してくるという点も、同時に操るのに制限があるということの証拠と思われた。

 

 ただ、それが分かったからといって何かが有利になる訳でもない。依然として部屋にはまだ動いてない器が数多く存在しており、数体倒したところで全体としては全く数を減らしていないからだ。不幸中の幸いとしては、薄布一枚で眠っていた器たちは武器を持っていないので、相手からの攻撃の脅威度は抑えられているというのはあるが――それでもその肉体の強靭さは折り紙付きで在り、互いに連携し、複数体同時に襲い掛かってくるというのはそれだけでも十分な脅威になる。とくに教会の手合いが使用する結界を纏った攻撃は攻防一体であり、腕にまとった七星結界が四方から跳んでくるというのはかなりの脅威だ。

 

 他にも分かった点として――こちらが肝要なのだが――依然としてローザが何かを喋る時にはどこからともなくスピーカーから声が聞こえるという点である。これの指し示すところは、少なくとも自分たちが相手にしている器たちは本体でないということ――。

 

「……チェン」

「えぇ、恐らく私は今、貴方と同じことを考えています……確かにこの人海戦術は厄介この上ありませんが、それを操っている者さえ倒してしまえば、全ての器が糸の切れた人形のように動きを停止するはずです。ですが……!」

 

 チェンは一度言葉を切り、ローザの本体が居るであろう通路の方を睨みつける。自分たちの予測が正しいということの証左であるかのように――同時に自分たちにとって厄介なこととして、通路の付近には複数の器と二体の熾天使とが配置されている。あの防衛網を突破するのは並ではないし、さらに奥にはまだ敵が控えているかもしれないことを鑑みると、安易に飛び込むことも難しい。

 

 とはいえ、いつまでも数の暴力に付き合って、消耗していくよりは幾分かあの壁を突破することを考えたほうが建設的だろう。やはり誰かがこの防衛網を突破して、ローザの本体を叩くのが良いように思われる。

 

 そしてそれをするのなら、やはり自分の他に適任はいない。ローザの領域もそれなりの面積を有しており、またその内部の詳細はローザしか認識していない以上、あの通路の先のどれくらいの位置に本体が座しているか分からないからである。ここから直ぐの場所にあるのか、それとも複雑な迷路のような構成になっており、距離に換算してまだ数キロメートルあるのか――いずれの場合にしても、自分ならばADAMsで迅速に移動し、本体の元まで辿り着くことができる。

 

 そうなれば、セブンスに道を切り拓いてもらうのが良さそうか。彼女のラグナロクならば、その特殊な指向性をもつエネルギーで器共の七星結界やルシフェルの反物質バリアを打ち破ることもできる――。

 

「……火力が足りぬな」

 

 セブンスに通路までの道を作ってくれと打診をする前に、どこからともなくルーナの声が響き渡る。どことなく底知れぬ不気味さが背筋を走り、思わず足を止めて辺りの様子を伺うと、亡骸と化していた器たちの肉塊が蠢き始め、それが通路の方へと向かって這いずり、徐々に集まっていく。

 

 こちらとしても、手をこまねいてその異常な事態を見ているだけな訳ではない。自分は精霊弓、ブラッドベリがパイロキネシスで集まっていく肉の動きを阻害しようとするが、亡骸と化しているはずの肉ども自身が時に結界を張り、仮に攻撃が当たったとしても、四散した肉塊たちがまた一か所を目指して蠢き這いずっていく――その他、まだ形を保っている器たちによる妨害も同時的に発生しているのは言うまでもない。

 

 そのため、起こっている異常事態を止めきることもできず、集まった肉塊が徐々に繋ぎ合わされていくのを見守ることしかできなかった。骨や肉が無理やり結合されるイヤな音が空間一体に響き渡り、同時に何ともグロテスクな光景が展開されている。見目麗しかった少女たちの面影などもはや無く、ただ醜い巨大な塊と化した肉の壁が通路を完全に覆うように生成されたのだった。

 

 ローザの側としては、本体を叩きに行くというこちらの狙いを読んで、その前に巨大な障害物を展開したということか。言ってみればただの肉の壁とも言えるが、敢えてこの場で生成したものがそう生ぬるいものでもないだろう。その証拠に、こちらが撃ち出した精霊弓の一撃は、肥大化した肉の壁が展開する強大な七星結界によっていとも簡単に防がれてしまう。あれだけの規格でバリアを展開されれば、ラグナロクですら致命傷を与えることも難しいかもしれない。

 

「……貴様の本性にピッタリな醜悪な姿になったな」

「はっ! 減らず口を叩いていられるのも今のうちじゃ……死ねい!」

 

 その声と共に、全く予想もつかなかった方法で、肉の壁より攻撃が繰り出される。というのも、肉の壁の一部分が巨大な触手のように伸び、それが弾丸の如き速度で撃ちだされたのだ。それも、幾筋も――自分はADAMsを起動してそれを躱し、音の消えた世界で他の仲間達の様子を見ると、彼らもその攻撃に見事に反応し、それぞれその攻撃を見事に躱している。

 

 ただ、この触手も尋常ではない。速度と質量はかなりのもので、単純に破壊力があるのも勿論だが、最も厄介な点は撃ちだされた肉の塊にも結界が仕込まれている点だろう。ただでさえ威力のあるそれに、強力な斥力が上乗せされているのであり、当たったらそれこそ簡単に身体が吹き飛ばされてしまう。同時に、七星結界相当の防御力を有するそれを破壊することも難しい。ただセブンスのラグナロクは結界を貫通し、巨大な触手を切り落とすことに成功しているが、それらはまた凄まじい再生速度で――回復魔法で無理やり繋ぎ合わせているのだろうか――切断面同士を結びつけ、そして一気に肉の壁の方へと戻っていく。

 

「ふはは! これは良い! 何体も動かす手間が省けるという物じゃ!」

 

 この戦い方に味を占めたのか、肉の壁は巨大な肉の触手を何本も伸ばし、乱雑に辺りを攻撃し始める。器たる少女や、まだ外に出ていない器達もいるというのにも構わず、辺りを薙ぎ払い――肉の壁を強化するためなのか、むしろまだ取り込んでいない器たちを、周囲の機材ごとその触手で絡め取っている。

 

 こちらの面々はそれぞれ、敵の触手を上手くいなしているのだが――セブンスは回避、ブラッドベリは衝撃波で壁を作り、チェンは結界と移動を併用してる――しかし肉の壁の留まるところを知らず、どんどんと肥大化していっている。

 

 それどころか、ローザは機械まで取り込んで、それをあの筋組織の中で再構築して、新たに武器すら生成しているようだ。肉の間から銃の砲身のようなものが無数に出現し、そこから何かを撃ちだしてくる。加速した時の中で見るそれは、なにやら機械の部品や骨などの化合物のようであるが、その速度と硬度ゆえに十二分な威力を有しているようであり、まだ辺りに残っているガラスシリンダーをいとも簡単に破壊していた。

 

「ふはは! 逃げ惑うがいい、塵芥ども!」

 

 ローザは自らの居城を破壊しながら狂喜の声をあげ、こちらに向かって熾烈な攻撃を間断なく仕掛け続けてきている。細かな弾幕のせいで極大の威力を持つ触手を避けにくくなってきている――周りを取り込むほど強化されることを想定すれば、これ以上増長させれば本当に相手の攻撃を回避することもできなくなってしまいそうだ。

 

「くっ……このままでは相手の良いようにされてしまいますね」

「それなら、私が!」

 

 札で結界を張って相手の弾幕を防いでいる横で、セブンスは剣を正面に構えた。そして瞳を閉じて意識を集中させ――自分も彼女を援護するために部屋の中央へと移動し、襲い掛かる触手を風の精霊魔法で逸らす――その刀身に眩いばかりの金色の光が集まると、少女は目を見開いて、身の丈ほどある巨大な刃を一気に脇に引いた。

 

「いくよ、ラグナロク! 御舟流奥義、昇り彗星縦一文字!」

 

 セブンスが剣を一気に振り上げると、鮮烈な黄金色の剣閃が肉の壁に向かって突き進んでいく。人々の魂の力を束ねるラグナロクの力に、その主として相応しい剣の勇者の最高の技が合わさっている――それは無限の再生能力を持つ魔王ブラッドベリすら屈服させた一撃。仮に完全にトドメを差し切らなくとも、七星結界を張る肉の壁に対してかなりのダメージを与え得るだろう。

 

 実際にセブンスの放った一撃に対し、ローザも防衛に手一杯の様だ。そのおかげで、向こうからの攻撃の手は止んでいるのだが――激しく明滅する光の向こう側で微かに見える様子を見ると、肉の壁は結界を張って金色の剣閃を受け止めているようである。そしてその壁が完全に割れ切ってしまっても、その再生能力と回復魔術によって無理やりにでもラグナロクの一撃を受け止めているようである。

 

 光の明滅が去るのと同時に、セブンスの持つ剣から煙が上がる。肝心の肉の壁はボロボロになっており、穴だらけの薄皮一枚で何とか奥へと続く通路を守っていた。逆を言えば倒し切れていないということになる。このしぶとさは流石というところだが、セブンスが切り拓いてくれたことを無駄にするわけにはいかない。あの薄皮一枚なら、自分でも突破は可能だろう。

 

 奥歯を噛んで音速を超え、今度こそ最奥部を目掛けて走り出す。残った肉壁に向けて精霊弓の放ち、焼き爛れたその隙間を縫うように奥を目指していく。だが、こちらが通路へと足を踏み入れた瞬間、奥から迫り来た存在に阻まれてしまう――奥から二体のルシフェルたちがこちらへ目掛けて攻撃を仕掛けてきたのだ。こいつらこそ、女神の居城を守る最後の砦といったところか。

 

 だが、その強さは一体で侮れないものであり、それが二体ともなれば状況はかなり厳しいといっていいだろう。幸か不幸か狭い通路での迎撃であり、こちらも超音速で動き回っている以上は横や背後を簡単に取られはしないが、それでも正面から強力な相手が二体来たともなれば、防戦一方にならざるを得ない。

 

 精霊魔法を使いながら上手く立ち回ったものの、ルシフェル達の決死の反撃に弾き押し返され、セブンスたちのいる場所まで戻されたタイミングで神経が限界に達して加速を切る。すると、薄皮一枚で繋がっていた繊維達が繋がり始め、膨らみ、凄まじい速度で再生を始める――その再生能力は、ブラッドベリすらも遥かにしのぐと言っても差し支えないほどだ。

 

 そしてたったの数秒で、肉の壁は確かな厚みと面積を取り戻し、再び通路を完全に覆い隠してしまったのだった。その正面には三体のルシフェルが構えており、まさしく敵の体制は今こそ万全といったところだろう。

 

「そ、そんな……!?」

「くっ……くくく……認めてやるぞ、夢野七瀬のクローン……今の一撃は、なかなかに効いたが……じゃが、妾の軍勢を屠るには足らんかったようじゃな!

 貴様から受けたダメージなど、すぐさまに回復してくれる……こうやってな!」

 

 壁からまた触手が伸び、辺りに残っている器や残骸を再び取り込み始める。その様は、この世のすべてを呑み込んでやろうとする貪欲な意志を感じるほどだ。そしてその飽くなき欲望は、彼女の同胞《はらから》まで呑み込もうというのか――あろうことか、彼女を必死に守ろうとしていた三体のルシフェルにまでその食指が伸び始めていた。

 

「る、ルーナ様!? 何をなさるのです!?」

「知れたこと! 全てを呑み込み、我が糧としてやろうというのじゃ!」

 

 ルシフェルはしばらくの間は肉の触手から逃げ惑っていたが、しかし最終的には女神の腕に抱かれることになった。ルシフェルがその足を止めたが故に捕まった、というのが正しいのだが――恐らく、ローザがルシフェルのAIに命令を下し、動けなくさせたのだろう。

 

「喜ぶがいい、ルシフェル! 役立たずの貴様すら、我が血肉としてやろうというのじゃからな!」

「そんな、止めてください! 私は、今のままでも十分に役に……」

「うるさい黙れ! 妾が作ったものを、妾の好きな様にして何が悪い!?」

 

 三体のルシフェルが肉の壁の元へ引き寄せられ、その身が徐々にぶくぶくとした筋繊維の中に沈んでいく。金属が砕けるその音は、あたかも何かを生きたまま骨ごと食らうようなグロテスクさがあり、最後の熾天使の顔は引きつって――それは敬愛したものに最後まで利用されるという精神的な痛みであったのか、それとももっと別の感情が要因なのか――歪んでいた。

 

 二体の機体が完全に肉に沈み、残りの一体が虚空へ――いや、こちらへ――手を差し出してくる。

 

「あぁ、私が消えて……い……」

 

 最後に絞り出すようにそう呟いて後、天使長の身体が完全に肉の海に沈んだ。そしてこの部屋にあった全てのものを――自分たちという異分子を除いて――取り込んだ暴食の神は、更に肥大化して壁一面を覆い、耳障りな高笑いをあげたのだった。

 

「はーっはっはっは! 素晴らしい、この力! 最高の素体たちに最強の熾天使を取り込んだこの器は、まさしく最強じゃ! この力さえあれば、すべてのウジ虫どもを殲滅し、いけ好かない右京の奴をも簡単に縊り殺すことが出来じゃろう!」

 

 そう言って後、ローザは再び大きな高笑いをあげた。彼女のその残虐な精神に呼応してか、はたまた理性がコントロールできなくなっているのか、何十本もの触手が伸び、舞い、床や壁を叩いて部屋を破壊しつくしている。

 

 いや、それどころか周囲の壁や床の材木すらも取り込み始め――このままいけば、女神ルーナはまさしくこの月を全て取り込み、一つの惑星として化してしまうかもしれない。それこそある意味では月の女神として相応しい在り方とも言えるのかもしれないが、全てを食らいつくす悪食の女神ともなれば、まさしく宇宙の癌とも言える厄介な存在とも言い換えることが出来るだろう。

 

「ははハは……殺してヤる、コロしてやル、コロシテヤルゾ!」

「完全に理性を失いましたか……しかし、ラグナロクの一撃すら耐えきるあの化け物をどう仕留めたものか……」

 

 もはやローザにはこちらが視界に入っていないのか、ただ本当に全てを力のままに呑み込み続けていくだけ。狙いが散漫なせいで肉の触手を避けること自体は容易であり、チェンは器用に足を開いて身をかがめて敵の攻撃を避けながらも、あの巨大な塊をどうしようか考えているようだった。

 

 自分も――恐らくこの場にいる全員が――あの巨大な物体を仕留めきる方法を考えているのだが、やはりそれも簡単なことではない。こちらの持つ最大火力を防ぎ切られたのはもちろんだが、そこに敵の攻撃の激しさが上乗せされており、思考に集中している暇がないとないというのもある。強大な力にかまけて扱いは雑になってきてはいるが、確かにルシフェルを飲み込んだことによって光学兵器の類も撃ちだすようになってきているので、相手の攻撃を捌くのに集中する必要がある。

 

 しかし同時に、こちらが対抗策を出せなければ事態は悪くなっていく一方だ。周囲を飲み込むことでローザ・オールディスの力が徐々に肥大がしていくのであり、それに比例してこちらのチャンスも削れて行ってしまうからだ。

 

 どうする――焦る中で周囲を見回すと、セブンスが一人、ほとんど動かずに相手の攻撃を刀身で受けているのに気づく。まさか、先ほど全力を出したせいで動けなくなっているのか――そう思って彼女を援護するべく近づくと、そんなことはないと気づく。

 

 彼女は毅然と立ち、ただ最小の動きで相手の攻撃をいなしていただけだ。その背に静かな、しかし確かな怒気をこめて、小さく「許せない」とこぼしたのだった。

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